猫は血を飲む
仕方あるまいと、敵を睨み最後の技を仕掛けようと私は操縦桿を倒した。
視野が真っ逆さまになり頭にじわじわと上る血液が目玉と脳内で感じられ苦しいと言うか、締め付けられる感覚だ。
操縦桿を前に抑えた途端、血液が視野に集中し視界が真っ赤になり、果てには急なGを全体的に受けるために非常に気分が悪く、胃液が逆流してくる。
零戦と一体同感、私の想像する機動を無理なく"こいつ"に言い聞かせ機体を斜めに捻り上げながら機体を一気に上昇させ、天まで駆け上る。
逆上昇と言う技だ。
機体を背面にそのまま上昇する、あまり意味はなく機体に負担がかかるあまりお勧めできない。
幸運に敵の射撃が下手なためにこんな腹晒ししても弾丸は当たらず、敵機は失速したのか紙のように揺れながら落下していく。
その隙にラダーペダルを蹴り機体を反転、青い横っ腹の胴体に入れられた白星のマークに光学照準機に定め入れ、機銃発射機を押した。
バリバリ・・。
交差する20mm機関砲は長太い弾丸を伸ばしてされる。
硝煙を真っ直ぐ飛ぶ中に混じる弾丸が、6機ほどの敵機に吸い込まれ敵はたちまち炎に包まれ、黒い海の中に落ちていきボロ雑巾の様になった破片には生々しい弾痕後が私の横を通り過ぎた。
さあ残り6機。
と、光の針が目に刺さり、太陽からゴマの群れが降下して赤い弾丸を飛ばすではないか。
翼の根元を折られたグラマン1機がまたしても餌食になる。
『全隊突っ込め!中尉を助けろ!』
鼎の無線の声に私は目を開かして、日の丸の機体を眺め私は嬉しさのあまり涙を流してしまう。
このまま死んでしまうのでは無いかと自身思っていなくても身体は思っていたのだろう。
「まて!地獄猫が!」
しまった!地獄猫はこれを待っていたのだな!
地獄猫のグラマンは背面になりつつ、我隊の群れに向かってネズミを捕らえる山猫の様に機首と言う牙を光らせて突っ込むではないか。
そして最後尾の零戦の1機が機銃を浴びられ、爆発と共に還らぬサクラとなった。
『地獄猫が・・!!』
今度は最後尾から2番目・・!
赤炎の尾を引っ張り懸命に振り切ろうと、若手の乗る零戦は必死に。
しかしガソリンに引火した炎は彼の運命を一瞬にしてもみ消し、機体と魂は空中で千切れ海中へと飲み込まれていく。
見ている間にはもう地獄猫は反転し、グラマンと一緒にラバウルの空から去ろうと青い胴体を輝かせて離れていく。
酷く悲しい気分である。無言のまま私達は何も会話もせずにただ黙ってラバウル東飛行場へと戻ろうとした。
――ラバウル東飛行場
速力130km/h..。
着陸フラップ、脚は出している。
いつもと変わらぬ整備員と待機搭乗員の歓声の渦を耳にしながら、愛機と共に東飛行場の地を踏み場し走って乗り心地の悪い車を操るかのように、ラダーペダルを踏み直線を保っていた。
黒いカウリング、排気口ブースターは戦闘を物語るように薄黒く焼けていた。
同じ構造、見慣れた操縦席を後に何食わぬ顔で飛行ブーツの砂利を踏む音だけを鳴らしながら指揮所へ歩いていくと見知らぬ将官が真っ白い制服姿で私に一礼し、戻ってくる戦闘機を見ながら帽子を振る。
一体何者だろうか。この様子では内地からわざわざ来たのだろうか。
ただでさえ最前線と言うのに今回は2名の戦死者を出したというのに、何も知らないのか。
私自身よく分からずに腹が立っていて、悲しいのか感情的に不安定な状態だと自分でも感じる。
落ち着け。
「ご苦労様」
私は敬礼し「お疲れ様です」と背筋伸ばして言うと指揮官の川西は「この方は淵田誠一海軍飛行大将だ」と言われ、
「失礼しました」と悪いことをしていないのにまた背筋を伸ばしてしまった。
「ああ、堅くならないで。ここは最前線。気楽にするのもいいが気を引き締めなければならない場所だ。今日、2名戦死した?」
「なっ・・。はい」
誰かに聞かされたか・・。
「新型のグラマンに関してだが皆を集めてほしいんだ」
将官がグラマン話?珍しいな・・。
「あのカメラと報道記者は何者だ?」
他の搭乗員の声に私はその方向に振り向くと、確かに陸軍の制服の色をしたカメラマンと記者の4人が立っていて、撮影してるところは飛行機の着陸部分を撮っている。
しばらく友軍機の着陸姿を戦友達と見ながら「あ、あいつは下手っぴだ。補充された新兵だな」とか「あの機は相当逃げたな。多少鍛えれば一人前だ」と弾痕だらけの零戦を見つめ、古参のくだらない話を黙って聞いていた。ただでさえここは最前線だからそんな事を言うなと、心の中で言い聞かせた。
搭乗員皆が指揮所に集まると私と鼎に"撃墜祝"と言われ3本の白い布で包まれた瓶酒を貰ったが、嬉しいのか悲しいのかとても複雑な気分だ。
だが皆の声は歓喜で基地全体を飲み込むくらいに。
そして面白半分に子供の様に玩具を振り回す長官の対グラマン講座の姿に、誰もが腹を抱え、そして長官自身も馬鹿笑いしながら、ふざけている姿に誰もが意見を交わしながら敵の新鋭機について研究した。
きっと散った二人も・・喜んでいるのだろうか、この笑いに。
<>
酒だ、酒だ。
20歳未満はお酒が飲めないと言うお説教に、若い私達はそんな事は一切お構いなし。死なないうちにやりたい事今のうちにやって、大人ぶって12ダース分の日本酒や洋酒を飲むのが日課でもありご褒美でもあった。
しかし航空搭乗員なのでアルコールは一般のものより少なくきつくはないのが多い。なので初めて飲む人には飲みやすいのだ。
解散し私は指揮所隣のテントで、みんなに酒を振舞うと記者連中がやってきて、
「貴方が海鷲の名を持つ、赤城美貴中尉ですか?」
と言われたので「そうだよ」とカメラに目を向けず瓶に答え、連中共を無視するかのように私はグラスに注がれた撃墜酒を一気に腹の中に流し飲む。
非常にぽかぽかと身体に酔いが回ったので少しベンチに腰をかける。
「実はですね、あなたが知らないところで我々は空戦録を撮ってたんです」
「えーと海軍の淵田少尉と陸軍の忍中尉女性搭乗員の中で撃墜数が多くて、それで取材しに」
「私はさっきの戦闘で6機撃墜。トータル18機」
「1941年の戦いの2年の間でたった・・18機ですか?」
テーブルを叩き割るかのようにグラスを置いた。
酒瓶が横たわり賑やかな会話が一瞬にして無くなったかのように静まる。
「我々の事情を知らずにぬくぬくと現れやがって!」
「今日2名の戦死者が出たと言うのにお前らは!桃太郎のように無傷で鬼共をまとめてやっつける職じゃねえんだ!!100機落としたとでも思ったか!このバカヤロー!」
クソ、なんて腹たたしいんだ!一発殴りたい気分だ!
強い声を上げ回路が狂った機械のように私は叫び散らすと他の隊員が抑えにやってきて、私は酔いの勢いで振りほどこうとする。
「何だ何だ」とユウコがひょっこり現れると何故かグラスに酒を注ぎ一気に飲み干す。
記者連中に「お前ら今日はやめとけ」と言い払い除けた。
記者連中は諦めたような顔で「他を当たろう」と言いながら噴火山を背にして陸軍の飛行場に向かおうとする。
「まったくあいつらも何も知らんな」
「ええ・・」
「内地では適当なことを書かれてるに違いないな」
「へ、あいつらもバカだな。そんなしてる暇あったらまともな報道しろってーの」
ある隊員がべーをしながらグッとお酒を喉を鳴らして一気飲み。一瞬静まった雰囲気はまた火がついたように盛り上がる。
アルコールの息の匂いに私も撃墜酒を小さく飲みいれ、沈黙した飛行場に夜がやってくる。
「焼酎飲みたいな・・」
何か物足りない顔でぼやいたユウコ。彼女はキツイお酒が好きかもしれない。




