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偏屈先輩驚愕す

 俺が檜の妹と初めて会ったのは、もう4年も前の話だ。

 当時、俺は今いるこの街に住んでいて、まだ16歳の高一で、まだ組織も拡大を始めたばかりで、そして、当然、檜もまだ生きていた。発病してから判明したことなのだが、この時、既に彼女の肺は病魔に取り付かれていたらしい。健康診断でも分からなかったことゆえ、俺たちが知る由もない。

 俺と檜は付き合う以前から中々仲が宜しく、同じ友人グループに属していた。俺たちは時折というか週に2、3回は勉強会なんて名目を立てて複数の友人で一緒に誰かの家に押しかけ、実際には勉強なんてつまらんことはうっちゃっておいて、くっだらないことをくっちゃべったり、お茶と菓子をかっ食らったり、悪巧みを企んだりしていたものだ。

 当然、檜の家に俺や友人たちが行くこともあった。初めて行ったのは夏休みの少し前だったかと思う。その時だ。檜妹に初めて会ったのは。

 俺と彼女の関係というか接し方は、俺と檜(姉)が友人付き合いしていた間も、付き合い始めてからも、さして変わりはなかったように記憶している。そもそも、会話したことも少なかった。顔を合わせれば挨拶はしたものの、俺は、まぁ、気軽に声をかけたり、話しかけたりする人間ではなかったし、殆ど常に渋い顔をしているような奴ゆえ、彼女も話しかけ辛かったのだろう。

 ともかく、俺と檜妹の関係は、あくまで姉の彼氏と、彼女の妹といった関係であった。

 当時の印象としては、真面目そうで、口数は少なく、礼儀正しく、檜をミニマムにして大人しくしたような中学生女子であったが、しかして、その面影は今の彼女を見るところ、殆どない。いや、見た目はさほど劇的に変化しているわけではない。当時の檜妹を幾歳か成長させたとおりの姿形で、嫌になるくらい檜に似ていた。

 血の繋がりがあれば、特に兄弟姉妹ともなればどこかこっか容姿に似ているところはあるものだ。現に、我が家の子供三人にもあちらこちらと似ているところはあるのだが、その中でも特に似ているのが目だ。揃いも揃って子供と動物に恐がられるような悪い目つきをしている。これはあの糞親父からの遺伝なのだが、まったく余計なものを子々孫々に伝えやがったものだ。この目のせいで我が家の三子は普通にしているのに「怒ってる?」とか「不機嫌?」とか「お腹痛いのか?」などと余計な気遣いをされたり、道行く子供に泣かれたり、犬に吼えられたり、猫に威嚇されたり、不良に絡まれたり、警官に職務質問されたり、と、散々な目に遭っているのだ。これは絶対にこの悪い目のせいに違いない。間違いなく。内面から滲み出る人柄の悪さとかそんなもんじゃあないはずだ。

 俺はそんなことを考えながら犬に吼えられていた。なんでこのチワワは狂ったように血走った目で俺を見ながら吼えるんだ。しかも、漏らしやがった。こいつは狂犬病の検査を受けるべきだ。

「きゃんきゃん煩い犬ですね」

「まぁ、慣れたものだ」

「よく吼えられるんですか?」

「うむ」

「動物には人殺しの匂いが分かるのかもしれませんね」

「……………」

 俺と檜妹はそんな会話をしながら先ほどの店から少しばかり離れた場所にある公園に移動していた。公園とはいっても滑り台だのブランコだのがあるような都市公園ではなく、公園の中に神社があり、貸しボートが浮かべられる池があって、大きな広場もあり、祭りやらイベントやらが執り行われたりするような中々広い公園だ。元々、神社があり、その周囲を公園にしたらしい。

 まだまだ太陽の日差しは強く、気温は高く、風は弱く、天気は宜しく、まぁ、要するに絶好の外出日和であって、公園には結構な数の人がいた。休日に行く所もないらしい家族連れとかデート場所の思いつかないカップルとか犬の散歩がてらにジョギングするおばさんとか日々時間を持て余して散歩するくらいしかやることのなさそうな老人とかがちょろちょろといるが、広いこともあってあまり人に聞かれたくないことを話すには差し支えなさそうだ。

「ところで、先輩」

 暫く公園の中を池沿いに歩いていると、ふと檜妹が口を開いた。

 顔を向けると、彼女は俺のことなどいないものと思っているかのように真っ直ぐ前を見据えている。それでいて言葉だけを一方的に投げつけてきた。

「私、剣道しているんですよ」

「む、そうか」

 その言葉に何の意味があるのかは全く分からないがとりあえず頷いておく。

 剣道といえば、檜も剣道を嗜んでいた。全国大会に出るほどの腕前で、常に竹刀を携帯するほどの剣道スキーであった。まぁ、姉妹で同じ趣味や習い事を行うことは珍しいことではない。

「私は小学校に入った年から始めたんですけど。お姉ちゃんは小学の高学年から始めて、中学では県大会の常連でした。知ってます? 高校では全国大会にも行ったんですよ?」

「あぁ、知ってる。応援にも行ったからな」

「そうですか。で、私はどうかといいますとね。中学で一回県大会に出たことがあります。中学で剣道はやめました」

 彼女は皮肉っぽく唇の端を吊り上げながら言った。この言葉に俺は何と返せばいいんだ?

「お姉ちゃんは勉強もできたんですよね。小中高までの過去10年くらいの通知表を見るとですね。殆ど全てお姉ちゃんは私よりも成績がいいんですよ」

 聞いていると、お姉ちゃん大好きな妹の姉自慢にも聞こえるが、檜のことを話す彼女の顔は、相変わらず唇の端は皮肉そうに吊り上がり、目は真っ直ぐと前を見据え、どことなく暗く黒い雰囲気に満ちていた。

「あの人は凄いんですよ? 綺麗で格好よくて運動も勉強もできて性格も良くて、誰からも慕われて誰からも期待されて……。私が頑張って頑張って努力して努力してやったことも軽々と簡単に飛び越えてその更に上にどんどん行っちゃう」

「そんなに完璧なわけでもなかったとは思うし、あいつはあいつで結構色々と頑張ったり悩んだりしていたが……」

 あまりにも過剰に檜を高評価していると思って口を挟むと、彼女は俺をじろりと見上げた。

「まぁ、確かに。完璧なわけでも、才能だけでやっていたわけでもありませんね。しかし、ただ一つ、確実に言えることは、私よりも格段に優秀で、私よりもずっと期待されていて、私よりも多くの人に好かれていたってことです」

 彼女は立ち止まり俺を真っ直ぐ見つめて言い切る。

「別に、私がネガティブなわけではありません。私は事実を言っているだけです。剣道の試合の結果にしても然り。成績にしても然り。性格にしても然りです。私は姉ほど真っ直ぐで心優しい人間ではなくてですね。だいぶ好き嫌いが激しい上に表裏のある人間でしてね」

 確かに、彼女と檜は見た目こそかなり似ているが、雰囲気とか喋り方なんかは見た目ほど似つかわしくなかった。

「姉が死んだとき皆はきっとこう思ったでしょうよ。なんで姉なのかってね。この姉に比べれば不出来な妹じゃなくてなんで優秀な姉がって」

「そんなこと」

「思うはずがない? そんなわけないでしょう。思って当然です。思うのが普通ですよ。優秀な子供とそれに劣る子供。親にとってはどちらがかわいいと思います? 優秀な子供とそれに劣る子供。どちらか片方しか生き残れないとしたら、誰もが優秀でかわいい子供を選択するでしょう?」

「馬鹿な子ほどかわいいという言葉もあると思うが……」

 彼女の言葉に俺はそんなことを言うしかなかった。

 そもそも、親にとって子供は等しくかわいいものであり、そのうちのどれを捨てるなどと選択できるものではない。という考えもあろう。まぁ、そう考えるのが良識ある大人というよりは、良識ある人間というべきか。しかしながら、世の中には己の子供を能力や容姿、性格などで差別や区別をするという親が少なからず存在する。

「うちの親にとって馬鹿な子は馬鹿な奴でしかなく、かわいがる価値もかまってやる価値もないのですよ」

 そう言って彼女は呆れと軽蔑を含んだ笑みを浮かべた。

「私はそんな両親が、まぁ、当然、大嫌いなわけです。あの人たちは姉しか見ていませんでしたからね。何でもかんでも姉が優先で、私は二の次で、まぁ、殆ど放っておかれていましたね。だからね。先輩」

 彼女は視線を俺に向けた。薄い唇の端を更に吊り上げて、にぃっと笑った。

「実は、私は、それほど怒っていないんですよ? あなたがお姉ちゃんを殺してくれたことをね」

 こいつは、何を言っているんだ? 俺の頭は様々な感情に入り混じり、混乱し、彼女が先ほどから言う言葉の半分もしっかりと理解できていなかった。待て。待て待て。何? 怒っていない? 檜を俺が殺したことに?

「お姉ちゃんを失くした両親の落胆ぷりったら見ものですよ。まぁ、そりゃあそうですよね。十数年ずっと金と力を注ぎ込んできた人形を失くしたんですからね。落ち込みもするでしょうね。ざまーみろ」

 一通り両親を嘲ってから彼女はくっくっくと堪え切れない笑いを漏らす。その笑顔は本当に愉快そうで、暗く黒い雰囲気に満ちている。

「そうそう。あなたは勘違いしているかもしれませんけど、私はそれほどお姉ちゃんのことも好きではなかったんですよ? 慕ってもいませんでしたしね。ただ、そんなふうに見えるような態度は取っていたかもしれませんね。そうした方が色々得でしたから。出来る姉に懐く妹っていう立場の方が、出来る姉に嫉妬する愚妹という立場よりかは見栄えがいいですからね。まぁ、当人は気付いていたかもしれませんけど」

 彼女の言葉は全て俺の予想外だった。

 まったく、今日は、散々な日だと言える。

 そもそも、俺が彼女に会おうとしたのは何故だったか? なんだかんだと俺は理由を付けてきたと思うが、実際のところ、何故なのか具体的に述べることは難しい。彼女が言ったように檜が俺のせいで死んでしまったことの罪悪感を彼女に叱責されることによって軽くしようと思っていたのかもしれない。まぁ、今となってはどうでもいいことだ。それよりも今は重要なことがある。今まで俺が思っていた檜妹に関する前提というか常識がどんどん崩れている。俺は檜妹は姉である檜を好いているもの、懐いているものと思っていたし、檜の両親もまぁ普通の良識的な親だと思っていた。中のことは外からは分からないということか。

「待て。待て。待ってくれ。じゃあ、何で、お前は、あんな、怒って?」

「あれは演技ですよ」

 混乱する俺の言葉に彼女はしれっと答えてみせた。

「はぁ? 演技? な、何の」

「あなたを呼び寄せる演技ですよ」

 演技をしたのは俺の方じゃなかっただろうか? 校内で騒ぎを起こしたり、人のいるところで絹とイチャついてみたりして、檜妹を怒らせて呼び出すというのが俺のやった演技だ。

「私はあなたと会いたかったんですよ? お姉ちゃんの仏壇とか墓にでも来てくれれば会うことができたのに。なのに、あなたときたら、2年も放ったらかしにするんですから。まったく残念極まりありませんでしたよ。そこへ、ようやく来たと思ったら、別の女ができているっていうんだから、あなたは本当に女誑おんなたらしですね」

 檜妹はそう言いながら笑った。今度は、今までのように、皮肉そうな笑みでも、嘲笑でも、暗くも黒くもない、真っ直ぐに俺を強い瞳で見つめ、艶美に笑む。

 彼女の突然の言葉に、何も考えられず何もできないでいると、突如、彼女は俺の服の襟を掴んで強引に顔を寄せた。唇の触れ合う数cm手前で、彼女の酷薄そうな薄い唇が動く。

「冴上双葉先輩。私は、初めて会ったときから、あなたのことが好きだったんですよ?」

 そして、唇が触れ合った。


かなり久しぶりの更新になってしまい大変申しわけありません。何か書けないなーってダラダラしていたら、なんとまぁ一月以上経過しているではありませんか。すいませんすいません。


話の方は、これはもうコメディではない。といった状況に陥っています。

これは、まぁ、たぶん、私の趣味なんですね。こーいう歪んだ愛(?)とか修羅場的なものが大好きなんですね。だから、まぁ、恋愛ものを書くとそーいう方向に走りがちなんですな。

だらだらしたラブコメが読みたい人には申し訳ないです。

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