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偏屈先輩御自宅へ向かう

 駅を出てそのまま北へ真っ直ぐ進むと、その辺りはやや歴史のあるややさびれた商店街に至る。その一角に七飯の実家である和菓子屋兼甘味処「七福」がある。店名がこれだから、俺たちが彼のことを時たま七福神と呼ぶのも仕方がないことだ。そうは思わないかね? 諸君。ていうか、呼ばなかったら絶好のタイミングで振られたボケにツッコミを入れずにスルーするが如き所業だと俺は思う。

 七飯とはそこで別れ、暫し進んでから薄村、町井とも別れた。俺の自宅はまだ北であり、彼らは商店街の西にある新興住宅地に自宅がある。

 うだるような暑さの中を、もう余計なことを喋る気力も体力も失って4人無言で歩き進む。俺の家は駅から歩いて30分という近くはないが、別に凄く遠いという程に遠くもない地域にある。しかも、自宅からバス停が遠く、歩いて10分以上かかり不便極まりない。バス会社は何を考えてバス停を配置しているのか。バスを待ったり乗ったりの移動時間その他を合わせると確実に歩いて帰るよりも遅くなるというマジック。タクシーを使うのは阿呆らしいので、仕方なく俺たちは原始的移動手段に頼るわけだ。

 しかし、この暑さの中、しかも、度荷物を抱えての行軍は辛いの一言に尽きる。そして、再び、俺はこの高温多湿な天気を呪うのだが、そんな頻繁に、殆ど毎日天気を呪っていては、ありがたみというか希少性というか重みというか、そんなものが薄れて、呪いの意義が軽くなってしまい、いざ、何かを呪わんというときに、軽過ぎて効かないなんて事態になりかねん。大谷吉継もそんなしょっちゅう色んなものを呪っていたわけではないだろう。普段は呪わないで、最後の最期に「小早川秀秋呪う!!」ってやったから小早川を3年で呪い殺せたのだろうな。やっぱり、呪いなんてものは、ちょっくら近所のコンビニ行くくらいの手軽さでするもんではないな。まあ、しかし、それでも、暑いのは暑いもんで、頭の中では天気に対する怨嗟えんさの声が鳴り止むことはないのだ。俺は人を呪い殺せないな。

「先輩ー。ぶつぶつぶつぶつ煩いですよー。イライラする」

 絹坂が至極迷惑そうな顔で俺を睨んだ。どーやら俺はいつのまにやら自然と独り言を呟いていたらしい。口を閉じて沈黙に戻る。

 ていうか、最近、ちょっと、絹坂の言動が厳しいような…容赦ないような……。しかも、さっき、最後の方が敬語じゃなかったぞ? いや、まあ、いっつも敬語喋ってる方が変なのだがね。

「あー。着いたー。着いたーよぉーっとーりゃぁーっ!」

 蓮延の家の前に到着した途端に蓮延は叫んだ。やたらと小さい文字が多い叫びだ。

 ここの近所に草田の家もあるのだが、暑さに耐え切れなかったらしい草田はさっさと家へと撤退していた。あいつは別れの挨拶もできんらしい。

「まあまあ、いいじゃん。そもそも、君だって時候の挨拶に含まれる意味はアメリカのミサイルに含まれる正義よりも少ないって言ってたじゃん」

「そんなこと言ったか?」

「言ったよー。あははー。忘れてんのー? 若年性ウンタラカンタラ症候群じゃないのー?」

 名前を覚えていない単語を使うな。

「そんじゃ。今日はこれで解散やねー? また明日ー。ほな、頼むでー」

 何を頼むんだ? 某大物芸人じゃあるまいし。そして、その似非大阪弁は何だ。確かに貴様は高校時代からこっちに来た転校生だがその前に住んでいたのは北海道ではなかったか?

 俺が理論的ツッコミを入れる前に蓮延は屋内に退避した。

「先輩ー」

 絹坂が疲れきった顔で俺を見やる。さすがのお気楽娘もこの暑さの前には磐石とはいかんようだ。蓮延はちょっと笑いが薄いだけだったが。町井は死にそうだった。いや、もう死んでいるかもしれん。

「さっさと帰りましょう。このままじゃ死にます。確実に。大体、先輩、さっきから言動おかしいですよー。暑さで脳回路がイカれている可能性があります」

「そうか。それはいかんな。さっさと帰るとしよう」

 絹坂の言葉に頷いて歩き出………さない。

「ちょっと待て。絹坂。さっきの貴様の台詞には色々と注釈をつけて欲しいところとか訂正させるべき箇所があるのだが?」

「気のせいですよ」

 絹坂はウンザリしたような顔で言い、てけてけ歩き出す。

「ちょっと待て! そのウンザリ顔は何だ!? こいつ、またメンドクセーこと言い出したよ的な顔は!? それは聞き捨てーじゃない! 見捨てならんぞ!?」

 怒鳴ると何だか頭がクラクラした。これはやばい。いつもの調子で怒鳴り散らすと10分で死ぬ自信がある。

 仕方がないので普通の声の大きさで絹坂を尋問する。

「俺の脳回路がイカれているっていう悪辣あくらつな言葉は、俺の寛大な心で、今は置いておくとする」

 これを追及すると確実に怒鳴る羽目になるからな。そうなりゃ暑さで沸騰した血液が血管をぶち破ってしまうかもしれん。洒落にならん。

「あれ? そこじゃないんですかー?」

 絹坂は意外そうに目をぱちくりさせる。

「先輩なら絶対に2倍も3倍も酷い悪口をマシンガンのように返してくると思ったのに」

 思うんなら言うなよ。

「とにかくだ。それは置いておいてだ。その前、貴様、帰りましょうって言ったな?」

「言いましたねー」

「俺の記憶が正しければ、貴様の家は南町だったはずだが?」

 南町は名前の通り俺の住んでいる市の南部の地名だ。絹坂の家の住所は南町であったと俺は記憶している。そして、俺の家は北ヶきたがおかという市の北部である。つまり、方向が全然正反対だ。

「何で貴様、俺と一緒に歩いているんだ? 貴様は何処に帰る気だ?」

 絹坂はそっぽを向いた。わざとらしく口笛まで吹き始めた。

 まあ、絹坂が答えなくても答えは自ずと分かる。

 今まで、というか、主に高校時代であるが、俺は絹坂に対して住所を完璧に隠匿してきた。奴は学校内において俺のストーカーのような行動をしていたから、住所がバレたら余計に纏わり付かれるのは目に見えたことであった。

 そして、今もそうである。彼氏彼女となったものの、いや、なったがゆえに、今こそ暑いので離れているが絹坂は俺にベッタリだ。迂闊に自宅の場所を明かせば、これから毎日放課後やってくることも予想される。

 彼女なんだからいいじゃないと言う奴がいるかもしれない。まあ、確かに、俺も満更ではない。傍から見てムカつく以外には問題はないように見える。見えるが、実は、隠れた問題があるのだ。その問題とは我が家族である。


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