永遠の青年
暗い気持ちになってしまった。
とても重い。
ここに来るまでは、とても明るい気持ちだったのに。
レイル「アマキ、大丈夫か?気分でも悪いのか?」
屋敷を出ながら、心配そうに私の顔を覗き込む。
私の肩を、レイルは離さない。
海希「大丈夫。心配いらないわ」
レイルのせいではない。
これは私の問題だ。
ここに来て、自分には霊感があるという事に初めて気が付いた。
そうでなければ、会った事もない人の死に様なんて見える筈がない。
海希「早く帰ろ?私、お腹空いたし」
本当は、食欲なんてない。
早くここから去りたかったのだ。
逃げたい....そんな気持ちに近いものだ。
レイル「分かった。そうだ、早く帰れるように銃を使おう」
ワープか....
それも良いが、なんとなく風にあたりたい気分だった。
なにせ、お腹が空いたと言うのは嘘なのだから。
海希「能力は使わないで。どうせなら、風にあたりたいし」
レイル「え?早く帰りたいんだろ?」
バイクにまたがるレイルに掴まり、私も後ろに乗り込む。
海希「そう言う訳じゃなくて...レイルとのツーリング楽しいから」
調子に乗らせてしまいそうな台詞を口にしてしまった。
けれど本当の事でもあるので、照れたりはしない。
レイル「本当?嬉しいな。そんなに気に入ってくれたんなら、また何処かへ行こう」
海希「うん。楽しみにしてる」
上機嫌なレイルの運転は、やはり帰りも穏やかなものだった。
日差しは暖かい。
暗くなった気持ちを、明るくさせてくれる。
やはり、ツーリングは良い。
目が覚めたら、免許でも取ってみようかと悩んでしまう。
レイル「ん〜?あれって、ピーターか?」
レイルから顔を覗かせ、前方を確認する。
緑色の青年が、こちらを背にして同じ方向で歩いていた。
レイルは少し速度を上げ、彼に近付いた。
海希「ピーター!」
ピーター「!」
横切る瞬間、私は彼に声を掛けた。
レイルが少しスピードを緩めると、ピーターが宙に舞い、後を追ってくる。
ピーター「やぁ、2人共。なに、仲良くデートでもしてるの?」
海希「デートじゃない」
きっぱりと言い切る。
すると、レイルから批判の声が上がった。
レイル「えぇ?!さっきまでは俺とのツーリング、楽しいって言ってくれてただろ!?」
海希「それとこれとは別なのよ」
ツーリングが楽しいからと言って、デートにはならない。
レイル「....あんたって、本当にツンデレだよな」
そんな風に呼ばないで欲しい。
私は、そんな萌えるようなキャラではない。
ピーター「ふ〜ん...君って、レイルと2人きりの時はそんなに甘々なんだ。俺も見てみたいかも」
海希「なっ....!!!」
なんて勘違いをしているんだ、この葉緑体め。
ふざけた事を言っている暇があるなら、光合成でもしておけばいい。
と、心の中で毒吐いておく。
レイル「おい、ピーター!この子は俺のなんだ!いくらお前でも、アマキを分ける気はねぇよ」
海希「誰があんたのだ!」
私の戸籍も所有権も、まだ実家にある。
他人のものになった覚えはない。
と言うか、私はものではない。
ピーター「レイルは独占欲が強いんだな。じゃぁ、欲しくなったらこっそり奪っちゃおうかな」
ニコニコと楽しそうに笑いながら、私の近くを飛び回っている。
レイル「おい、それどう言う意味だ?」
ピーター「俺は平和主義だからね。友達とは争いたくないし、痛い思いもしたくないんだ」
レイルがピリピリし始めている。
やばい。
ピーターがレイルをからかっている。
レイル「お前....アマキに変なちょっかいかけやがったら、ぶっ飛ばすからな!」
ピーター「はははっ!冗談だって、あんまり熱くなるなよ」
緑の青年は呑気なものだ。
レイルをからかって良いことなどない。
ただの退屈しのぎにしている。
ピーター「....それより、レイル。この道を真っ直ぐに行くのか?」
ピーターが上空に移動する。
もっと先の方を眺めながら、私達を見下ろす。
レイル「なんだよ、ピーター。文句でもあるのか?」
レイルは不機嫌そうに返事をしている。
ピーターは、ふわりと私達の近くに降りてくると、困ったように言った。
ピーター「この先はまずいかもしれない」
と、帽子を軽くかぶり直している。
海希「なにかあるの?」
来た時は、とくに問題のない道並みだった。
何がまずいのだろう。
ピーター「いやー、俺はお勧めしないな。君達は茨の道を進もうとしている」
とりあえず、進むのはやめた方が良いと言う事だろうか。
レイル「俺は茨だろうが何だろうが進むぜ?なにかあれば、こいつを使えば良い」
そう言って、白黒銃を取り出す。
私的には、茨の道など通りたくない。
私達は、真っ直ぐに突き進んだ。
のどかに走っていた砂地の道が、石畳みの道に変わる。
そして、城周りにいた兵士達。
私達は、自然に黙り込んだ。
レイル「......」
海希「.......」
ピーター「........」
なんの意味もないのに、思わず呼吸を止めてしまった。
何人かの兵士達が、馬を引き連れ、話し込んでいる。
たまたま見回りでもしていたのかもしれない。
派手なエンジン音を響かせながら、横切っていく。
やはり、派手な音に派手なバイクだったので、相手も目を向ける。
兵士「.....!!!」
とりあえずバイク音は煩かったが、私達はやけに静かだった。
素通りする。
そして、レイルはスロットルをフルに回した。
兵士「チェシャ猫だ!」
見つかってしまった。
当たり前だった事だが、やはり焦る。
レイル「ピーター!お前、何で早く言わないんだ!?」
レイルは焦っている。
いや、怒っている。
ピーター「言ったじゃないか。お勧めしないって」
確かに言っていた。
しかし、遠回しすぎる。
レイル「もっと言い方があんだろ!なんで冷静なんだよ?!」
ピーター「うーん、別に俺は捕まえられる身分じゃないし平気だったから、かな?」
彼は淡々と口にした。
もう少し、こちらの事を考えて欲しいものだ。
なにせ、レイルだけでなく私もいる。
海希「なんか、追いかけて来てるんだけど?!」
馬の走る音が、後ろから迫ってくる。
兵士達が追いかけて来ているのだ。
ピーター「そりゃぁ、追いかけられるだろうね」
海希「ピーター、あなたね...!!!」
とても他人事のよう笑っている。
本当に平和主義者なのか疑問だ。
レイルは、カチャリと銃を構える。
前方に一発撃つと、魔法陣が出現した。
ピーター「はははっ、大丈夫だって!逃げるのはレイルの十八番だからね」
レイル「お前は黙ってろ!」
レイルと私を乗せたバイクが走り抜ける。
その後にピーターが。
景色は変わり、森の中に入る。
道が悪いのか、ガタガタと大きく揺れた。
海希「道が悪すぎる....」
ガクガクと揺れ、下手をすると舌を噛んでしまいそうだ。
レイル「しょうがないだろ?このまま行ったらもうすぐ家に....」
レイルが言いかけたその時、背中越しに聞こえてきたその音に耳を疑った。
蹄が地面を蹴る音。
抜けた魔法陣が消える前に、そこから兵士達を乗せた馬が出てきたのだ。
海希「嘘!?」
ピーター「あぁ....このままじゃ、帰れないね」
やはり冷静なピーター。
もはや、この状況を楽しんでいるようにしか見えない。
レイル「まじかよ!!!」
レイルが発砲する。
魔法陣を抜け、今度は屋根の上を走っている。
海希「なんでよりにもよってこんな所なのよ!」
怖い。
もともとバイクで走るような所ではない。
屋根の瓦がパラパラと落ちている。
レイルが撃ち、またワープする。
今度は長い坂道を登っている。
海希「もっとスピード出せないの?!」
後ろから追ってくる相手を見つつ、私はレイルに言った。
相手との距離が近い。
だからワープしてもついてくるのだ。
レイルが「そんな事言っても...これが全力だって!」
何度かワープを繰り返す。
けれど、相手はしつこく追ってくるだけだった。
レイル「しっつこいな〜、あいつら!」
確かにしつこい。
こんな逃亡劇は、映画の中だけで十分だ。
レイル「おい、ピーター!ちょっと運転変われ!」
え?
運転を代わってどうするんだ。
私の肝がヒヤリとした。
ピーター「オーケー」
なにがオーケーなのだ。
そんな事を軽々しく承諾しないで欲しい。
そんな私の気持ちを、葉緑体はいとも簡単に裏切ってくれた。
ピーターが宙を浮きながら、ハンドルを握る。
それを確かめた後、レイルは器用に私の方へ振り向いた。
両手に銃を持ち、相手を睨みつける。
ドンッ!!!
何度も銃声が鳴る。
馬ごと消えていく兵士達の姿。
それがきっかけになったのか、相手も銃を撃ってきた。
海希「し....死ぬ!!!」
まさに悲劇だ。
レイルが魔法陣を使い、撃ち返す。
そこに挟まれている私って....
レイル「俺があんたを死なせる訳ないだろ?」
と、レイルがゴーグルを外しながら格好良く言ったが、今の私の胸には響かない。
ピーター「なんなら、俺が彼女だけでも助けてあげようか?」
ハンドルを操作しながら、ピーターが口にする。
海希「え?」
ピーター「2人の人間を抱き抱えて飛ぶのは、いくら俺でも辛いんだ。それが男になるとね....」
そう言えば、前に私とドロシーを抱えてくれた時、ヘロヘロに飛んでいた事を思い出す。
あの時は、ドロシーの置き土産(恐ろしい爆弾)のおかげでなんとか回避出来たが、今はそれが出来そうにない。
海希「駄目よ!」
レイルの代わりに否定してやった。
それは、レイルを置いて逃げるという事になる。
そんなのは、コロの飼い主として認められない。
レイル「アマキ....俺の心配してくれてんの?」
レイルは、嬉しそうに甘い声を出した。
そして、急に私に抱き付いてきた。
海希「こらっ!!やめなさいって!!!」
体がグラつく。
そもそも運転手が不安定な運転をしているのに、このバイクはとても不安定な状態だ。
ピーター「...って、レイル!撃ってきてるぞ!」
レイルの魔法陣に守られていた私達。
私に血迷い、一瞬戦う事を放棄したレイルのせいで、弾がなだれ込む。
レイル「大丈夫だって!全部撃ち返してやるから....」
パシュッ、パシュッ....
軽い音が鳴る。
不発の拳銃に、レイルは顔を顰めた。
レイル「げっ、マナ切れ....」
弾切れ、のようなニュアンス。
海希「ちょっと!」
レイル「しばらく休ませないと...普通の拳銃だって、弾を補充しないと撃てないだろ?」
と、言い訳をしている。
特別な能力なのだから、そこはもっとどうにかならないのか。
海希「駄目...し、死ぬ...!!」
2度目の弱気な発言。
いつになったら、この逃亡劇が終わるのだろう。
ピーター「ったく、しょうがないな」
その瞬間、ピーターがハンドルを離した。
そうかと思えば、レイルと私に触れる。
海希「?!」
一瞬の出来事だった。
みるみる内に、体が縮んでいく感覚。
着ていた服は、ブカブカだ。
そのまま抱きかかえられ、空へ避難する。
運転手のいなくなったバイクは、しばらく走り続けて大きく転倒した。
レイル「俺のバイク!」
私が驚いたのは、ピーターのもう片方の腕の中に納められた、小さな少年。
いや....猫なのか?
声はとても子供らしい。
海希「レ、レイル?!」
名前を呼ばれた彼の耳が反応している。
やはり、彼はレイルなのだ。
レイル「アマキ...?」
のらりくらりと銃弾をかわし、ピーターが空を舞う。
森の中に入り、木々を避けながら飛んでいく。
岩場に入ったり、町中に入ったりと、あえて障害物が多い場所に逃げる。
気付けば、上手く相手をまいていた。
ピーターは一息吐くと、人の気配がない場所を見付け、そこに降り立った。
川岸にゴロゴロと転がっている岩の上に、足を着ける。
ピーターとの身長差は歴然だった。
海希「な、なによこれ...?」
自分の手足を見てみる。
小さな手で、自分の胸をペタペタと触りながら確認してみた。
....ない(もともとそこまでなかったが)。
ピーター「しょうがないだろ?この方が軽いし、楽なんだ」
ピーターはにっこりと笑っている。
海希「こんな...なんで子供に...」
私は子供になっていた。
きっと小学生の低学年くらいまで。
驚き過ぎて、言葉にならない。
ピーター「前に見せてあげただろ?あれと同じ原理だよ」
はっ?
見せたって何をだ。
すぐに思い浮かんだのは、ピーターの能力だった。
けれど、私に見せてくれたピーターの能力は、人を子供に出来るようなものではなかった。
海希「あなたのは、葉緑体に変える事でしょ?」
ピーター「え?」
とぼけたような顔。
私は確かに見た。
落ち葉を緑の葉に変える瞬間を。
ピーター「何を勘違いしているのかは分からないけど、これが俺の能力なの。分かったかい、お嬢さん?」
そう言って、優しく頭を撫でられた。
まるで子供扱いだ。
レイル「てめぇっ、アマキに触るな!」
隣で怒っている少年レイルは、私をかばうようにピーターから引き剥がした。
怒ってはいるが、やはり少年。
猫耳のせいもあってか、とても可愛らしい。
ピーター「だって彼女、可愛良いからさ。食べちゃいたくなるよ」
そう言って、頬にキスをされた。
チュウっと音を立て、軽く吸いつかれる。
思わぬ出来事に、私は熱くなった。
レイル「!」
海希「!」
う、うわぁ〜....
犯罪だ。
実年齢的には問題ないだろうが、側から見れば犯罪の発言であり、レイルの前で今のキスは、自殺行為だろう。
レイル「てめぇ!!!撃つ!!!」
海希「良いわ、撃っちゃって」
カチャリと音を立て、レイルが銃をピーターに向ける。
無論、私は止めたりしない。
ピーター「酷いな〜。冗談だよ、冗談。それに助けてあげたんだから、これくらいのご褒美くらい貰っても良いだろ?二人とも可愛いよ。俺が親になって育てても良いくらいだ」
レイル「断る。お前に育てられたら、一生子供のままにされそうだ」
銃を向けたまま、レイルはピーターを疑うような眼差しで見ていた。
海希「一生子供のまま!?」
レイル「こいつの能力は、古いものを新しくしたり、新しいものを古くしたり出来る。つまり、使い用によっちゃぁ、永遠の若さを手に入れる事が出来るって事だ」
緑に気をとられ過ぎて、まったく気が付かなかった。
そうか、だからあの時、落ち葉を緑の葉に変える事が出来たのか。
なんてややこしい奴なんだ。
海希「ある意味恐ろしい能力ね」
逆に、相手を一気に老けさせる事だって出来るのだ。
歳はゆっくりととっていきたい。
レイル「一番怖いのは、一体こいつの実年齢はいくつなのかって事だ。常に自分を能力で保ってやがる」
ピーター「それは言わない約束だろ?大丈夫だって、そんなにサバはよんでいないよ。俺は大人が嫌いなんだ。子供の方が、素直で良い」
子供が好きな男性は、女性からだとポイントが高い。
だが、彼はどう言う意味で言っているのかよく分からないので判断に困る。
海希「という事は、私より歳上って事も有り得るのね」
なら納得がいく。
ピーターは少し落ちついた所があった。
大人なら、それが当たり前だ。
ただ、良い歳をしてそのファッションはどうかと思う。
歳をとり過ぎて、ファッションセンスがおかしくなったのかもしれない。
レイル「良いから早く戻せよ!なんか落ち着かないだろ!」
私も同感だ。
服も靴もブカブカで、これでは移動しにくい。
ピーター「あぁ、駄目駄目。これから君達を家に送り届けるんだったら、まだそのままで居てくれた方が助かる」
そう言って、ピーターは再びレイルと私を抱き上げた。
本当に落ち着かない。
緑の青年に空へ導かれ、私はしばらくこの姿でいる羽目になった。




