クラークフィールド空襲
――1941年12月10日 横須賀
真珠湾攻撃は終え、ひとまず補給の事もあるので空母6隻の機動部隊は日本に帰還。あとはそれぞれの原隊に戻るなりと色々ある搭乗員は国内に下ろされて訓練なり、教官なりと次の配属命令が待たされる。
不思議と中国戦線のことを思い出す。
1940年の漢口海軍航空隊に派遣されて重慶近辺の空戦に励んでいた。
ある日、いつもの小隊3番機についていたときI-16戦闘機に襲われて巴戦になった。これがはじめての空戦でもあり撃墜であった。
体力面でもまだ未熟だし精神的にもとても辛く、思い出すと気分が悪くなるけどもっと悪いのは地上掃射の時だ。
地平線の置くまで伸びる敵地の塹壕を掃射するかしないかの躊躇いに迷った挙句、私は射撃をしたとき、敵の青い軍服が目に見えてそれを将棋倒しに銃撃したのを瞼に浮かぶ。
とてもじゃないけど本当にやってよかったの?と問いたくなる・・。
寒く、冷えが体全体に染み込む。
二六○海軍航空の宿舎の中で着替えていると大きな鏡に下着姿の私自身が写る。
遺伝の関係だろうが、白と銀混じりの束髪に少し白い肌。
瞳は黒い。
そして胸にはさらし・・。
「ふう・・」
まあ、何考えてるんだろう・・。
しばらくは内地に留まる事を命令された。
時よりユウコが遊びに来てくれるから時間も潰せると思うけど。
今日やってくるかな?
「やあやあ」
「ユウコさん!?」
ノック無しで扉を開いた女性が!
鏡には陸軍の軍服姿で現れたユウコが立っていた。
私は驚いてしまい、思わず海軍の黒いジャケットを体全体で隠してしまう。
「ああ、ごめんごめん。着替え中だったか?」
顔が熱いままワイシャツや七つボタンのジャケットをすぐに着込んで、後ろを振り向く。
「んー!綺麗だ!」
ユウコの一言に私はキョトンとなる。
彼女を眺めているとサラサラな黒い髪がとても美しいと感じて何より大和撫子とでも言うのだろう。ああいう雰囲気が漂う。
「どうした?顔に何かついてるか?」
「あ!いえ、何でもないです!」
「そう堅くならないで。ささ、リラックス」
陸軍の服をみて、ある事を思いだした。
陸軍がコタバル強襲をし、マレー作戦が実行されたんだとラジオで聞いてた。
ユウコは歩兵経験もあるからもしかしたら・・。
『今日10日未明・・帝国陸海軍はマレー沖にて、英国東洋艦隊を撃滅した事を発表・・』
大胆に報じられる戦果報告。廊下や宿舎には万歳の声が響き渡る。
――台南海軍航空隊飛行場 12月17日
短い内地生活であったが、台南航空隊に編入された。
滑走路と飛行場を囲う標高の小さい山々が見えるこの場所では、 驚く事に半数が中国戦線から上がったツワモノばかり。
予科練卒業生の顔馴染みは見当たらず、私だけがここに行かされたと思うとなんだか寂しい気持ち。
今日午前7時。私達はフィリピンにあるアメリカ軍飛行場を襲撃する命令が下されて指揮所前でミーティングが終わるとそれぞれ皆、エンジンが始動した愛機に乗り込む。
私も"V-260"の零戦に乗り込もうとすると、後ろから男性の声。
名前を言われ振り向くと、
「赤城、山本。今日は俺の列機につけ」
と今回お世話になる"坂元小隊長"に言われた。
操縦席に入る。
何となく落ち着く。
目の前の光学照準器と青空を眺め、整備員達は私の機体の見えない所で作業をする。
ベルトを着用し、飛行帽を被る。
そして顎止めで外れない様に固定しゴーグルを装着。
飛行場を走る零戦達は鳥の様に羽ばたいていきだんだんと小さくなっていく。
空を覆い、頭上を通過する一式陸上攻撃機の編隊が断雲の中へと消えていった。
そして私達の出撃だ。
左右を見る。私を挟む様に小隊長、山本小隊員が乗る零戦。
小隊長が先に離陸を開始すると同時に、整備兵達が車輪止めを外した。
計器が一斉に回り始める。
開いたキャノピーから冷える風を全身に受けながら速度を上昇させる。
ガタガタ揺れる機内は私の引く操縦桿によって無くなった。
離陸した。
後ろを見れば小さくなる飛行場。
帽子を振る整備兵とその搭乗員達、そして還れば笑顔で駆けつけてくれる。
そんなことが私の瞼に浮んでしまい思わず意気込んでしまう。
「開戦から数日程度・・本当なら8日に彼らは攻撃するのに連日悪天候だったらしいからなあ・・」
本当なら台南航空基地は襲撃されてもおかしくなかった。
多分、これほどの余裕を与えてはこちら側としては若干危ない感じもするのではないかと、私自身少し怖い。
「ああいけない・・」
しっかりしろ・・!
計器をみればすでに高度4000m。
小隊長機は左に、顔を覗きこむ様に様子を窺う。
特に変わった様子は無く周辺を見るだけの事をしていた。
視界に入ればすでに黒潮となり、前方を見ると大きな島の上を飛んでいた。
フィリピンである。
何だか考えているうちにあっという間にフィリピン上空へ進入したので、敵は来るだろうと見張りは厳重に周囲を確認すると、小隊長機が中隊機の前に飛び出して左右に翼を振る。
敵機発見だ!
緊張が一気に走る・・!
小隊機は私のそばに近寄って、「敵正面」と指して「続け」と手信号を送る。
各機が白の増槽を離していく。まだたっぷりある燃料は白線を作りジャングルへと消える・・。
増槽レバーを引き落とすと風速が増す。
大きくなる敵機は正面から我々に向かって機銃を撃つ。
しかし幸いにもこれは命中せず、赤い線が抜けるだけだった。
銃撃後には私達に腹を見せる様に旋回し離れて行く。
とにかく縦横無尽に動き回る坂元機を追うだけでもとにかく疲れる!
あっちこっちついて行くといつの間にか中隊編隊から崩れていたのに気づいた。
多分3機相手でも勝てると思ったのだろうか。
5機ほどの敵機相手に坂井小隊は3機。
とうとう小隊長機を追いつけなかったのか自身から小隊から離れていく。
しょうがない・・。
私は追うのをやめてP-40と言うアメリカ陸軍の戦闘機を撃墜することにした。
1機を補足し、機体を操りながら敵機の真後ろへついた。
距離は100m未満、十分撃てる!
照準に入れ込んだ後は機銃を撃つだけ、私は添えて撃とうとした瞬間。
鼻長戦闘機は面白い事に平然と機首を上向けて宙返りをしようとするのに、
「あーあ・・」
と私は呆れてしまう。
大幅に距離を縮めたのである意味「殺してくれ」と言わんばかりに思わずヘタクソだと心の中で言う。
光学照準器が敵機からはみ出るくらいに近づくと、7.7mm発射機を握り倒した。
乾いた音と一緒にP-40の胴体からは白いガソリンが漏れる。
そして20mm発射ボタンを押し、ドンドンと太い紐は敵機に吸い込まれた。
今度は飛行機本体が不自然な動きをしつつ、フィリピンの地へと墜ちて行く。
多分、中身をやったんだろうか。
突然後方から赤い弾が流れていくのを見て、思わず反射的に操縦桿とラダーペダルを踏み込んで急旋回!
遅ければ死んでた・・!
さっきと同じ鼻長の戦闘機。
すぐに返り討ちにしてやろうと後を追い、照準に収めてた大豆くらいのサイズの敵機に威嚇射撃!
敵機は緩やかに旋回した!
そのこともあってか十分撃てる距離まで接近しつつ銃撃を浴びせかけると火達磨になりながら上空で爆砕。
本日2機撃墜の戦果!
「ふう・・」
空戦は神経を使うから余計疲れるなあ・・。
また新たに小隊長が近寄ってくると、人差し指で下を指す。
機体を傾けて地上を見渡すと、黒煙と赤い炎に包まれるクラーク飛行場が目に見えた。
第一波がやったのだろうか。
多分私達が護衛しているのは第二波かな?
現在高度4000m。
と、一式陸攻の腹の下から黒いものが次々落下されていく。
翼に隠れるクラーク飛行場上空だが、ギラギラ光る大きな航空機が滑走路場に並んでいた。
「ああ・・あれがB17」
戦友の話を耳にしただけ。
しかしこの距離だと少し小さい。
空で逢えればなと私は心の中で呟いた。
『新たな敵目標!右上方よりダイブして突っ込む!』
雑音交じりの無線機から敵機の目標が伝えられた。
陸攻隊に損害を出すわけにはいかないぞ・・!
今回、自由に空戦が出来るならやれるけど護衛関連となると本隊に隙が出来たりと正直あまり受け入れたくないけど、これも命令なのでやるしかない。
空の真上、確かに敵機が突っ込んでくる。
陸攻の砲塔から露出する自衛の機銃が火を吐いて一斉に撃たれる。
『回避回避!』
突っ込んでくる前に、陸攻隊は蜘蛛の子を散らすように四方八方分散する。
その間に、操縦桿とフットバーを蹴り機体を滑らして弾丸を避ける。
爆音と一緒に敵機は真下に吸い込まれていった。
すぐさま敵を追尾する。
機体を180度にすると、自分の感覚は逆立ちでもしているかの気分であり、血がじわじわ上ってきて気持ちが悪い。
敵機の尻尾と、フィリピンの土地を視界に入れて手の感覚で操縦桿を操る。
狙ったのは同じ鼻長戦闘機。
しかし押されるようなGの感覚にさすがに意識が吹っ飛ぶが、回っているうちに周りは空になる。
敵機がこちらを撃てといわんばかりに、上昇している内に光学照準機をP-40に入れ込む。
次第に近づいて感覚300m。
十字の照準を敵機の発動機に定めて、左手で7.7mm発射機を倒す。
ダダダ・・。
自機と敵機が繋がる曳光弾はしっかりとエンジン目掛けて吸い込まれていき、黒い帯と白い霧の様な燃料を噴出した。
「これで最後・・」
呟いて、20mm発射ボタンを親指で押す。
弾丸数発は見事エンジンに命中。
敵機のプロペラは止まる。
ぶつかる寸前まで来てしまい、素早く操縦桿を捌き後ろを振り向く。
白い花の落下傘が浮いていた。
蜘蛛の子を散らした陸攻隊は元の編隊に戻り、台南基地に戻ろうとしていた。
小隊長機を見つけ、駆け寄る。
山本小隊員が笑顔でこっちに向けて手を振ってきた。
「1機落としたのかな」
私はそう感じた。
背にするクラーク飛行場を後に、我々も基地へと戻ろうとすると1機だけ陸上攻撃機が今にも墜落しそうな様子でふらふらと飛行していた。
みんなが心配している・・・。戦闘機達が集い、ボロボロの陸上攻撃機を囲って励ましているようにも見える。
私も気になってその機に近づいていた。
弾痕でむきでたジュラルミンが銀光して操縦席でうつむくのは副操縦士・・、機銃員の何人かが近づいて、その遺体を降ろそうとしている。
台湾の島が見えて後もう少しのところ、アレだけ元気に回っていたプロペラが電源が切れた扇風機みたいに突然停止して機体が斜めになる。
それでも飛行機は飛び続けた。
爆撃機用の飛行場のカーキ色の砂地が迫るとき、一式陸攻の高度は100mちょっとになりながらも維持していて、並べられた飛行機の間を難なく着陸して私はほっと一息。
着陸を終えて私は一目散に爆撃飛行場へ。
丘を見下ろして、担架を持つ整備士らが働いているのを遠く眺めていた。
機内から運ばれるボロボロ姿の搭乗員たち。いずれ私もああなちゃうのかなと思い胸が痛くなるような気がした。