試作機の誕生
すでに夕暮れ。
紅の太陽はジャングルの緑の隙間から光を放射し、整備士達は何食わぬ顔で航空機の修理と整備に勤めていた。
「未帰還機3機、損傷機2機。以上、報告終わり。解散」
普段なら戯言を言いながら解散する毎日であったが、今回はとても静かな終わりを迎えた。
誰もが声を出さず、ただ飛行場を踏む彼らの足音だけが基地全体に響き渡った。
深く落ち込み、そして体内の水分がなくなると言うくらい泣いて、私は宿舎の中で悲しんだ。
彼は台南空の頃の山本一等飛行兵だった。
男性パイロットからでは「マルボウ」と呼ばれて可愛がられていた17歳の少年だった。
深く静まり帰って、いつしか夜になっていた。搭乗員達は寝床について静かに寝息だけを部屋中鳴らしていた。
いつの間にか私も涙が止まりだいぶ落ち着いていた。
トントンと扉から音が聞こえると
「美貴、起きてるか」とユウコの声がした。
「はい」と答えると「外に出よう」といわれ、私は薄い上下短パンの夏衣を着て廊下に出た。
「落ち着いたか?涼もうじゃないか」
戦争がやっているとは思えない白く光る水平線、風は静かに私の髪を揺らす。
ザクザクと草履が砂を踏む音だけか聞こえる。
「猫のマークね・・。」
・・・。
私は何も言えない・・。言うだけで胸が痛くなって、涙があふれるから・・。
「海軍の連中から、3番機の山本は被弾してでも空戦に望んだようだな」
「はい」
「海軍航空隊の搭乗員から、あいつは空戦で死ねば悔いは無いと言っていたが...。なんとも言えないな」
本当に不幸なものだ・・。
あそこで襲われなければ生きて還れたかもしれないのに・・・。
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8月7日、第一次ソロモン海戦により日本海軍は敗北したが8月24日、第二次ソロモンは日本軍が勝利。
そして嬉しいことに9月15日の軍報では潜水艦が空母ワスプを撃沈したとのこと。
そして時は過ぎて10月・・。
――10月10日
私達はラバウルに慣れると同時に私と鼎、撃墜数は数を増していき胴体は青色で埋め尽くされる。
南太平洋航空戦と言う名で部隊に知れ渡ると何でも、ソロモン諸島、モレスビー、オーストラリア、そしてラバウルを含む制空権の奪い合いの空戦が起こっている。
一早く、ユウコは一式戦闘機を卒業。1943年に正式採用される、四式戦闘機、通称疾風1機がラバウルに配備されると私を相手に性能訓練に出された。
ユウコの知り合いの奈緒子さんもドイツ製の機関砲を装備した鼻長戦闘機も43年採用前に配備されたので、海軍はどのような戦闘機が私達の手に届くか楽しみでしょうがない・・!
もちろん、陸軍の新鋭機はこの2つだけで、我々に届くにはしばらく時間がかかるがとてもうらやましい。
「これならアメリカ軍機なんざには負けないぞ。なんせ馬力は2000級に12.7mm機銃が2、20mm機銃が2と、陸軍機最高機かもしれんな」
自慢げに言うと、近くにいた陸軍の兵士は
「これは陸軍最高の傑作機です。奈緒子大尉の三式戦闘機はドイツ製の20mmを装備しています。初速および火力は国産より上がりました」
「ふ~ん・・」
と、ユウコの友人の奈緒子大尉は不満げそうな顔・・。
と言うわけでラバウル飛行場上空、高度4000m。
零戦二一型と陸軍戦闘機の疾風。
目の前にゴマのような機体が大きくなり、すれ違ったところで空戦が始まる。
私は操縦桿をいっぱい左に倒しまず疾風の後ろを取ろうとしたが、速度が断然速い。
追いつこうにも追いつかず、また小さな粒のように離れると今度は一挙に急降下。大きな白い線が空いっぱいに描かれるほどの急上昇をする。
「しめた!」
ぐっと操縦桿を引っ張りあげて高度を稼ぐユウコと私の零戦。
曇を引き裂き大空の彼方が視界いっぱいに広がり、疾風の速度が低下し失速すると思った。
思ったら、ゼロ戦のエンジンが泣き出した。
故障と思うと機体自体がストール。速度が足りず限界に達していたが疾風はぐんぐん天まで昇る。
自然と零戦の背中はユウコに向けられ、私は濃緑の四式をただただ降下しつつ眺めていた。
すると太陽を背にいっきにこちらに向かって来るではないか!
まずいと思い、速度が200km/h以下の零戦に右旋回と操縦桿を引いて反転。急降下で逃げる。
零戦の主翼が軋む音が機内に響いてこれ以上の降下は無理だと思い、水平に戻して左右に不規則に旋回。
私の零戦なら振り切れる!
相手は2000馬力、増した速度で旋回が遅れてるはず!
あ、だめかっ!
ぴったりと食いつく四式戦闘機完全に後ろを取られ10秒ほどたった。
『はーい、空戦終了!戻ってきて』
奈緒子少佐の声に疾風と並んで風防越しのユウコは笑顔を作り右腕を上げた。
荒鷲の名を持つ彼女は敵からきっと恐れられる。
いいなぁ・・。私にも新型機欲しいや・・。
私の零戦はもう旧式に近づいていて、他の搭乗員達には三二型、二二型が主流になっている。
敵機も時間が流れるに連れて最新型になる。それに至って二一型は1940から2年経つ。いつしか短期間で新鋭機が出ればこちらとしてみれば太刀打ち出来なくなる。
すると突然、地上無線が慌しくなる。
『着陸やめ!B25、4機ラバウルに向けて接近中のことだ!』
『現在ラエ、ブナは空襲のために少数機で追撃を行っている!』
緑の四式戦闘機が私の目の前で現れると、「私に続け」と手信号を送り、南の方角に機体を滑らせていく。
私もユウコの後に続き、ラバウル湾へと飛び出した。




