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偏屈先輩家を出る

「こんなことをしている場合ではなかったっ!」

 俺は叫びながら、席を立った。

 三津花の趣味悪いジャージや花畑ジェノサイドの件などですっかり頭から吹っ飛んでいた檜の妹の一件を思い出したのだ。母上や三津花は早起きで、たまたま姉上も早くに起床したため、今朝の朝食は大変早い時間になされていたゆえ、時間はまだまだ余裕があるものの、いつまでもぼんやり家で過ごしていてはいかんのだ。あの絹坂がいつ来るか分からないからな。あいつは全く俺の予想の範囲外な言動をやりおるからな。朝起きたら、同じ布団に入り込んでいるとか平気でありそうだから嫌だ。

「うかうか朝飯なんぞ食っている暇ではないぞ!」

 俺の叫びに隣に座っていた三津花はびくぅっと震えて、箸を取り落とし、斜向かいで寝かかっていた姉上が目覚めた。

 それよりも問題は母上だ。

「こんなことって……? 朝飯なんぞって……?」

 しょんぼりした母上はするすると椅子から滑り落ちていき、テーブルの下に蹲って、フローリングの床に指でのを書き始めた。

「双葉ちゃんにとっては私の作った朝ご飯なんて、食べるのも面倒くさいようなものなのね。やっぱり、朝は簡単にとーすとと珈琲とかで済ませたいのよね。和食なんか今の若い子の口には合わないのよね。ごめんね。古臭い和食しか作れないお母さんで……。運動会とかでもお稲荷さんとか太巻きばっかりのお弁当よりももっと洋風で亜米利加がぴくにっくに持っていくようなお弁当がよかったのよね……。和食しか作れない母親なんてもう母親失格なのよね……」

 テーブルの下でしょんぼりのの字を書きながら母上はそんなことをぼそぼそと呟くのだ。

 こうされると、良心が非常に少なく、矮小な上に捻じ曲がった心の持ち主である俺もいくらか申し訳ないような気がするものだ。生みの親にそんなことをされて嫌な気分にならない人間はもはや人間の屑といって差し支えあるまい。少なくとも、俺はまだそこまで屑ではない。

 その上、姉上と三津花が非難がましい目で俺を睨むのだ。

「だ、誰もそんなことまで言っておるまいよ。てか、運動会の弁当は別にアメリカ人がピクニックに持って行くような化学調味料合成剤てんこ盛りな飯が食いたいと思ったことはないぞ? それと、その名を呼ぶな……」

 そんなわけで、俺は言い訳がましく弁明しつつ、なんとか母上をなだめすかし、機嫌を直してもらい、朝飯を胃の中に片付ける作業に一時間を費やした。


 飯を食い終わった俺はあたふたと準備を整え、とはいっても、女の外出のように色々と化粧だの身嗜みだの何だのにそれほど準備に時間がかかるもんではない。服着て飯食って寝癖直して髭剃ればもう外出できるのが男というものであろう。

 全ての準備を整え、玄関に向かう途中で欠伸をしながら廊下をパンツとシャツだけでぶらついている姉上に遭遇した。しかし、だらしない奴だな。

「あん? 双葉、」

「その名を口にするな」

「でかけるの?」

「うむ。ちと出かける」

 ここで変に誤魔化したり慌てたりすると、人の嫌がることが大好きなこの心根の悪い奴のことだ。しきりと面白がって突付いてくるに決まっている。うちの家族はそーいう奴ばっかなのだ。そーいえば、俺の友人もそーいう奴ばかりだ。俺もそーいう奴だ。ん? ちと人のことをいじくる奴ばかりではないか? 供給過多だろ。そのくせ、いじられる奴は少ない。こっちは品不足だ。そんなわけだから、それぞれ互いが互いの弱みを突付きあっているわけだな。なんと不毛な。

「ふーん」

「なんだその変な目は。なんか文句あんのか?」

「いや、別に。何もねーけど」

 不良のガンの付け合いみたいな会話の後、姉上はふらふらと二階へ上っていった。二度寝するつもりだろう。だらしない奴だ。まぁ、しかし、今の俺には姉上の自堕落な生活がありがたい。

 俺は他には誰にも見咎められることなく家を脱出することに成功した。


 檜の妹と会う約束を取り付けた時間は午前の昼の少し前にして、場所は以前、絹坂とぶらりと立ち寄った覚えがあるオープンテラスのある喫茶店だ。

 俺は幼い時分より大学に通う為、この町を離れるまで、前述したようにほぼ毎日母上の手料理を食べていた為、この近辺によく知った飲食店がない上に、さほど飲食店に精通しているわけでもないゆえ、直近に訪れたこの店を指定することとした。檜妹もその場所を知っているというのも宜しかった。

 その店は俺の自宅からそれほど遠くはない場所にあるのだが、さっさと早朝に家を出た結果、会合場所である喫茶店に約束の時間より1時間以上も早くに到着してしまった。

 1時間以上も喫茶店で何することもなくひたすら水とお洒落ジュースだのお洒落コーヒーだのを飲んでいるのも考えものだ。そんなにも回転率の低い客は迷惑以外の何者でもないからな。それにやたらとそんなに飲料物を取っていては便所が近くなってしまうに違いない。

 まぁ、そんなふうに店とか便所とかの心配よりか何もせず椅子に座ってじっとしているのは暇そうだから、俺自身そんなふうにじぃっと待ち呆けするのは嫌なのだ。

 そのようなわけで、俺は時間までしばしばそこら辺を散策することとした。こーいう目的のない行動というのは苦手なのだが、仕方あるまい。

 とはいえ、人間慣れていないことを突然やるというのは中々難しいことだ。人から見て簡単に思えることも当人にとっては難解なることというのはままあるものだ。俺にとってはそれの一つが街中で当て所もなくふらふらすることだった。俺の行動といえば、基本的に家を出る前に目的を定め、何時に何処行って何してどうしてと計画を作り、一旦家を出たらまっすぐ寄り道せず目的地まで一直線に向かい、目的のことを為したならば、さっさと帰るというものだ。味気ないし、面白みがないと家族友人知人からは不評であるが、そんなもん知ったことか。俺は外出が嫌いなんだ。

 とまぁ、そういうわけで、俺は暇を潰すことに大変難儀した。

 本屋やCD屋に寄るにもまだ開店していなかったし、映画を見るには時間が短すぎるし、何処かに行こうにも俺はこの辺りの店は知らないから何処にも行きようがない。

 どーしたものかとその辺りをうろうろうろうろしていると、

「先輩」

 不意に声をかけられ、俺はいささか驚いた。

 俺のことを気安く「先輩」と呼ばわる人間は多くはない。高校時代、俺はちょっとばかし名が通っていた為、一般生徒からは忌避されていたゆえ、中々、そんなふうに呼ばれることはない。というか一般生徒、特に後輩から声をかけられた覚えがない。同じ組織に属していた後輩からは組織での役職で呼ばれることが多かったしな。大学の後輩はまぁ確かに「先輩」と呼んでいる奴もいるが、こっちに大学の後輩がいるとは思えない。ともなれば、今、俺を「先輩」と呼んだ奴の第一候補は絹坂であった。あいつときたらいつ何時何処から現れていきなり声をかけてくるか分からんからな。

 俺は絹坂に見つかったのかと思い、その声の主を見た。そして、また驚いた。

「檜……」

「はい」

 俺の呟きに几帳面に返事した相手は、会う目的の相手、つまり、檜の妹であった。


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