南の夜
そしてラバウルの夜。
隊員達皆が賑わう宿舎では大きなテーブルを囲んで、皆で騒いでいた。
私はそこには行かずに、静かなある小さな建物に立ち寄った。
"陸軍宿所"
本来なら海軍のところで寝ればいいけど、陸軍は陸軍の規律で"うちはうち、他は他"と似たような形で分けられている。
ドアのを叩いてしばらくして反応を待つ。ドア越しから「入って」とユウコの声がした。
「お邪魔します・・」
中は木製のベッドと小さな椅子とテーブルだけ。後は棚が一つだけ。中には私物と本が入っている。
集団用に広く作られてるけど、ユウコだけみたい。
カンテラの小さな炎が周りを照らす中で私は黙って椅子に座ると、白い夏服のYシャツ、短パンのユウコはある物をテーブルに置いた。
「お酒ですか?」
黒茶色の小さな瓶にアルファベット表記のシールが張ってある。私は飲めないが、彼女は飲むのだろう。
「お酒だな。飲むか?」
冗談混じりの笑い顔で私に言うが、こちらも同じ顔で「いえいえ」と断った。
「まあいいさ・・。しかし、4月ぐらいに内地で空襲があった」
「え、空襲?」
しばらく快進撃だったため、内地の空襲と言う言葉に驚いてしまう。
「敵は航続距離を増した改造のF4F・・ミッチェルが空母から離艦・・。小笠原諸島に攻撃したそうだ」
「まあ、海軍は敵の拠点、ミッドウェイを攻撃するだろう」
そう言いながら、小さな瓶をグラスに注ぎこみ、口につけて一口飲む。
また、小さな音を鳴らし、グラスを置く。
「ふぅ・・。そう言えば家族はどうした?手紙、やってるか?」
家族と言う単語に胸に針が刺さるような痛みが一瞬だけした。
実は父親は戦地に行き、戦死し、母親は生まれて間もなく病死。妹は日系外国人に引き取られてそのまま行方不明と言う散々な当時だった。
私は横須賀の孤児院に預けられた・・。
「いえ・・家族自体そもそもいませんでした」
「あ・・すまない。気にかける事を言ってしまって」
ただ私は妹の姿はうろ覚えで覚えていた。
港の端っこ、ただ1人呆然。男の人と抱きかかえられながらこちらに手を振る小さな子。
思い出せないが、割とこんな事はどうでもよい。
「ベッド借りてもいいですか?」
「ん?眠いならいいぞ」
椅子から離れ、そのままゆっくり柔らかいベッドに身を受け入れてそのままゆっくり瞼が下ろされた。
この動かない的相手にも中々疲れが溜まるものだと実感した。
午前5時になると我々は指揮所外の黒板前でポートモレスビー攻撃の説明を受けていた。
私もその中の1人である。
内容としては、"一式陸攻、陸軍の百式爆撃機を計12機、モレスビー飛行場攻撃。戦闘機隊はこれを護衛"といつものフォーメーションで行うらしい。
エンジンが唸る零戦に各自乗り込み、一斉に皆離陸する。
蒼き大空に包まれながらラバウル飛行場は小さく小さく、遠くなって行き 葉巻煙草の様な一式陸攻、百式を含みながらこれを取り囲みながら我々は護衛をする。
現在高度6100mm。
ニューブリテンが遠ざかり、目の前に広がるのはパプアニューギニア。
大きなスタンリー山脈を編隊が超え、そして迫る敵のモレスビー飛行場。
上空に炸裂する対空弾が小さな黒雲を撒き散らす。中々正確な射撃で落とされそうである。
周囲を見渡せば敵機は居ない。
爆撃機の腹の下からは黒いものが次々落とされていくと、敵軍の滑走路からは赤い火柱が次々立ちこめ、一瞬にして黒煙と紅蓮の炎の世界へと混じりだした。
視界に映る赤い色。
すぐさま退散しようと爆撃編隊が元の進路へと旋回する。
が、それを阻むものが現れた。