偏屈先輩は冷静になり
「あなたは最低ですっ! 言っていることなんて口先だけで、お姉ちゃんのことなんか、全然考えてないんですっ!」
「俺が最低であることは少しばかり否定し難いが、檜のことを考えていないわけではない」
「嘘っ! もう忘れているんでしょう!」
「忘れていたら、わざわざ、お前を誘い出して、こんな言い合いをしたりしないだろうが!」
「こんな方法で呼び出すこと自体が非常識で失礼ですっ!」
先輩と檜さん(妹)は相変わらず延々と同じような話題をぐーるぐーるループさせています。そんなことして楽しいんですかねー? てか、先輩、本気で謝る気あるんですかねー? こんなことしている暇があったら、私は先輩と一緒にテレビでも眺めながらアイスでも食っていたいですよ。9月とはいえ、まだまだ暑いですから。てか、この小説、実際の季節とかと全然ズレてますねー。ぶっちゃけこんなに寒いのに暑い描写なんて無理やねん。
私はそんなことを考えつつ、欠伸を噛み締め(堂々と欠伸なんてできる雰囲気じゃないですからね)、空飛ぶトンボと木で鳴くセミなんかを見比べていました。
「もうあなたなんかと話していても意味はありません」
今まで激昂していた檜さん(妹てか、これ省略していいですか?)は、ふっと表情を消し、静かな声で言いました。
この意見には私も同意です。
先輩は頭はいいんですけど、考えすぎなのがいけませんね。考えすぎて思考がループしながらどんどんドツボにはまっていくことがあるんですよねー。
「いや、待て。まだ話すべきことが」
しかも、先輩って話長いんですよねー。年取ったら迷惑なおっさんになりそうですねー。
「もうこれ以上、今、ここで話し合っていても意味がありません」
檜さんは先輩に言い聞かせるようにもう一度言った。
「また日と場所を改めて話し合いましょう。周りの目も、ありますしね」
「それもそうだな」
一転、先輩と檜さんは冷静に話し合います。更には、いつに、どこで、何時ごろ、落ち合うかということまで手早く打ち合わせしていきます。なんなんですか。この人たち、真っ赤な顔して怒鳴りあってたと思ったら、あっさりと冷静な態度に移っています。この2人、意外と似たもの同士なんじゃあないでしょうか? そう考えると、なんか嫉妬しちゃいます。ので、先輩に抱きつくことにしました。暇だったってのもありますけど。
「ぎゅ!」
「やめ!」
「あふ!」
腕にぎゅっと抱きつくと瞬時にぺちっと額を叩かれてしまいました。こんな機械的に邪険にされると結構悲しいです。
結局、私は蚊帳の外で、2人は冷静に打ち合わせを済ませ、あっさりと別れました。
檜さんは群がっていた生徒の群れを真っ直ぐ突っ切って去っていきました。まるでモーセのように人波が割れた……ってほど、人がいたわけでもないですけどね。
この周りにいた人たちってのは、下校途中に、私と先輩のバカップル行為(先輩にとっては檜さんを呼び寄せるための挑発行為。まぁ、餌だったわけですけど)、突如、発生した先輩と檜さんの怒鳴りあいを興味深そうに、或いは唖然と見つめていた人たちです。暇なんですかねぇ? 一応、私の親友であるはずのススはいつの間にかさっさと帰ってしまっています。「私帰るね」程度は声かけていってくれればいいのに……。あの人ってばしっかりしてる風に見えて、実は凄いマイペースで自分の気分で何でもやったりやらなかったりしますからねー。
まぁ、それは置いといて。
「さて、先輩。用は済んだのでしょう? とりあえず、帰りましょう」
私は懲りずに先輩の腕をぎゅっと抱きしめながら上目遣いに言います。先輩は上目遣いに弱いんです。こーいう高慢ちきな男の人は、下から見上げるという従順で媚びる風な上目遣いに弱いんです。へっへっへ。あれ? 私、最近、悪い女になってませんか?
「む。まぁ、そうだな」
先輩は渋い顔で頷きます。
「これからどーしますー?」
私は尋ねます。せっかく、彼氏と彼女が2人放課後暇しているのですから、何もせずに、それぞれの自宅に帰って「また明日ー」なんてことは勿体無いこと極まりありません。勿体無いお化けが出てしまいますよ。
「あ。そーだ」
先輩に尋ねておいて、先輩の答えが来る前に私は妙案を思いつきました。
「先輩先輩。私の部屋来ませんかー?」
「何故、俺が貴様の部屋に行かねばいかんのか。俺はさっさと家に帰ってアイスでも食いたいのだ。こー暑くては堪らん」
先輩は面倒臭そうに言います。でも、私はめげません。こんなんでめげてたら先輩の彼女は元より友人さえも務まりませんよ。
「だってだって、先輩の家にはお母様もお姉様も三津花さんもいるじゃあないですかー」
もしかするとお父様もいるかもしれませんが、そっちは敢えて口にしません。わざわざ自分から先輩の気分を損ねるようなことをしなければいけないのでしょうか? する必要はありませんとも。人間、危ない橋は渡らず避けるべきなのです。それが賢い人間というものですよ。
「母上や姉上や三津花がいることに何か問題があるのか? いや、いようがいまいが、勿論、貴様が我が家に来るということは許容しがたいことではあるが。昨日の貴様の訪問は俺の許可を得て行われたことではないからして」
「いやいや、そんなことはどーでもいいんです。先輩の長い話に付き合っていては、話が進みません」
先輩は苦い顔をして黙り込みました。先輩も少しくらい静かにしているべきなのです。勿論、べらべら喋っている先輩が嫌いなわけではありませんが、今言ったように、話を沈滞させてしまうのは宜しくありませんし、いつまでも話させていると上手く言い包められてしまいますからね。それに、静かに真面目な顔で本など読んでいる先輩の横顔などはレアなだけあって、私にとっては垂涎ものでありますからして、おっと、話が逸れましたね。
「いいですか? だってねぇ。やっぱり、やりづらいじゃあありませんか。一緒の部屋ではないにしても、同じ屋根の下、同じ家の中に家族がいる状態で、そんなことってのもねぇ。いや、まぁ、私は人がいるところでもいいんですけどー」
「おい、待て。お前はさっきから何を言っているんだ?」
私が先輩の腕を抱きしめつつもじもじしながら言っていると、先輩が口を挟んできました。
「その、やりづらいとか、そんなこととか、何を言っている?」
「え? それはもちろん、セ」
「待て!」
私が答える前に先輩が怒鳴りました。
「何で、貴様はそーやって危険な放送禁止用語を放漫に口にしようとするのだ!? せめてもうちっとオブラートに包んだ物言いをしろ!」
オブラートに包んだら、言っている意味がよく分からないじゃないですかー。それにかわゆい女の子がえっちなこと言ったら男の人は興奮するもんじゃないんですかねー。何で、先輩が怒るのか理解できませんね。
「んー。じゃあ、秘め事?」
「それもイマイチ包み切れていないというか包んでいるオブラートが薄すぎる気がするが、まぁ、いい」
先輩は渋々といった感じです。
「それが、何故、さも当然に、やるということが前提になって話が進んでいるんだ?」
「不満ですか?」
「不満か不満でないかと二択で問われれば、不満だ」
そんな釣れないこと言われると、ほっぺが膨らんでしまいます。
「ほっぺを膨らませるな」
「ぷっ」
膨らませたほっぺを潰されて、変な音が出ちゃいました。唾もちょっと出ちゃった。
先輩はそのまま私のほっぺをぷにぷにしています。私のほっぺは気持ちいいらしいですからねー。私も先輩にほっぺをぷにぷにされていると幸せな気分です。
「こらー! お前らー!」
暫く、バカップル(少なくとも端からはそう見えたでしょう)でぽやぽやしていると、校舎の方から聞き慣れた怒声が聞こえてきました。見ると、おぉ、なんということでしょう。ヒゲ鬼&ハゲ鬼の生徒の天敵コンビが走ってきます。おそらく、先輩を怒りに来たのでしょう。先輩は元在校生とはいえ、今は卒業生。学校当局の許可なく高校の敷地内にいてはいけないのです。今の先輩は追われる身なのです。
「うげ。奴らがきおった。しつこい連中だ」
「ここは、とりあえず、逃げましょう。捕まったら、まーた拳骨と校庭周回の刑ですよー」
「うむ、そのとおりだ。この暑い中、走るのは億劫だが、いたし方あるまい」
先輩と私はさっさと逃げ出しました。愛する2人の逃避行っぽくて私はいい気分なのでした。
久しぶりの更新です。
遅れてしまい申し訳ありません。
てか、後書きこんなんばっかだなー。