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偏屈先輩が優しくするには理由がある


「あれ? そーいえば、草田さんと蓮延さんは? さっき、一緒に廊下走ってましたよね?」

 周りを見回しても一緒に走り回っていたはずの草田さんと蓮延さんの姿が見えません。見えるのは私と先輩を遠巻きして眺めていたり、こそこそと囁き合ったりしている下校中の生徒の皆さんだけです。何を話しているんでしょうか? 私と先輩が大騒ぎした先の始業式のこととかでしょうかね?

「連中は帰った」

「え。帰ったんですか?」

「帰った」

 思わず聞き返すと先輩は再び同じ言葉を繰り返します。

 何だか不思議というほどのことではありませんが、何だか違和感があります。草田さんと蓮延さんは先輩とも私とも仲が良く、大抵一緒に行動していたものです。途中で帰るとは少し不思議です。

「途中で帰ったんですかー。何か用事あったんですかー?」

「帰した」

 再び尋ねると、先輩の答えがちょっと変わって返ってきました。

「帰したんですか?」

「帰した」

 帰ったが帰したになりました。っがしに変化しましたよ。

「何でですか?」

「教えない」

 意地悪ですねー。ツンデレですか? あ、でも、先輩にデレなんかあるんですかねー?

 はっ! まさか、さっきの優しさがデレだったのかもしれません。と、ゆーことは、私は先輩の貴重なデレに対して、戸惑いから失礼な反応をしてしまったのではないでしょうか? 今更、後悔しても遅いかもしれません。もう先輩は2度と優しくしてくれないかもしれません! ツンデレがツンツンになってしまうかもしれません! 先輩にさして優しさを求めていないとはいえ、先輩に優してもらうのが嫌いなわけではないのです! 私は迂闊にも貴重な先輩の優しさを浪費してしまったのです! 後悔してもしきれません! 後悔先に立たずとはこのことですよ! ちょっと前に立ってて下さいよ! そったら、誰も困らないのに!

「むー。出てこないな……」

 私が後悔に苛まれてはわはわしていると先輩がぼそりと呟きました。見ると、先輩は何やら視線をあちこちに飛ばしています。何かを探しているようにも見えますが、しかし、あからさまに顔をあちらこちらに向けているわけではありません。あくまで目だけを動かして辺りを見回しています。何を探しているのでしょうか? そして、何が出ないのでしょうか?

「何が出ないのですか?」

「貴様には関係な……くもないことだが、言わん」

 なんか、それ、凄い気になる言い方なんですけど。それなら、関係ないってスッパリ言ってくれた方がまだいいような気もします。

 先輩の視線を見ますと、さっきから下校中の生徒たちに向けられているように思われます。私も先輩に倣って下校中の生徒たちを眺めました。

 私たちの周りには下校途中の生徒がたくさんがいました。いくらかは私たちの様子を興味深げに、或いは楽しげに見ていたり、ちら見だけして帰る人もいます。まぁ、普通の人の普通の反応です。

 その中で、ふと1人の女生徒が目に付きました。どこかで見たことがあるような少女です。

 艶やかで長い黒髪、少し切れ長で、鋭い瞳、すらっとした長身。何か、全体的に先輩の好みっぽい感じです。特に、強そうな目元が。先輩はちょっと強い感じの目が好きなんです。至極残念なことに私の目はふにゃふにゃらしいですけど。く。目力が欲しい。

 辺りに生徒はたくさんいるのに、どうしてその少女が特に目に付いたのかといえば、彼女の表情です。まるで親の敵でも見るような憎悪と嫌悪に満ちた顔をしているのです。そして、彼女の視線はどーやらこちらに向いているのです。何がそんなにも気に食わないというのでしょうか。

「むぅ。来ないな……」

 先輩がふと呟き、私は視線を先輩に戻します。見ず知らずの少女の恐い顔を見ている暇があったら先輩を見つめている方が有意義です。

「もー。何探してるんですかー? 来ないってことは、誰か人を探してるんですかー?」

「まぁ、そーだな。ちょっと会いたい奴がいるのだが、おそらく、そいつは俺が出向いても会ってくれないだろう。故に、ちょっくら校内で騒ぎを起こして、俺がいるってことを知らしめて、その上で、ちょっとそいつを怒らせて誘き寄せようと思ったのだ」

 先輩は渋い顔で説明しました。なるほど。だから、先輩は無意味に校内を走りまわってたりしてたんですね。私はてっきり暇潰しをしてるのかと思ってましたよー。ん? 怒らせて誘き寄せようとした?

「んー。それはー、つまりー? 何が、相手を怒らせる予定だったんですか?」

「俺がさっきやっていた言動だ」

 私の問いに先輩はぶっきらぼうに答えました。さっきやっていた言動ってのは、つまり、あの妙に優しかった言動ですかね? そーですね。て、ことは、先輩が私に優しくしてくれてたのは、きちんと目的があってのことだったんですね。まぁ、どーせ、そんなこったろうとは心の片隅で思ってましたよ。先輩が無償の優しさをくれるなんていうキリスト教的優しさに目覚めることなんてないのは分かってたんですから。先輩、キリスト嫌いですし。神様はもっと嫌いですし。

 てか、先輩が私に優しい言動を取ると怒るってのは、つまり、どーいった人かってことを考えてみますと、その答えは自ずと限られてくるものです。赤の他人は、偏屈で酷い性格で有名なOBがその彼女に優しい言動をしているのを見ても「あの冷血人間が珍しいことしてる」とか「あの人もやっぱ彼女には優しいのか」とか「ノロケやがって……。バカップルは家ん中で盛ってろ!」とか思うだけでしょう。怒るとしたら、その当人のことを好いている人とかでしょうか? つまり、先輩か私のことを好いている人ならば嫉妬などの理由により怒るかもしれません。

 しかし、先輩のことを好いている人だとしたら先輩に会いたがらないという理由が分かりません。普通、好きな人にはできる限り会いたいと思うものでしょう。私なんかは会うだけじゃ我慢できなくて、ずぅっと付きまとってましたけどね。実は、下校中の先輩の後を付けたりもしていたくらいです。まぁ、いっつも途中でバレてたんですけどねー。あと、先輩の持ち物や口をつけたペットボトルとかを密かに持ち帰ったり……他諸々。あ。そこのあなた、引かないで下さい。これはれっきとした純愛なんです。ディープラブです。まぁ、ストーカーとして訴えられても文句言えませんけど。

 次に、私のことを好いている人がいるとしますが、これだと先輩が会いたがっている理由が分かりません。決闘とかすんですかねー? 先輩が私のことを「こいつは俺のものだ」とか言ってくれたらそりゃもう嬉しいんですけどねぇ。まぁ、実際はありえないでしょうし、想像もできませんけど。

 色々考えてみましたけど、いくら考えても結論は出ません。分からないことはさっさと聞くのが一番です。

「その人って、一体、何者なんですかー? どーして、その人に会いたいんですかー?」

「むぅ」

 質問しても先輩は唸るだけで明確な答えを出してくれませんでした。

 暫く、沈黙した後、不意に私を見つめました。何ですか? そんな見つめられたら○○ちゃいます。一応、伏字にしときます。ご自由にお好きな2文字を入れて下さい。

「やはり、もうちっと挑発せんと出てこんようだ」

「そーなんですかー」

「そーなのだ。故に、止むを得ん」

 先輩はするっと私の顎を優しく押して上げさせ、体を屈め、私の唇に自分の唇を当てました。

 辺りで「きゃー!!!」とか「おー!!!」とかいう黄色い喚声やら何やらが聞こえてきますけど、私にとっちゃあ他人の目なんかは関係ありません。ただ、先輩とのキスに集中します。五感のうち聴覚と味覚はシャットダウン! 触覚は先輩の唇を味わうことに集中し、視覚は至近距離に迫った先輩の顔を見つめることに集中し、嗅覚は先輩の臭いを感じることに集中します。

 先輩は唇を微かに合わせるだけの軽い軽いキスだけをするつもりのようでした。どこぞにいる誰かを何故だか怒らせて自分の目の前に呼び出す為らしいです。

 しかし、そんなこと私には関係ありませんよ。素早く両腕を先輩の頭の後ろに回して逃げられないように固定し、脚を絡ませ、先輩の唇を舌で舐め、隙あらば口内に侵入しようと目論みます。

「あなたはっ!!」

 そのときです。少し近くから少女の甲高い怒声が上がったのは。

 先輩は素早く視線を向けて、相手を確認すると、私の頭を両手で掴んで無理矢理押し退けました。酷い。

 私は渋々キスを諦めます。続きは家で。

「久方ぶりだな」

 先輩は目を細め、相手を見つめ、呟きました。

 その相手とは、つまり、少し前に、私が発見した何故か恐い顔をしていた少女でした。このが先輩が会いたがっていた相手のようです。

「檜」

 ぼそりと先輩が呟き、私は少し驚いて、先輩を見ました。先輩はひどく悲しげな、物憂げな表情をしていました。

 檜。それは、先輩の元彼女の名前。


大層更新の間が空いてしまいました。その上、何だか、コメディらしからぬ雰囲気になってきております。申し訳ありません。

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