笑う猫の森案内
生い茂った密林の中に伸びる砂地の道を突き進む。
虫が出ようが、蛇が出ようが、彼は御構いなしに歩いていくのだ。
レイル「にゃん、にゃーん、にゃにゃにゃにゃーん♫」
うざい。
その上機嫌そうな鼻唄が、とても不愉快だ。
不愉快以外の何ものでもない事が不愉快なのだ。
私は下を向きながら、自分の足元だけを見て思う。
一体私は、何処に向かっているのだろう。
そして、私はどうなるのだろう。
これは私の夢。
何故ピノキオが出てくるのか。
昔、私が小さかった頃、母親に読んでもらった絵本に、ピノキオが出てくる話があった記憶がある。
そんな遠い昔の記憶が、今更夢とリンクするなんて。
しかも、よく喋る嘘吐き少年。
私は夢のある純粋な少年を、そんな性格にしてしまうほど腹黒い性格はしていなかった筈だ。
これは...夢?
ふと、頬に手をやろうとした時だ。
急に立ち止まったレイルが、くるりと振り返った。
レイル「アマキ、やっと着いたぜ!」
いつの間にか、森は抜けていた。
木々に囲まれた一画に、彼の言うそれは隠れるように存在していた。
海希「....バス?」
錆び付いたボロボロのバスが、そこに停車していた。
停車していると言うより、そこに捨てられていると言った方が無難だ。
ヘッドライトは割れており、明かりを灯せそうにもない。
タイヤは健全そうだが、このバス自体が動けるものだとも思えない。
色々と観察していると、レイルは私の手を引きながら、扉を手動で開けた。
レイル「さぁ、どうぞ」
手招きされ、私は促されるがままバスの中へと乗り込んだ。
低い階段を上がり、まず運転座席が見える。
既にそこは、たくさんの荷物で溢れかえっていた。
角を曲がれば、そこにバスの座席が並んでいる筈なのに無くなっている。
テーブルやテレビ、ベッドなどが運び込まれており、唯一の座席は一部しか残っておらず、ソファ代わりのような感覚だった。
服や本がちらかり、中にはガラクタとしか思えないような代物もある。
一体どうやってここまで運んだのか、ガス台や洗面台(ガスや水はどこから引いているのか不明)まであるのだ。
ご丁寧に、窓にはしっかりカーテンも備え付けられてある。
レイル「ようこそ我が家へ!どうどう?俺の家、イケてるだろ?」
褒めて欲しそうに、彼はすりすりと擦り寄って来た。
まるで猫のように、ゴロゴロと喉を鳴らしている。
海希「す、凄い....」
レイル「そうだろ、そうだろ!?あんたをずっと招きたかったんだ!しばらく留守にしてたから、ちょっと散らかってるけど。まぁ、座って!」
凄いと言う意味は、きっとレイルが思う凄いとは違う。
とんだホームレスだ。
勝手にバスを改築し、根城にしている。
国にバレれば問題だ。
いや、これは夢だから問題はないのかもしれない。
促されるがままに、椅子(バスの座席)に座らせられた。
レイルはまだ上機嫌のようだ。
その辺にあったカップを見つけ、小さめの冷蔵庫(これも、電気をどこから引いているのか不明)から何か取り出していた。
しみじみと眺める光景。
これがコロの家。
正確に言えば、レイルの家なのだが、レイルはコロで、コロはレイルで...なんだか訳が分からなくなってくる。
とりあえず私はコロに、夢の中でこんな汚い場所に住まわせてしまっている事に嘆いた。
可哀想でならない。
私の性格の悪さに嫌気がさした。
レイル「はい、これ」
隣に座るレイルは、私に飲み物の入ったカップをくれた。
見た目はいたって普通の水。
....飲めるか疑わしい。
レイル「大丈夫だって、俺がアマキに変な物飲ませる訳ないだろ?」
軽く笑ってから、レイルは自分の分を飲んでみせた。
それを見て、私も口にする。
確かにただの水だった。
無味無臭の、危険な香りなど一切しない。
海希「電気とかガスって...どっから引いてるの?」
気になる。
夢なのに、リアルな所が気になってしまう。
レイル「それはこいつでだけど。すげー、便利なんだぜ?」
と、また白黒銃を取り出す。
まるで、アクセサリーのように簡単に見せびらかしてくる。
なんて危ないのだ。
業者を脅してまで、私は自分の夢の中でコロにこんな暮らしをさせてしまっている事に、頭が痛くなった。
海希「そう...それで?なんで私をここに連れて来たの?」
突然の質問に、レイルは目を細めていた。
おまけに、私の方に詰め寄ってくる。
レイル「さっきも言ったろ?あんたをここに連れて来たかったんだ」
海希「なんで?」
レイル「なんでって、アマキも俺を家に入れてくれたろ?それに、俺を恋人として受け入れてくれた」
海希「それは勘違いだわ」
当然ツッコミを入れたが、彼は流す。
レイル「俺、あっちで行く宛てなんかなかったからさ、本当に感謝してる。ここに帰って来られたのも、アマキのおかげ」
ピノキオの言葉を思い出す。
帰って来られた。
さっきも、この言葉に引っかかった。
ここがもともとの家ならば合っているのだが、コロの家は夢の中にはない。
こんな不思議な事も、夢ならではの事なのだろうか。
未だに夢の矛盾点には慣れない。
レイル「俺が好きな事に変わりはないんだからさ、理由なんてどうでも良いじゃん」
すりすり。
すりすりと、擦り寄って来る。
ほんのり頬を赤くし、気持ち良さそうに。
そして、私の膝の上に頭を乗せる。
小刻みに動いていた猫耳が、へたりと垂れた。
海希「ちょっと!どさくさに紛れて何してんの!」
本当にちゃっかりしている。
人の話を聞いていないレイルは、嬉しそうに笑った。
レイル「アマキの膝って、とても気持ち良い。暖かくて、落ち着く」
丸い目が細くなり、いずれゆっくりと閉じた。
レイル「それに、懐かしく感じるんだ....あんたと初めて会った気にならない」
私は、そのままの体勢で動けずにいた。
困る。
こんな事をされて。
困らない女子はいない。
恋人でもない人(人なのか?いや、猫なのか?)に膝枕をしているこの状態が、不思議でしょうがない。
ちらりと見える彼の寝顔は、猫と言うよりただの青年だ。
男前と言うより、どちらかと言うと可愛らしい顔付き。
彼は、やはりコロなのだろうか。
コロは頼りになる。
常に私を癒してくれていたし、側に居てくれた。
海希「いっ...!!!」
キーンっと、頭の中で音が鳴る。
痛みが増し、思わず頭を押さえた。
目に入ったレイルの姿がぼやけ、コロの姿とかぶる。
可愛らしい私の猫。
愛想のなかった、あの猫だ。
だけど、ぼやけて見える姿はそれだけじゃなかった。
キラキラした雪のようなものが落ちてくる。
その中で猫は立っていた。
けれど、その猫は私を悲しい気持ちにさせる。
映像が消え、いつの間にか私はそのまま眠りに落ちていた。
すでに深い眠りついている筈なのに、夢の中で更に深い夢に落ちるのだった。




