マッチの着火点には御用心
ドロシー「きゃっ!」
耳を塞ぎ、その場にうずくまるドロシー。
その隙にグレーテルが、落とした銃を拾い上げた。
ダダダダダダッと、連続で弾が発射される音。
ピーターは空を飛び回りながら、避けていた。
ナイフを数本投げたが、グレーテルもそれを避ける。
ヘンゼルも傍観している訳ではない。
グレーテルと共に撃ち続ける。
しかし、ピーターには当たらない。
ヘンゼル「ちっ!」
弾切れになったのか、引き金を引いても軽い音がしていた。
それを見計らい、ピーターが距離を詰めた。
取り出したナイフは、今までの物より遥かに大きくて鋭利だ。
ピーター「近距離戦は苦手だったかな、双子ちゃん?」
小刻みにふりかざすナイフを避ける子供達。
その光景は、とても異様すぎる。
ピーター「手入れを頼んでおいたこのナイフ、君達で試すなんて気が引けるんだけどな!」
グレーテル「兄さん!」
斧をヘンゼルに投げ渡す。
双子の手には、ナイフより遥かに大きな斧が手にされた。
ヘンゼル「斬れ味を試させるのも、うちのサービスだよ、ピーター!」
ガキンッ!!
刃物がぶつかり合う音。
激し過ぎて、火花が散った。
お互いが本気で殺し合いをしている。
なんて恐ろしい光景なんだ。
私の横で、ガタガタと体を震わせているドロシー。
見ていて、とても可哀想だ。
ドロシー「怖い....怖い...」
持っているバスケットを抱きしめ、ただブツブツと繰り返している。
すでに正気はないように思えた。
ヘンゼル「グレーテル!シューを!!!」
グレーテル「!」
グレーテルがとっさに取り出したシュークリーム。
とても小さな物だ。
しかし、本物だとは言い難い見た目。
それを地面に勢いよく投げつけた瞬間、霧がかかったように煙が立ち込めた。
ピーター「!!!?」
とても奇妙な色をしていた。
とても毒々しい色をした煙が、どんどん広がっていく。
ツンと鼻を刺すような臭い。
ピーター「お前ら....!!!」
グレーテル「レベル2の毒よ」
毒!?
煙がここまでやってくる。
呼吸しかろくにできなかった私は、その言葉を聞いて息を止めた。
グレーテル「致死量には至らないわ。少し動けなくなるだけよ」
もくもくと立ち上る煙。
ピーターや双子の姿も見えなくなった。
ヘンゼル「僕達は毒が効かない能力だからね。こういう時って、凄く便利だ」
レイルにワープする能力があるように、彼等にも能力があるようだ。
毒を無効化にできる体。
誤って毒キノコを食べるか、毒蛇に噛まれるか、あるいは誰かに毒を盛られる事がない限り役には立たない能力だ。
けれど、私は違う。
毒で確実に死んでしまう体だ。
致死量じゃないと言われても、一度グレーテルに騙されている以上、信じられない。
ピーターの声が聞こえない。
彼も息を止めているのか、あるいは空を飛んで毒の届かない場所まで逃げたか...。
でも、彼は優しい。
目にも優しいピーターが、私達を置いて逃げる訳がない。
ドロシー「怖い怖い怖い怖い怖い...」
まだ呟いているドロシーの声。
姿は見えないが、聞こえてくる声ですぐ側にいる事が分かった。
ドロシー「怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い....」
呪文のように繰り返される言葉。
私はすでに、酸素不足で限界にきていた。
駄目....もう、限界....!!!!
ドロシーを安心させてあげられる言葉も掛けてあげられない。
それに、あの双子には文句だって言いたい。
言いたい事も言えないこんな状況は、まさにポイズンだ。
ドロシーの声が聞こえなくなる。
私の意識が、確実に遠のいている。
今度こそ....
今度こそさようなら、お父さんお母さん。
さようなら、唯、ありさ。
そして、さようなら、コロ。
頭の中で流れる映像に別れを告げる。
....その瞬間だった。
真上からド派手な爆発音が鳴り響いた。
間近すぎて、耳がキーンっと鳴る。
鼓膜が破けるのではないかと心配になる。
この夢の中で、何度も鼓膜を破きそうになった。
とても騒々し過ぎる世界だ。
勢いのついた爆風が、煙を綺麗に掻き消してくれる。
目の前が徐々に晴れていく。
危険極まりない双子に、その場で口元を押さえ、しゃがみ込んでいたピーター。
そして、もう一人....
目の前に立っている彼女。
さっきまで泣きていたドロシーは、やけに堂々としていた。
ドロシー「黙って見てりゃぁ、ちんたらちんたらと...胸糞悪りぃもん吸わせてんじゃねぇ!!!!」
.......ドロシー?
いや、誰だ、これは。
姿形は可愛らしいドロシー。
しかし、口から出る言葉は、全く品がない。
ドロシー「あたいが見せてやんよ!モノホンの戦争って奴をなぁぁあ!」
そう言って、バスケットの中に手を入れる。
そこから取り出した物。
私が見ても分かる。
....ダイナマイトだ。
片手でマッチを擦り、ダイナマイトに大胆に点火させ、それを双子の方へ投げた。
ヘンゼル「げっ?!」
ドォォォォオンッ!!!.
爆発音が鳴り響く。
その爆風が、私の髪を乱暴に掻き乱す。
なんなんだ、これは。
誰なんだ、これは。
その言葉が、永遠に私の頭の中で繰り返される。
悲しい事に、それしか考えられない。
いつのまにか、大きな銃をバスケットから取り出していたドロシーは、どうやらマシンガン(なんとなく見た事がある)とやらを撃ちまくっている。
ドロシー「あたいのガトリングガンに酔いな!!!!」
爆発したばかりで、土煙が立ち上っている場に更にこれで追い討ち。
まるで地獄絵図を見ているようだ。
と言うより、あんな小さなバスケットから、どうしてこんな大きい物が出てくるかが謎だ。
ピーター「ドロシー!俺まで殺す気かよ!?」
銃声が鳴り響く中、ピーターの声が微かに聞こえた気がする。
ドロシー「あはははは!!!!死ねぇぇ、糞ガキ共ぉぉお!!!」
.....。
.....狂っている。
きっと、あれだ。
これは、夢なんだ。
いや、夢なのだから、夢で合っている。
いや、夢の中の夢。
もう、こっちが狂ってしまいそうだ。
あんなに健気なドロシーが、恐怖でおかしくなってしまった。
こんな地獄絵図、しばらくはトラウマになる。
いや、確実にトラウマだ。
グレーテル「汚いわよ、ドロシー!子供に対してあるまじき行為だわ!」
いや、それはお前達に言われたくない。
と、聞いていないドロシーの代わりに、心の中で答えておいた。
ガトリングガンと呼ばれた物が、次第にカスカスと軽い音を出し始める。
弾切れか何かなのだろうか、先程よりも静かになった。
ドロシー「ちっ、オーバーヒートしやがったか」
カラカラと空回りしている。
静かになったタイミングで、私は声を掛けてみた。
海希「ど...ド...シー...!!.」
私の痺れも、だんだんと緩んできてようやく声が出るようになった。
その微かな声に、狂乱ドロシーは気付いてくれた。
ドロシー「アマキ!大丈夫だったかい?!」
どうやら、私を気遣ってくれる程の優しさは残っているようだ。
ドロシー「待ってな!報復に、あのガキ共の骨をアクセサリーにして贈ってやるからよぉ!」
海希「いい!そんなのは求めていないから!」
なんて男前な事を言い出すんだろう。
本当に涙が出てきそうだ。
途端に、何かが私とドロシーを引っ掴む。
宙に浮いた体は、地面を徐々に地面を離れていく。
ピーター「2人共!逃げるよ!」
空を舞うピーター。
1人で飛んでいる時より、スピードがかなり落ちている。
女とは言え、人間2人を抱えているなら尚のことだった。
ドロシー「離しやがれ、年増小僧!あいつらの息の根を止めてやんだからよぉ!」
ピーター「その呼び方、やめろ!」
ひょろひょろと空を飛ぶピーターに抱えられ、ドロシーが暴れた。
余計にこちらがぐらついて、ハラハラドキドキだ。
ピーター「こら!暴れるな!」
落ちてしまう。
地面までの高さはそこまでないだろうが、落ちれば死ぬ高さだ。
海希「ピーター!!」
向こうの方で、双子が銃をこちらに向けている。
その瞬間、銃声が鳴り響いた。
ピーター「あいつら〜っ!!!本当に懲りないなっ!!!」
ひょろひょろとしながら、それでもうまく避けている。
すると、ドロシーがバスケットの中に手を突っ込んだ。
何を取り出すのかと思いきや、その手に持っているものは....
ドロシー「あたいからの置き土産だ!」
ピンを引っこ抜き、それを落とす。
落ちていく手榴弾は、大きな音を立てて派手に爆発した。
ピーター「!!!?」
爆風に煽られ、体が揺れる。
それを支えるように、ピーターが強く抱き締めた。
手を縛られたままでいる私は、自分の命をピーターに任せることしか出来ない。
怖い。
この状況も怖いが、何よりこの狂乱ドロシーが怖い。
ドロシー「ざまぁみやがれ、糞ガキ共!」
高らかに笑っている。
まるでこちらが悪者だったかのような雰囲気。
怖すぎて、ツッコミの加減さえ分からないでいた。




