お城へご招待
海希「......」
いつになれば、この夢から覚めるのだろう。
サクサクと歩く、この並木道。
目の前には緑好き(偏見)の青年。
なんだか隣を歩きたくない。
そんな気持ちから、彼より少し後ろを歩く。
ピーター「君って、好きな男の2、3歩後ろを歩くタイプ?」
海希「私はあなたの事、好きじゃないわよ」
きっぱり言ってやった。
けれど、ピーターは楽しそうに笑っている。
ピーター「ははっ!俺の事を言ってる訳じゃないよ!ただ、男を立ててくれるタイプの女性なのかなって思っただけ」
クスクスと笑うピーター。
なんだか自分が自惚れていたみたいだったので、恥ずかしくなった。
海希「私がそんな風に見える?」
ピーター「うーん、俺には分からないけど、レイルは引っ張ってくれる子の方がタイプみたいだね。君みたいな」
海希「言っとくけど、恋人じゃないからね」
釘を刺しておくがピーターは、はいはい、と適当に返事をしていた。
今、この場にレイルがいない為、私の意見に反論する者はいない。
誤解を解くなら今しかない。
誤った情報は命とりになる。
私がこの緑男と2人で向かっているのは城下町。
歩いていく先に見えるのは、ここから見ても立派だと分かるお城が建っていた。
まるで映画に出て来るような素敵なお城。
世界遺産の一つに認定されているのではないかと思わんばかりの印象を受ける。
海希「ねぇ、コロが犯罪者ってどう言う意味?」
ピーター「コロ?」
しまった。
癖で、ついその名で呼んでしまっていた。
海希「あっ、間違えた。今のは違う、レイルの事」
私が言った、その瞬間だった。
ピーターの顔が、一気ににやけた。
そして頬を膨らまし、爆発させたのだ。
ゲラゲラと。
ゲラゲラと笑っている。
お腹を抱え、ゲラゲラと。
なんだかよく分からないが腹が立つ。
殴ってやりたくなる。
海希「とりあえず殴って良い?」
ピーター「....っ!!!ごめん、ごめん!!!いきなり君が面白い事を言うから...!!!」
謝ってはいるが、まだ笑っている。
なにがそんなに面白いのか。
ピーター「本当にごめん!!!ふはははっ...!!!こんなに笑ったの久々かも!!!!」
....まだ笑っている。
笑い終わるのを待っている気もない。
ピーター「本当に良い名前だ!!!なに?レイルって、君の世界じゃそう呼ばれてたの?」
緑の瞳に涙が溜まっている。
悲しみの涙や感動の涙ではない事は分かる。
海希「呼ばれてたって言うか、私が付けたんだけど...」
ピーター「そうなの?いやー、君はセンスがあるよ、うん。俺もそう呼んでみようかな」
そんなに笑っておいて、よくそんな事が言えるものだ。
彼は、とても上機嫌そうだった。
とてもすっきりしている様子で、見た目からしてキラキラしている。
ピーター「で、そのコロの事が知りたいんだよね?あ、やばい、また....」
自分でドツボにハマっていた。
やはり、一度殴っておいた方が良いのかもしれない。
海希「レイル!レイルはなんで犯罪者なの?何をしでかしたの?」
たとえ犯罪者という設定でも、私の夢なのだから、可愛い犯罪であって欲しい。
小さな子供がやってしまうようなイタズラ。
その程度の罪。
ピーター「あいつはね、林檎を食べたんだ」
海希「...は?」
林檎とは、あの林檎だろうか。
赤くて、酸味があって、甘くてシャリシャリした食感を楽しむ、あの林檎。
海希「林檎を食べただけで犯罪者なの?」
馬鹿らしい。
心配して損をした。
もしかすると、誰かの家の林檎をくすねたのかもしれない。
だとすれば、謝れば許してくれそうなものだ。
どっちにしろ、その程度の罪だった。
海希「謝れば許してくれないの、それ?」
ピーター「そんな訳ないだろ?林檎を食べるのは重罪だ。即刻、首をはねられるよ」
グロい。
林檎を食べただけで、死刑にされるなんて聞いた事がない。
私の中に、そんな罰則が欲しいとも思わないし、過去にそんな罰則が存在した記憶もない。
海希「....じゃぁ、この世界じゃアップルパイも食べれない訳ね」
ピーター「え?アップルパイが食べたいのなら食べれば良いよ。俺も好きだしね」
海希「え....でも林檎は駄目なんでしょ?」
ピーター「当たり前だろ?さっきも言ったじゃないか。そんな事をしたら、死刑だぜ」
海希「......」
......。
噛み合わない。
どうしてこんなに噛み合わないのか、不思議でしょうがない。
ピーター「それに、噂では人を殺したって話もある」
海希「えぇ!!!??」
林檎を食べた事より、そちらの方が重罪だ。
それが、たとえ夢の中の事だとしてもだ。
人を殺すなど、あってはならない事だ。
海希「そんな....殺人だなんて...」
ピーター「珍しい事じゃないよ。殺人なんて、その辺でいくらでも起きているし。だいたい、ここで人を殺しても大した罪にならないから、野放しにしている事の方が多い」
海希「誰を殺したの?」
珍しい事じゃないと言った事も気になったが、やはり相手が気になる。
確かに、すぐに銃を構えるレイル。
ちょっとした事で撃ち殺してしまいそうだ。
ピーター「男爵だよ。レオナード・ライディング」
誰だ。
やはり分からない。
男爵と言うくらいだから、偉い人という事は分かる。
ピーター「でも、結局男爵は自殺だったって話だけど。あいつも男爵の所には通ってたみたいで、それだけ懐いてたようだからデマだとは思っていたけどね」
また、あのキーンっとした音が頭の中で響く。
頭が痛い。
バスの中で感じたあの時のように、目の前がくらりとする。
海希「い...った!!!.」
ピーター「大丈夫?!」
よろめいた体を、ピーターに支えて貰っていた。
心配そうに、私の顔を覗き込んでいる。
海希「大丈夫....ありがとう」
頭を押さえる。
今回、すぐに痛みは引いた。
少し疲れているのかもしれない。
しかし、夢の中で頭痛など有り得るのだろうか。
ピーター「とにかく、レイルは指名手配中だから、あまり外に出歩くのは良くない」
目の前までやって来た。
見上げれば、やはり立派な城だという事が分かる。
とても綺麗で大きなお城。
高い塔が立っており、きり立った城壁が囲んでいる。
小鳥の飛び交う姿が描かれた、ステンドグラスの窓。
この中から王子様やお姫様が出てきても、不思議ではない。
海希「それで、あなたと私で食材調達って訳ね」
一緒に行きたがっていたレイルを無理やり置いてきた。
一緒に行きたいと言うより、私とピーターが2人で、という所に納得がいかなかったみたいだった。
私だって、あんな錆び付いたバスの中でお留守番など御免だ。
優美なお城を間近で見ておきたい。
海希「ねぇ、あれは何の木?」
私が気になっていたもの。
この夢に落ちた時に見た、大きな木だ。
大きなお城の向こうから見えるのだから、それと比較するのは容易い事だった。
その大きさは、遥かにでかい。
とても神々しい。
この空を覆うように、緑が広がっている。
その隙間から差し込む光が、キラキラと輝いているのだ。
日差しを遮っている筈なのに、不思議と暗くは感じない。
ピーター「本当に何も知らないんだね。あれは、ユグドラシルだよ」
ユグドラシルとは世界樹の事だ。
確か、北欧神話に出てくる木。
それも、よくゲームや映画に出てくるもの。
本当に私は、ゲームや映画に影響されている。
メルヘン過ぎる世界だ。
この歳で自分がこんなにもメルヘンに侵されているなんて、信じたくない。
ピーター「さて、とっとと済ませないと俺がレイルに怒られる。君を借りちゃってるからね」
明るい音楽が、どこからか聞こえてくるような気がした。
人々の活気ある声。
商売人達が、通り過ぎる人々に声を掛けている。
子供達が走り回り、家族連れの人は、美味しそうな匂いのするレストランに入って行く。
広場の真ん中には、大きな噴水があり、恋人達が寄り添ってベンチに座っているのが見える。
どこをどう見ても、これが都会なのだろう。
行った事はないが、パリの街並み。
私の勝手なイメージだが。
海希「賑やか....凄く素敵」
自然と笑顔になる。
こんな場所に来ると、買い物をしてしまいたくなるのが女の性分だ。
お金の持ち合わせはないが、見ているだけでも楽しそうだ。
ピーター「これとそれと、あっ、あとこれもお願い」
バケットを袋に詰めて貰う。
今買った荷物を私が受け取り、また歩き出す。
既にピーターも、たくさんの荷物を抱えていた。
ピーター「他に必要なものあったかな?あれも買ったし、これも確かまだあったような...」
ボソボソと独り言のように呟いている。
これ以上持てない気もする。
ピーター「あ、そうだ!俺、ちょっと寄りたい所があるから、ここで待っててくれるかい?」
海希「え?別に良いけど...」
すぐに済ませてくるから!と、叫びながら、ピーターは足早に去っていく。
知らない場所に取り残された私は仕方なく、道の隅にある建物に寄りかかりながら、人々が歩く姿を見ていた。
よく見てみれば、普通の人間の中に獣耳を付けた人間(?)がいる。
まるで、レイルのような。
不思議な世界だ。
不思議な世界の、不思議な夢。
この夢は、いつまで続くのだろうか。
もしかすると、永遠に覚めない事も有り得る。
それが怖い。
私は永遠に、現実では眠ったきりになるのだろうか。
??「マッチはいかがですか?」
急に声を掛けられ、私は顔を上げた。
いつの間にか、目の前に少女が立っている。
ふわりとした笑顔で、とても可愛らしい少女だった。
手に持っているバスケットから、マッチを取り出していた。
海希「マッチ?」
少女「えぇ。一つ持っておくと、とても便利ですよ」
少女は、もう一度微笑んだ。
押し売り...という感じではなさそうだった。
お金さえあれば買ってあげても良かったのだが、自分にはそんなお金はない。
海希「えっと...ごめんなさい、私...」
少女「....やっぱりマッチは使わない?じゃぁ、ライターなんかどうですか?」
そう言いながら、バスケットから取り出したのは、私も見たことがあるライター。
海希「.....」
偏見だった。
マッチを売っている少女を見て、これが噂のマッチ売りの少女と決めつけてしまった。
海希「あの....」
少女「あぁ、ライターが駄目ならジッポもありますよ」
...舐めていた。
現代のマッチ売りの少女はマッチだけではなく、しっかりと最新の商品を取り入れている。
生きるために、強くなっているのだ。
海希「マッチだけじゃないんだ...」
少女「えぇ、マッチだけじゃ生計を立てていけないから」
しっかりしている。
なんて偉い子なんだろうとさえ思う。
とても見た目はメルヘンなのに、この少女の商売はメルヘンではない。
やはり別人なのだろうか....
海希「ごめんなさい、私お金を持ってないの」
申し訳なく、そう言い出してみる。
少女「あら...私こそ、急に声を掛けてしまってごめんなさい」
逆に謝られ、私も流れでもう一度謝ってしまう。
少女「もし、火に困ったら声をかけて下さいね」
眩しい笑顔を向けられ、ぺこりと頭を下げられた。
そして、少女は次のお客へ声を掛ける。
その健気な働き振りを見て、私は呑気に関心していた。
若いのに(見た目は私と変わらない気がする)、よく頑張っている。
今お金を持っていない事に、少し後悔をした。
??「おい、お前」
再び声を掛けられる。
少し強めの呼びかけに、思わず肩が飛び上がった。




