神出鬼没の笑う猫
海希「...って、ちょっと待って!!!」
とてもお洒落な拳銃。
黒と白のコントラスト。
と、そんな呑気な事を言っている場合ではない。
能力とは、ただ拳銃の腕前を見せつけたいだけではないか。
レイル「最初は怖いかもしれないけど、慣れれば超快感だからさ、安心してよ」
海希「そんなクレイジーな事はごめんよ!!!」
天国に連れて行かれてしまう。
いや、私はいい人間ではないので地獄の可能性もある。
どちらにしろ、死ぬのは嫌だ。
レイル「にゃははは!あながち間違ってないかも。俺って退屈は嫌いだから、多少危ない事していないとつまらないんだよな」
そう言って、木の根元付近に銃を向ける。
私は思わず両手で耳を塞いだ。
ドンッ!!!
っと、弾けるような音。
テレビで良く見るシーンで聞く音だ。
生で聞いたのは初めてだった。
初めてだからこそ、怖いのだ。
海希「あんたね....!!!」
耳がキーンっとする。
真横で銃を撃つなんて、とても危険だ。
海希「しかも、それ本物じゃない!!」
カジュアルな拳銃だったので、玩具かもしれないと思った私が馬鹿だった。
本当に信じられない。
レイル「偽物なんか持つかよ、ダサ過ぎるだろ」
ふと、レイルが撃った場所に視線を落とす。
そこに、弾痕と呼ばれるものはなかった。
火薬のような臭いも一切無い。
そこに残されていたのはとても不思議なものだった。
海希「え....これって....」
青白く光っている。
円を描き、輪のなかには何かを象ったような図が現れていた。
まるで、魔法陣だ。
直径2メートル程の魔法陣が、地面の上をグルグルと回っている。
レイル「さぁ、行こうぜ!」
海希「わっ?!ちょっと待って!!!」
レイルに手を引っ張られ、その魔法陣にダイブした。
一瞬体を構えたが、地面に叩きつけられる感覚はなく、そのまま魔法陣をスルリとすり抜けたのだ。
背景が変わる。
次に地面に足を着けたのは、建物の中だった。
海希「ここ、どこ...?」
キッチンだ。
火が付いた鍋からはいい匂いがする。
この家の住人であろう人物の写真が、たくさん飾られていた。
レイル「さぁ。あんまり考えずに撃ったから分かんないや」
そう言って、レイルはまた銃を撃つ。
ドンっと音が響く。
壁に放たれた魔法陣に、レイルは私の手を引きながら躊躇なく進んだ。
また背景が変わる。
今度は河原。
水の流れる音が聞こえる。
岩場から出てきた私達は、その砂利の上に立っていた。
レイル「目的地を考えずに移動するのって、超楽なんだ。それに、次はどこに飛ばされるのかドキドキしない?」
レイルはとても楽しそうに、また銃を一発。
砂利の上にできた魔法陣に、まるで落とし穴にはまったかのように落ちる。
そして気付けば、目の前は空。
空が遠くなっていく。
私達は勢い良く落ちているのだ。
海希「なんでこうなるのぉぉぉ???!!!!」
真っ逆さまになり、私達は重力に従い地上へ落ちるだけだった。
肝が冷える。
ピーターと空を飛んだ時より、私の肝はヒヤヒヤだ。
レイル「にゃはははは!!!最高ーーっ!!!!」
私とは違い、レイルは楽しそうだった。
涙が出てくる。
頭の中で、両親や友達の顔が走馬灯のように駆け巡った。
泡が消えていくように、記憶が一つ一つ割れていく。
中には、コロと出会った映像もある。
唯に避けられる日々。
レイル「よっ...と」
レイルに抱き寄せられ、映像が途切れた。
地面に叩きつけられる前に、レイルが銃を撃った。
その音と共に、宙に浮かぶ魔法陣。
それをすり抜け、落ちた先は鶏小屋だった。
柔らかい藁の束がクッションになり、さほど痛みはない。
藁と言うより、レイルを下敷きにしていた私は、全くの無傷だ。
レイル「いてててっ....アマキ、大丈夫?」
海希「大丈夫な訳ないでしょ!」
死ぬかと思った。
あんなスリリングな事をして生きているのが信じられないくらいだ。
そのおかげで、"落ちる"と言う事がどれだけ怖い事なのか理解出来た。
二度と体験したくない。
海希「最悪!本当に最悪!死ぬかと思った!」
頭に血が上っていた。
まだ体に落ちる感覚が残っている。
レイル「最悪じゃなくて、最高の間違いだろ?スリルがあって、なんかすっげードキドキだったぜ!!」
私とは違い、レイルは別の意味で興奮状態だった。
わなわなと体を震わせながら、歓喜いっぱいの模様だ。
レイル「やばい....物凄い快感だったぜ...!!」
......。
余韻に浸っている。
私の真下で。
側から見れば、ただの変態だ。
海希「馬鹿じゃないの!?」
私は起き上がり、服に付いた藁を払った。
鶏達が、声を上げながら慌てふためいている。
レイル「ひっどいなー。なんでそんなに不機嫌なんだ?」
何故不機嫌になる理由が分からないのだろう。
頭が痛くなってくる。
海希「それ、私の前で二度と撃たないで」
レイル「えぇ?!」
私が予想しているほど、物騒な物ではなかった。
物騒なのはこいつだ。
とりあえず、この白黒銃は、弾で相手を殺す物ではないらしい。
弾ではなく、魔法陣が発射されるのだ。
浮かんだ魔法陣を通り抜ける事によって、違う場所に瞬間移動できる。
つまり、ワープ出来るのだ。
これが彼の"能力"なのだろう。
よくよく考えると、とても便利な物だ。
わざわざ動き回らずとも、目的地にたどり着く事が出来る。
海希「って言うか、そんな便利な物があるなら、早く言いなさいよ。歩く必要ないじゃない」
レイル「何度も使おうとしただろ?俺が使おうとしたら、あんたが嫌がったんじゃないか」
身に覚えは...ある。
海希「そんな使い道の物だって知らなかったんだもん」
普通の拳銃だと思っていた。
まさかそんな摩訶不思議な銃だとは、誰も思わない。
レイル「とりあえず、ここから出よう。鶏臭くてたまんないぜ」
鼻を擦りながら、レイルは私の手を引く。
外に出ると、明るい日差しが私達を迎えてくれた。
しかし、迎えてくれたのはそれだけじゃない。
レイル「....!!!!」
レイルが急に立ち止まった。
私は不思議になり、声を掛けた。
海希「レイル?」
兵士「貴様は...」
目の前にいた鎧の兵士達に見覚えがあった。
見た目だけでは、みんな同じように見える。
私はゴクリと息をのんだ。
兵士「チェシャ猫だ!チェシャ猫がいたぞ!」
レイル「やべ!」
一目散に逃げるレイル。
私は彼に引っ張られ、同じように走っている。
海希「待って、レイル!」
そんなに引っ張られると、躓いてしまいそうだ。
今でも足がもつれかけている。
レイル「よりによってここに飛んだのかよ...スリルあり過ぎだろ!!!」
後ろから追ってくる兵士の数は増えている。
なんだか、私はこの夢の住人にろくな目に遭わされていない。
ドンっと発砲するレイル。
走る先には城壁。
そこに魔法陣が浮かび上がった。
海希「わっ!!!!」
言わんこっちゃない。
だから待てと言ったのに...
とうとう、私の足がもつれ派手に転倒した。
一瞬離れてしまったレイルは、すかさず私の元へ駆け寄って来る。
レイル「アマキ!」
そして、銃声が鳴る。
この音は、レイルが撃ったものではない。
兵士達が、一斉に射撃してきているのだ。
これでは一網打尽。
今度こそ死んでしまう。
レイルが私をかばうように前に立った。
そして、兵士達に向かい銃を構える。
それは、一つではない。
両手に同じ拳銃を持っているのだ。
ドンッドンッドンッ!!!!
何度か撃った後、目の前には複数の魔法陣が、まるでプロジェクションマッピングのようにグルグルと回っていた。
何かのショーを見ているみたいで、とても綺麗だ。
その魔法陣達に吸い込まれるように、兵士達が撃った銃弾が入っていく。
もちろん、魔法陣を通り抜ける事によって私達までは届かない。
しばらくすると、魔法陣が消えていく。
そのタイミングで、レイルはまた銃を構えた。
レイル「そのまま返してやるよ」
ドンッドンッドンッ!!!!
連続で発射される魔法陣。
そこから勢い良く飛び出したのは、複数の銃弾だった。
全てが相手に飛んでいく。
倒れていく兵士達に、追い討ちを掛けるようレイルは撃った。
いくつかの魔法陣が兵士達に当たり、彼らは姿を消していく。
強制的にワープさせられたのだ。
それでも兵士達は、次から次へと増えていく。
銃弾を受けても、すぐに立ち上がってくるのだ。
その光景は、まるでソンビ映画のようだ。
レイル「行こう」
私を抱えると、レイルは城壁に浮かんでいた魔法陣に飛び込んだ。
すり抜けると、静かな森の中。
目の前には、いつものバスが停まっている。
帰って来られた。
スリル満点のデートと呼ばれるものから生還出来たのだ。
レイルとは二度と出掛けない。
帰った後に、彼に言ってやったのは言うまでもない。




