瑞鶴戦闘機隊の鬼
あけおめ
ラバウル東飛行場。
――1944年 2月
普段なら昼の決まった時間に定期便がやってくるはずなのに、微かなエンジンの音さえ鳴らさずに時間だけが過ぎていく。補給をしにくる潜水艦の数も少なくなって、戦闘機の補充さえも僅かなものになっていた。
まあいいけど・・・・。私は自分の戦闘機で敵を落とせるならそれでいい・・。
パチパチと音を鳴らし、指揮所のテーブルを使って当時の先輩とお話をしながら将棋盤に駒を動かしていた。。
「みんな寝てますね・・・。」
私は先輩に言う。
寝ている搭乗員に視線を送った後微笑んで
「そうね...。ぐっすり眠ってる」
青い束髪を揺らしながら荒城紀代先輩は言う。
連日の空襲で休みもないからね・・・。
寝る時間さえあればみんな幸せだよ。
「先輩はここに来る前、何をなされていましたか・・・?」
歩兵の駒を人差し指で動かしながら私は言うと、
「トラック島やセイロン、ソロモンとか色々足を伸ばしたわ・・・」
と言いながら同じ歩の駒を一マス進めた。
「どうですか?翔鶴戦闘機隊の連中らは」
「一航戦隊や二航空戦隊より大分上がったよ。まだ学生ぐらいの歳なのに」
赤城と加賀、蒼龍に飛龍はミッドウェー海戦で敗北。大破撃沈がほとんどで搭乗員のほとんどは戦死したらしく今のところ戦力としては成り立たないくらいに落ちている。
「それはうれしいですね」
次の駒をポンっと私は打つ。
「今の第五航空戦隊は地上にいたりするのね・・・。あなたの活躍、とても聞いてるわ」
角の駒を動かす先輩に、
「それはどうも、先輩さん」
返しに角駒を打ち取った。
「260海軍航空隊が恋しいわ・・・」
そう、先輩は予科練のときもそうだけど原隊は私と同じ横須賀の260海軍航空隊。
「今年まで260の連中、何人死んだ・・・・?」
先輩の言葉に「忘れました。ただ多くは死にました」と答えて、ひたすら駒を進めていく。
「あっさり言うのね・・。あなた、凄く変わったわ」
変わったかな・・・?
「そうでしょうか?いつもどおりじゃないですか?」
きっとそうだよ。私は41年からずっとこの性格、態度だし・・・。
「鏡見て御覧なさい?」
先輩は足元のポケットから折りたたみのミラーを取り出して、それを開いて私の顔にむけた。
すると鏡の中には別人のような姿の私がいた。
目元に紫のような跡、薄い隈がある。
瞳は黒く、なんと言うか光がなく瞳孔が開いている。
それに瞼。
開きっぱなしで常に何かを見ているような目をしていて、ギョロギョロとしている。気味が悪い・・・。
「あらっ?」
先輩が何かに反応したのかその場で、指を止める。
私にも聞こえる・・・。遠くから聞いたことのないエンジン音・・・、まさか・・・!
「零戦の音じゃないわね。敵機よ、すぐに知らせて」
「了解です」
ぐっすり眠る基地の中で、私は飛行場に飛び出し拳銃を空に向けて発砲した。
「空襲ー!!空襲ー!回せ、回せー!」
何度も拳銃を撃つと、居眠りしていた搭乗員は咄嗟に起き上がって自分の戦闘機向かって各自が走り出して、その後に空襲警報が鳴り響いた。
素早くエナーシャを回す整備士を横目に、私は愛機の識別のある260号機、零戦五二型丙に乗り込んでエンジンコックを引っ張り始動させた。
私と先輩が先に離陸。
対空砲の黒雲が一面に広がると敵の落した爆弾はラバウル湾、飛行場の真横と標的には命中せず低空で離脱をはじめている。
ラバウル湾を背に離脱する敵機を高度500mでオーバーブーストを展開。回転数が早くなる計器とプロペラに機体の速度が上がっていく。
胴体に黄色のラインを入れた零戦が1機、私を追い越して目の前にたつ。ピンクに見えるその戦闘機は敵を今まで落した撃墜マークらしい。
『ミッチェルが2機ね。撃墜できるかしら』
「少佐ならできますよ」
『あらそう?私こういうの今初めてだからお先にどうぞ・・・。援護するからね』
可愛いところもあるんだなぁ・・普段クールなのに・・・。
それじゃお言葉に甘えて。
低空で走るB-25が2機。距離は600mとやや遠いけどオーバーブーストで近づいているのは私には分かる。
照準機の電源を入れて13mm機銃、20mm機関砲を敵に向けて何十発か試射すると、ジュラルミンの破片が後方に流される。
おっ命中かな?
双発エンジンの左側から燃料が吹いている。
もっと近づけば・・・!!
視界一面に赤い曳光弾が流れていくけどそんなのお構いなし。
機銃をぶっ放して突進していくとB-25の左翼付けから炎が上がった。
『お見事。次は私にやらせて』
撃ち落としたB-25は海面に衝突。漏れたガソリンが引火して海上は青い炎が立ち上るのを眺めて、先輩の機体にぎりぎり近づきながらもう1機を追撃する。
どんな感じに墜とすかな?
逃げる獲物を客観的に楽しみながら眺めると、先輩の零戦から20mm弾が発射されると一発で命中したのかB-25の主翼を吹き飛ばしてしまう。
そして垂直尾翼にも機関砲を浴びせると敵機はバランスを崩して横転しながら落下していった。
当て辛い砲で当てるなんて恐れ入る。
すると突然機首を持ち上げて上昇し始め、私はそれを追うかのようにスロットルを開いて全速力で追いながらラバウル湾を何回も旋回。
『基地から敵戦闘機が接近してる。これを迎撃する』
ノイズ交じりの無線から聞こえた声に私は納得。
基地を見ると、遅く発進する戦闘機が数機離陸するのが見えて、B-25を撃退した後からやってきた友軍機が数十機いた。
高度4000m
P-38とP-40を含む戦闘機隊と接敵し空戦状態に入っていた。
今頃だけど先輩の零戦は二一型だ。
それなのに私はなぜか追いつけない。先輩についていって援護するだけの小隊機の役割がこんなにも厳しいのは台南以来だと思う。
ハエのようにあっちこっちと動いて見つけ次第敵を素早く撃墜する。
見届ける暇もなくただ追うので精一杯・・・!
先輩に密かに近寄るP-38双発戦闘機が翼下から近づいてきた。
彼女の機は敵機を知ったのか、機体を横転させながら敵の弾を難なく避けると、敵は機首を上げて全体を見せてきた。
「ここだ!」
と13mm機銃と20mm機関砲を続けさまに撃ち続ける。
右のエンジンの火災と一緒にP-38は錐揉みになりながら落ちていった。
1機撃墜!!
見届けたのは一瞬だけで余裕はない。
小隊の役目は小隊長を守る義務があるから・・!
目が回るような忙しさに先輩はお構いなしに狙える敵機は次々と撃ち落とし、それを頭の中で私はひそかに数えていく。
ゼロ戦と空戦に夢中になる敵機を翼下で発見。
伝えるまもなく鷲のように機首を落して一気に急降下!
加わるGが私の身体をじわじわ押し潰していく。
速度計の回転が早まる・・・・!
機体が犇く様な音がしてスロットルレバーを引き、降下角度を緩めた。
空中分解が怖いからだ。
けど先輩はお構いなしにP-40に一撃を浴びせると降下速度で得たスピードを利用し、今の空戦から離れようとする。
狙われたP-40は落ち葉のように不動を起こしながら海へと消えていく。
先輩は緩やかな旋回でまた引きかえす。
はは、第二撃をするつもりだ。
これが先輩の戦法なのだろうか?
4000あった高度は3200までに落ちていた。
緩やかな旋回で上昇する。
相変わらずこちらに気づいていないP-40とP-38が零戦を追っかけまわしている光景に「まだまだ未熟だなあ」と思わず心の中で呟いた。
標的を決めたのかP-38の2機編隊に目掛けて突進し、光学照準機いっぱいまでに彼女の機は接近する。
私は撃ちたくてしょうがない。うずうずする・・。
『かまわん、撃て』
先輩の無線に私は思わず微笑む。
光学照準機いっぱいに機影が入った。右手の13mm機銃発射機の引き金を倒したが弾が出ない。
もうはみ出るほどいっぱいまで来たので20mm機関砲の発射ボタンを押した。
敵機が炸薬弾で炸裂するのを目に撃ち続けに通り抜けた。
振り向くと2機とも黒煙の尾と一緒に落ちていくと、そのうちの1機からパイロットが風に乗のり落下傘を開いた。
落下傘が開いた途端に急にそちらの方向に行ってしまう先輩の機。
先輩の機は落下傘に向かっている。
撃つんだな。私も見てみよう・・・。
と私は思ったが、先輩は落下傘の回りをただ旋回するだけ。
とても近くて敵の白顔がくっきり見える。
手を上げて降参していた。何ともかわいそうな光景だ。
これと似たような光景はブーゲンビル沖にも・・・?
イタズラ心が沸いてきた。少しからかってやろうと風防をあけて、機内に持ち込んだサイダー瓶をラッパ飲みしてやろうと私は行動に移した。
ちょうど喉も渇いたし大丈夫でしょ・・・。
栓抜きで開けて、米兵の近くまでギリギリに右手でサイダー瓶を握りながら腕を上げた。
すると米兵も同じ右手で手を振る。
『引き上げよう』
サイダーを飲みながら零戦を基地の方角にむけて先輩と共に還ろうとする。
米兵の落下傘は次第に遠くなっていった。彼は助かるだろうか・・・。もうじき敵の機動部隊がここを制圧しにやってくるから命ぐらいは助かる・・・。
着陸後は指揮所前で私が黒板に"P-40 15機撃墜 P-38 9機撃墜 B-25 2機撃墜 全機帰還"と黒板に書いた。むしり撃墜より全機帰還のほうが私は嬉しく、司令官から祝いの撃墜酒が一本もらえた。
テント下で早速飲むと荒城先輩のお話になった。
「荒城中隊長は別名 "瑞鶴戦闘機隊の鬼"って言われてるんだ」
と瑞鶴戦闘機隊の隊員の一人が言う。
「今日は鬼っぽいことはしてないけど、私は1機で何十機の敵と相手にて半数を撃墜したことがある」
誇り高いなぁ・・。
私なら逃げてるよ。
「みんな鬼小隊って呼んでる。小隊になった奴はみんなノビて還ってくる」
「どうして?」
「敵機と交戦するとき素早い機動で動くんだ。遅れ勝ちになるかそれに追いつくので精一杯さ」
「でも荒城小隊につけば死なない。っていうお呪いみたいなのもある」
まあなんと・・・。
私より凄いや・・。
荒城先輩はそれを"自負して生きる"と酔いながら言った。




