三式戦闘機を操って
――ラバウル 陸軍西飛行場
今回の空戦で幸いに落下傘で生還した人もいるが、数人ばかりは空で散った。
悲しいものだが私にはもう慣れてしまい涙が出ない。
私は奈緒子さんが頻繁に離脱すると言う話を聞き、ユウコのBMWR75バイクで飛行場に居た。
濃緑機体の機首からはオイル塗れの汚いエンジンのむき出した飛燕に、奈緒子さんにユウコ。そして整備士が囲んでいた。
「またお前・・。何回目だ、この不調で離脱したのは」
「すまない、部品と手馴れない整備が原因なんだ。許してくれ」
「ふん、こんな使えもしない、ポンコツ水冷戦闘機め」
不満を口にしたユウコの口はまだ続き、
「こんな手馴れない整備の戦闘機なんて内地の漬物石同然だ。しばらく一式戦に乗ったらどうだ。整備も楽じゃないか」
「大体上層部もドイツのコピーって時点で間違えているんだ。技術知らずして」
周りに集って来た陸軍の搭乗員とその第五戦の人たちも、
「東条隊長・・。しばらくは三式戦をやめて一式戦にしたほうが」
ああそこらへんにしたほうが・・・。
震えながら飛行手袋をギュッと強く握った奈緒子さんは
「この水冷エンジンを馬鹿にするな!乗ったこともない癖に!お前の操縦桿がきかない四式戦のほうがよっぽどポンコツだよ!」
と愛機を貶したかのように言われたように聞こえたユウコは激怒して、
「四式戦闘機を馬鹿にするんじゃない!お前みたいな頑固な水冷機とは違って良いと取りの傑作機なんだ!」
何と言うか20歳そろそろ行くか行かないかぐらいの人間が子供喧嘩しているようで、保護者様はあなた?と言う目で陸軍関係者が私のほうに視線を送ってくるので「あっこれ何ていう機銃ですか?」と他人の振りして整備士に主翼の機銃をたずねた。
「散々馬鹿にして!あんたなんか死んじゃえ!」
ユウコは今までにない言葉に動揺すると奈緒子さんは悔し涙を流しながらジャングルの中へと走って消えてしまう。
「ちょっとユウコ。言いすぎなんじゃないか」
私はしばらく続いた三式戦の難点に対する愚痴っぷりに少し腹だってしまいユウコに反抗すると、
「・・確かに言い過ぎたな。でもこの状況で謝るってもなあ」
「あの"死んじゃえ"ってこと言われてさ、中国戦線のこと思い出しちゃった・・・」
頭を乱れかきするかのように言い過ぎた反省と、彼女の不安が顔に浮かび上がっていた。
何かしらの人的サポートは初めてなので出来る限り早く和解させないと。
「面倒なことになったなあ・・。あいつは拗ねると口きかなくなるんだ。兵学校時代からの悪い癖だよ」
悩んだ顔で私に言うので「とにかく謝ろう」としか言いようがなかった。
「じゃあ私探してくるから美貴はこの三式戦にでも乗ってろ」
「え、いいの?」
「だってあいつ居ないし、美貴暇だろ」
「あ、ああ・・うん。じゃあ試験って事で乗っておくよ」
「まあ楽しんでくれ」
最後の台詞を捨てながら走り去るBMWR75バイクは物語に出てくる主人公、もしくはライバルの様な背中をしていたけど彼女にはちょっと似合わないなあ。
噂の鼻長戦闘機、三式戦の飛燕は嘴のような機首をしていて如何にも"ツバメ"ってところがある。
実はこのラバウルにも水冷艦上機があるもののやはり搭乗員からも「ポンコツ機」「殺人機」と言われる始末。
それだけ水冷の技術が悪く、また慣れないのだ。
が、そのドイツの技術をコピーした戦闘機を初めて乗ることができる嬉しさと怖さが同時に襲ってくると何だが不思議な気持ちでもある。
整備士が準備OKの合図を出すと、堂々と大きな身体で歩いてくる陸軍将官がやってきた。
「海軍の下士官がなぜ居るのかは分からんが、彼の連れだろうな。三式戦は一撃離脱に特化した戦闘機だ。乗るのは構わんが人身事故はこちらで責任は取れんぞ」
と忠告を食らったので私は「ええ、大丈夫です」とやる気満々に答えた。
どきどきする胸を抱いて三式戦闘機のエンジンを始動させた。
するとキューンと始動音にプロペラが回り始めると爆発音を何回も発生させながら排気煙をうち出した。
空冷エンジンにはない独特の始動音だ。
飛行機はみんな掩蔽壕に隠されていて滑走路はあいている。
離陸フラップを展開して粉塵を巻きながら空へ上がると、陸軍の将校らが敬礼して見送り、私は右手で彼らが使う陸軍式で返した。
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――高度4000m
ラバウルの大空でテスト飛行を行っている中、水冷エンジンは空冷と違ってとても回転数が早く機速が増していく。
『では緊急出力のテストです』
「了解」
無線から入った命令に従いながら左手でスロットルレバーを倒すと緊急出力が作動、発動機が唸るモーター音は機内にも聞こえるくらいに激しくプロペラが回転する。速度が零戦以上にスピードがある。
速い!零戦より速いじゃないか!
疾風の如く空を翔る飛燕は私が愛用する零戦より遥かにスピードがある!悔しいがこれもドイツの技術を取り入れた成果なのかもしれない!
『速度560km/hを保ち急降下してください』
真っ赤な機銃発射ボタンと白い光をした金属のついた黒いグリップの操縦桿を押し倒すと、エンジンからの振動と鳴り聞く発動機が騒ぎ立てはじめた。
風と雲を貫いていくツバメが獲物を捕らえるかのように急降下するように。
とその時、光学照準機越しに光の針を反射させた敵機が1機!
私は、
「敵機発見!偵察機と思われる!」
『了解!陸軍からも入りました!そのまま撃墜を!』
「了解」
地上から連絡を取る陸軍の無線を後に水上偵察機の真上から一撃の攻撃を与えるため、私は左手に添えていた――
「ん」
ああ、ゼロ戦の癖だ・・。
相手は水上偵察機、落ち着いて両手で操縦桿を握り締め、親指で機銃発射機のボタンを押しつぶした。
すると電動鋸のように大きな音と速い連射に、自機に繋がった一本線は敵機真上に生き物のように流れていき、白熱の火花と黒煙が立ち跳ね上がった。
飛燕のスピードに私も楽しくなってきた。
急降下と一緒に敵機との距離が離れたので私は零戦の癖で操縦桿を強く引っ張ったが、飛燕は中々言うことを聞かず大きな半円を描いて機首をまた上昇させる。
加速しすぎで言う事が悪いのだ。
しかし速度に特化した戦闘機なら当たり前の事かもしれない。
青空一面、煙吹いた敵機はPBYだった。
最後の一撃をこれぞばかり撃ちこむと敵機は粉々に爆砕、残骸の粒が降り注ぎ機体にカンカンと履く音が鳴った。
とりあえず機体上問題が無いといわれたので飛行場に戻る。
着陸後、機内から顔をだすと奈緒子さん笑顔で駆け寄り「楽しめた?」と言われた。実際楽しめたと言うより速度の差の広がりに驚いていたので楽しめたと言う実感はそれなりにい。
「楽しめた。速度的に」と返した。
「ふふ。ありがとう。今度、マウザー砲がここに届くの・・。整備が駄目でも火力でここを補える」
と影からユウコが恥ずかしそうにやってきてたので「仲直りした?」と言うと「・・うん」とまるで子供の様な返事が帰ってきた。
しばらく時間を過ごし、海軍飛行場に戻った時。
川西指揮官から「帰国命令」が下り私は久しい内地の地が踏めると、大喜びした。




