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偏屈先輩によるジェノサイドと平穏な朝食

 納豆は引き割りが好きである。この細かく粒粒に粉砕されているのが非常に好きだ。何で、この細かい粒粒のが好きなのかって聞かれると明確には答え辛いが、まぁ、ともかく好きなのだ。引き割りじゃない納豆は納豆ではないというほど、引き割りにこだわりがあるわけではないが、何種類か納豆が並んでいれば必ず引き割り納豆を選択するほどに好きではある。まぁ、どうでもいいことだが。

 そんなわけで、今朝の朝食に俺は引き割り納豆を食うのであった。昨夜、寝ていないため、さすがにいくらか眠気を感じ、欠伸を噛み殺しながら、引き割り納豆をぐるぐるぐるぐる掻き混ぜる。

「双葉ちゃん、葱切ったから入れなさいね」

「その名を呼ぶな」

 不快極まりない我が名を呼ぶ母上にきっちりと断りを入れつつ、葱の入った小鉢を受け取り、葱を納豆パックの中に入れる。そして、再びぐるぐるぐるぐる掻き混ぜる。既にカラシとタレは投入済みだ。醤油は入れない主義である。ダシだけで十分だからな。あんまり塩を取るのもよくないからな。俺はよく頭に血が上るゆえ、高血圧では今に血管がぶち切れかねん。

「母さん、もう食べ始めていー?」

「ちょっと待ってなさい。もう少しでお魚焼けるから」

 俺の隣に座る姉上が白飯、豆腐の味噌汁、ホウレン草の胡麻和え、カボチャのそぼろ煮といった朝食を見つめながら空腹を訴える。今日も我が家の飯は純和食。このメニューに今焼いている鯖が加わる。俺はあまり鯖が好きではないのだが、母上の作った飯を残すことはできないゆえ、我慢して食うこととしよう。

「ちょっと双葉ちゃん」

「その名を口にするな」

「もうお魚焼けるから、三津花ちゃんを呼んできてくれる?」

 母上にそう言われればやらねばなるまい。それに我が愛妹のためでもあるしな。

 俺は納豆を一旦テーブルに置き、席を立つ。


 三津花は朝早くから何してるのか。愚問である。庭仕事だ。

 彼女は何故だか高校に入ってから園芸部に入部し、やたらと植物を育成することに興味を抱いているようで、我が家の裏庭を小規模なジャングルにしているのだ。題「魔女の小森」といった感じだ。

 そのジャングルのような庭か或いは庭のようなジャングルに侵入する。草を掻き分け、枝を潜り、花を踏み潰しながら入っていく。外から見た限りでは三津花が何処にいるか全く分からんからな。いるのかいないのかすら分からぬ。

「まったく、これでは、どれが育成中の草花でどれがどこぞから紛れ込んだ雑草か判別がつかんな。三津花はどーやって見分けてるんだ? てか、足の踏み場がないぞ。さっきから花をいくらか踏み潰しているんだが、大丈夫だろうか?」

「大丈夫なわけないじゃないですか」

 庭を歩きながらぶつぶつ呟いていると、いきなり、目の前に立った三津花がしかめ面で言った。

「いきなり現れるな。驚くではないか。てか、何処にいた?」

「さっきから、ここにいましたよ。ここにしゃがんでましたわ」

 三津花曰く、ずっと俺の真正面にいたらしかったのだが、俺には全く見えなかったぞ。それもそのはず、彼女は迷彩柄のジャージを着ていて、周囲の色合いと同化していたのだ。

 趣味悪いジャージを家族総出で没収された三津花には姉上よりこの迷彩ジャージが下賜されたのだが、これもあんまり趣味がいいとは思えんな。まぁ、まだ許容範囲内ではあるがね。許容できなけりゃとっくの前に脱衣させている。

「ところで、兄様、さっき言っていたことですけれども」

「む? あぁ、花のことか。いや。足の踏み場がないゆえ、仕方なく、花をいくらか踏み潰した」

 三津花にいくらか恐い顔で睨まれつつ問い詰められ、正直に答えると、彼女は見る間に顔を真っ赤に染め、怒鳴りだした。

「な、なんということをするのですか! この人殺し! じゃない! 花殺し! 殺花罪ですわ!」

 怒られた。まぁ、そりゃそうか。しかし、数メートル四方に渡って花が群生しとりゃあそれを踏むかジャンプして飛び越えるかしかないではないか。

 とまぁ、そのようなことを説明したところ、

「そこはジャンプする所なんですわっ!」

 とのことであった。というと、何か? 三津花は毎度そこを通る度にぴょんぴょんジャンプして花の群生地を飛び越えているのか? 成長する草の背丈を飛び越えるってな忍者の修行じゃあるまいし。

「しかしなぁ、こんな土剥き出しな上に、石やら木の根やらがごろごろある場所でジャンプでもしようもんならば、かなりの高確率で足を引っ掛けるか滑らせて転倒するに違いあるまい。俺はこんな所で泥んこ遊びをしたくはないぞ?」

「そんなことはありません! 転ぶのは5回に1回くらいですわ!」

 20パーセントは世の中じゃ高確率っつんだ。

 そんな言い争いをしつつ、俺と三津花は件の花の群生地まで戻ってきた。来た時と同じように黄色い何処の何の花だかも分からんやつが何十どころか何百と群生している。ここまで集合すると花も何処か気持ち悪いような気がする。俺はお花畑とは相性が宜しくないようだ。まぁ、そんなこと今更なんだが。

「いいですか? 兄様。少し助走を付けて、一気に飛べば、花を一株も傷つけることなく、飛び越えることができるのです」

「んー。無理そうな気がするんだが……」

 渋い顔をすると、三津花は、じゃあ、私がやるから、見ていろ。とばかりに俺を睨み、少し、下がって、軽く助走してから飛んだ。ぽーんという擬音をつけるほど高くも遠くも飛ばなかったが、彼女の言う通り辛うじて花は一株も傷つけることなく、花の群生地を飛び越えて行った。

 しかしながら、最後の着地に失敗して顔から地面に激突し、慌てた俺は花を蹴散らしながら三津花の元へ駆け寄ったのだった。


「なんということを。なんということを。一体、いくつの花の命を奪ったと思っているのですか? この虐殺者。殺花鬼。あれはジェノサイドですわ。ジェノサイド条約違反に違いありません」

「知ってるか? 通常、ジェノサイドっつのは虐殺されたのが人間の場合だけを言うんだ。草やら獣やらにジェノサイド条約を適用してたら、俺たち人類は皆で仲良く絞首刑にならんといかんぞ」

 俺と三津花は仲良く兄妹の会話を楽しみながら朝食の席に着く。

 幸いにも三津花は前歯やら鼻やらをへし折ったり流血することもなく、ただ、顔が土まみれになったのと膝と手の平を軽く擦り剥いただけの軽症で、俺は心底安堵したのだが、三津花は俺が花を大量に蹴り潰したことに腹を立て、助け起こそうとする俺をぽかぽか殴ってきたのだから、一体、この子の思考回路はどうなっているのか?

 とりあえず、三津花には顔と手の洗浄と着替えを命じ、それから、朝食に向かうこととなった。

 やれやれ、朝から無意味に労力を使ったものだ。

「おかえりー。遅かったわね」

「もうご飯できてるわよ」

 先に飯を食い始めている我が家の年上二人に迎えられ、俺と三津花は席に着く。

「やれやれ」

「まったく」

 俺と三津花はそれぞれぶつぶつと呟きながら引き割り納豆を5分くらい掻き混ぜてから、白飯の上にのせ、それには箸をつけず、箸を味噌汁の中に突っ込んで納豆のねばねばを落としてから鯖を突付き、顔をしかめる。

「何であんたらご飯食べるときいっつも同じ動きなのよ?」

「双葉ちゃんと三津花ちゃんは昔からよく似てたものねぇ」

「その名で呼ぶな」

 母上と姉上が申すとおり、俺と三津花は仕草とか食べ物の好みといったものがちょいちょい似ているらしい。まぁ、兄妹なのだから当然似ているところもあるのは当然なんだがね。

「あら? 三津花ちゃん、手、怪我してない?」

「あ、本当だ。服も着替えてるし。あんたら、庭にナニやってたの?」

 姉上の言葉に何か嫌な意味を感じたが、それは無視して、庭での一件を説明してやる。

「兄様ときたら酷い人ですわ。私の大事な花を何本も踏み潰しておいて、反省も謝罪もないのですから。この人でなし!」

 三津花は未だに花の一件が気に食わないらしく、ぷりぷりと怒った。

「母様も姉様も酷いとは思いませんか?」

「んー。それはー」

「そうねぇー」

 母上と姉上は仲良く右斜め上を向いて少し考える。この2人もちょいちょい仕草が似ていることがあるのだ。ただ、母上のおっとりさは姉上に遺伝せずどっかに吹っ飛んでいってしまったようだが。

「それは三津花が悪い」

「双葉ちゃんは悪くないわねぇ」

「その名を口にするな」

 母上と姉上は俺と同じ見解であったらしく、それから3人で三津花に懇々と危ない真似をするな。体を傷つけるな。汚すな。もっと身を労われ。もっと女の子らしい装いをしろ。とくどくど説教をした。三津花はなんだか納得いかないような顔でぶすっとしていた。


「そーいえばさ」

 朝食も粗方食べ終わりかけた頃、俺よりも先に食い終え、爪楊枝を銜えていた姉上が口を開いた。

「双葉さ」

「その名で呼ぶなっつっとるだろが」

「朝苦手なくせにこんな朝早くに起きてたのは何でなん?」

 姉上の言葉で、俺は今まですっかり忘れ果てていたことを思い出し、愕然として思わず箸を落とすのだった。


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