エピローグ
「おい!衛生兵!衛生兵!」
私は広がる青い大空だけを見ているだけでもう身体が魂が抜かれたように抜け殻になっていた。
....地獄猫は死んだか。
鉄の匂いと駆け寄る水兵達がざわめくのを耳にし私は視界にかぶせられる包帯に巻かれていた。
この日、大本営の停戦命令とアメリカ軍最高司令部の受諾によって戦いは一旦引かれ、太平洋各地の戦闘はこの日終結した。
誰もが勝ってなく、負けてなく・・。でも、私は・・。
8月15日。
横須賀の実家、リンゴの木が暑い日射を遮ると私の小さな自室に涼しい風が入りこんだ。どこかと懐かしいようで、久しいような気分が伝わる。
怪我のあとは残ってしまったが身体に支障は無くなった。
「美貴大尉、これをどうぞ」
従兵の声に振り返ると、透明なグラスに入ったカルピスが入っていた。
ふっと一息、喉を潤し私はリンゴの木が見える廊下に座布団を置いて、真夏の空を見上げる。
「おーっす」
「美貴さん!」
「ユウコ、そして鼎!」
いつものカーキ色の陸軍の制服にしては半そで半ズボンのスタイルのユウコは私の隣に座り、私の分のカルピスを飲み干してしまった。
そして鼎も半そで半ズボンとずいぶんラフな服装でサイダーを飲み始める。
「ふー美味い」
戦わないユウコの顔はどこか爽やかな感じがして乙女らしさが出ているような気がする。
そのあと私はユウコにさまざまな話を聞かれた。
あの戦いのとき、私の零戦はボロ布姿で戦ってたことそして運が強く重傷でも生還できたこと、無意識に引っ張った落下傘が駆けつけた戦艦の水平達が布を張ってトランポリンの様に私を支えたらしい。私が知らないことを色々話してくれた。
「陸海軍・・どうなるんでしょうか」
このまま解散になって、皆が散るって事になるのだろうかと少し不安な感じがした。だがユウコは「解散はしない。このまま防衛軍になる」と言って二杯目のカルピスを飲みながら言う。
「満州、東南アジア、太平洋占領地は返還する形で終わったんだ進駐軍なんて来ないさ」
「あ、ユウコ!こんなところに!」
新しいお客さん。奈緒子さんが白い半そで制服に皮製の弾薬入れと、軍の長ズボンと少々暑そうな感じだ。
「あらあらお客さん?今冷たい飲み物、お持ちしますね。」知美さんは笑いながら楽しそうにコップに入った冷水を奈緒子さんに手渡し「ああ、どうもすみません」と勤務中ながらも水を一気飲み。今年一番暑い日だと私は実感する。
「姉さん」
聞き覚えのある声は、奈緒子少佐の後ろから聞こえた。
「お前・・」
言葉が出ない。何故なら私と戦った地獄猫が目の前にいたから。
長い銀髪、伸びはねた毛があり米海軍の制服を着用しながら手に重たい荷物がある。
「この子、美貴ちゃんの家探してたの」
どうにもならなず、私はどう返せばいいか混乱でいっぱいになっていた。しかしユウコは「二人で何か話せ」と言いながら地獄猫を家に上がらせた。
太陽の日光が光の代わりになる四条の和室は静かな空間に成り果て、私と彼だけの世界になっていた。
使用人の話を聞けば私の妹であり、名前が"美都"と言う。
私には分からん。どうして敵になって私と戦ったか。
「美都・・か」
「はい。姉さん」
姿勢の良い正座で返してくれる言葉に私は困惑する。無理もない、"敵だった"から・・。
「お前は死んだはずではないのか」
「・・。いいえ、あの時私は脱出しました」
「・・そうか」
「私は姉さまに憧れていました。1942年、ポートモレスビーの時」
「なぜ、憧れていた」
「私に称号が与えられ、海鷲と戦える日がくるのではないかと・・それだけの事です」
面白いことを言うな・・。
思わず私はその場で「ふふ」と笑ってしまい美都の頭にはてなマークが浮かぶような感じに、頭を傾げた。
複雑な気分だけど...もう戦時中ではない。けど..戦友らにはどう顔をむけよう..。
「アメリカはどうだった。住み心地いいか?」
「ええ・・。とっても。アメリカのほうが私は似合います」
「そうか。美都・・おかえり。今までご苦労だったな・・嫌なこと色々あったけど」
「ただいま、美貴姉さま。お疲れ様でした。敵同士でしたけど、今は家族同士、姉妹です」
「それじゃあ、外に出よう。お菓子でも食べよう」
「はい」
私は立ち上がり戸を開けたときだった。老けて、髭を生やした陸軍の男が軍刀を手に立っていた。
でも私は不審にはならなかった。どこか懐かしい匂いが脳裏に蘇り、戦死したはずの父が大きい雨粒を落とすように涙を流していた。
「美貴・・、美都・・! 」
その声に私は初めて父の胸に飛び込んだ。
「父さん!どこ行ってたんだよ!」
目頭が熱くなりながら父の胸を叩き、「すまない・・。奥地の戦地に行ってた」と子供に黙って出て行くかと私は思い激しく泣いた。
でも落ち着いた。もう何だか慣れたような感じがしたから。
「ただいま、美貴、美都」
父上の声に私は「おかえりなさい」と言った後美都は「おかえりなさい」と小さくお辞儀をした。
家族が揃うと言うのはこういうものなのだろうかと不思議な気分であり、複雑な気分であった。
庭で食べる饅頭を頬張りながらあの時戦った、戦友達が集まり皆が皆嬉しく楽しい顔を作る。
260空の一人が空に指をさした時、無数の鷲達が空の下で翼を広げ私達の真上で羽ばたいていた。
でも、我々が羽ばたく事はもう無いだろう。
ありがとう私の愛機・・、そして海鷲よ・・。
青空のずっと奥に白い飛行機雲、新たな鷲達が翼を連ねて飛んでいる。
征空の海鷲 これにて完結です。
皆様のご愛読ありがとうございました。
次回はルフトヴァッフェ、ドイツ空軍のお話となります。




