海鷲と地獄猫
――1945年1月15日
この日午前、友軍の観測機と敵の観測機による同じタイミングによって発見された両軍、慌しくなる艦内に私は甲板目指して突っ走り
外に出た途端に耳元で雷が落ちたかのように、凄まじい爆発がしたのでその方向に振り返ってみると、単縦陣にならんだ戦艦達が水平線に巨砲を向けており第二射、第三射と火を放つ。
「ついに海軍が望んでいた大艦巨砲の戦いだ」と艦橋下で将官の一人がつぶやく。
彗星艦上爆撃機、天山雷撃機、零戦の発艦準備が終わり私を含む航空搭乗員達は、愛機を操りすぐ近くにいる敵機動部隊を目指して大空へと飛びだっていく。斜め線の様な編隊飛行のなか私は戦闘機体から外れて一番前に位置していた。
地獄猫が見つかると思う理由だからである。
天気は快晴で白く光る水平線に敵の機動艦隊の影艦で埋め尽くされている。まだ飛行して10分も経たないのに目視で見える距離まで我々連合艦隊は迫っていたのだ。
「赤城小隊の列機は淵田中隊に続け!その他はついてくるな!」
これは私と奴の聖戦である。もう、すぐそこに、黒い機影が次第に大きくなり始め殺気は感じている。
『敵本隊、左に旋回、各機左に寄れ』
鼎の声に、大編隊を組んだ鷲達は一斉に左旋回し遠く雲の中へと消えていき私だけが取り残され、離れて聞こえる大艦の巨砲とエンジンだけが耳にはいる。
『海鷲待っていたよ』
無線...!傍受できるのかと正面に見えるグラマンが大きくなり、
「ああ、私もだよ。ヘルキャット」
通じるかどうかわからない無線に言葉を発した。
戦う合図をする。すれ違い様に、大きなエンジン音が通り過ぎ今この大空の中私と奴は決着をつけようとしていた。
よしいくぞ!
高度6000mから聖戦に私は冷えた酸素マスクを着用しながら奴の機体を睨み、右手で操る操縦桿はいつも以上に力が篭っていて簡単に折れそうなくらい私は操作する。
手で感じ取れる翼が動く感覚。
私は左旋回に機体を傾けたとき、グラマンは右旋回で逆の方向に向かいヘッドオンという対抗的な立場に私はすぐに機銃発射機を左手で沿え、およそ600mと言う距離から機銃を撃ちまくりながら零戦を横転するエルロンロールでこちらに向かう赤い弾丸を回避すると、撃ち続けに迫るグラマンがエンジンと爆竹の様な射撃音と一緒に後ろへ吸い込まれていった。
すぐさま反転、空戦フラップレバーを倒し操縦桿を倒した。
グラマンとの距離は縮まる。光学照準機いっぱいにはみ出るくらいに奴を収め、連続して炸裂する機関銃が放たれた。しかし滑らかなエルロンロールで白い硝煙は雲の奥へ消えていき、地獄猫はそのまま機体を持ち上げていった。反応に遅れ私は追い抜いてしまった。
やられる!
合計六つの13mm機銃はギラリと光り、ドドドと真上から落雷の前兆の様な音を発しながら私の胴体に浴びせかけてくる!
たまったものじゃない!とラダーペダルを右足で踏み込んだ。機体は傾くと操縦桿を斜め前に倒し目玉を締め付ける血液を感じながら銃撃を回避しながらまた引っ張り、小さな宙返りで奴の後ろに付こうとした。
しかし後ろをとっても、グラマンはグングン伸びていき離れていく。
スロットル全開。倒し覚醒したかのように激しく回転する栄エンジンは、プロペラと風と共に速度を増していきグラマンとの距離は近くなりつつある。
零戦五二丙型の計三つの13mm機銃は火花を散らし、曳光弾が奴の胴体に吸い込まれていく。手ごたえはあった。
私を振り払おうと、地獄猫は右へ急旋回すると無数の白い硝煙だけが伸びていき、私は撃ち続けに奴の後を追うとまたしても左、右とブレイクと私の銃撃をなんなく避けていく。
S字飛行に釣られながら追撃する時、私に隙ができてしまった。
「しまった!」
視界から外れグラマンはいつの間にか真後ろに。
キャノピーの後部ガラスが突然に蜘蛛の巣を作った。55mm防弾板が1発私の頭を防いでくれたのだ。
大きな円を作るように操縦桿を引っ張り回す。視界がグルグル回り目がふらふらしていくが何のこれしき。一回、二回転、そして三回転を終えたときグラマンは再び私の尻に張り付いた時、「いいぞ!」と言わんばかりににやけ顔で、F6Fの機首をじっと睨んだ。
地獄猫は釣られた。
私は操縦桿を左下に下げ、機首を上げ機体を持ち上げた。零戦のスロットルをダウン、ループ直前に失速するとすぐにラダーペダルを踏み込み機体を滑らせた。
「かかった!」
左に捻りこまれた零戦にグラマンは追い抜かれ、降下と共に奴の機体の距離は狭まり機銃を再び撃ち放った。
赤い13mm弾が流れ、後部胴体が穴だらけになる姿に私は勝負を確信したと思った。だが、
「な!どこへ!?」
空中分解するぐらいの速度を持ったグラマンと私は一気に上昇した。しかしその後の姿が見当たらない。
凄まじい衝撃が機内に響き、ガラスは紙の様に簡単に穴が開けられた。
粉々になったキャノピーに額から生ぬるい感じの液体が流れ、手足が熱を持ったかのように熱い。
負けないぞ・・!
お前をやって私も死ぬんだ!
耳元に通る弾丸に熱壁が被る。
右翼左翼の燃料タンクから白い線が引っ張られる。ガソリンが水道栓をゆるく開けた様に漏れ出す。
後方に取り付く地獄猫を何とか振り払おうとあらゆる機動を行った。
左急旋回、右へ急旋回。両者撃たれながらばら撒かれる機銃を浴びながらどちらかが落とされるか、それだけを見ながら我々は戦う。
風防から一瞬だけ見えた、地獄猫の機体は無数の風穴が開いていた。それでも飛べる防弾能力の差だった。そして本人自身、肩から血を流していた。
呼吸が苦しくなりはじめた。体力を強く消耗してしまったせいなのだろうか・・。
「高度はもう4000mまで落ちているのか・・ぐっ」
そう思っている間に私の胴体に異物が食い込まれ、計器に鮮血が散った。
意識が朦朧とする。精神まで負けてしまう気持ちに私は認めなかった。
残りある気力を操縦桿に注ぎ込み、その場機体を一気に持ち上げ、失速した零戦は小さな円を描きグラマンをやり過ごし、再び後ろを取った時機銃をこの一撃とばかり撃ちまくった。
とっさに撃っただけあって、血で塗れた照準は上向けにずれていたが効果はあった。彼の操る機体が少しばかり不自然になった。
『海鷲・・』
無線越しになる地獄猫の声に少しだけ息が荒く聞こえた。
「お話は終わりだぞ。私はお前を殺しに来ているんだからな」と不気味な表情と一緒に言うと、奴をその気にさせたのかグラマン自身の機体が急に変動し始め、今までに無い急激な旋回をし始めた。
『私もお前も殺しに来ているんでね』と耳に入る声に、私は奴の機体を追うも、
バリバリ・・。
すぐ真後ろ、翼の根元から発火された機関銃は私の肉体を引き裂いて、頭が割れるような痛感を全身に感じとった。
「あっ」と自身、頭が真っ白になる。脳内で地獄猫、敵ににやられた搭乗員らの機影が流れていく。
今まで青かった空は紅色に変わり果てた。
「負けないぞ!お前には絶対負けないぞ!」
涙混じりの悔しさの声に背後から感じ取れる悪魔の気配を打ち消す様に、スロットルを100%引き出した。緊急出力装置によって働かれる栄エンジンは今まで以上の唸りを轟かせ、プロペラは今にも吹っ飛びそうなほど回っていく。
太陽が手に届くくらい零戦は遡る。伸びる赤い弾丸が上っていき、何回も伝わる衝撃の振動は私自身にも影響し始めた。ついには左脚と左腕に、小口径弾と思われる弾丸が食い込んだ。
地獄猫のグラマンのエンジンから薄っすらと黒い綿雨の様な煙が吹き出てる。
今だ!
ありったけの気力を操縦桿を右へ倒し、右足でラダーペダルを踏み込んだ。機体は横滑りし、機首は真下に向けられ正面には失速して浮いていた奴のグラマンが割れた光学照準機に定められた!
13mm機銃、20mm機関砲が一斉に火を吐いた!連発する中口径機銃は撃ち切られ、大きな赤い紐が吸い込まれていく大口径機関砲だけが発射される。
ボロ布の有様になった奴の機体をすれ違いに抜けた。
水平に戻し、最後の一撃をしようと再び上昇した時だった。
機体を立て直したグラマンの機銃が不運にも狙われ、相手から見て絶好の的になってしまった体勢に反転しようとしたが、撃たれる機銃に放り投げられそうなほどの揺れが響きわたった。
おのれ・・!
握りっぱなしの操縦桿をまた振ろうとした。でも身体は動かない、どうしてだ。
これでもか!と言うくらいに底力で零戦を操り、機内に晒される無数の弾痕が先ほどの銃撃の激しさを物語、血まみれの水平器は平行になるのを見て機体も同じ様に保たれる。
生暖かい手袋を外して額に手を当てた。ぬるりと伝わる液体に、手は真っ赤な絵の具でも付いている。視界は回り見て火災が起きているのだろうか・・。でも焦げ臭い匂いは無い。眼球をやられたんだ・・。
大きなエンジン音が過ぎていく。様子を見終えた地獄猫はゼロ戦の正面に入ってきた!
残り20mm弾があったはず!
ぐったり寝ていた左手に感覚が無い。機銃発射機に添えられていた手を補助するように右腕で、20mm機関砲の発射ボタンを押した。
しかし弾丸が出ない。
「どうして・・!どうして弾がでない!」
駄々漏れになるガソリンタンクからついに黒い煙が伸び始めた。すると目に入った20mm機関砲のカバーがはずれむき出しになった本体は弾丸の弾痕が数発、銃身は凹み曲がっていた。
『私の勝ちだな・・海鷲』
ご丁寧に貰う戦勝宣言に私は悔しく、血と雫の混じった涙が零れ落ちる。
「まだ、まだだぞ・・。私は負けない・」
『・・・』
ついに発する言葉が出なくなった。
『あなたのエンジン、胴体はもう持たない』
「ふん・・どうかな」
確かに私の機体は紙の様な薄い装甲がむき出しになっていた。主翼は無数の穴ができていたし、エンジンから焦げ臭いがする。
地獄猫はエンジンの問題で高度が低下し、すぐ下に飛んでいる。
「ならば...!」
私はぼろぼろになった愛機を最後の力で操縦桿を振り、エンジン全開になった零戦を地獄猫目掛けて急激に接近する。
道連れにしてやる!
「地獄猫、共に死ね!!」
『なんて奴だ!クレイジーめ!』
金属が捻じ曲げ、それが弾け甲高い音だけが耳に入り、ガラスが無数に割れるような音がした。
視界が白くなる。粉々に砕け散ったグラマンと零戦が見え火の玉となって爆発した。
でも意識は朦朧とあり右腕に何かが引っかかっている。それをひっぱると、ブワっという音に私の脇は圧縮されるかのように上へ引っ張られた。
私は死んだ・・。もうこの世にいない人間になったんだ。
鮮やかな純白の光が目の前に光、うっすら明るいサクラの花びらだけが飛んでいる。
どこからと聞こえる戦友達が私を待っていた。
ああ、今から行くよ・・。みんなありがとう・・。
私は黒いシルエットになって現る人影に手を伸ばした。




