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征空の海鷲  作者: j
1942 ようこそ、地獄の南方へ
7/52

B-17に初挑戦

 ――ラバウル基地 午前

  戦友に起こされ、私は気持ちの良い朝を向かえ、朝食を食う。

  宿舎前に並んでいた飛行機はわずかの数機しかない。

 私は飛行服に着替えてすぐに指揮所に向かおうとしていた。


 指揮所前では指揮官が立っていた。

「おはよう、美貴さん」

 普段おっとりと柔らかい口調で私に挨拶。

 私も「おはようございます」と返し、今日の任務につこうとしていた。

「今日はポートモレスビー爆撃の為に皆出撃しました。美貴さんは今日、この基地の防衛を担当してもらいます」

「はいわかりました」


 と、とても甲高い警報のサイレンが鳴り響く。

 指揮所内の無線から、

『モレスビー襲撃途中、ラバウル方面にB17、2機カーチスP-40、2機ラバウルに向かう』

 B17、四発の爆撃機。ぜひ試してみたい。

 しかし朝のご挨拶に敵もマナーが良い。

「現在、発進できる零戦は6機中、3機です」

 駆けつけた16歳ぐらいの整備兵が指揮官に告げる。

「なら私が行きます」

「大丈夫かね?」

「問題ないです」


「美貴さん、今日は小隊長をお願いしますと飛行隊長から伝言がありました」

 小隊長!?

 突然のことに私は驚きたいが今はそれどころじゃない。

 私はB17と言う獲物ばかり考えながら整備中の銀の胴体の零戦に、"260"の文字が尾翼に入った、私の所属機に乗りこむ。

 ちなみに数字の"8"は私が所属する部隊の8号機を意味する。260はその所属隊だ。

 これは地上に居る時だけ。

 エンジンコックを引っ張り、爆音を鳴らしプロペラが左周りにゆっくりと回りだす。

 身体に装着するベルトを素早く取りつけて、計器を覗きこむ。

 問題ない。

 こうしている間にも敵が近づいているので、

「外せ!」

 といい、整備兵が車輪止めを外す。

 左手で添えていた、スロットルレバーを前に倒すと零戦はゆっくりと前進する。

 速度計の針は滑る様に回る。


 隣にも砂埃を上げて離陸する陸軍機が2機居たが、1人の顔には不安の表情が浮かび上がっていた。

(もしかして初めてここに来たのだろうか)

 私も一緒だ。

 ガタガタ揺れる機内はスッと消えたかの様に安定し気流が増す。

 速度は160km/hを今切った。敵はブナ基地を通過し、こちらに接近するの通報なので私は機体を動かし、右へ旋回。

 残り2機も同じ様に右旋回をする。

 3機1個小隊が出来上がった。

 

 海に飛び出て周りを確認すると雲が薄く、厚いものはどこを見てもない。

 今日は臨時の小隊長だからしっかりしなきゃ・・!

 とてつもないプレッシャーに押されそうだけど負けないようにしないと。


 遠き島と黒潮の海の上空を見渡す。

 前方の上方、くっきりと敵影が見える。

「通報と同じ敵編隊だ!」

 ゴマの敵影は滑る様に向かってくる。単横陣の編隊である。

 私は操縦桿を左右に倒してバンク。不安そうな顔をしていた小隊員はすぐに気づき、こちらを向く。

「敵発見」の手信号を送ると小さく頷いた。


 B-17は写真、地上偵察等で見たばかりで一応爆撃機なのは分かっていた。

 戦意がますます上がってしまう。


 敵と私の機で高度はおよそ5000m、正面から敵は突っ込んでいくとすぐさま我々は機体を動かして回避する。

 首が千切れるくらい後ろを向いて敵を捕捉し、逃さずじっと睨みつけた。

 急激な旋回をするために視界周辺は黒くなり身体にかかるGは押し潰されるのではないかというくらいだ。


 まずP-40を潰さなければ。潰せばB17の迎撃も楽になる。

 2機の1機はP-40は何故か格闘戦を挑むかの様に私の方に空中機動を披露させながら、左旋回へと入ってしまった。

 私もその敵機の背後を食らいついて、じわじわと距離を詰めていく。

 敵は舐めてたのだろうか。後ろを取った取られ、旋回性の良い事に今頃気づいたのか今度は振りきろうと機体を左右にブレイク。

 しかしこれは失速の原因なので、また近くなる。

 照準機からはみ出るくらいにP-40との距離は迫り、距離およそ100m。

 7.7mm、20mm発射機を押し倒しダダダと言う機銃は敵に向かっていき、ボロ布を破るかの様に尾翼と主翼はボロボロになった所で撃つのをやめた。

 速度も落ちたので、敵の真横へ。


 風防は剥がれ、ガラスの破片がパイロットにびっしり刺さっていた。恐らく焼夷弾が炸裂した爆風で飛んで刺傷したのかもしれない。

 とても気分が悪い。

 私は飛行機だけを落としていたのにこうして生身の人間が気持ち悪い形に、変化するのだから・・。

 こうやってずっと見てれば嫌な事が染み付いてしまう!

 敵機の後ろにまたついて7.7mmを掃射した。敵の機体が急激に旋回しつつ降下。ソロモン海の冷たい海の底へと吸い込まれる様に。

 パイロット自身が死亡したのだろう。

 嫌悪になりそう・・。


 横切る黒い紐に、味方がやられたのかと思えば、胴体に小さな日の丸。P-40をすべて撃墜した。残りはB17である。

 しかしB-17はグングンと離れて行ってしまう。思えばあいつを撃墜したいばかりに私は焦っていた。

 スロットルを振り絞り、100%以上と言うくらいに前へと押し倒す。


 零戦の栄エンジンはいつも以上に唸りを激しくした。

 B-17が大きくなる。

 目の前で大きくなり、今にも手を差し伸べれば捕まえられるくらいの距離となり、7.7mm発射機を指で倒した。

 赤い線が空一面に描かれる。しかし何故か手応えがない。

 手応えがある、ないはカンだがいつも以上にそういった感じがしない。

『隊長、距離が遠いです。600mで撃っています』


 男の小隊員の無線に思わず疑ってしまう。

 目の前に居るのにどうして600mも離れているのだと。

 エンジンフルにもっと加速。

 光学照準器いっぱいにB-17と接近すると、後部の自衛機銃がパッパと黒煙を吐き、こちらに撃ってきた。

 怖い!でも手柄は私のものなんだ!

 弾丸は当たらない。当たってもいいから撃墜したい。


 4発エンジンの内、機体の内側寄りのエンジンを私は狙うことにした。

 もしものために小隊は高度6000mで待機させた。

 7.7mm機銃が機首から火を噴く。

 硝煙と機銃弾が放たれ、エンジン目掛けて飛んでいく。

 手応えはあった。小さな黒煙がうっすら引かれていた。

「よし・・だがこれだけではダメだ」

 アメリカ製は防弾性が優れてると聞いたからだ。

 小さな弾丸は集中的にその場所に撃たないと、効果が発しないのだ。


 機銃をもう一度連続的に撃つと、今度は黒煙が濃くなり、白いガソリンが混じって線を描く。

 20mm発射機を押し、エンジンに撃ちまくる。

 今度はカウリング全体を覆うかのように炎が噴きあれた。

 燃料に引火したのだ。


 逃げる動物を仕留める様に追撃を食らわそうとしたが弾の無駄だと思いその場で断念。

 次のB-17を狙おうとしたが、火達磨になっていた。

「?」

 濃緑色の機体が近づいてきた。

 近辺の陸軍機だった。


『こちら陸軍機。貴官の活躍に感謝する』

 のお礼だけを貰ってその陸軍機はどこかへ行ってしまった。

 腹が立ってしまった。

 せっかくの手柄が陸軍機に奪われて・・。

「・・・還ろう」

 とてつもなく腹がたったのに、どうしても嫌悪になってしまいそうな複雑な気分・・。

 慣れるしかない・・慣れなきゃダメなんだ・・。

 心に言い聞かしてラバウルへ戻ろうとする。


 着陸フラップダウン。そのまま直進、速度は140km/h。

 飛行場の地を踏んだ零戦は乗り心地の悪い車みたいに上下左右に揺れだし、エンジンのスロットルを落とす。

 フットバーを左右に踏む動作を繰り返すと零戦は停止。

 駆けつけた整備兵が駆け寄って、車輪止めを手に翼下へ。

 私はベルトを外し、すぐに指揮所に走り出す。

 司令官は心配そうな顔をして、

「大丈夫だったか?怪我はないか?」と尋ねてきた。

「大丈夫です」

 と答えた。

「B17、すべて撃墜しました。残りP-40も一緒に。陸軍機の支援もありました」

「そうか・・。ありがとう。自分は君達が無事でいるだけでいいんだ。無理はしちゃいけないぞ」

「わかりました。報告終わり」

 敬礼をし、指揮所近くのテントの下に行く。

 腕時計で時間を確認。午前の10:34分。

 主計科の海軍兵士が昼食のためにあっちこっちと食材らしきものを抱いてジャングルの中へ消えていく。

 と、海軍とは見慣れない飛行服が三人が椅子に座って会話をしていた。

「あ、ユウコさん」

「美貴じゃないか」

 私も混じろうと椅子に座る。

 色が少し明るいカーキの飛行服を纏った陸軍兵たち。ユウコが、

「ダメじゃないか、美貴。陸軍の新米を初戦に出すなんて。陸軍のやる事だぞ」

 と笑い混じりのお叱りを受けてしまった。

 彼ら達は陸軍の飛行兵だったのか。

 しかし、2人とも笑顔で始めての撃墜に喜びを受けたんだ。

「ごめんなさい。急な出撃に」

 2人の男女隊員に小さく頭を下げて謝罪すると「いつもベンチ入りみたいな状態だったのでこういったのは初めてだ」と笑顔で言う。

 しかし常に死と隣り合わせ・・。死にたくないと思う・・。


 テント内でB-17の撃墜について色々聞かされたので私は具体的な事を瑞鶴の搭乗員だった戦友達に伝える。

 

「アップアップで零戦じゃ中々追いつけない。600m先で7.7mm機銃撃ったけど火はつかなかったし、ガソリンも中々でない。20mmでようやく小さな火炎が出たぐらい」

「機銃はどんな音だった!?」

 真珠湾攻撃以来の戦友、(さかえ)優花(ゆうか)が楽しそうに言う。

 ラバウル隊の中で最初の撃墜は私だったらしく上官も皆、羨ましそうに話を聞いていた。撃墜したかいもあって私は嬉しかった。

「銃座は12.7mm機銃。遠くからでもゴゴゴと落雷の前兆の様な音だったよ」

「いいなァ・・」

 台南以来、3番機に勤めた山本一等飛行兵からも質問が投げられる。

 とても忙しいなあ・・。でも役に立つならいっぱい話そう。


 海軍の航空隊に混じる陸軍の搭乗員も撃墜したので集まって話を聞いてる。 

 海と陸と関係なく皆が皆、同じ隊の一員でもあるこのラバウル航空隊の強さの秘訣はここなのかもしれない。

 陸軍の兵士の出入りもあるのでここも共同で戦ってるようだ。


 すると轟々と空に響く飛行機の音が、次第に大きくなると堂々と日の丸をつけた一式陸攻が低空で着陸しようとしていた。

 砂埃を蒔き上げ戦友を待ちわびたかのように待機中の航空搭乗員が走り出した。

 およそ7機ほどの一式陸攻が全機着陸すると、飛行機から姿を現す搭乗員達はとても嬉しそうな表情だ。

 護衛の零戦、およそ8機が同じ様に帰還。傷も無く、皆無事に還ってきた事だから、今夜は御褒美でもあるのじゃないかと。


  ポートモレスビー空襲と共に、ラエ基地からはブナ基地空襲の為に同時刻に行ったらしく敵には多大なる被害を与えた。

 おまけに飛行場はズタズタに穴だらけにした事なのでしばらくの間は空襲が来ないとの事。

 しかし、それでも気は一切緩めない。定期的に哨戒機を出してこの基地を守る。

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