偏屈先輩は嫌々愛を囁く
「は? 貴様、今、なんつった?」
首を絞めたわけでもないのに先輩は激しく咳をした後、言いました。持病の癪ですか?
「えっと、先輩、耳、大丈夫ですかー?」
「じゃあかぁしぃわっ! 俺の耳の調子を疑う暇があったらテメーのお頭の調子を心配してろ!」
酷い言いようです。泣いちゃいそうです。嘘です。私の心は鋼並みに強くできています。そんなことで一々心を傷つけていては、先輩と付き合うことなどできません。友達すら無理です。知人でも駄目でしょう。ならば、恋人ともなろう者は余程の心の強さを持っていなければいけないってことは自明の理と言えましょう。
てなわけで、私は先輩の鋭いツッコミ(なんでしょうか?)を無視して問いを繰り返します。
「で、先輩は私のどこが好きなんですかー?」
「ぐ」
私がもう一度尋ねると先輩は眉根を寄せ、嫌そうな顔をして変な声を出します。何ですか。その顔と声。失礼しちゃいますね。
「何でそんなこと言わにゃならんのだ」
「何でそんなことも言えないんですか」
「……………」
先輩沈黙。勝ちました。
「普通、付き合っている彼女の好きなところくらい簡単にぽんぽん何個でも言えるもんでしょー。恥ずかしくたって、照れてたって1個か2個くらいは言ってくれてもいいんじゃないですかー? かー? かー?」
「かーかー言うな! 貴様はカラスか!?」
「カラスは嫌いじゃないですよー。生ゴミさえ漁らなければいいと思いますー。てか、あの鳥たち、人間が生ゴミ排出する前は何食ってたんでしょうねー?」
「虫とか木の実とかだろ。たまに啄ばんでるぞ」
「へー。いや、そんなことはどーでもいいんですけどね」
「なら言うな」
重要なのは先輩にとっての私の好きポイントです。そんなことが何故重要なのかと問うような人は愛を知らないという烙印を押しても構わないでしょう。
以前、先輩が私の好きなところを言い合うという勝負をしていたとき(何故、そんな勝負をすることになったのかは忘れてしまったのですが)に、いくらか私の良い所を列挙してくれたのですが、そのとき挙げられた良い所ってのはあくまで後輩としての私の良い所であり、それは決して恋人としての私の良い所ではないのです。
というか、今、冷静に思い直してみると、それ、褒め言葉?ってなのもいくらか含まれているのです。コンパクトとか軽量とかなんて人に対する褒め言葉じゃありませんよ。家電とかに対する評価ですよ。ほぼ無臭なんてのも褒めているのか馬鹿にしているのか判別が難しいです。
「まぁ、そんなわけで私は先輩に好きって言われたことは殆どないし、先輩が私の好きなところを言ってくれたことも殆どないわけですよー」
「当たり前だ。何で、俺がそんな恥ずかしいことを言わにゃならんのだ」
「恋人なら言って当たり前ですー。そも、恋人とは恥ずかしいことをしあう仲の人間のことだと言っても過言ではありません」
「む、まぁ、確かに……」
先輩もそのことには異論はないようです。
「そして、私たちは恋人同士です。好きあっていて、その仲を引き裂くものは何もなく、2人は存分に愛し合うことができるのですから、恋人同士でなければなんだというのでしょうか」
なんかこの喋り方、先輩っぽいような気がします。影響されてきているのかもしれません。学生時代はいっつも側にいたとはいえ、何だかんだいって学校にいる間で、その上、授業中は別々でしたからね。しかし、最近は、特についこの前の夏休み期間中は殆ど24時間一緒であり、これほどまでに一緒の時間を過ごしたことは始めてであり、その結果、先輩による影響がより一層強くなったというのも納得できることです。先輩色に染められちゃったってことですね。何だか嬉しいですねー。
おっと、本筋からずれるのも先輩の影響でしょうか。話を戻します。
「また、恋人同士ってのは暇さえあれば相手が自分のことを好いているか確認しあうものなのですー。愛の確認ってことですねー。ところが、先輩は、その愛の確認を怠っています。それでは私が先輩に本当に愛されているかどうか不安に思ってしまうのも無理はないでしょう?」
「むむむむ……。それはそうだが……」
先輩は難しい顔で唸ります。
元より先輩は屁理屈な人です。しかし、屁理屈も理屈のうちで、一応、理屈には適っていることを仰るのが常なのです。そのような人ですから、こっちも理詰めで言っていくと、結構、反論も反抗もできないのだということに最近気付きました。
「で、確認なんですけどー、先輩って、私のこと好きなんですよねー? そうですよねー? 間違いありませんよねー?」
「む。むむぅ……。まぁ、確かに相違ない」
「では、私のどこが好きで私と男女交際してくれるのかはっきりすっきり一から十まで子供からお年寄りまで果ては外人さんから宇宙人にまで分かるようにしっかりじっくり説明して下さいー」
「おいおい、無理を言うな。なしてそこまで詳細に貴様の長所を」
「長所じゃありませんー」
即座にツッコミを入れます。
「先輩にとっての私の好きなところですー。何故、先輩が私と男女交際してくれるのかきちんと言ってくださいー。さあさあさあさあささあー!」
「あー! じゃっかしぃーなぁーっ! 分かったっ! わかったっつのっ!」
先輩はそう怒鳴ってから気難しい顔で黙り込みました。先輩にとっての私の好きなところを考えてくれているようです。そんな難しい顔で何分もかけて考え込まれると何か微妙な心持になります。
まず、第一に、そんなに難しく考えないと、私の好きなところが思いつかないんですか? 自分の彼女の魅力的なところを彼女相手に言うことがそんなに難しいことですか? なんてことが不満です。
次に、先輩が考えている間、私はやることがなくて暇だってことです。
だから、先輩に背後からこなきじじいよろしく抱きついている私がちょこっとムラムラしてきて、先輩の背中に体を摺り寄せたり、首筋に舌を這わせたり、耳に息を吹きかけたりするのはしょうがのないことです。
「だぇぁーっ! やめんかっ! 人が考えてんのに!」
「先輩が考えるの長すぎなんですよー。そもそも、そんなに長いこと考え込まないと思いつかないことなんですかー?」
「貴様が言えっつーから考えてやってるのに、なんだその言い草は!?」
先輩はぷりぷり怒り出しました。本当に短気な人ですねー。
そーいう人にはこーです。
「ふぎゃあっ!?」
耳たぶをぺろっと舐めると先輩は変な悲鳴と共にふにゃふにゃになります。
そして、真っ赤な顔で首を無理矢理後ろに向けて私を睨みつけます。
「だから、耳はやめろっちゅーのっ!」
「ほらほら、早く答えて下さいよー。先輩は何故、私と付き合ってくれるんですかー? 私のどこが気に入ったんですかー?」
「むー」
先輩は更に暫く渋い顔で唸ってから私を見ました。
それからすぐに視線を違う方向へ向けてしまいます。
「お前のそーいう行動的で思ったことをすぐ言動に表せて、やろうと思ったら何でもやるところが、まぁ、その、き、気に入っているといえば、そうかもしれん。たまにウザイが」
先輩はそんなことをぼそぼそと言いました。耳が赤いです。
私はうずうずしてきました。
「あとはー、まぁ、その、柔らかいほっぺもいいのだが、まっすぐ見てくるその瞳も、まぁ、魅力的で、あると、まぁ、いえる。そんなところが俺は、まぁ、好きなのだと思う。あー! もう! これでいいか?」
「最後に愛してるくらい言ってくれないと、恋人っぽくないですよー」
私は先輩からの愛の言葉に背筋をぞくぞくさせながら更に要求します。
「な! なんで、こんなに恥ずかしい思いをしてるのに、それに更に恥ずかしさを上乗せせんとならんのだっ!?」
「いいじゃないですか。私と先輩しかいないんですからー」
「いや、なんか俺たちの私生活がどこかで公開されて、何人もの人々に見られている気がする!」
「被害妄想ですよー」
そんな次元を超えた話をしてはいけません。私たちは文字の上の二次元存在であり、三次元存在のことなんか気にしてはいけないのです。まぁ、私、二次元とか三次元とか物理的なことなんか分かりませんけどね。物理の点数悪いですし。物理学者のリチャード・P・ファインマン氏は大好きですけどねー。
「さあ、愛の告白を!」
「それは貴様がしただろ!」
「先輩からも愛を! そーしてこそ、相思相愛です! そーしてこそ、本物の恋人同士です!」
「ぬーぬぬぬー……」
先輩は赤い顔で唸ってから、微かに、ちょっとだけ、
「あ、あ、あー……好き、ではある、ぞ」
愛してる。は言えないらしいです。ラブは無理らしいです。ライクは大丈夫みたいです。
まぁ、今のところはこれでいいでしょう。私はひとまずまぁまぁ満足しました。
「んー! 私も先輩のことが大好きですよーっ!」
「うぎゃあっ! 重いっ! 潰れる! 骨が折れる! こらっ! どこ触ってんだっ!? どこ舐めてんだっ!?」
はてさて、愛を確かめ合った私と先輩がこの後、どーなったかなんていうのは言わずもがなであり、詳細に描写するには場所を変えて、18歳未満の子供さんに目隠しをしなければいけないので、止む無く割愛です。
ものそごっく久しぶりの更新です。
すいませんねー。だらだらしてしまってー。