お城へご招待2
海希「.....私?」
兵士「そこのお前だ!」
挙動不審になりつつある私は、やはり怪しげに見えるのだろうか。
兵士数人が、私を見ている。
兵士「見かけない顔だな、名乗って貰おうか」
職務質問だ。
私だって、こんな不思議な夢を見続けるのは初めてなので、見かけない顔なのは当たり前だろう。
鎧を身にまとった相手にそんな事をされる経験なんて、私の人生にないものだと思っていた。
中世の騎士のような姿。
生で見るのは初めてなので、よく分からない。
しかし、とても立派だ。
相手が動く度に、ガシャガシャと音を立てている。
逆にこちらが聞きたいくらいだ。
兵士さん達はどこの誰で、警察なのかどうなのか。
その鎧は趣味なのか制服なのか、と。
海希「稲川海希です。それと、学生やってます。今は、学生証も免許証も持ってなくて...」
相手が持っている大きな剣。
なんだか怖くて目が離せない。
兵士「お前!!向こうの住人か?!!」
海希「え?」
私は、今まずい事を言ってしまったらしい。
踏んでしまった地雷がなんだったのか分からないが、目の前の兵士が大声を上げた。
海希「え?な、なに?」
男達は、ヒソヒソと話し込む。
私をチラチラと見ながらだ。
兵士「まさか、あのチェシャ猫の影響か...」
兵士「うむ、その可能性は十分にある」
兵士「しかし、明確には判断できん」
ヒソヒソと。
なんだか嫌な予感がする。
ゲームや映画なんかでは、だいたいこの後の展開はバトルに入る。
残念ながら、今の私は武器屋に立ち寄らずにいるので装備不足だ。
それに、相手は厳つい鎧。
あの剣に立ち向かえそうな物が、このバケットしかないのだ。
海希「あの....私、何か悪い事でもしました?」
悪い事をしたのなら、謝っておこう。
なにか罰金があるのなら、後でピーターに頼んでお金を借りて....と、そんな事を考えていたが、無意味だったようだ。
兵士「城まで一緒に来てもらおう。抵抗はするな」
海希「え?」
縄で両腕を縛られる。
これではまるで罪人のようだ。
海希「ちょっと待って!理由を教えて!」
これが任意同行なら、確実にお断りする。
けれど、彼らは強引に私を引っ張った。
兵士「良いから歩け!質問は城の中でさせて貰う!」
嘘でしょ嘘でしょ嘘でしょ!!!???
心の中で何度も叫んだ。
こんなのは違法取り締まりだ。
これが私の経歴に残ったら、就職に不利になってしまう。
海希「こんなのって絶対ない!私が何したって言うの!?」
周りの人々から哀れな視線を送られる中、私はこれでもかってほど叫んでいた。
だけど、兵士達に迷いは見られない。
グイグイと強く引っ張られ、前へ進むしかなかった。
海希「うわっ!!?」
今度は、急に後ろから引っ張られた。
冷たい鎧の男達から引き離すように、グイッと勢い良く。
その手の主は、ピーターだった。
兵士「お前....!!!」
ピーター「この子に何か用があるの?」
私の手のロープを、素早くナイフで切ってくれた。
私を背に隠すように、ピーターは前へ出る。
海希「ピーター!!」
ピーター「今は、俺がこの子の保護者なんでね。何かあるんなら、俺を通して貰わないと」
緑まみれの青年に保護者になって貰ったつもりはないが、今はそうしておく。
何より、そんな流暢な事を言っている場合ではないからだ。
兵士「お前には関係のない事だ....いや、もしかするとお前も...」
ピーター「言っとくけど、チェシャ猫とは犯罪者になってから縁を切っている。俺には関係のない話だって、散々説明したよね?」
とても優しく丁寧に話すピーター。
事を丸く収めようとしているのが分かる。
兵士「その女は他所の人間だ!そいつに関係があるのなら、お前も拷問にかける!」
海希「ごごご、ごうもん!?」
このご時勢、聞き慣れない言葉が飛び出した。
なんて酷い事をしようとしているんだ。
この兵士達は、やはり悪徳兵士だ。
兵士達が、剣を抜く。
スラリとしたその刃が、不気味に光った。
ピーター「俺は平和主義者なんだ。そんな乱暴な事されるのは....」
ピーターの言葉を遮るように、剣が走った。
彼が持っていた紙袋が真っ二つになり、入っていた中身が転げ落ちる。
向こうはやる気満々だ。
私は、彼の後ろで小さく悲鳴を上げた。
ピーター「....本当、だから嫌いなんだよな大人って」
振りかざされた剣を器用に避けていく。
私に振り向き手を取ると、一気に走り出した。
海希「なんなのよ、これ!!!!」
振り向く事も出来ない。
鎧の男達が剣を片手に、私達を追いかけて来るからだ。
ピーターに引っ張られながら、買い物した荷物を片手で抱えるのに精一杯だった。
ピーター「君が勝手に絡まれてたんでしょ?何か怒らせたの?」
海希「何もしてない!」
人混みを避けながら、走り続ける。
まだしつこく追ってくる兵士達。
あの重たそうな鎧で、よく走れるものだ。
ピーター「俺に掴まって」
海希「え?」
さっきよりグイッと引き寄せられ、腰に手を回された。
そしてピーターは2、3歩踏み込むと、勢い良くジャンプした。
私の足は、彼に引っ張られるがまま宙に浮いた。
足が地面から離れる。
そして、どんどん離れていく。
海希「え、え、え?!嘘でしょ??!!!」
すでに地面から、私の体はだいぶ舞い上がっていた。
地面に降りる事なく、言葉通り宙に浮かんでいるのだ。
ピーター「あんまり暴れないでよ。じゃないと、落っこちちゃうからね」
落っこちると可愛く言っているが、そんな問題ではない。
海希「なんで浮いてるの?!お、落ちる!!!」
ピーター「大丈夫だって。俺から離れなければそれはない」
にっこりと笑うピーター。
彼のような余裕なんて、私にはない。
彼から離れれば、落ちると言う事だ。
私は思わず彼にしがみついた。
ピーター「ははっ!そんなにくっつかれると照れるな。後でレイルにどやされる」
おまけに呑気に笑っている。
加速をつけて空を飛んでいる中、私は興奮状態だった。
海希「降ろして!怖過ぎる!」
ピーター「え?降ろしてあげても良いけど、走り回っていたらあいつらに捕まるかもよ?」
その瞬間、後ろから物凄い音が聞こえた。
何かを連射させる音。
その音が聞こえたと同時に、何かが近くを横切る。
それは銃の弾だ。
ピーターの緑の服の袖に擦り、少し黒く焦げていた。
私はそれを見て、さらに青ざめる。
ピーターが私共々、くるりと反転した。
遠くで、兵士達が銃を構えているのが見える。
更に相手は、私達を撃っていた。
宙を綺麗に舞うように動きながら、ピーターは困った顔をした。
ピーター「あぁ、もう....」
途端に、どこからともなく数本のナイフを取り出す。
銃撃を避けながら、ピーターはナイフを投げると、それは見事に兵士達に的中した。
更にナイフを取り出し、また投げる。
的中率が100%と言って良いほど、命中してしまう。
しかし、兵士達だって負けてはいない。
すかさず銃をとり、また撃ってくる。
倒れても倒れても、数は増えていくのだ。
どこからか湧いて出るように。
ピーターはその繰り返しに溜息を吐いた。
低空飛行になり、近くの建物の屋上に身を隠すように降り立った。
ピーターは私を離し、優しく言った。
ピーター「君、1人であの森まで帰れる?」
海希「え...なんで?」
ピーター「これじゃぁ、あいつらにつけられる。俺が何とかひきつけるよ」
それは、ピーター自身が囮になるという事だ。
銃を持っている相手に、そんな事までさせられない。
海希「駄目!そんな無茶な事しないで!」
空を飛んだ事も無茶な話だったが、
銃を持った相手に、空を飛んでいようがいまいが関係ない。
ピーター「俺じゃ、的にしかならないからね。レイルほど逃げるのはうまくないんだ。大丈夫だよ、君がいないのなら接近戦も出来るし...」
海希「だから無茶な事はしないでってば!」
言葉を遮る。
ナイフを投げるような人間に、無茶をするなという方がおかしいのだろうか。
ピーター「あはは、君って面白いね。俺の事、心配してくれるんだ?」
海希「当たり前でしょ!私を冷酷な女とでも思ってるの!?」
すると、ピーターは少し驚いたような表情を浮かべた。
知らない人間になら、そうはならない。
けれど、彼とはレイルを通して接点を持った。
それに、彼は私を助けようとしてくれている。
心配しない訳がない。
海希「私なんかの為に、あなたを犠牲にする事なんて出来ない!」
ピーター「君は本当に優しい子だね...レイルが君を好きになる気持ち、分かる気がする」
彼は、ふわりと微笑んだ。
そして私の手を取ると、その手の甲に軽く口付けをしたのだ。
海希「!!!?」
ピーター「助けてあげる代わりに、レイルには秘密にしておいてね?」
呆気に取られていた。
呆気に取られ過ぎて、空に戻る彼を止める事すら忘れていた。
海希「ピーター!」
華麗に空を飛び回る。
自由自在に方向転換を繰り返しながら、銃撃をかわす。
時折、ナイフを両手から放ち、彼らを翻弄していた。
私からどんどん遠ざかっていく彼に目を奪われていると、また後ろから腕を引っ張られた。
海希「きゃっ!!?」
引っ張られた勢いで、誰かの体に支えられる。
顔を上げると、そこには猫の青年がいた。
レイル「や〜っと、見付けた!」
海希「コロ?!」
彼から離れ、辺りを見回す。
さっきまでいた町並みなどなく、いつの間にか錆び付いたバスがある、あの森に来ていた。
海希「あれ?!な、なんで...」
レイル「って言うか、こっちの世界でそう呼ぶのやめて欲しいかも....」
後ろを向いても、すでにピーターの姿はどこにもない。
彼どころか、背景がそのまま切り取られたかのように変わっている。
いや、背景だけではない。
私がさっきまでいた場所と、丸っきり違うのだ。
まるで、瞬間移動したみたいに...
海希「ってそうじゃない!コロ、大変よ!ピーターが!」
レイル「いやだから、コロじゃなくて俺、レイルだからさ...」
今更な話だった。
どちらでも良かった私にしてみれば、どうでも良い話だ。
海希「ピーターが訳の分からない兵士に撃ち殺される!助けに行かないと!」
レイル「え?兵士?」
とりあえず、さっきまでの出来事を簡単に話す(ピーターとの事は約束なので話さない。と言うか、話し辛い)。
すると、レイルの表情が徐々に冷たくなっていった。
レイル「ふーん...あいつら、あんたに酷い事しようとした訳だ」
その声のトーンに、思わず口を噤んだ。
何かいけない事を言ってしまったような気がしてくる。
予想通り、レイルはあの白黒銃を構えた。
レイル「ようするに、あの城の兵士共をぶっ殺しに行けば良い訳だな」
海希「違うわよ!」
物騒な言葉が飛び出た。
そんな戦争をおっ始めるお願いなどしていない。
レイル「あんたを捕まえて、拷問しようとしてたんだぜ?放っておけるかよ」
海希「私はそんなに気にしてないから!それより、ピーターを助けに行ってあげてよ」
レイル「あいつなら大丈夫だって。あんな奴らに捕まるような奴じゃない」
ピーターを助ける事よりも、何より兵士達を殺したいらしい。
そんな物騒な事を、コロにはさせられない。
レイル「そんな事より、まずは城に乗り込んで....」
海希「いい!それはいいから!」
レイルの兵士達に対する殺意を抑える。
どうして私の事になるとそんなに熱くなるのか、全く理解出来ない。
レイル「って言うか、あんたもあんただぜ。敵に名前を教えるなんて、絶対やっちゃいけない事だ」
海希「え?」
思わぬ所を指摘されてしまい、ポカンと口を開けてしまった。
名前を訊かれたから答えただけだ。
そこまで言われる事でもない。
海希「名前くらい、普通名乗るでしょ」
レイル「こっちの世界じゃ、普通じゃない。初対面なら尚更だ」
海希「初対面だから尚更名乗るんでしょ」
すると、レイルは更に話を続けた。
レイル「名前ってのは、そいつの全てが入ってるんだ。それを自分の言霊と一緒に口に出すなんて、その一部を敵に教えているみたいなもんだぜ?」
あの兵士達は、占い師か何かなのだろうか。
名前から性格や未来を見出す事が出来るのは、占い師か超能力者ぐらいだ。
レイル「とにかく、これから名乗る時がきたら、信頼出来る奴以外はやめた方がいい。あとは、相手が先に名乗ってからだ。他は絶対に駄目」
海希「他人に呼ばれる分はいいの?」
レイル「うん。自分で名乗っちゃいけないんだ」
丁寧に忠告してくれるレイルに、感謝をするべきか悩む問題だ。
とくに名乗りたいと言うほどでもないので、そんなにいけない事なら、やめておいた方が良さそうだ。
レイル「今度からはチェシャ猫の可愛い花嫁さん、って名乗れば良いよ。その方が、響も良いしさ」
そう言えば、さっき追い掛けられた兵士達の会話に出てきていた。
チェシャ猫とは、きっとコロの事だ。
確信はない。
しかし、分かる。
何故なら、彼が猫だからだ。
海希「って、誰があんたの花嫁よ!」
レイル「嫌がる事ないのに。なんか、アマキってこっちに来てから俺に冷たくないか?」
シュンっと垂れる耳。
なんだか可愛い。
レイル「撃たれたって事は...あんた、どっか撃たれたりしてない?痛いとこはない?」
レイルに体のあちこちを確かめられる。
まるで親のように心配され、なんだか複雑な気分だ。
海希「大丈夫よ。ピーターが守ってくれたから」
ピーターは大丈夫だろうか。
あの空を飛び回る青年。
やはり自分の知っているピーターだった。
レイルは大丈夫だと言っていたが、今も戦っているのだろうか。
怪我をしていなければと、祈る事しか出来ない。
レイル「ピーターに...ね。俺がいれば、そもそもそんな危ない目に遭わせなかったのに。あいつに会ったらとっちめなくちゃな」
殺す、ではないのが友達の特権なのだろう。
レイルは私の頬を舐める。
猫のように、まるで甘えているようだ。
レイルをコロだと確信した今、そんなに抵抗する気にならない。
海希「ねぇ、コロ...じゃなくてレイル」
少し表情を歪ませたが、私が言い直すと彼はすぐに笑顔に戻った。
レイル「ん?なに?」
海希「あんた...人を殺したの?」
ピクリとレイルが反応したのが分かった。
顔を近付け、ジッと私を見ている。
レイル「誰から聞いたの、それ?」
ピーターだ。
他人から聞いた話。
だから、本人に訊いてみようと思ったのだ。
嘘だと思ったから、何かの間違いだと思ったから、本人の口から聞きたいと思ったのだ。
レイル「誰が言ったのかは知らないけど、俺は殺しちゃいない」
その一言に、予想以上に安心した。
私はやはり、猫のコロが好きなのだ。
もしもこのレイルがコロならば、やはり人は殺して欲しくない。
可愛いいままの猫でいて欲しい。
これからもずっとだ。
海希「うん....噂って聞いたから、ちょっと心配しただけ。それに、指名手配されてるんでしょ?」
人殺しより林檎を食べた事に対してだ。
こんな意味の分からない法律があったのではたまったものではない。
海希「どうせ、あのお城の林檎食べちゃったんでしょ?じゃなかったら、そんな馬鹿な事で指名手配なんかされないわよ」
懸命に謝れば、なんとか許して貰えるかもしれない。
私の中では、それくらい小さな罪なのだ。
むしろ、罪にもならない程だ。
海希「私も一緒に行くから、謝りに行こう?」
すると、レイルは困ったように顔を顰めた。
そして困ったように笑って、私を優しく抱き締めた。
その行動が、どう言う意味を示しているかは分からない。
だけど、とても悲しそうに見えた。
海希「レイル?」
レイル「十分だよ。アマキは十分、俺に良くしてくれた。だから、俺はここに帰ってこれた。それで十分だ」
甘えるようで、少し寂しそうな声。
思わず、彼の頭を撫でた。
とても可愛い猫。
私の好きなコロ。
その姿が、一瞬彼と重なったのだった。




