従兵
サイドストーリーです
人物別にお話、また"IF"等のストーリーをここにあげたりします。
従兵の回想がおかしかったので修正しました
二六○海軍航空隊基地・・。
ラバウルからの戦いから引き上げて、何年ぶりのかの内地に私は嬉しくて、従兵と共に故郷であって私の家のような感じの二六○海軍航空隊基地にご訪問。
純白の西洋建築物が建つ前で、海軍の将官達が出入りしている。
従兵を連れて入りたいけど、
「ごめん。ここからは尉官より下は入れないの」
私は振り向いて言う。
従兵の忠さんは、
「はい、分かりました。ここで待っています」
と厳つい顔をして私に言った。
実は不満げな表情なのか怒ってる顔なのか、無表情なのかと、二重人格なのでは?と言うくらいに感情が読めない。
「タバコ・・吸う?」
まあ男ならみんな好きだし・・、吸えば機嫌良くなるかな。
「タバコ、ですか?私は吸いませんけど、タバコ好きの友人になら差し入れで貰いますよ」
「あ、ああ・・そう。じゃあこれ」
防寒ジャケットの内ポケットに手を入れる。冷たい紙箱を掴んで、従兵に手渡した。
薄ピンク色の箱。桜の絵、"櫻"と言う文字に裏には"CHERRY"の青文字。
「はい、チェリータバコ」
喜ぶかな?
私は顔を見た。
「あっ・・。ありがとうございます」
嬉しいどころか、目を伏せて寂しそうにお礼を言われ、箱を見た途端、浅く唇を噛んでいた。
そのタバコはポケットに入れ込む所を目で追う。
顔を見たときは無表情になっていた。
「じゃあ行ってくるね」
「お気をつけて」
寒気が吹く中、私は玄関まで歩いていく。
建物内は変わっていない。1941年の時とほぼ一緒で白壁を沿って司令室まで辿って行く。
確か2階だったかな?
人の少ない廊下を歩いて、階段を上る。
2階廊下の奥から賑やかな声が聞こえる。
扉にかけられた"指揮官室"と言う表札を目に駆け足で前に立つ。ドア越しから話が漏れている。
楽しい会話は盛り上がってる。あの時の司令官の声もあった。
深呼吸・・緊張をほぐして・・。
コンコン、と指の関節でドアを叩いた。
ドアを引いて私は指揮官室に足を入れて、脇を占めて海軍敬礼。
「二六○海軍航空隊所属、赤城美貴中尉です。失礼します」
と、あの時水上機内で会った小太りの将官と、黒縁メガネの司令官がソファに座っていた。
最初に気づいたのは司令官のほうだ。
「おお、美貴中尉か。元気にしてたか」
41年の怖い面影も無く、楽しい顔で私に問いかけた。
「はい。ただ、グラマンと地獄猫とかには悩まされましたね」
「おや中尉。こんにちは」
小太りの将官の挨拶に私も「こんにちは」と返して「私は挨拶しに来たので・・」と言って部屋を後にすると、外から揉め事のような大きな声が。
何事だと思い私含めて3人達はカーテンの無い窓へ近寄る。
「あっ!」
3人の将官と従兵が殴り合っている!
意外にも従兵の方が優勢で一方的に殴りかかり、3人まとめて相手にしてる。
こんな事見られれば軍法会議になる!早く止めなきゃ!
その場から出ようとする。
「これ持っていきなさい」
振り返る。司令官から投げ渡されたのはキャラメルの箱だ。
「ありがとうございます」と慌てながらお礼を言い、廊下にでて、書類を持った尉官を避けながら私は走る。
大事にならなければいいけど・・!
玄関前に人影4人!
場の雰囲気が悪くなると同時に、強風が一気に流れ、私は殴り合いの場をただ呆然と見ていた。
「もう一度言ってみろ・・!俺の友を馬鹿にするな・・!」
第二軍装を着用した少尉クラスの男2人が口から血を流して、横になっている。紫色のアザが生々しい。
従兵に胸倉を掴まれてる所で、私は我に戻る。
「ちょ、ちょっと!やめ・・!」
こちらを睨んだ従兵は怒りと悲しみに満ち、私はそれを感じた。
いつも怖い目、強張った顔には涙が流れていた。
「すみません」
彼は言う。血管が浮き出る拳が緩み、少尉を解放すると泣きべそをかいて3人達は逃げていく。
「だ、大丈夫・・?」
「・・・。ええ、大丈夫です」
なにか思うことが心に溜まってるのかな。
あと、タバコ渡したとき様子がおかしかった・・。
私は思い切ってその場で言おうとする。
「私でよければ、その・・愚痴でも悩みでも聞くよ・・?行きたい場所もあれば一緒にいくけど・・。」
とても気まずい・・。
ずっと無表情だったし、かなり血の気があるようだし・・。
「・・・。ええ、お言葉に甘えます。行きたい場所があるんです。」
「じゃあ行こうか」
二六○海軍航空隊基地から、くろがね四輪自動車の助手席に座り、横須賀市街地を通りそして郊外へ。
次第に奥地へ進んでいくと、枯木の山々が増え、薄茶色の芝や緑の草が道路わきに生えていた。
自動車は横須賀から離れた寺の前に停車する。
従兵が先に出ると、私も後から車外へ。
古びた寺の正門をくぐり抜き、手入れがされていない雑草の中を歩くと墓地が見えてくる。
何平方メートルとびっしり、墓石で埋め付くされて、墓参りに来たお爺さんお婆さんらが居た。
無口に歩き始め、私も後を追う。
足が止まると私はその墓の名前を見た。
"斉藤家"と。
従兵はその墓の前で座り込んだ。ポケットにしまったチェリーを開け、1本の紙煙草に火をつける。
細長い白煙を揺らす煙草は線香入れに置かれ、従兵は手を合わした。
私はただ黙ってその姿を見つめていた。
あのときのガダルカナルの空中戦を終えて帰路に着いたとき、私の列機が地獄猫に襲われて散ったことが、瞼の裏に蘇り胸が痛くなる。
彼はそっと立ち上がる。
私のほうに顔を向けて口を開いた。
「実は・・、私は従兵になる前、空母加賀のほうで2番機銃の高角操縦手をやっていました」
「確か前にも言いましたね」
「友も一緒です。旋回操縦手を担当し共に戦いました。でもミッドウェー海戦の時です」
あの時とはまったく別、丁寧な口調で私に語りかける。
「加賀への攻撃が激しくなった時です。爆弾、魚雷に耐えながらも私達は血を流しながらも撃ち続けました・・でも」
脳内で風景が生まれる。
対空砲の黒煙に満ちた青空、青い洋上に浮かび必死に回避する空母、投下された爆弾が海面に当たり、水柱を上げるところを映画のように動いていく。
「でも?」
「弾が無くなったとき、私は友と一緒に甲板にでて、25mm弾箱の荷台を取って運んだのです、それを運ぶ補充員はすでに戦死していました・・。敵は空母を沈められると確信したんでしょうか。敵の戦闘機が私達むけて掃射しました。不運に友はそれを浴びて・・戦死しました。装填手、指揮官も死傷者をだしました」
「今でも浮かびます。友は甲板に転がったタバコを見て"櫻をくれ"と微かに言った後、息を引取りました。」
「それで、私が渡したとき・・。」
「はい。でもいいです。友もあの世で大好きなチェリーが吸えてる訳ですし・・。」
どこだか前より親密な関係になれたような気がした。
普段なら無口で必要以上の事はまったく喋らない人だから、私は嬉しかった。
でも彼からは温厚さがわずかだけだけど伝わった。
「そろそろ時間ですし、戻りましょうか。中尉殿」
と柔らかい笑みで私に言った。