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偏屈先輩の御令妹


 俺がこの家を出て行く前から裏庭は長年に渡って手入れがなされず放置され、弱い植物は死に絶え強い植物は旺盛に茂り何処からともなくやってきた雑草どもが跋扈ばっこするような状況であった。というか、生まれてこのかたそのような姿しか見ていない。冴上家の裏庭といえばそんな雑草の森みたいなものを指すのだ。

 しかし、俺が家を出る半年ほど前から、庭には少しずつ変化が起きてはいた。いつの間にか木が一本消えていたり、変な花が咲いていたり、穴ぼこが開いていたり、草が異様に増えていたり。俺はその変化に気付いてはいたが、さして気には留めていなかった。庭などにはさして興味もなかったからな。

 そして、此度、2年ぶりくらいに帰ってきたのだが、前から酷かった庭は更なる進化を遂げていた。

 何か色とりどりの薔薇ばらがこれでもかってくらいに群生しているし、立派な松の木には変な苔やら蔦やら宿木なんかが寄生しまくってるし、庭の真ん中には池ができていて、汚らしい水草が漂っているし、見たことのない花や草はわんさかとおるし、変な木に変な色の実が生っているし、もう何かこりゃあれだな。題名つけるなら「魔女の小森」だな。

 俺が感心とも呆れとも諦めとも思える心情で庭を眺めていると、奥の茂みががさがさした。おそらく妹であろう。

 うちの妹は冴上家の次女であり末子であり、現在高校3年生になる。妹はそーいえば絹坂と同学年であったな。顔くらいは合わせたことがあるかもしれん。

 その妹だが、そいつこそがこの庭の管理者にしてこの庭を作り出した張本人である。何でだか知らんが彼女は高校に入学すると園芸部に入部し、やたらと植物の育成を学び、それを我が家の庭で実践するという行為に興じているのだ。何が楽しいのか全く分からん。いや、まあ、俺の高校活動を思い起こせば、人のことを言えるようなもんでもないのだがね。

 奥の茂みを見ていると、ごそごそと妹がけつから出てきた。何処で手に入れたのか緑色の作業着を着ている。まあ、汚れてもいいようにだろうが、普通の女子高生は着ないもんだな。似合ってもいない。

「どっこらせっと」

 妹はスコップを杖代わりにして立ち上がりながら年寄り臭いことを言った。花の女子高生がそんなことを言うな。やめれ。

「ふー。やれやれ」

 更に腰をとんとんと叩く。まるでばばあだ。

三津花みつか……」

 俺はかなり虚しい気分で妹の名を呼んだ。

「ん? ああ、兄様。帰られていたのですね。お久しゅうございます」

 作業着姿で土であちこち汚れ、凶悪な鉄製スコップを手にして我が妹は馬鹿丁寧に挨拶してきた。

 絹のように艶やかで漆のように黒い長い美しい髪に、切れ長の深い黒色の瞳、雪のように白い肌のドレスと日傘が似合いそうなお嬢様のような少女。それが我が妹である。雨蛙みたいな作業着を着ているので全てが台無しだがね。

「貴様、何をしている……」

「何って、庭を造っているのです」

 何を言っているんだろうこの人みたいな顔で言い出す。こっちだって何を言ってるんだこいつはな気分だ。

「庭を造ってるだとぉ?」

 俺はイライラと呟きながら庭を見回す。庭というより規模の小さな森だ。しかも、生えている植物の色も姿もてんでバラバラで全く見栄えが宜しくない。

「お前は何を目指しているんだ? 前衛芸術か?」

 はっきり言って俺はあの手の芸術の価値というか意味が分からん。あれは何をどう表現しているのか皆目分からん。そもそも、作った本人にしか分からん表現に、どーして社会的な価値が生じるのか。

「芸術なんかじゃありません。普通に園芸を」

「コレの何処が!? 普通の園芸だっ!?」

「いきなり怒鳴らないで下さい」

 俺が怒鳴ると三津花は嫌そうな顔をした。嫌なのはこの庭だ。

「貴様なぁ。普通、園芸といえば、もうちっとこうバランスというか見栄えがいいもんだろ? イギリス人を見習え!」

 イギリス人はガーデニング好きが多いらしいからな。

「私は私の道を行くのです」

 三津花は空を見上げて呟いた。馬鹿じゃ。

「何をかっこよさげなことを言ってるんだ……。しかも、あーあー、貴様、手が土まみれに……」

 三津花の手を取って見ると、あー、これは酷い。白魚のように細く長い指は土にまみれ、爪の間にも泥が入っている。しかも、肌は荒れているし、葉か何かで切ったのか切り傷もある。

「何ということだ……」

 がっくしと膝を突きたい気分だ。絹のような肌が土に汚れて傷まで負って、よくよく見れば肌も焼けて赤くなっているではないか。このオゾンホールとやらが破壊されて紫外線が降り注ぐお肌受難時代に日傘もなしに外で庭仕事とは何とおぞましいことをするんだ。

「兄様は大袈裟ですねぇ」

 三津花が呆れたように呟く。

「大袈裟なことあるか!」

「あらら、いきなり大声出さないで下さい」

「貴様なぁ!? 俺たちがどれだけ貴様を大事に育ててきたか分かってるのか!? 花のように硝子細工のように傷つけず痛めず大事に大事に箱どころか金庫に入れて鍵かけてそれを更に金庫に入れてマトリョーシカのような状態にして育ててきたというのに!」

 マトリョーシカは分かるだろうか? あのロシアの人形だ。人形の中に一回り小さな人形があってその中に更に小さな人形があってってそんな感じ。もしかしたら名前を間違えているかもしれんが些細な問題だ。今、問題なのは三津花だ。

「そんな私でマトリョーシカ遊びをしなくてもいいじゃないですか」

「遊びじゃない! これは我が家の最重要課題であったのだぞ!?」

 三津花は何のことだか分からないらしく怪訝な顔で首を傾げている。このニブチンめ!


 我が家に最後に生を受けた三津花は、新生児室にあって、大概が猿か宇宙人にしか見えぬ赤ん坊の中で、一際愛らしくさながら天使か妖精のようであったのを俺はよく覚えている。2歳のときのことだが、まあ、よくも記憶力が保全されているものだ。

 赤ん坊の頃から可愛らしかった彼女は年を経るごとに更に可愛らしく美しくなっていった。我々家族はその日々の成長を見守りつつもこの愛らしく美しい我らが三津花を大事に大事に守り育てねばならぬと決意したのだ。この点においてのみ俺と親父さえも見解を同じくし、共に協力してきた。

 そして、それは今も継続中であり、彼女に悪い虫がつかぬように、怪我をしないように、肌が髪が痛まぬように、馬鹿や阿呆や非常識なマヌケにならぬように、明に陰に彼女を見守り助け教え、とまあ、色々やっているのだ。全ては愛らしく美しい三津花の為也。

 まあ、早い話が、両親は三津花に対して親馬鹿だし、姉上は姉馬鹿、俺は兄馬鹿なのだ。

「こんだけお前のことを大事にしてやっているというに貴様は貴様で危なっかしいことはするわ! 俺と同じ県立高に行くわ! 園芸とか汚れることを始めるわ! 貴様は何を考えているんだ!?」

「危なっかしいことなんかしました?」

 首を傾げる三津花。自覚がないらしい。

「した! 公園の柵の上を歩いたり、隣町まで1人で歩いていったり、夕方に森に入ったり、深夜のコンビニでバイト始めたり!!」

「最後のは危なくないでしょう」

「何を言っておるか!? 一番危険だ! 強盗が来るかもしれんじゃないか!? 不埒な糞野郎が来て強姦されるやもしれん!」

「……でも、まあ、私がバイト始めてから何日もしないうちに閉店したのですよね。不思議ですわ」

 それは親父が店の持ち主に圧力と金をかけたからに他ならん。しかし、それは言わない約束だ。

「あと、兄様と同じ高校に行ったことの何がいけないのですか?」

「馬鹿。貴様は我々が言ったとおり私立の女子高に行くべきだったのだ。少なくとも虫ケラどもが寄り辛いからな。そもそも、俺があっこに行ったのは親父に反抗するためであって、別に何のとりえもない平凡高校だぞ? 貴様がそこを選んだことの方が俺には不思議だよ」

 まあ、親父を怒らせる為に進学先をほいほい変更させた俺も俺だが……。

「ともかく、俺たちは貴様を大事に育ててきたというに、その恩に対してその汚れた手は何だ!?」

「大袈裟ですね。洗えばすぐに落ちますわ」

「ならばすぐに洗えー! それとどっこらせとか婆臭い台詞は禁止だ!」

「あー、はいはい」

「はいは一回だー! 今まで数多の人々が言ってきたというにまだ貴様らははいを2回重ねるか!?」

 三津花は耳を押さえててけてけ去って行った。

 やっぱり、あの作業着はダメだ。せめてジャージにしてくれ。と言ったところであいつが聞くとも思えない。

 …………没収だな。


先輩家族編なのです。

次は姉上です。

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