クジラ嫌いな人形
歩いて歩いて歩いて。
もうこの迷路からは抜け出せないと思っていたのだが、なんとか草原を抜け出す事に成功した。
ずっと癒され続けていた場所だったが、こうも歩いても歩いても景色が変わらないと、ストレスになる一方だ。
そのストレスから解放され、今目の前にあるのは大きな壁だ。
コンクリートで塗り固められたような頑丈な壁が空高くまで伸びている。
その壁に沿って歩いていると、なんとか入り口を見つける事が出来た。
遊園地のゲートのような、まるでチケット売り場のような入り口だ。
その受付の場所に、ちょこんと座っている少年。
いや、少年のような人形が座っている。
レイル「おい、ピノキオ!」
レイルが声をかけると、その人形はギョロリと彼に目を向ける。
その光景に、私はギョッとした。
ピノキオ「いやー、レイルじゃないか!久々だねー!」
興味津々といった口調で、身を乗り出しながらレイルを見下ろしている。
彼が喋る度に、カチャカチャと音がした。
ピノキオ「元気にしてた?今じゃ君も有名人だよ!本当、よく帰って来られたね!」
海希「帰って来られた?」
その言葉が引っかかり、つい口にしてしまった。
すると、人形の少年が私に視線を移す。
ピノキオ「うーん?彼女は誰?見かけない子だね?何処から来たの?クジラは好き?レイルの友達?もしくは恋人?」
質問攻めにされ、口ごもってしまう。
とりあえず、よく喋る。
いや、そんな事より気になるのは彼が人形で、人形が喋っている事だ。
レイル「そう、俺の恋人。まぁ、そんな事は良いからさ、ここ通してくんない?」
海希「全然良くないでしょ!」
レイル「は?」
今、全く不適切な表現が含まれていた。
私は聞き逃さない。
海希「私は恋人じゃないでしょ?なに嘘吐いてんの!」
レイル「嘘なんか吐いてないって!だってアマキは俺の事が好きだって、何度も言ってたろ?」
言っていた。
間違ってはいない。
少なくとも、このレイルと言う青年ではなく、愛くるしい猫のコロにだ。
レイル「俺もあんたが好きだ。それって両想いって事だろ?」
それはそうだ。
私はコロが好きで、コロが私を好きなら、それは両想いで嬉しい。
だけど、このレイルと言う青年に対してではない。
愛くるしい猫のコロに対する想いだ。
レイル「両想いって事は、恋人同士って事でアマキは俺の恋人。間違ってる?」
海希「間違いまくりね、完全に」
間違いと言うより、完全なる勘違いだ。
あまりにも彼がなんの恥じらいもなく堂々としていたので否定してやる。
すると、レイルは驚いていた。
レイル「何処が間違ってんの!?もう一回分かりやすく説明するから、間違ってたらその場で止めろよ?」
海希「しなくて良い!」
何度説明されても、過ちは繰り返される気がする。
一番重要な部分は、何度も言うが"愛くるしい猫のコロ"と言う箇所だ。
ピノキオ「はーい、そう言うのは他所でやってくれないかーい?あっ、でも喧嘩なら止めないよ!僕って、そう言うリア充の人間が大嫌いなんだ!クジラにも食べられた事ないくせに、生意気なんだよな。だって、そうだろ?こんな僕みたいな幼気な子供がクジラに食べられるのに、どうしてこの世のカップル幸せそうに笑っているんだ。そんなの、不平等だと思わない?とりあえず、君達みたいなカップルは、一度クジラに食べられた方が良いって事だよ」
私とレイルが言い争っている光景が、そんなにカップルに見えたのだろうか。
この人形の少年は、とても面倒臭そうに、そしてとてつもない事を吐いた。
と言うか、長すぎて言っている意味も理解できなければ、理解しようとも思わない。
海希「だから!カップルじゃないってば!」
ピノキオ「えぇ、そうなのかい?でも、レイルはお勧めだよ!結構やんちゃな所はあるけど、なかなかのイケメンだと思うし、優しいし頼りになる!」
その瞬間。
彼の丸くて可愛らしい鼻が、ググッと伸びた。
彼は気付いていないようで、さらに続ける。
ピノキオ「それに、真面目だし面白いし、器も大きいし、女の子からモテモテで、僕の中でも抱かれたい男No.1だよ!」
ググッと、さらに伸びる鼻。
私はそこから目が離せなかった。
私の知っているピノキオの話に似ている。
少年の見た目はまさに私の知るピノキオに似ているが、そのお喋りな口調から見れば偽物だとも思う。
レイル「おい、ピノキオ」
レイルの不機嫌そうな声と、カチャリと音がした。
また、あの白黒銃が私の目の前に現れる。
銃口は、まっすぐピノキオ(だと思われる少年)に向けられていた。
レイル「良いからさっさと中に入れろ...じゃないと、お前を撃つ」
レイルの目の瞳孔が開く。
まん丸になり、なかなか可愛く見えるのだが、彼が可愛く見せているようにも見えない。
何故なら、彼の手には銃を持っているからだ。
海希「だ、駄目よ!撃っちゃ駄目!」
すかさず止めに入った。
レイルは私を見ながら、それでも銃をピノキオに向けたまま降ろさない。
レイル「なんでだよ?このままだと俺達、進めないんだぜ?」
本気だ。
本気で撃とうとしている。
そんな公開処刑は見たくない。
ピノキオ「ははっ!ここでそれは通用しないのは分かってるんでしょ?君は馬鹿なの?」
呑気な事に、とうの本人は余裕そうだった。
鼻が伸びたまま、ただケラケラと笑っている。
銃を向けられて余裕があるなんて...
頭がおかしくなったのかもしれない。
いや、人形なのだから頭の中は詰まっていないのかもしれないのだが。
レイル「馬鹿なのはお前だよ。俺の話を聞いてるなら、知ってる筈だぜ?」
途端に、ピノキオは笑う事をやめた。
レイルの口元が、更ににやける。
レイル「なんなら、ここでお前を試し撃ちしてやろうか?またクジラの腹に逆戻り.....ってな」
ピノキオ「ちっ!!」
全く可愛くないキノピオの舌打ち。
不機嫌そうに、目の前のゲートを開けてくれた。
何の話をしているのか分からなかったが、これで交渉は成立したらしい。
ピノキオ「だったら僕を脅さなくても壁を撃ち抜けばいいだろ!本当、性格悪いよな君は!」
鼻が縮こまる。
なんとなくだが、彼がやはりあのピノキオだと言う事を確信した。
レイル「撃つのをこの子が嫌がるんでね。地味だけど、真面目に歩いて行く事にしたんだよ」
ゲートを通り抜け、レイルはひらひらとピノキオに手を振った。
私達は草原だった場所から、今度は壁の向こう側に無事に入る事が出来た。
ジャングルのように生い茂った森が広がっている。
なんだか中は薄暗そうだ。
レイル「よしっ!じゃぁ、デートの続きしよっか」
そう言って、また手を握られる。
レイルはとてつもなく嬉しそうに、ニコニコと笑っていた。
さっきまでの口調とは、明らかに違う。
海希「デート!?」
レイル「そう、デート。ここは俺の庭みたいなものだから、安心してくれて良いぜ」
スタスタと歩き出すレイルに引っ張られ、私はズルズルと森の中へ引き込まれていく。
デートではない。
デートだとしても、こんな場所は嫌だ。
と、この男に言っても無駄なような気がしたので、私は心の中で呟くだけにしておいた。




