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偏屈先輩が好きな訳


「あぁ、疲れた。もう嫌だ。もう走りたくない。俺は今日はもう走らねーぞ。百万やるから走れって言われても走らん。走らなきゃ殺すって言われても走らん。そんなに欲しけりゃこの命くれてやるわ」

 先輩は疲れた表情ながらも、目だけを爛々と禍々しく光らせ、ぶちぶちと文句を言いながら、ずんずんと歩いています。疲労のせいか、歩みはそれほど速くなく、たまにふらっとしますが、雑草を蹴散らしたい踏み潰したりしながらしっかりと歩いています。先輩は不機嫌さをエネルギーにできるんです。てか、そんなに雑草を蹴散らさないでもいいじゃないですかー。雑草だって生きているんですよ?

 あと、先輩の最後の台詞は聞き捨てなりませんねー。

「先輩先輩ー。ちょっと激しい運動したからって、そんな簡単に命放り投げないで下さいよ。真面目な人に怒られますよー? 学校の先生とかお偉い政治家さんとかPTAとか何か臭い話書いてる作家とかにー」

「けっ」

 先輩は不機嫌そうに言い捨てました。敢えて先輩が嫌いな人たちを並べてみましたからね。特に、先輩は臭い話書いてる作家というか臭い話が大嫌いです。恋人が不治の病にかかって死んじゃうとかいう小説が書店に並んでいると、必ず威嚇するほどです。唾を吐き捨てんばかりです。さすがに売り物にそんなことはしませんが。天下無敵唯我独尊な先輩だって法律に触れるようなことはできないのです。

「ところで、お前、手を離せ」

 先輩はそう言うといきなり右手をぶんぶん振り始めました。一緒に私の左でもぶんぶん振られます。まるで子供がるんるん♪と仲良く手を繋いで歩くように。

 嘘です。手が千切れそうです。

「せ、先輩ー。肩が痛いですー。もうちょっと弱めにー」

「じゃかぁしゃあ。さっさと手を離せ。ボケ茄子」

 何だって先輩はすぐそーやってお行儀のよくないことを言うんでしょうね。

 さて、先輩に手を離せと言われた私ですが、この私が素直に「はいはい」と言って手を離すわけがありません。私にとっては、崖から落ちそうな人の手を掴んであげているときに「俺はもういい。このままじゃあお前まで落ちちまう。手を離してくれ」っていうような場合よりも、手を離し難いことです。

「こら、おら、ほら、離せ離せ。は、な、せっ!」

「もー。先輩ってば、どーしてそんな手を離したがるんですかー?」

「こんな衆目の中で平気で仲良く手を繋いでられるかっ!? そのような恥知らずなことできようはずもないっ!」

 先輩は腕を高速でぶんぶん振り回しながら怒鳴ります。あまりにも大きな怒声なので、周りの道行く人々が視線を向けます。そんなふうに怒鳴っていることの方が恥ずかしいと思いますけどねぇ。そもそも、怒鳴らないで平然としていれば、そんなに見られたりもしないと思いますけど。

「そんなこと言ったら、世の中のカップルとか夫婦とか親子とかは皆恥知らずってことになっちゃいますよー」

「カップルの殆どは恥知らずだ。自分らのことしか見えてねーからな」

 それは偏見ってやつですよ。まぁ、恋とは熱病のようなものとかどっかのお偉いさんが言ったように、恋に浮かれて周りが見えていないっていう人たちもいるでしょう。それでも、殆どっていうのは言い過ぎですよ。せいぜい8割くらいですって。残りの2割くらいは自分のこと以外も見えてるはずです。例えば、正規の彼氏彼女の他に彼氏彼女がいるカップルとかね?

「まぁまぁ、そーいうのもいいじゃないですか。恥を外に晒していると分かっていても、それが気にならないし、周りも何だかんだ言いながら見逃してくれる。それが恋ってもんですよー」

「いいや。俺が許さん。そんな恥知らずな恋人たちは、神が許そうとも、最高裁が無罪の判決を下そうとも、俺が許さん」

「まったくもー。どーして先輩はそー愛とか恋とかに厳しいんですかねー?」

 自分だってそーいうことしているそーいう身分だっていうのにー。

「やかましい。そーいう幸せそうな連中を見ていると、腹が立つのだから、仕方あるまい。逆に別れ話をしているカップルとか修羅場になっている場面を見ると、愉快で愉快で堪らんな」

 先輩はそんなことを言いながら口の端を吊り上げ、にやにやと笑いました。

 先輩の視線の先を見ると、ちょうど近くのカフェのオープンテラスで一組のカップルが別れ話をしているところでした。彼女が別れようと言い、男は嫌だとごねている場面です。双方とも、結構な声で言い合っているので、丸聞こえです。

 そんな様子を見て、先輩は本当に愉快そうに笑うのです。

「あれは、絶対に別れるぞ。見ろ。あの女の話をするのも面倒臭いといった顔を。それに、さっきから、ちらちらと時計とか携帯電話を気にしている。あれは、別の男と約束をしているに違いあるまい。まったく、何という悪い女だ。けしからん。しかし、男の方も相手にもう脈がないと分かっておろうに、いつまでもぐだぐだぐだぐだと文句を言い募るとは、男らしくない奴だ」

「……先輩って本当に嫌な性格してますよねぇー」

 私はしみじみとそう思って言いました。

「嫌な性格をしていることは否定せんが、それじゃあ、その嫌な性格の俺のことを好きだと言っているお前は何なんだ?」

「うーん」

 ちょっと考え込んでみます。本当に何でこんな性格最悪な人のこと好きになったんだろうなぁ。

 外見も、勿論、あると思います。先輩はとても格好いいです。女顔で、女装しているときの方が見た目いいですけどね。でも、見た目よければ全部よしとは私は思いません。だって、きっと、先輩と同じ顔、或いはもっと格好いい容姿で、違う性格の、例えば、もっと優しくて、行動的で、男らしくて、爽やかな人がいても、きっと、私はその人のことを好きにならないと思います。そんな人と一緒にいてもきっと楽しくないでしょうし、一緒にいたいとも思わないでしょう。

「うーん、先輩と一緒にいると面白いからですかねー?」

「それじゃ、お前、お笑い芸人と付き合えばよいではないか。言っとくが、俺は笑いを取ることなんかできんし、したくもないぞ」

「いや、そーいう意味の面白いじゃないんですよー」

 あ、いい喩えが思い浮かびました。

「ほら、ゲームってあんまり簡単すぎると面白くないじゃないですかー。道順どおりにただぼけーっと進んでいけば、ラスボスで、しかもあっさり倒せるRPGなんて駄作じゃないですかー。それよりかは、迷子になりそうなダンジョンをいくつもクリアしていって、色々な条件をクリアして、やっとこさラスボスで、しかも、そいつが滅茶苦茶強いってんなら、よーし、やってやるぜーってな感じに燃えるでしょー?」

「じゃあ、俺はお前にとっちゃあゲーム代わりなのか?」

 先輩は不機嫌そうな顔で私を睨みます。あ。機嫌損ねた。やばいです。喩え失敗。

「一緒にいて、振り向かせるのが楽しいって意味ですよー。一筋縄じゃいかないってとこが難しいゲームに似てるってことですー」

「結局、ゲーム代わりか? そんなゲームしたかったら1人でやってろ」

「もー。そーいうことじゃないですよー。うーん。あ、そうだ。先輩ってツンデレですからねー。きっと、私はツンデレスキーなんですよー」

「はぁ?」

 何だこいつ。気持ち悪いこと言い出しやがった。みたいな目で先輩が私を睨みます。

「てか、俺がいつデレた」

 まぁ、確かに、先輩がデレることなんてほぼないですねー。あったとしても、ちょっと優しくしてくれるくらいですか。

 じゃあ、私はツンツンが好きなんですかねー?

「まぁ、とにかく、私は物好きなんですよ。きっと」

「貴様。人を変なもの扱いか?」

「まぁまぁ、そんな怒らないで下さいー。どんな理由であろうと、私が先輩のことを愛していることには変わりないのですからー」

 私がそう言うと、先輩は変な顔をして黙り込みました。あ、ちょっとツボだったんでしょうか? 先輩は真っ直ぐな愛情表現に弱いところがありますからねー。根は曲がってるのにね。

「なーに、にやにやと気持ち悪く笑っておるか」

「いーえー。べっつにー。あ、そーだ。せっかく、素敵なカフェのオープンテラスがあるんですからお茶でもしていきませんー? 歩くのも疲れたでしょうし、喉も渇いているんじゃないですかー?」

「む。貴様もたまにはよいことを言うな」

 私の意見に先輩は珍しく素直に賛同してくれました。先輩はやっぱり体力ない人なので、疲れているときや暑いときの、休憩とかお茶って言葉にはとっても弱いのです。


 そんなわけで、私と先輩は、自然と空いていた、修羅場を演じている破局寸前のカップルの席の近くの席に座り、破局寸前のカップルの悲惨な言い合いを聞きながら、楽しくお茶をするのでした。

「他にも席は空いているのに、こんな席に座るなんてどーかしてるって顔してましたねー」

「さっきのウェイトレスか? 見ろ。周りの客も似たような顔をしておるぞ」

「そーですねー。あ、今度は彼女を寝取った間男の参上ですよー」

「面白くなってきたな」

 私と先輩は隣で熾烈な言い合いを繰り広げる男女に聞こえないような小声で言葉を交わしながら、にやにや笑い合うのでした。

 結局、似た者同士だから好き合っているのかもしれませんねー。


久しぶりの更新です。

すいませんすいませんです。

たぶん、明日も更新できると思います。

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