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偏屈先輩の隠密行動

 さて、前話にてこれまでの経緯の説明のために長々と糞下らない我が思考を垂れ流したわけであるが、それらの理由によって、俺は檜の妹と会い、いくらか話をしようと思ったのだ。彼女に嫌悪され憎悪され責められるために。それが彼女のためになると信じて。また、それは、ある意味、自分のためでもあることを俺は自覚している。

 そのあたりの思惑は一時脇に置いておくとして、そういったわけで、先日、俺は数年ぶりくらいに檜妹と接触し、さっそく、彼女を激怒させ、俺を嫌悪・軽蔑させることに成功した。ついでに、翌日、人目を避け、二人で色々と話すことも約束することにも成功した。

 彼女にしてみれば、俺の顔など見たくもないといった気分なのではなかろうかとも思っていたのだが、憎悪に満ちた顔ながら、二人で会うことにはあっさりと同意したことに、俺自身、正直、かなり驚いた。会うことを提案しておいて何だが、どういう心情というか思考の結果、会うことを承知したのか俺には理解しかねる。どうやら彼女にも何か俺と話したいことがあるらしいというのはなんとなく察することができた。


 まぁ、そんなわけで、檜妹と会うことを約した俺であるが、正々堂々と真正面から包み隠さず胸張って会いに行くわけにはいかん。理由が理由であるし、原因が原因であるし、そして、また、俺が女に、例え、どんな関係のどんな相手であろうとも、会いに行くことに良からぬ顔をする奴もいる。誰とは言わんでも分かるだろうし、言いたくもない。

 そのようなわけで、俺は、早朝も早朝、まだ我が家の家族連中が目も覚ましていないような時間に、身嗜みを整え、部屋を抜け出し、こそこそと廊下を移動中だ。

 自慢じゃあないが、俺はあまり早起きが得意な人間ではないゆえ、この時間に目覚めることは不可能に近い。義務教育+高等教育時代も毎日のように母上に起こされてやっとやっとで遅刻せず登校していたし、一人暮らしを始めてからは、何とか何とか己一人で起きられるように進化したのだが、未だに苦手なことには変わりない。毎朝、不機嫌な面でむっつり朝の支度をして、登校して、大学生活を送っているわけだ。まぁ、俺は1年のうち300日は不機嫌なんだが。

 そんな早起きができない俺が太陽も昇らぬ朝早くから行動を始めようと思ったら、どうするかといえば、簡単なことだ。その前の日、寝なければいいのだ。それはそれで寝不足のせいで不機嫌になるが、まぁ、寝不足だろうが寝起きだろう俺が不機嫌なことに変わりはなかろう。

 寝不足による心身への悪影響をひしひしと感じながらも、それを無視しても朝早くに行動を開始しなければならない理由はいくらかある。


 まず、第一に、絹坂だ。奴はついに俺の実家の場所を突き止め、更には俺の家族どもと和気藹々と交流しやがり、俺の彼女という立場を家族公認のものにしやがった。最近の奴ときたら、俺の友人・知人に続き家族にまで己の立場を知らしめるといる作戦行動を積極的に展開しているのだ。じわじわと外堀を埋められている気がする。いや、既に埋められるいるような気もする。大阪夏の陣ばりに外堀は埋め立てられた後のような気分だ。

 その絹坂だが、奴は、俺が檜妹に会いに行くことにいい顔をしないだろう。事情が事情なだけに、会うことは了承してくれるやもしれん。しかし、かなりの高確率で奴は付いてくる。表立ってか密かにか、どちらにせよ、そんなことは願い下げだ。

 この件は、俺にとってはあまり他人の目に晒したくないナイーブな部分なのだからな。

 そして、第二に、我が家に頻繁に出入りする我が友人どもだ。奴らは中々個性的で面白い連中だが、奴らときたらナイーブだの何だのいった繊細なことをとんと理解しない上に、人の不幸を嘲笑ったりおちょくったりするような輩だ。まぁ、勿論、俺もそうであり、俺たちは今までずぅっと相手の不幸を指差して笑い合い、足引っ張り合いといった関係をやってきたのだから、今更、確認することでもないのだが。たまに、ふと思うのだが、俺たちの仲は友人なのか? と、他の奴らも思っていることだろう。ともかく、奴らに俺と檜妹が会う場面を見られるわけにはいくまい。蓮延と草田には少々檜妹を呼び出すときに、協力してもらったが、あの時も、本来の目的を教えたわけではなく、ただ、校内をうろちょろしようと言っただけだ。使える者は親でも友でも何でも使うべきだ。

 また、家族すらもこの問題からは排除せねばならない。特にあの糞野郎は論外であり、きゃっつ如きに我が弱点ともいうべき問題を晒すわけにはいかんから、奴からは何がどうあってもこの問題を知られるわけにはいくまいと、固く心に決めていたのだが、この間、あの間抜けがうっかりぽろっとその話題を出しやがったから、家族内にも周知の事実と相成ってしまった。そのときは、奴らの弱点も晒してやったから、やられっ放しでは終わないで済んだ。しかし、これ以上、連中をこの問題に足を踏み込ませるわけにはいかん。絶対隠匿事項だ。この問題が知られた上、檜妹との会合を奴に知られたときには、その日を俺の命日としよう。

 母上は秘密保持の観点から見て、大変、お口が軽くいらっしゃる方で、誰かに、そう、絹坂なんかに「先輩、何処に行ったか知ってますかー?」などと聞かれればほいほいと「檜さんの妹さんと会いに行ったみたいねぇ」などと言うに決まっているのだ。

 姉上の本質は俺や俺の悪友どもと同じであり、相手の弱みだの何だのを見つけると、盛んに面白半分にそこを突っつく奴であるから、そいつにも今回の件を知られるわけにはいかない。

 我が愛妹、三津花は多少の悪趣味と悪ふざけ癖を除けば、我が家では珍しく問題ない真っ当な人格を持ち、人の心の傷を配慮する優しさも兼ね備え、秘密保持能力も有する人物ではあるが、俺の恥部ともいうべき弱みを妹に知られることは兄の矜持として許し難いものがある。

 そのような理由で、俺は誰にも見咎められず、早々に家を脱出して、約定の時間までどこかここかで時間を潰し、会合の場に行かねばならない。


 そんなわけで、俺は徹夜(夜通し本でも読んでいれば、寝ないでいるのはそれほど苦ではない)をして、朝も早くからこそこそと部屋を忍び出て、廊下を忍び歩きしていた。

 現時刻は午前の6時よりもいくらか前であり、さすがにこの時間に起きているような奴はおるまい。

「あら、お兄様。おはようございます」

 と、思っていると、廊下の先のドアが開き、顔を出した三津花が丁寧な朝の挨拶をしてきた。さすがは礼儀正しい我が妹。と感心している場合ではない。

「今朝はお早いのですね。お兄様がこんな時間に起きてらっしゃるなんて珍しいこともありますわ」

「そっちこそ、何故に、こんな朝早くに起きとるんだ。そして、その格好は何だっ!?」

 何故、こんな時間に起きているのかという問いを遮るべく、先にこっちから質問してやった直後、思わず、俺は怒鳴っていた。そりゃ怒鳴るというもんだ。怒鳴らずにおられるか。

「何だその格好はぁっ!? その毒蛙みたいなまっピンクに紫の混ざり合った色な上にテラテララメが入ってるなんていう毒々しいジャージはっ!? 趣味が悪いにも程があるっ!」

「あぁ、これですか? 兄様が私の作業着をどこかにやってしまったものですから、友人から古いジャージを譲って頂いたのですわ。ちょっと派手ですけど、それほど悪い感じでもな」

「いわけあるかっ! 悪過ぎだ! 超絶いかんわっ! やめろやめろやめろやめろっ! そんなジャージは脱げっ! 今すぐ脱げぇぃっ!」

「わぁっ! いきなり、何するんですかぁっ! ジャージを引っ張らないで下さいっ!」

 こんな悪趣味極まりない南米熱帯雨林の毒蛙か毒蛇みたいな色彩のジャージを我が愛妹が着用していることには、幾秒たりとも我慢ならん事態であり、俺は速やかにそのジャージを没収すべく殆ど無理矢理にでも脱衣を強制しようとした。婦女子が着用中の衣服を簒奪するなど野蛮にして恥ずべき悪行ではあるが、今回ばかりはいたし方のない緊急事態と言えよう。

 俺と三津花がジャージを引っ張り合っていると、別のドアが開いた。

「脱げとか脱がすとか何言ってんのよー? あんたらいつから近親相姦に目覚めたのよ?」

 顔を出して全く破廉恥極まりないことを言い出したのは我が姉上である。我が家の三子は並列に部屋を並べているのだ。階段に遠い方から俺、三津花、姉上の順である。

 姉上は少し茶色い長い髪をぼさぼさにして、化粧気のない顔をしている。てか、あんた、眉毛をどこにやった? 部屋に落としてきたか?

「なーにが近親相姦かっ! 俺にはそんな趣味はないわっ! 無礼なことをほざくなっ!」

「あー。煩い煩い。頭がガンガンするから叫ばないでよ。昨日、飲みすぎて、二日酔いなんだからさー」

 姉上は頭をボリボリ掻きながらイライラとした様子で呟く。その格好たるや、よれよれのTシャツにパンツ一丁というラフ極まりない軽装備だ。まぁ、こんな奴のことはどーでもいい。

「貴様が二日酔いだろうが三日酔いだろうがそんなことは関係ないわ。勝手に具合を悪くしておれ!」

「何さ。酷い弟ねー。てか、朝っぱら何やってんのよー? あたしはまだ眠いんだから、廊下で騒がないでよねー」

「姉様、聞いて下さい。兄様が私のジャージを脱がそうとするんです」

 なんかその台詞だけ聞くと、俺が酷い倒錯した性癖の変態みたいに思えるから凄い嫌だ。

「ジャージー? ってか、三津花! その格好は何よ!? ディ○ニーの悪役みたいな色じゃないのよっ!」

 今までぐだぐだとだるそうだった姉上は三津花の言葉を聞き、その悪趣味なジャージを見るなり、顔色を変え、目を見開き、唖然とした。そして、その直後には、

「脱ぎなさいっ! 今すぐ脱ぎなさいっ! そんなものはみっちゃんには似合わないからっ! ほらー! 脱ぎ脱ぎしましょうねー!」

「わぁーっ! 二人がかりで何するんですかーっ!」

 即座にジャージ脱衣に取り掛かった。うむ。これが我が家族として当然の反応だ。

 暫く抵抗する三津花から何とかかんとかしてこの気分悪いジャージを何とか脱がせようと二人がかりで四苦八苦していると、

「あらあらあら、3人で何をやってるの? 三津花ちゃんを苛めてるわけじゃあないわよね?」

 朝からやたら煩い階上が気になったのか、母上がおっとり階段を上ってきた。三津花は今度は母上に助けを求める。

「あー! 母様! 助けて下さい! 姉様と兄様が私のジャージをー」

「三津花ちゃん! 何なのそのジャージは! 脱ぎなさい! 今すぐ脱ぎなさい!」

「えぇー……」

 母上の返答を聞いて、三津花はがっくりと呻く。そうして、力を失ったところを俺と姉上が見逃すはずもなく、悪しきジャージは速やかに俺の手の内に落ちた。こやつは暫く、我が部屋に隠匿した後、三津花が家を空けている間に焼却処分にしてくれるわ。

「何なのですか。この家族は……」

 廊下に下着姿で転がっている三津花が呟く。

 それを見下ろしながら俺と母上と姉上は同じことを呟くのだった。

「愛ゆえに」


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