笑う猫の森案内2
レイル「なぁ、アマキ!デートしようぜ!」
突然の誘い。
...と、言う訳ではない。
幾度となく、こうやって軽いノリのように誘ってくる。
もう何百回目の話だった。
海希「あんた...指名手配犯って自覚はあるの?」
これも何度も質問した。
何度質問しても、同じ答えが返ってくる。
レイル「あるよ?だから、こうやってあんたとデートに行くのを我慢しているんだろ?」
我慢していると言えるのだろうか。
私がオッケーを出せば、絶対出掛けるではないか。
私が拒否しているから実行されないだけだ。
レイル「だから、デートしようぜ!絶対にあんたを楽しませてあげるからさ!」
すぐに銃を取り出す癖があるのに、何を言っているのだろう。
寝言は寝てから言って貰いたいものだ。
海希「駄目よ。見つかっちゃったら、レイルが捕まっちゃう」
たかが林檎を食べただけで死刑なのだ。
可哀想過ぎて、庇いたくもなる。
レイル「俺の事、心配してくれるの?凄く嬉しい」
私の膝に頭を埋める。
コロだと確信してから、レイルの一つ一つの動作が、猫らしく感じられた。
これも、猫としてのスキンシップ。
かなり甘えられている。
レイル「でも、逃げてばかりもいられないからね。アマキにいつまでも心配掛けていられないし」
体を起こし、私を見つめる。
左右の違う色を持つ瞳。
その瞳孔が細くなった。
レイル「だからさ、ね?俺に付き合って?」
とても甘ったるい声。
ゴロゴロと喉を鳴らす。
本当に反則だ。
彼がコロではないと思っていた時期に戻りたくなる。
それほど可愛く見えたのだ。
海希「分かったわよ。付き合えば良いんでしょ、付き合えば」
レイル「やった!じゃぁ、今すぐ行こう」
こうして、レイルとのデート(?)が始まる。
こんな事をしている場合なら、お城の人に謝りに行きたいくらいだ。
海希「ねぇ、何処に行くの?」
バスから降りて、しばらく歩く。
私の手をギュッと握るレイルは、とても楽しいそうに返事をした。
レイル「猫は自由気儘なんだ。行き先なんて、全然考えてないって」
海希「は?!」
行き先を考えずにデート...なんてセンスが悪いんだ。
人の事は言えないが、こんな男に一生恋人なんて出来ないと、私は確信する。
可哀想なコロ...。
とは言え、いつの間にかなんだか険しい道に入っている。
地面も凹凸があり、緩やかな坂道から少しずつ急になりつつある。
進めば進むほど、道なき道を進んでいるようだ。
こんなデートコースを選んでおいて、本当に気儘に進んでいるのであれば...絶対にセンスがない。
間違いなくセンスがない。
海希「ねぇ....何か私に恨みでもあるの?」
息を切らしながら、前を歩くレイルに言葉を投げ掛ける。
けれど、彼は私と違い、余裕を浮かべた表情だった。
レイル「恨み?なんであんたを恨まなきゃならないんだよ?俺がアマキに惚れてるの知ってるくせに」
絶対に嘘だ。
私に嫌がらせをしている。
でなければ、こんな過酷な登山コースを歩かせたりはしない。
海希「怒ってるなら謝るから、戻って良い?」
レイル「いや、だからなんで俺があんたに怒らなきゃいけない訳?本当におかしな事を言うよな。まっ、そう言う所も好きなんだけど」
恥ずかしくなって来る。
そこまで好きだ好きだと言われたのは初めてだ。
海希「....あんまり、そう言う事を言わないでよ」
レイル「そう言う事って?」
海希「だから、その好きって言うの」
レイル「どうして?好きだから好きって言ってんのに」
レイルの言う事は正しい。
好きだから、好きと言葉にして伝える事は大切だ。
それを求める女性だって、たくさんいる。
海希「恥ずかしいのよ。慣れてないから」
素直な子は好きだ。
だけど、限度というものがある。
言われ過ぎると照れてしまうし、反応に困るのだ。
それに、なんだか言葉が軽く聞こえてしまう。
レイル「慣れてないなんて嘘吐くなよ。前に他所の男に迫られてたくせに」
海希「!!!!」
誰の事を言われているのか、頭をフル回転させて考える。
そんな男の前に、コロを連れ出した記憶はない。
レイル「確か...ヒュウガ?って奴だっけ。あんな貧弱そうな男と仲良くしちゃって。これからも仲良くしようだなんて、引っ掻いてやろうかと思ったぜ」
顔が熱くなる。
それは、まだ記憶に新しい。
公園へコロと散歩に出かけた午後の話だ。
海希「あんた、聞いてたの?!」
あの時、コロは全く興味がなさそうだった。
興味がなかったのは日向先輩に対してだったが。
レイル「あぁ、聞いていたよ。でも、あんたはちゃんとあいつを否定してくれていたし、俺に出る幕はなかったからね」
出る幕など無いに決まっている。
どうして猫に許可を貰う必要があるのか。
レイル「よし、着いたぜ」
日差しが眩しい。
いつの間にか森を抜けている。
山頂のような場所にやって来ていた。
上からの眺めは絶景で、この世界が一面に広がっている。
そのパノラマを見て、私は感動した。
海希「うわっ...凄い」
レイル「アマキ、こっち」
レイルに手を引かれるがまま、一本の木の方へ歩み寄る。
すると、急にふわりと足が浮いた。
浮いたのは、ピーターがやったようなマジックのせいではない。
レイルが私を抱えあげたのだ。
それも、お姫様抱っこだ。
海希「わっ!なに!?」
ひょいひょいと、器用に木を登っていく。
ちょうどいい高さまで来ると、レイルは私をゆっくりと降ろした。
レイル「ここ、眺めが良いんだ!」
心臓が飛び出そうになる私には気付かず、彼はその場に座り込む。
確かに眺めは良い。
私も嫌な気にはならなかったので、レイルの隣に腰を下ろした。
レイル「あれがアルムヘイム城。この世界で一番の財力がある。もちろん権力も。城下町には、いろんな店があって、買い物するなら、あそこが手っ取り早い」
一面に広がる地図に、彼はお城を指差しながら言った。
レイル「あんたを捕まえようとした兵士共がたくさんいる。あんまり派手な事はしない方がいいかも。あの兵士はしつこいからな...」
海希「なんで私が捕まえられなきゃいけなのか疑問なんだけどね」
レイル「あんたは珍しいからだよ。それに、俺の恋人だしね。それから、あのお城の向こうに見えるのがユグドラシルだ」
"恋人"という言葉に否定を入れる前に、レイルは話を進めてしまった。
レイル「マナの木、って呼ぶ奴もいるけど、あの木はこの世界を支えている世界樹なんだ」
海希「本で読んだ事がある。北欧神話に出てくるあれよね?」
レイル「ホクオウ?う〜ん、それと同じものかは分からないけど、この世界じゃ、ユグドラシルがないと生きていけない」
海希「そうなの?確かに、何か不思議なパワーがありそう...パワースポットね」
何度見ても美しい。
緑の葉がキラキラと煌めいている。
自然に惹きつけられる。
それくらいに魅力的だ。
もっと近づけば、何かしらご利益がありそうだ。
レイル「あの木は、城の奴らに守られていて、滅多に近付けないんだ。まぁ、近付かなくてもユグドラシルはたくさんのマナを放出させているから、俺達にはなんの問題もないんだけど...」
海希「ねぇ、マナって何?」
マナを放出?
やはり考えても、意味が分からない。
レイル「ユグドラシルと言うより、マナの力が必要なんだ。マナは俺達に力をくれる。マナがないと、能力が使えない」
海希「....あんた、魔法でも使えるの?」
能力とはなんだ。
いったいどんな能力を使えるのだ。
そんな意味を、その一言に込めた。
レイル「俺が?使える訳ないだろ、俺は猫だ。魔法使いじゃあるまいし」
なら超能力か。
ピーターが空を飛んだように、あんな感じのものが使えるのだろうか。
それなら納得がいく。
レイル「あと、あっちはこの世界で一番大きな湖なんだ。巷じゃぁ、人魚が出るって噂で、凄い人気スポット」
海希「人魚って....」
ここに来てすぐに、私は彼女に出会った。
泣いている彼女を励ましたのがきっかけとなり、仲良くなった。
下半身は魚のような尾びれが付いており、とても美しかった。
気付いた時には、あっという間に去って行ってしまったが、あの子は今どうしているのだろう。
レイル「人魚の能力を巡って、血眼になって探してる奴らもいる。滅多にお目にかかれない貴重な存在なんだ」
海希「そう....なんだ」
そんな存在と友達になってしまった。
言えない。
血眼になるほど彼女を狙っている人物がいるなら、黙っておいた方が良さそうだ。
レイル「あそこに、赤い建物が見えるの分かる?」
レイルの指差す先。
湖とは逆に、お城の反対側にある場所。
確かに、ここからでも分かるくらいの赤い建物がある。
お城とまでは言わないが、目立つ赤い建物は、しっかりした柵もあり、威厳がある。
ただ、目には優しくない色だ。
レイル「あそこは裁判所なんだ。すっごい怖いおばさんと、すっごい胡散臭いウサギがいる」
海希「ウ、ウサギ?」
おばさんはともかくとして、ウサギに食いついてしまったのは、私もまだまだ子供だと言う証だ。
レイル「俺、あそこも苦手なんだ。堅苦しそうだし、息をするのも苦しくなる」
海希「裁判所って言うのは、そう言うものよ」
すでに私の頭の中では、胡散臭そうなウサギの姿が浮かび上がっている。
それが、兎耳の付いた人間でなければ、可愛いものだが。
レイル「で、あの辺が俺たちが入ってきたゲート。ここからじゃぁ見えないけど、ゲートより向こうに進めば、鏡の城がある」
海希「鏡の城?」
なんだか遊園地のアトラクションにありそうな名前だ。
メルヘン過ぎる。
レイル「俺も行ったことがないから、どんな場所なのかは知らない。鏡の城に行くには、ゲート付近を通らなくちゃ行けないから、能力が使えないんだ」
また能力。
さっきから能力と言う言葉が飛び出している。
言われれば言われるほど気になってしまう。
ピーターのように、空を飛べるような能力が、みんなにあると言う事だと思っていたが、なんだかニュアンスが違うような気がする。
レイル「まぁ、大体は説明できたかな。直接見に行った方が楽しんだろうけど....」
海希「あんたも空を飛べるの?」
さっきは、魔法ではないと言っていた。
レイルは魔法使いではない。
だから魔法は使えない。
けれど、能力は使えると言う事だ。
魔法も能力も、同じようなものの気がしたが、こちらの世界では全く別物なのかもしれない。
レイル「それはピーターの特権だって。なに?ピーターと空を飛んだ事が、そんなに楽しかったの?」
不機嫌そうに答える。
少し拗ねたような感じだった。
銃を取り出さないところを見ると、まだ怒ってはいないらしい。
海希「そうじゃないけど...」
レイル「...けど?」
彼は、次の言葉を待っている。
黄色と青色の瞳が、私を捉えて離さない。
瞳孔が細くなり、私に体を寄せてくる。
海希「さっきから能力って言葉を使うから、あんたも空を飛べるのかなって」
ピーターとの飛行体験は、楽しいものではなかった。
あんな銃撃戦がなければ、もっと気持ちの良いものだったかもしれない。
レイル「俺は空を飛べない。そもそも、あいつのそれは能力じゃない。あいつの能力は...趣味みたいなものだからな」
海希「趣味?」
レイル「そっ。それに比べて、俺の能力はイカすぜ?使い熟すにはちょっと気が入るけど、超便利過ぎるやつで....」
あっ、と閃いたような言葉と共に、レイルの尻尾がピンと張る。
そして私を見ると、ニヤリと笑った。
レイル「...もしかして、俺の能力見たい?」
とても嬉しそうに。
悪戯を思い付いた悪ガキのような顔だ。
見たくない事はない。
もし、そんな魔法のようなものが使えるなら、見てみたい。
私の好奇心が疼く。
海希「うん。見せてくれるの?」
すると、レイルはとても嬉しそうに表情を明るくする。
レイル「にゃはははは!嬉しいな、あんたが久々に俺に興味を持ってくれた!」
興味はある。
猫耳や尻尾がどのように生えているのか、実に興味深く思っていた。
この夢の世界があまりにも不思議な事だらけで、他に目がいってしまっていただけだ。
レイル「いいぜ。俺も退屈なのは嫌いだからさ。アマキをいろんなところに連れてってあげる」
すくっと立ち上がり、彼の手が差し伸べられた。
私は躊躇なく、その手に掴まり立ち上がった。
一体何をしてくれるのだろう。
なんだか胸が高鳴る。
その期待を綺麗に消してくれたレイルの行動。
それは、またあの白黒銃を取り出した事にあった。




