灯火の消し忘れにはご注意を
レイル「あぁ、なんてこった...可哀想に」
とても悲しそうに。
かなりの同情されている。
髪についた埃や土を丁寧に摘み取りながら、レイルの瞳が悲しみに暮れていた。
レイル「俺がいれば、絶対にこんな目に遭わせないのに...絶対に」
絶対に、と言う言葉を強調していた。
何度も何度も何度もだ。
海希「レイル、2人が見ているわ」
私も何度も強調する。
何度も何度も何度もだ。
大した怪我もない私より、ここまで運んでくれたピーターを労ってやって欲しい。
ピーター「良いよ、気にしてないから。どうぞ、続けて」
私達は、あのバスのある森へと帰って来ていた。
お菓子の家で変な双子から逃げて、私はここにいる。
すでにバスの中にいたレイルは、砂だらけになっている私に凄まじく驚いていたが、事情を話すと双子を殺しに行くと連呼していた。
その殺意をなんとかなだめ、今に至る。
その辺にあった岩の上に座り、自分の怪我の処置をしていたピーター。
彼は疲れているせいか、いつもの彼より、少し顔が老けている(老けていると言うより、大人っぽい)ようにも見えた。
ドロシー「いきなり帰って来て、なに色気付いてんだい野良猫」
ドロシーは、相変わらず狂乱していた。
今でもこうして、見た事もない銃を丁寧に磨いている。
いや、あれは銃なのか。
どちらかと言うと、銃と言うよりミサイルに見える。
ドロシー「男爵のじじいがいなくなって、寂しくなったのかい?逃げた先でも愛を求めるなんて、泣ける話じゃねぇか」
レイル「てめぇ...」
海希「駄目よ、レイル!」
銃を構えそうになるレイルを止める。
しかし、レイルの目は彼女を捉えたまま離さない。
海希「ドロシーも喧嘩はやめてよ。レイルが短気なの、知ってるでしょ?」
レイルは短気だ。
すぐに銃を出そうする。
ドロシー「あたいは良いんだよ、ここで殺り合ったって。安心しな、アマキは巻き込まないように手軽な武器を使うさ」
ピーター「もう巻き込まれているけどね、こっちは」
ボソリとピーターが口にした。
しかし、ドロシーは無視だ。
ドロシー「こっちの方が手っ取り早いんだ。ナイフや銃なんかより、一発で決められる」
海希「とりあえず、それをゆっくり地面に置きなさい」
手の中で投げて遊ぶ手榴弾。
まるで、お手玉のような扱いだ。
軽はずみで爆発したら、たまったものではない。
確実にあの世行きだ。
レイル「はっ!そんな玩具で俺を仕留められるか。そっくりそのまま投げ返してやるよ」
ドロシー「あぁ、そうかい。なら試させてもらおうか」
ピリピリしている。
とてもピリピリと。
海希「やめてってば!私が悪かったの!そう、私が!本当にごめんなさい!」
このピリピリ感をどうにかしたい。
それに、私が悪かったのは事実だ。
私が2人を巻き込んだ。
ただ、それだけの事だ。
ドロシー「巻き込まれてんのはアマキだろ?こんな奴のおかげで、あんたまで狙われるなんて可哀想に」
可哀想なのはドロシーの方だ。
あんなに大人しくて優しい子だったのに...
こんなやさぐれ方があるか。
グレている。
私が母親なら、泣いて話し合うだろう。
海希「....あなた、本当にドロシーなの?」
頼むから嘘だと言ってくれ。
そんな事を思いながら、恐る恐る訊いてみた。
ドロシー「あん?他に誰に見えるんだい?」
少なくとも、私が知っているドロシーには見えない。
やはりグレている。
こんなドロシーはお断りだ。
いや、こっちが本当のドロシーなのかもしれない。
海希「元に...元に戻るのよね?」
レイルにボソリと訊いてみる。
これは私の願望だ。
レイル「いつも、いつの間にか戻ってる。だから、いつになるかも分かんないけどな」
今でも、何か変なもの(たぶん、危険な武器のようなもの)を手入れしているドロシー。
自分が二重人格と言う事に気付いていないのだろうか。
ピーター「ドロシーは怖がりなんだ。怖がりで泣き虫。彼女の中で恐怖が最高潮になると、あぁやって人格が変わるんだよ」
と、ピーターが丁寧に説明してくれた。
確かに、私が最後に見た泣き虫ドロシーは、とても怖がっていた。
あれが最高潮だったのだろう。
それが引き金になっていたのだ。
レイル「昔、初めてドロシーと会った時、俺があいつをからかってやったんだ....あの時は軽く地獄を見たね」
海希「あんた、どっちかと言うといじめっ子そうだもんね」
レイルは苦笑している。
安易に想像出来た。
何故なら、まだあの地獄絵図が目に焼き付いて離れないからだ。
海希「ドロシー....一緒にお菓子でも食べましょう」
勇気を振り絞って、声を掛けてみた。
しかし、ドロシーはまるで興味を示さない。
ドロシー「お菓子なんて、そんな甘ったるいもん、あたいは嫌いなんだ」
海希「甘いものは、脳を休ませてくれるのよ。そんなに甘くないヤツだから、食べましょうよ」
ドロシー「まさかとは思うけど、毒なんて入っていたりしないだろうね?」
カチャリと、銃の音がなる。
私の体がビクついた。
レイル「てめぇ!アマキが毒なんか盛る訳ねぇだろ!」
海希「そうよ!毒なんて入れない入れない!とても美味しいクッキーよ!」
どこかの双子じゃあるまいし。
私はドロシーに殺されたくない。
ドロシー「いつだって戦場なんだ。仲間がいつ裏切るかも分からねぇ。あたいは、そうやすやすと背中を任せたりはしねぇ」
一体、何の話をしているんだ。
頭が痛くなる。
ドロシーだけは(他は猫男と緑色まみれの男だから)まともな人間だと思っていたが、完全に油断していた。
海希「ここは戦場でもないし、あなたの背中を私は狙ったりしないわ」
私はドロシーに近付いた。
いつ銃口を向けられるか、ドキドキハラハラだったが、優しく声を掛ける。
海希「それに、あなたが誘ってくれたのよ?だから、その約束を守りたいの」
ドロシー「約束?口約束だなんて、そんな緩いもんを....」
海希「どんなに小さい約束でも、私は守る。だって、あなたは私の友達でしょ?」
ドロシーは、怖がりながらもグレーテルを止めようとしてくれた。
とても嬉しかったのだ。
気の弱い彼女でも、頑張ってくれたのだ。
ドロシー「友達.....」
ドロシーがハッとなる。
鋭かった目つきが柔らかくなり、冷たかった瞳が、まるで温もりを取り戻したかのように潤んでいる。
ドロシー「あれ...?あたし、なんでここにいるの?」
そう言った瞬間、ドロシーは自分が持っていた銃に悲鳴を上げた。
ドロシー「なななななな、なんでこんな恐ろしい物を....!!!!」
そう言いながら、バスケットにしまい込む。
それは、飲み込まれるようにバスケットの中へ姿を消した。
一体、どう言う作りになっているのだろうか。
まるで、どこかのロボットの四次元ポケットのようだ。
不思議でしょうがない。
ピーター「うわぁ....君って凄いね」
信じれない、と言わんばかりの顔で、ピーターが唖然としている。
海希「なにが?」
ピーター「ドロシーが狂乱したら、もう誰も手を付けられない。自然に戻るまで待つしかないのに、君は彼女を正気にさせた」
私だって不思議だ。
こんな可愛い子が二重人格だなんて...
アニメや漫画などであったら面白いが、リアルに経験すると迷惑極まりない。
海希「ドロシー、大丈夫?」
一応、声を掛けてみる。
本人かどうかの確認だ。
ドロシー「アマキ?えぇ、平気よ。そうだ、確かお菓子屋さんで....」
海希「もうお菓子屋は良いわ」
駄目だ、その言葉を聞いただけでトラウマだ。
あの双子の消息も少し気になるが、もうどうでも良い事だ。
ドロシーが正気に戻り、私もやっと安堵する事が出来た。
彼女を怖がらせるのは、出来る限るやめておこう。
そう心から誓った。




