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偏屈先輩暑さと戦う


 列車を降りた俺たち7人はとりあえず駅のゴミ箱に車中で発生したゴミを放り込み、飲料類を飲み干して、ついでにトイレに行ってから、さて、外に出るかと決意した。決意しただけでまだ出てはいない。

「暑そうだ」

「暑そうですねー」

「暑そうだね」

「暑そうだなー」

「暑そうですよね」

「暑そうだよね」

「暑そうです」

 俺たちは口々に似たようなことを口にした。というか殆ど意味は同じだ。

 俺たちはずっと冷房の効いた列車の中にあった為に、身体は完全に20℃以下な気分だ。しかし、駅の外の気温は30℃を超えている。

 天気よ。君は秋って言葉を知っているかな? その秋がいつから始まるか分かっているのか? もう近いぞ。早めに準備して悪いことはないと思うがどうかね? と、まあ、天気に言ったってしょうがないのは分かっているものの、言いたくなってしまうのは致し方のないことだ。

「じゃあ、行きましょうか」

 絹坂がそう言って歩き出す。てくてくと歩いて自動ドアの前に立つ。当然自動ドアなので自動に開き、むわっとした熱気と湿気が絹坂を襲う。

「うはー! すごい暑さですねー。さすが夏ですー。クーラーの涼しさに慣れた身体には辛いですねー」

 絹坂が苦しそうに言った。

 しかし、誰も同意しない。

「あれ? あれ? あれー!? えー!?」

 叫ぶ絹坂。公共の場所で騒ぐな。

「何で皆一歩も動いてないんですかー!? そこに一列で並んだままなんですかー!? 私1人だけ騒いで馬鹿みたいじゃないですかー!?」

 確かに後ろから見ていて馬鹿みたいだった。

 絹坂はぷりぷり怒りながら戻ってきた。ハムスターのようにほっぺを膨らませている。絹坂は怒っているとき頬を膨らませるのが癖なのだ。変な癖。

「もう! いつまでそこにひるひなんれふふぁー! ほっへひっはらひゃいでくらはいー!」

 怒って何事か言ってくる絹坂のほっぺを引っ張ったりぷにぷにしたりしてみる。相変わらず気持ちよいなぁ。

「ひょっとー! はたひのはなひきひてるんれふふぁ!?」

 聞いてない。聞いても意味分からんからな。いや、ちょっとは分かるけどな。

「もう! はらひてください!」

 俺の手をぺいと払い除ける絹坂。何だ。反抗的だな。

「先輩たちはいつまでもそこで意味もなく粘っている気ですかー? 日が暮れちゃいますよー! それともここで夜を越す気ですかー?」

 そんな気がないことは言うまでもない。それは俺に限らない6人全員の意思だ。

「仕方あるまい」

「しょうがない」

「行きましょうか」

「あっちそうだけどねー」

「うん、暑そうだよね」

「死にそうです」

 ぶつぶつと何だか意味もなく不機嫌そうに言いながら俺たちはじりじりと出口へと向かっていく。

「くっ。これは難敵だぞ……」

「見えない力があたしたちの行く手を遮る!」

「ここを抜けていかねーと俺たちに未来はない!」

「見えない敵にも勇猛果敢に挑まなければいけないのです」

 俺たちが駅の出口の前でたむろって云々喋っているのを絹坂はじとーっと細目で見ていた。何だ。その呆れたような目は。

「しかし、諸君。無謀な突撃というのは無意味なものだ」

 俺の言葉に数人が頷く。

「うんうん。犬死的な玉砕戦法は旧日本軍だけで十分だよね」

 蓮延の言葉に数人が同意する。

「やっぱ、ボスに挑む前には準備をしなくちゃな。RPGの基本だ」

 草田の言葉にさえ数人が首を縦に振る。

「というわけでアイスでも食って気力を充電してから行ことにしましょう」

 薄村の言葉に数人が賛同して、我々は駅の待合室でアイスの自販機でアイスを買い求め、ベンチに座ってゆっくりと舐め始めた。

 絹坂が少し離れた場所から恨みがましそうな目で俺たちを見ていた。

「何だ? 貴様もアイスが欲しいのか? 自分で買え」

「もー! 先輩のお馬鹿ー!」

 そう言って絹坂はぽかぽか殴りかかってきた。大して痛くはなかったが、邪魔臭いので、アイスを買って与えたら静かになった。ちょろいもんだ。


「あー、暑い……」

 俺は今日最も口にした言葉を再び繰り返した。季節は8月末。気温は30℃台後半。40℃だって夢じゃないさ。と思わせるくらいに暑い。

「委員長。暑いから暑い言ったってしょーがないよ」

「知っとる」

 蓮延の言葉に俺は素っ気無くイライラと言い放つ。俺は普段から常時不機嫌な奴だが、暑いと余計に機嫌が悪くなるのだ。当社比2倍くらい。

「それでも言いたくなっちまうもんだよなー」

 俺の横で草田がしたり顔で頷く。あー。イライラする。

「うるさい。死ね」

「え? 何で、そんなことで死ね言われなくちゃいかんの?」

 草田はぶつぶつと不満げに呟いていたが無視。無視で済んだだけありがたく思え。あと温度か湿度が少しでも高かったら蹴っ飛ばしてたな。

「先輩ー? 大丈夫ですかー? 顔色悪いですよー?」

 草田とは反対側から絹坂が心配そうに俺の顔色を窺う。

「何が大丈夫か大丈夫じゃないか知らんが、それが機嫌とか体調とかのことを聞いているならば、現状は最悪と言わざるをえない。そもそも、この日本の気候と俺の相性が極めて悪い。俺の祖先はこの日本という国に何百年もいながら何をどう進化してきたというのだ? 勿論、生物がたった数百年如きで進化できるとは思ってはいない。いないが、しかし、少しくらい慣れたってええんじゃないのか? こんな気温が25℃超す度に具合やら機嫌やらが悪くなったり、内臓系や神経系を痛めていたのでは、今に死んでしまう」

「そんだけ喋れれば大丈夫ですねー」

「……………」

 絹坂はあっさり言い放ち、俺は沈黙して立ち止まる。そんな俺を放っておいて、絹坂はさっさととことこ歩い行って、前を歩く蓮延と何やら世間話を始めた。

「置いてかれましたね」

 いつの間にか後ろを歩いていた薄村が俺に言った。

「あんまり素っ気無かったり無愛想だったり我侭だと、いくら今はあなたにベタ惚れな絹坂さんでも、いつか愛想尽かされちゃうかもしれませんよ?」

 俺は微妙な気分で薄村を見る。どーいう表情をすればいいのか分からんじゃないか。

「絹坂さんに捨てられたら、あなたもう一生恋できないでしょう? もうちょっと上手く生きた方が良いですよ。あなたは生きるのが下手糞ですから」

 薄村はそう言って、にっと意地悪そうに笑って、すたすたと歩き去ってしまった。俺はどんな顔すればいいのか分からずむっつりと顔をしかめるのであった。


久方ぶりの更新です。

次回からは、先輩の家族編です。

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