永遠なのは緑だけ
あの後、レイルはまた何処かへ行ってしまった。
まるで猫だ(いや、猫だけど)。
少し前まで甘えてきたと思えば、私を1人にし、のらりくらりと何処かへ出掛けていく。
何をこそこそしているのか、私には全く見当も付かなかったが気にしていない。
いつもの可愛さを取り戻したドロシーは、バスの中でお茶会を楽しんだ後、また明日ね!と、明るく帰っていった。
やはり狂乱ドロシーなんかより、今の彼女の方が断然に良い。
レイルがドロシーを少し毛嫌いしているのも、狂乱ドロシーの方なのだろう。
なにせ、あの時はとても機嫌が悪そうに見えた。
どちらも短気で、水と油の関係のようなものだ。
それに比べ、ピーターはとても平和主義だ。
ナイフ投げ(?)と言う、際どいラインの趣味の持ち主みたいだが、いきなり銃をぶっ放そうとしたり、奇声を上げて爆弾を出してくるような人間ではない。
それに、目に優しいのだ。
海希「ピーター」
話し相手をしてくれていたドロシーがいなくなったので、木陰で休んでいたピーターに声を掛けてみる。
相当疲れているのか、まだ表情は優れなさそうな気がする。
ピーター「やぁ、ドロシーは帰ったの?」
海希「うん。隣り、いい?」
どうぞ、とピーターに返事を貰ってから、隣りに腰を下した。
ピーター「俺なんかの相手して、レイルに怒られるんじゃないの?」
冷やかすように言われ、少し考えてみた。
確かに嫌味は言われそうな気もしたが、彼は私の友達でもある。
海希「誰の相手をしても言われるわね、きっと」
ピーター「ははっ、君も大変だ」
他人事のように笑っている。
少なくとも、怒られるのは私じゃなくピーターの方だと思うが、それは黙っておく。
海希「ピーターには、2回も助けて貰ったわね。ありがとう」
ピーター「お礼なんて良いよ。友達が困っていたら、助けるのが友達だろ?」
本当に良い奴だな、この人。
常識のある人は好きだ。
この夢の中では、それが一番の条件になる。
ピーター「だから、俺が困っていたら、今度は君が助けてね」
海希「うん、分かった。私にできる事は限られているけど」
私は、レイルやピーターのような能力はない。
かと言って、空手や柔道を習っていた訳でもなく、戦闘力が100万を超える戦闘種族でもないのだ。
海希「あなたみたいに空を飛べる能力はないけど、どこかに助けを呼びに行く事は出来るかも」
ピーター「あぁ、空を飛ぶ事は能力じゃないよ」
あぁ、そうだった。
その事は、確かレイルから聞いていた事だ。
海希「あ、そっか....ピーターの能力はどんなものなの?」
気になる。
確かレイルによると、ピーターのは趣味みたいなものだと言っていた。
ピーター「気になるのかい?もう君は見ているよ」
え?
ピーターの趣味はナイフ投げ(偏見)と緑色のものが好き(これも偏見)と言う事しか分からない。
海希「何処からナイフを投げても的に当たる....とか?」
銃を持たせれば、百発百中のガンマン。
何処かの大泥棒一味のようだ。
ピーター「ははっ!それって褒めてくれてるの?あれは俺の腕前だよ」
あれを実力でやっているのなら、それはそれで凄い事だ。
それがないのなら、どんな色でも緑色に変える能力だとしか考えられない。
ピーター「う〜ん、そうだな...」
彼は辺りを見回す。
1枚の落ち葉を見つけると、それを拾い上げた。
水分のない、茶色い葉。
握れば、パリパリと簡単に崩れてしまうだろう。
何に使うのかと見ていると、ピーターはにっこりと笑い、私に見えるように、それを指先で摘んだ。
海希「!」
目を疑った。
まるで、生命を宿したかのように、落ち葉はみるみるうちに色を変えていく。
今さっき、木から摘み取ったかのような新緑の葉だ。
やっぱり....
彼は緑色が好きなんだと確信した。
海希「どうやったの?!」
と、つい聞いてしまいたくなる。
これはマジックではないので、そんなタネ明かしはない。
ピーター「これが俺の能力。面白いだろ?」
くだらなさ過ぎて、逆に面白い。
と言うより、自分の予想が当たってしまった事に驚いている。
いつか、体の皮膚まで緑色にして会いに来そうだ。
まさに、彼は葉緑体。
この能力に魅力を感じない事は黙っておく。
ピーター「せっかくだから、君にも試してあげようか?」
海希「いや、いい」
即答した。
即答過ぎて、彼の言葉に若干かぶせ気味に口にしてしまっていた。
海希「私は葉緑体になりたくないから」
ピーター「え、なに?」
海希「ここの人達は、みんな能力を持っているのね。なんだか不思議」
とても興味深い。
私にもそんな能力があれば、ガンガン使っているだろう。
ピーター「みんなって訳ではないと思うけど....君も、能力を使いたいのかい?」
海希「だって、面白そうじゃない」
出来れば、生活に役に立つ能力が良い。
今のところ、レイルのワープ能力に惹かれている。
けれど、拳銃を使わなくてはならないのが少しマイナスポイントだ。
海希「そう言えば、ドロシーはどんな能力なんだろ?今度会ったら聞いてみようかな」
まさか、あの二重人格が能力だったりするのだろうか。
いや、有り得る。
ピーター「彼女の能力は、バスケットだよ。ほら、いつも持っているだろう?」
海希「....商品を入れているやつ?」
商品を入れてあるバスケット。
思い出してみれば、彼女はいつもそれを持ち歩いていた。
だけどそれは仕事中だったので、気にもならなかった。
ピーター「あのバスケットは、何でも入るんだ。バスケットの口から入れば何でも。中は無限大に広がっている。俺も、そんなに詳しくは分からないけど」
.....なんと言う事だ。
彼女のバスケットが、本当に四次元ポケットだったとは。
だから、あんな大きなものまで入るのか....
頭の中に浮かぶ、恐ろしい兵器達。
全てあのバスケットに隠している。
海希「なんでも入るなら、かさばらなくて役に立ちそう。買い物した時とか助かるしね」
ピーター「女の子だね。って言うか、能力をそんな風に実用的に使おうとするなんて...君、夢がないね」
葉緑体に言われてしまった。
夢がない事なんてない。
こうやって、メルヘンな夢を現在進行形で見ているのだから。
海希「....夢って覚めるものよね?」
思わず口に出してしまっていた。
葉緑体...じゃなくて、ピーターがキョトンと目を丸くしたのも分かる。
ピーター「.....え、なに?夢がないって言ったの、気にした?」
そんなものは、擦り傷にもなっていない。
海希「覚めないの、夢から。これって、有り得ないわよね?」
夢の住人に相談するのもおかしな話だ。
けれど、私の中で彼は一番まともだ。
真剣に話を聞いてくれそうな気がする。
ピーター「.......」
引いている。
とてつもなく引かれている。
確実に人間性を疑われている。
海希「....いい、やめましょう。ごめんね、今の忘れて」
やはり馬鹿だった。
この問題は、1人で解決しよう。
ピーター「....君って、意外に夢見る乙女なんだね」
海希「気持ち悪い事言わないでよ」
喋る葉緑体と会話をしながら、のどかな時間を過ごす。
この夢から早く覚めたいと思っている訳ではないが、少しずつ怖く感じてきているのだ。
夢と現実の境目が分からなくなってくる。
私の現実と、この非現実的な世界がひっくり返されたように、ごく普通に過ごせている。
気付かない内に馴染んでいっているのだ。
これは、とても問題だ。




