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偏屈先輩帰る

 檜妹が悠然と立ち去った後、絹坂は暫しの間、怒り狂い、俺を蹴るわ殴るわ引っ掻くわ噛み付くわで酷いものであった。

 何故、攻撃されるのか全く意味不明であったが、彼女曰く、その攻撃の理由とは檜妹との逢引、接吻という不倫にも等しい裏切り行為及び檜妹より絹坂が攻撃された際、適切に彼女を守る然るべき対応を取らなかったことにあるそうだ。俺に言わせればその多くは俺にとっても想定外であり、不可抗力であって、攻撃されるのは理不尽極まりないと思うのだが、まぁ、俺にも負い目があるような気がするので、最初のうちは我慢していたが、すぐに頭に来たので、絹坂の頭を思いっきり殴ってやると、地面に墜落して静かになった。

「死んだか?」

「死んでたらあなたついに殺人犯ですよ」

 俺の呟きに、いつの間にか側まで来ていた薄紫が言った。

「ついにって何だ?」

「いつかはなると思ってました」

 俺ってそんなに悪そうに見えるのか? 地味に傷つくな。

「しっかし、檜の妹があんなキャラだったとはねー。驚きだわー」

「そうだねー。もっと大人しい子だと思ってたんだけどさー」

「しかも、サドっ気がありそうでしたね。委員長を責めているとき活き活きとしていましたから」

 我が悪友たちはわらわらとやってきて口々に勝手なことを言い出した。今までずっと安全圏にいて俺と檜妹と絹坂の間の騒動を観察してほくそえんでいた連中だ。糞忌々しい奴らだな。

「モッテモテだなー。羨ましいぜ。この女っ誑し!」

 更に草田がにやつきながら阿呆なことをほざきやがった。

「黙れ! 死ね! 失せろ!」

「何で俺にだけ言うのさっ!?」

 草田が文句を言うが無視。

「しかし、貴様らが何故、ここにいるのだ」

「私にそれを聞きますか?」

 かつての諜報担当執行委員はいつものような無表情ながら少し自慢げに言った。まぁ、盗撮と盗聴を趣味・特技とするこやつに聞くのが間違いか。

「前々から聞きたかったんだが、貴様のその悪趣味な特技は何なんだ? 何処で習得したんだ? あと、その機材は何処で手に入れてんだ?」

 だいぶ昔からの疑問をぶつけてみると彼女はふふんと鼻で笑った。

「女には秘密がたくさんあるものです」

「そんな秘密がある女は嫌なんだが……」


 その後、俺たちはとっとと解散し(我が悪友たちは思いの他、素早く帰っていった。もう見るものは見たというわけで満足したのだろう)、まだ夕方にもなっておらんというに連中は飲みに出かけた。俺も誘われたが心労著しい俺は「行かん」と丁重に辞退し、一人帰宅することにした。

「帰るんなら、これ、どーにかしていきなよ!」

 溜息吐きつつ、自宅方向に足を向けると、かつての書記長蓮延に声を掛けられた。彼女が指差すのは地面に微かに顔をめり込ませ沈黙している絹坂だ。おっと、忘れていた。

「どーにかとは? 燃えるゴミに出せばいいのか? それとも、そこの池にぶち込むか?」

「あんた、この子の彼氏のくせによくそんなこと言うわねー」

 いつもにやにや笑っていることが特徴である彼女が呆れ顔で言った。

「じゃあ、どないすりゃいいんじゃ」

「担いで持って帰ったらいいんじゃないかなー。衣ちゃんの家知ってるんでしょ?」

 和菓子屋の跡取り七飯がそんなことをそんなことを言うものだから、何故だか俺は絹坂を担いで帰ることになってしまった。

 小柄で軽い女とはいえ、人一人をまだまだ残暑厳しい季節だというに担いで歩くのは大変暑苦しい上に疲れる作業である。しかも、そんなふうに人を背負って街中を歩いていりゃあ世人に注目されるものだから、俺は非常に不機嫌になった。

「はっ! 敵はっ!?」

 不機嫌な面で道行く人々を威嚇しながら歩いていると背中で絹坂が素っ頓狂な声を上げた。貴様は何と戦っているんだ?

「アレ? ココは何処ー? 私は誰ー?」

「う、そこは俺の背中の上だ。貴様は絹坂だ」

 お決まりな台詞を吐く絹坂に俺は律儀にも答えてやった。一瞬「うるせー」と言いそうになったが我慢した。俺も甘くなったものだ。

「知ってますー」

「貴様、もう一回、地面に落とすぞ」

「止めてくださいよー! てか、私の顔なんか土まみれなんですけど!? 髪から砂がぼろぼろ出るんですけど! 草まで付いてますよ!?」

 絹坂は俺の背中の上でぴーぴー騒ぎ始めた。動くな。俺は体力がないし、バランス感覚も宜しくないから、あんまり暴れると今にこけるぞ。

「家に帰ったら顔と頭を洗うがいい」

「せめてなんかハンカチとかで拭いてから背負ってくださいよー!」

「めんどい」

 そもそも、土とか草とか付いてる顔を拭いたらハンカチが汚れてしまうではないか。

「もー! こんな顔で外歩けませんよー!」

 絹坂はそんなことを騒ぎながら顔を俺の背中に押し付けてぐしぐしと俺のシャツで拭き始めおった。

「やぁめんかぁっ! この糞ボケがぁっ! シャツが汚れるだろうがぁっ!」

「シャツと私とどっちが大事なんですかー!?」

「シャツっ!」

「嘘ぉっ!」

「嘘だ」

「何でそんなこと言うんですかー!? かなり傷ついたじゃないですかー!」

 俺と絹坂はこんなふうに暫しぎゃーぎゃー騒ぎ合っていたが、少しして疲れたのでお互い静かにすることにした。

「ところで、貴様の家はどっちだったけか?」

「送り狼ですかー?」

「ここに置いてくぞ」

 舌打ちしながら言うと、絹坂はぶーたれた。

「ちぇっ。もう何なんですかー。先輩ったらツンデレのツンが強過ぎますよー。もっとデレて下さいー」

「うるさい奴だな。大人しく道案内せんとマンホールの中に落とすぞ」

「何でマンホールの中なんですかー?」

「いや、この間、マンホールを開けて工事しているのを始めて見てなー」

 俺がマンホールの奥深さについて語ろうとしていると後ろで絹坂が間抜けな声を出した。

「あ。先輩先輩ー」

「何だ。人の話を途中で切るな」

「いや、雨降ってきましたよー。夏だし、夕方近いし、これは典型的な夕立ですねー」

 そう言うと、絹坂は俺の背中から飛び降りて、俺の手を取って走り出した。やたらと強い力で引っ張るものだから思わず俺は引っ張られるがままに一緒に走ってしまった。そのうち、絹坂の言うとおり、本格的な夕立が降ってきて、俺も絹坂も結局びしょ濡れになった。


「まったく! コンチクショウだなっ! 雨なんぞ降らなければいいっ!」

「先輩ー。前々から言ってますけど、太陽を呪ったり、雨を罵倒したりしても意味ないですよー」

 玄関先でシャツを絞っていると絹坂がいくらか離れた場所から言った。

 絹坂を家に送り届けた後、さっさと帰る予定ではあったのだが、夕立の中、びしょ濡れになりながら帰るほど俺は水気が好きじゃあないし、絹坂も部屋に上がっていけと煩いものだから、渋々と俺は絹坂の部屋の玄関先まで侵入する結果となっていた。

 絹坂は部屋へタオルやら着替えやらを調達しに行っていた。

「はーい。先輩。タオルですよー。服は渡して下さいー。洗濯しますからー」

 絹坂は黄色いTシャツと短パン姿で、タオルを手に現れた。タオルはありがたく頂戴し、顔と頭を拭く。

「着替えはないのか?」

「あるわけないじゃないですか。女の子の一人部屋ですよー? しかも、私チビですから、先輩みたいに上背のある人が着ても大丈夫な服なんかある方が変ですよー」

 尋ねると、そう返され、俺は、そりゃそうかと納得しつつ、困惑することになった。ここで裸になれというのか?

「先輩、どーしたんですかー? まさか、裸になるのが嫌とか初心なネンネみたいなこと言うわけじゃあありませんよねー? ヤることヤってるくせに今更そんなことで恥ずかしがるなんて阿呆じゃないんですからー?」

「じゃかぁしぃっ!」

 ふざけたことを抜かす絹坂を一喝してから、俺は渋々とシャツと靴下を脱ぐことにした。

「下も脱いで下さいよー」

 脱いだものを受け取りながら絹坂が要求した。当然、俺は難色を示す。

「下は良かろう」

「下脱がないで座られると絨毯が濡れますー」

「じゃあ、俺はここにいる。こっちはフローリングだから構うまい」

「まーた、そんな頑固爺みたいな我侭言わないで下さいよー」

 絹坂はそんなことを言いながら俺のジーンズを引っ張り出した。

「やめんかっ! 蹴っ飛ばすぞっ!」

 暴力をちらつかせて威嚇するが、絹坂は引く様子もない。そもそも、そんなことで引く奴じゃない。ジーンズを引っ張りながら猛然と反論してきた。

「止めて下さいよ! 私、今日、何回、蹴ったり殴られたりされたと思ってるんですかっ!? 私、そんなにハードなSMは無理です!」

「SMとか言うなっ!」

 結局、妥協案として、俺がジーンズを脱ぎ、代わりにタオルを腰に巻くことで事態は落着した。

 渋々と俺はタオルを腰に巻いた風呂上りスタイルで絹坂の部屋に居座ることになってしまった。甚だ遺憾だ。

 しかし、絹坂の部屋に来たのは二度目であるが、以前はなんやかんやあって(具体的に言うと大変恥ずかしいので俺は断じてそのことを言葉にはせんぞ)、部屋をじっくり見ることができなかった。ゆえに、今回、改めて、部屋を見回すと、あまり華の高校生女子らしくない、地味で実用的で必要最低限なもので揃えられた部屋だというのが分かった。装飾らしきものは殆ど見当たらない。女子の部屋にありそうな小物だのぬいぐるみだのといったものも皆無に近い。色合いも白だのグレーだの灰だの茶だのといった地味な色で統一されている感じがする。

「地味な部屋だな」

「実用的って言って下さいー。ところで、先輩ー。ジーンズのポケットに何か入ってましたよー?」

 絹坂は俺の濡れたジーンズを手にてけてけ歩いてきた。

「ハンカチかティッシュか何かではないのか?」

「いいえー。なんかメモ切れですけど」

 絹坂が差し出したのは細かく折りたたまれたメモ切れであった。ポケットに入れた記憶はない。

 一体、何だと、とりあえず開いてみる。絹坂も興味を引かれたらしく、俺の後ろからメモ切れを覗き込む。メモ切れには何事か書き込まれていた。

「私も同じ大学に行きますから。よろしく」

 書かれていた文字はそれだけ。あとは何もなし。筆跡に見覚えもなく、誰が書いたか判別できるようなものは全くない。指紋でも取れば別だろうが。

 しかし、俺にはピンときた。絹坂にもピンと来たらしく、ぷるぷる震えている。

 きっと、これは、あいつからのメッセージに違いない。そもそも、今日、俺と接触していて、かつ、大学受験を控える知り合いなど絹坂とその友人と我が愛妹三津華くらいしかいないのだが、連中がこんな回りくどい方法で大学進学を俺に伝える意味が分からない。だが、あと一人だけ有力な候補がいる。誰あろう彼あろう。檜妹だ。

「あぁんの、泥棒猫めぇーっ!」

 俺の真後ろで絹坂は激昂した。

 怒りに身を任せ、俺の手からメモ切れを奪い去り、びりびりに破って踏んづけまくっていた。

「このっ! このっ! このーっ! 先輩は絶対に誰にも渡さないんだからぁーっ!」

 怒り狂う絹坂を見ながら俺は嘆息した。来年も中々面倒くさいことになりそうだ。



「先輩、本当にもう帰っちゃうんですかー?」

「そりゃいつかは帰る。大学生とはいえ夏休みは無限ではないのだ。それに、貴様、今日はそればっか言ってるぞ」

 我が地元の主要な駅の待合室で、絹坂は不満そうなぶーたれ顔で文句を言い、俺はいくらか宥めるような調子で応じる。

 檜妹と邂逅し、絹坂の部屋に上がりこんで、余計な事実を知り、来年への不安を抱く羽目になった日の翌日、俺はさっさと大学のある首都まで行く特急に乗るべく駅にやってきた。絹坂は見送りである。

「双葉ちゃん、もっとゆっくりしていけばいいのにー」

「双葉は昔からせっかちだからねー」

「確かに双葉兄様は事を急ぎ過ぎることがありますね」

「だっかっらっ! 双葉って言うなっ!」

 うちの女家族たちが口々に発する忌々しい我が名に俺は毎度のことながら短気に怒鳴る。こいつらは本当に何度言っても聞きやしないな。

「先輩先輩。ご家族の皆さんもそう仰っていることですし、もっとゆっくり長居していきましょうよー」

 絹坂が目をうるうるさせながら縋りつく。そんな今生の別れみたいな大袈裟な反応せんでも良かろうに。

「いや、帰る。もう目的は達したからな」

「その目的を達したってのが意味不明ですよー。そもそも、帰省っていうのは何か目的があってすることじゃあないと思いますー」

 俺の言葉に絹坂が反論する。む。中々、屁理屈なことを言うようになったな。俺の影響かもしれん。

 しかし、どうあっても俺は帰るつもりだった。帰る用事もあるしな。

「大学の教授に呼び出されているのだ。何でも、小間使いの雑用係が必要らしい」

 今朝、いきなり電話がかかってきて、

「冴神くーん。明日、来てくれないかなー? ちょーっと手伝って欲しいんだー」

 とか言ってきたのだ。無論、大学の成績に関係する報酬は期待してよいとのことだ。

 俺もそろそろ気ままな一人暮らし生活に戻りたかったというのも理由の一つではある。絹坂が7月末に我が部屋に押し入って以来、もう何ヶ月も俺は実質一人暮らしではないのだ。そろそろ、孤独が恋しくなってきた頃合だ。

「むー。先輩ってば頑固ー」

「まぁ、うちの家系は皆そーだからねー」

 絹坂が不満そうに呟くと、姉上が応じた。

「まぁ、年末には帰るつもりゆえ、それまで我慢しろ」

「むー。我慢はできますー。丸一年以上会わなかったんですから、しかし、心配なことがー」

「何だ?」

 尋ねると絹坂は急に顔を寄せてきた。その顔は驚くほど冷たい無表情で、目つきは強く鋭く、思わず背筋がぞくりとした。

 鼻と鼻がくっつくらい近くで、絹坂は俺を睨みつけて呟く。

「浮気しないで下さいよ。今度、変な女寄せ付けてたら刺しますよ?」

 そして、離れてにっこり笑った。

「それじゃあ、先輩、お元気でー。また会う日までー」


ようやっと帰省編最終回です。

今までだらだらと更新間隔をがばがば空けながら連載して参りましたが、お付き合い頂きまして大変ありがとうございます。

帰省編はこれにて終わりでございますが、読んで分かるとおり、彼らのお話はこれで一件落着ということはなく、次なる大学編へと繋がる予定です。

いつ連載するかは不明ですが、連載始めました折には、お付き合いの程、何卒宜しくお願いいたします。

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