表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/50

偏屈先輩は校内を走り回る

「貴様はまーった余計なことをべらべらと喋ろうとしておったな!? 貴様はいっつもいっつも余計なことをべらべらべらべら喋り腐りやがって! 少しは口にチャックしろ! その軽い口におもりを付けろ! この阿呆め!」

 先輩はいきなりマシンガンのように口撃を加えてきます。出会い頭だからといって容赦なしです。私もススもミッチもヒゲ鬼もクラスメイトも唖然としていても何ら容赦しません。人を攻撃するときの先輩の口の早さときたら尋常ではありません。

「大体だな。貴様には恥ずかしいとかそーいう感情が足りないのではないか? 日本人はもっと控え目であらねばいかん。そーでないと、白人連中みたいにいい年になっても腹丸出しの服やらビキニの水着やらを着て外を出歩くような恥知らずな行為に及びかねんからな!」

 先輩は1人で怒鳴り散らしたり、説教みたいなことを言ったりしました。その間、私は大人しくじっと先輩の話を聞き、ススは欠伸しながら私の弁当箱の中のブロッコリーをバラバラにし、ミッチを含めたその他の皆はまだ唖然としていました。

「おっと、そうだ。こんなことを言っている場合ではなかった。貴様にかまっている暇なぞなかった」

 先輩はぶちぶちと呟くと「じゃあ」も「後でね」も「愛してるよ」も言わずに、さっさとてけてけ歩いて行ってしまいました。

「あ? あ! あいつ、何、普通に、校内に入ってんだ!?」

 先輩が教室から出て行った後になって、ヒゲは叫び、どたばたと教室を走り出ていきました。

「あ、あれ! あれ、冴上先輩よね!? コロの彼氏の!」

「ええ、そです」

 ミッチが手を激しくばたばたと振りながら叫ぶので、私はテキトーに答えました。「そです」っていうのは、別に「楚です」って言ったわけではなくて、「そうです」を簡略化させて言っただけです。あ、楚っていうのは中国の春秋・戦国時代から漢の時代くらいまで中国南部に大きな勢力を誇った国です。四面楚歌の「楚」はこの「楚」のことです。曹操よりは有名じゃあないと思いますけど、知っている人は知っていると思います。知らなくても大丈夫です。殆ど漢文の授業でしか出ませんしね。

「何しに来たのかしら?」

「無論! 私に会いにですよー!」

「え! そーなの!? きゃー! 素敵ー!」

 ススの呟きに、私は箸を握り締めて叫びます。私の言葉にみっちも興奮しました。この娘は愛だの恋だのラブだのの話となると見境なく興奮する娘なんです。私は密かに恋愛狂暴走娘と呼んだりすることもあります。

 力の入った私と興奮するみっちをちらっと見てススは醒めた様子で言いました。

「さっさと何処かに行っちゃったけど?」

 そう言われると反論できませんねー。私は黙って弁当消化を再開するしかありません。

「あ、あれ?」

 急に静かに昼食を食べ始める私たちを見てみっちは平素から丸い目を更に丸くさせておろおろします。場の雰囲気が急に変わると、彼女はついて来れないのです。まぁ、いつものことなので、私とススは無視します。昼休みは無限ではないのです。ちまちま飯を食っていてはあっという間に昼休みは終わってしまいます。

「あんたも、さっさと飯食わないと昼休み終わっちゃうよ」

「あ、う、うん」

 ススに言われ、みっちは椅子を引き摺ってきて、私たちの側に座り、買ってきたメロンパンを食べ始めました。しかし、メロンパンを3つも買ってきて、この子は残りも全部食うつもりなんでしょうか? 1個で足りないのなら、別のパンを買ってくればいいのに。どんだけメロンパン好きかってこってすよ。どんだけメロンパンナちゃんが好きかって話ですよ。

「あ、でさ! でさでさ!」

 だから、さっさと早く本題に入れってば。

「結局、コロの話はなんだったの!? 愛の話!? 恋の話!?」

「あぁ、そーね。何で、あんなキモ笑いしてたのさ?」

 そーでした。結局、言ってないんでしたっけ。言ってしまいたいです。言って、惚気のろけたいです。しかし、先輩に余計なこと言うなって叩かれたしなー。でも、先輩、どっか行っちゃったからなー。今、言っても分かりませんよねー。

「えっとですねー。まぁ、愛とか恋関連の話です。スス。本当にいい加減、ブロッコリーをばらばらにするの止めて下さい。もう粉々じゃないですかー」

 ブロッコリーの残骸が弁当箱中に散乱しています。まるで弁当に何かパセリみたいな青いものをばら撒いたような有様です。ブロッコリー自体は、何といいますか、あの細かい粒々が全て分離させられ、禿げた枯れ木のように芯(と言っていいのかどうかも分かりませんけど)だけが残され転がっています。

「もうこんなにしてー。この後、どーすんですかー?」

「知らない。私、ブロッコリー嫌いだし」

 無責任な……。

「てか、あなたはブロッコリー憎しの一念でバラバラにしていたのですかー? そんなん自分の弁当箱でやって下さいよー」

「私の弁当には入ってないし」

「嫌いだから、自分の弁当箱にはブロッコリーないんですかー。だから、私のでって、意味分かりません。そもそも、ブロッコリーをバラバラにする意味が……」

「2人とも、いつまでブロッコリーについて話す気なの?」

 みっちが珍しくまともなことを言い、私はそれもそうだと頷きました。確かにいつまでもブロッコリーのことを話していてもしょうがありません。放っておけば、私たちはいつまでもブロッコリーの呪縛から逃れることができず、延々とブロッコリー話に続けるに決まっているのです。

 てか、何の話でしたっけ? あぁ、そうだ。私と先輩のことについてです。

「ぐふ」

「うわ! 何!? その変な笑い声みたいなの!」

「こいつ、さっきから、こんな含み笑いしてんのよ」

 昨夜のことを思い出してしまい、思わず洩らした笑みに、2人の友人は気味悪そうに身体を引きます。

 そんな2人を見て、暫く考えてから、私は決めました。

「あー。やっぱり。これは内緒にしておきましょう。話すと幸せが逃げそうです」

「散々引っ張っておいてそれかよ」

「ケチー! 意地悪! 根性悪!」

「あー。確かに、コロって表面上は良い子っぽいけど根っこの方は凄い性格悪いよね」

「うんうん! そうそう! だから、友達少ないんだよ!」

「あんたのこと嫌いな連中は、きっと、キモいとかうざいとか思ってんのよ」

 何か散々ボロ糞言われてますけど気にしません。私には先輩さえいれば万事OKなんですからー。


 私は高校生です。学生です。学生の本分は何かと言われれば学業としか答えようがございません。

 故に、私は学校に通い、こうして、授業を受けているのです。しかし、英語は眠くなります。先生の唱える英語は何だか眠りの呪文の如き効果を持っているようで、私たち生徒を次々と木製枕(机のことです)に撃沈させていきます。先生ってば、わざと眠くなるようにやってるんじゃあないかって疑ってしまいたくなるほどです。不眠症の人の所へ行ってきてあげたらいいと思います。

 私は大きく欠伸をしてから、眠気を覚ますべく、顔をぷるぷると犬のように振ってから、顔を手でごしごし擦り、ほっぺをぎゅーっと引っ張ってみます。それでも欠伸が出ます。うーん。効果ないんですかねー。少なくとも、眠気を覚ます十分な力を持っているとは思えません。私は断続的に押し寄せる欠伸の衝動に耐えながら、首を動かしてこきこきいわせたり、軽く頬を叩いたりしてから、ちょっと風に当たろうと考えました。ちょうどよいことに私の席は窓際で、うちの高校の教室にはクーラーなんて上等なものがないので、窓を開けることによって冷気を取り入れることになっています。その窓の開け閉めは窓際に席を構えた人々の自由裁量に任されているのです。よって、私がちょっくら窓を開けて風に当たろうとも文句を言われることはないのです。

「あー。風が涼しいですねー」

 窓をがたがたいわせながら開けると爽やかな風が入ってきました。まだ9月初旬で、残暑は残っていますが、今日の風は結構マシです。ここが3階だからって理由も大いにありますけどね。

「ん?」

 先生に怒られない程度に窓からちょっとだけ顔を出していると、何やら怒声らしき声が聞こえ、動くものが見えました。

 もう少しだけ、顔を出して見渡すと、校庭の隅を走っている数人の人々が見えました。

 かなり遠くで、顔を見分けるのはとても難しいことでしたが、私には分かりました。ええ、分かりますとも。私の視力はある一定の条件ではアフリカの狩猟民族並みになるんです。勿論、その条件とは、先輩絡みのことに決まってます。ということで、自ずと、走っているうちの1人が誰かってことは皆さんにも分かるでしょう。そう。先輩です。どうやら、先輩とその友人の方々がハゲ鬼(頭が光っているので分かりました)に追われているようなのです。

 そーいえば、昼休みにクラスメイトが先輩たちと先生たちが校内で鬼ごっこをやっているって話していましたねぇ。先輩ってばそんなに暇なんでしょうか? てか、卒業生とはいえ、学校関係者じゃない人を長いこと校内を自由に走り回らせておいていいんでしょうか?

「えーっとー。絹坂さん。そんなに窓から体を乗り出していたら落ちてしまいますよ?」

 ふと気付くと、私は先輩の姿を追いかけて、窓から上半身を乗り出していました。おっとっと、危ない危ない。危うく転落死するところでした。

「注意して頂きありがとうございますー」

「いえいえ。で、絹坂さん。ちょっと廊下で立ってて下さいね」

「はいー」

 私はクラスメイトのくすくす笑いを背に浴びながら廊下に出てぼーっと立ち呆けました。


「くぉらー! お前ら、いい加減にしろー!」

 暫く、立っていると、廊下の先から怒声が聞こえてきました。と、同時にばたばたと廊下を駆ける音も。

「あら! 絹ちゃん、立ってるのー?」

「おーおー。何で、立ってんのさー?」

 先輩の友人の蓮延先輩と草田先輩が走り寄りながら言いました。

「先輩たちを窓から見ていたら立つことにー」

「そりゃご愁傷様ー」

「今、その愛しの先輩も来るぞー? かなりバテてるけどなー」

 そう言いながら2人は廊下を駆け去っていきました。

 続いて、先輩も走ってきました。その後ろには私たち生徒最大の天敵であるハゲ鬼が憤怒の形相で追いかけてきます。ハゲ鬼は走る速度はそれほど速くないんですけど、持久力が常人の比ではないのです。ホーミングミサイルのように延々と地の果てまで追いかけてくるのです。

「先輩。先輩。何で、また、学校に来てるんですかー?」

「お前、何で、さりげなく併走しとるんじゃ!? ガキは教室でお勉強してろ!」

 私が一緒に走るとすかさず先輩が怒鳴ります。少しバテ気味のようですが、まだ怒鳴れるだけ元気なようです。

「廊下に立たされてたところなんですよー」

「廊下に立たされている間、廊下を走ってもいいなんてことはなかろうが! 黙って立ってろ!」

「まぁまぁ、てか、何で、先輩、走ってるんですかー?」

「……貴様には関係ないことだ」

 私が尋ねると先輩は難しい顔をして走り去っていってしまいました。何ですか。その思わせぶりな間は?

「おい! こら! 絹坂! 何で、お前まで廊下に出とるか!」

 とりあえず、今は校内を走り回る先輩を助けるべくハゲ鬼を惹きつける囮になってあげましょう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ