陸軍 夕日の思い出
「バンザーイ!バンザーイ!バンザーイ・・」
我軍はブキテマ高知を占領。
血を流し、とうとう陥落したこの地を後に我々はシンガポール市街地を目指して進撃を開始した。
英国軍の反撃もむなしく、市街地の陥落はもはや時間の問題になっていた・・。
「よーし全体止まれ。今回はここを宿営地にする。皆、ゆっくり休め」
夕焼けが小さな葉から差し込む中で隊長の声と一緒に銃を担いで歩いていた将兵は冷たい密林の中、一斉に座り木などに寄りかかりながら夕食の支度をした。
重いお荷物を降ろし木の傍に腰をかけ、足を揉み肩を叩く。
顔を上げると、髪を後ろに束ね微笑んだ顔のサエカが立っている。
彼女は黙って私の隣に座り込み、「お疲れさん」と呟き「ああ・・。お疲れ」と私は素っ気無く返した。
彼は綿飴の雲をじっと見つめていた。
星が好きなのか。
「兵学校時代の時だな。こうして二人で居るのは」
ああ、本当に兵学校時代のときだ。
こうして赤い空を見上げるのは。
私、奈緒子、そしてサエカの3人でよく見上げたものだった。
白い飛行機雲が一直線に描いていく。あれは一式戦闘機だろうか。
こんな汚い地から外れて早く翼を広げたい・・。
「飛びたいの?」
「飛びたいさ」
長く続かない会話だがこれが普通なのだ。
サエカは親しい人間にしか口を開かない、いわば無口な女であり上官の命令を答えるときは「はい」「いいえ」しか言わない。
しばらく見てると腹が鳴いたのでごちゃ混ぜのバッグから乾パンを取り一人黙々口に運ぶ。
2つの食い方がある。1つは口の中で溶かして食う、2つはそのまま噛み砕いて食うと食べ方さまざま。
サエカは大和煮と言う非常に味の濃い肉缶と隊員から仕入れた炊きたて白米と一緒に食べるので、私も缶詰を取り食べ始めた。
その夜、雲の下の野営地で皆は眠り返っていて私もまぶたが重いくらいに眠気がやってくる。
まあ、今日はがんばったし・・。寝ようかね・・。
明日も忙しい。私は心の中で言い聞かせ眠りにつく。
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数日が過ぎたときシンガポール市街地に侵入した我々は火砲、戦車の無い戦いの波に入りもはや英軍の降伏も時間の問題となった。
「シンガポール市街地の中で一番大きい建物が我々が確保する占領地だ!!皆、突撃!!」
突撃ラッパ鳴り響き、兵士達は一斉に銃火が開かれる中を突っ走る。
サエカ、私が率いる分隊、計20名の隊員はその後に続き、だれが一番早く占領する建物にたどり着けるかの競い合いになっていて、敵と言う敵は斬り、撃ち殺し、冷たい血だけがコンクリート壁に染み込む。
苦しくなるくらい走り、一角、路地、さまざまな場所を走りぬけ私達は無我夢中だった。
裏路地から出た途端ピュンと熱壁の様の様なものが一瞬、耳元を通ると半壊の大きなビルからは英国軍の兵士らが必死に機関銃を撃ちまくっているではないか。
路地裏の壁に隠れ、「あそこに機関銃手がいる」と全体に伝え、サエカの分隊員の一人が「私がやりましょう」と言いどこかへ行ってしまう。
なにをする気なのだろうか。
思い当たることは狙撃ぐらいであろう。
サエカは槍のように長い三八式歩兵銃に寄せ書きのある新品同様の日章旗を銃に取り付けていた。
「シンガポール占領には新品の日章旗ではないとな」
ほほう・・。
私も負けていられないな。
と、すぐ近くから破裂する音が鳴ると騒ぎ立てた敵の機関銃が何も無かったかのように静かになり、遠く響く砲声と銃声だけが耳に入る。
「さあここからだ、ユウコ」
「ああ。私の隊が一番に旗を立てるって、天が言っていたからな」
「なんだって?フフ。競争だ!」
「皆続け!」
「了解!」
壊れかけのビルに向かい、我々は熊のように突っ込み走る。
内部に残党する英兵を斬り悲鳴に混じる中では友軍が短機関銃を撃ち、我々の道を切り開く。
後もう少しだ!
螺旋階段を駆け上がる!
光が射し入る屋上の扉を蹴り破り、我々はとうとう風に流れ掲げられた英国旗と目と鼻の先にいた。
「私の勝ちだな」
「くそ、残念だ!」
屋上に到達したのはサエカだったので私はしぶしぶサエカに譲ることに。
土嚢が目に入り英国兵の死体が4体、血を流している。
良くぞ戦ってくれた。果敢なる兵士達よ・・。
彼女は土嚢上に挿された英国旗を抜いたとき。
2回、火薬の音が破裂しサエカの体から赤い液体が飛び跳ね、その光景を見たとき私の頭は一瞬白くなる。
そしてすぐ足元にうつぶせに倒れている英国兵は回転式拳銃をまた狙い撃とうとする時、私は刀で手首をはね飛ばし、手にした鹵獲の45口径拳銃で頭をぶち抜いた。
「サエカ・・!サエカ!」
倒れる彼女を支え、私は仰向けにさせるが当たり所が酷く、胸、腹と激しく血が漏れ出している。
「衛生兵はどこだ!」
「隊長!しっかりしてください隊長!」
赤十字のワッペンを肩につけた衛生兵がバッグから包帯などを取り出す。
ああ、何てことだ・・!
「ゆ、ユウコ・・」
「サエカ!」
瞳から零れる涙が彼女の戦闘衣にたれ落ちたとき、サエカは
「旗を・・旗を自分の手で・・」
「旗か!?待ってろ!」
彼女を起こし、サエカは自らの力で旗がつけられた銃を握り締め、それを私が支えながら英国旗が掲げられた土嚢までゆっくり一歩ずつ歩いていく。
サエカは何か微かに喋っている。
「私は生まれつき心臓が弱くてな・・」
言うな・・。もういうな・・。
「私自身、体力的にもう駄目なんじゃないかって・・」
「言うな!!!黙れ!」
泣きじゃくり、しゃっくりの混じった一喝をサエカに言うが、
「フフ・・。お前が怒るなんて・・初めてじゃないか・・」
英国旗の前に立ち、私は吊り上げらた紐を斬ると旗は見えない波に乗られ街の彼方まで行ってしまう。
そして銃剣、旗がつけられた銃を土嚢に指した時だ。
「ああ・・」
崩れた倒れるように仰向けになったサエカは「ユウコ・・こっちに来い」とかすかな声で言われ、その場に近寄り静かに座るが私は何を言えばいいか分からず涙だけを流していた。
サエカは震えた腕で頭に束ねていた細く白い輪のゴムを手にし、血のついた軍刀を取り出したとき、
「奈緒子によろしく言っといてくれ・・。髪を束ねるための輪ゴムをお前にやる・・。そして軍刀は家族に・・」
「少ないモノですまないな・・・・。あと、ありが・・・とう・・」
「サエカ・・?おい・・目開けてくれよ・・なあ!」
サエカはどこか微笑んだ顔をしていた。
私は冷たいサエカの体を揺らし、また瞳を開けてくれと、
「ただただ叫んだんだ・・。ん?」
――ラバウル東飛行場 病室
かわいい顔して寝ちゃったかー・・。
まあ長い話だししょうがないな。
それとサエカ・・。我々を見守ってくれ・・。
「さて、飛ぶとするか」
「一番乗りを やるんだと
力んで死んだ 戦友の
遺骨を抱いて 今入る
シンガポールの 街の朝・・・」
おかしいな、何で私泣いてるんだろう・・。
それだけ長い付き合いだからか、それとも・・。なんだろうか・・。