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偏屈先輩は笑わぬ

「先輩ー。なっつぁん買って来ましたー」

 絹坂の手には例の厳しい顔つきが描かれた缶ジュースがある。赤いのと緑の。

「りんごと青りんごどっちが良いですかー?」

「青りんご」

 缶ジュースの柄はともかく青りんごなっつぁんは美味い。

「ねえねえ、先輩ー」

 絹坂が俺をじぃっと見つめてくる。やっぱり上目遣いで。お前、本当にわざとだろ。俺がそういうの弱いの分かってるだろ?

「笑ってください」

「何をだ。貴様の無能を嘲り笑えばいいのか?」

 絹坂は嫌そうな顔をした。

「それとも貴様の阿呆さ加減か?」

「先輩って付き合ってもそんなんなんですねー。ちょっとは優しくなるかと期待してたのにー」

 絹坂は何だか呆れたような顔で俺を睨むように見る。

「お前、そんな期待してたのか。馬鹿か? 俺と知り合って何年だ?」

 俺の言葉に彼女は深く溜息を吐く。

「とにかくですね。笑って欲しいんですー」

「おかしいこともないのに、何で笑わないといけないというのだ。何もないのににやにや笑っていては変態じゃないか」

 俺は正論を言っているだろ? 間違ってはおるまい。しかし、絹坂は不満そうな顔をするのだ。

「そーいうことを言ってるわけじゃないですー。それはー、えーっとー」

 絹坂は何かに喩えようとしているらしいが、語彙不足で思い至らないらしい。馬鹿め。慣れないことをするからだ。

「とにかく、そーいうことじゃないんですー! 微笑んで欲しいんです! いい感じの笑顔ですよー! できるでしょー? たまにしてる凄い良い笑顔ですー」

 凄い良い笑顔? 何だ? それ?

「え。何でそんな訳分かんないみたいな顔して首傾げてるんですか?」

「いや、本気で訳分からんのだよ」

 絹坂は吃驚した顔をする。

「何何ー? 何か面白いことー?」

 蓮延が絹坂の頭上に頭を乗り出してきて言った。面白そうなこと、楽しそうなことがあるといつでも何処でも頭を突っ込むのがこいつの特性だ。目が輝いている。

「何ですか? 委員長が微笑む? そんなこと天地がひっくり返ろうともありませんよ」

 最も遠い席にいたはずの薄村がいつの間にか俺の横に立っていてちょいと失礼なことを言う。何でそこにいるんだ? てか、聞こえてたのか?

「ないな。ありえない。このヤク○トを賭けてもいい!」

 蓮延の横。つまり、俺の頭上に頭を乗り出して草田が叫ぶ。そんなもんを賭けることに何の意味があるというのだ。言っておくが、別にヤ○ルトを貶しているわけではないぞ。しかし、お値段がお手軽過ぎるじゃあないか。賭けに適するほどの価格があるものか。もうちょっとなぁ。四桁はいくものを賭けるべきだ。

「て、貴様ら、藪から棒に何なのだ」

「委員長が微笑むことなんかありえないってことだよ。少なくとも僕らは想像できないなぁ」

 俺が不機嫌に問い掛けると後方から七飯が穏やかに答えた。顔は見えないが声で分かる。

 この場にいる全員が発言したにも関わらず町井は沈黙したまま。まあ、元々、そーいう奴だ。

 ちなみにさっきから言われている委員長というのは俺が高校時代に率いていた組織での俺の職名だ。この場に居ない1人が副委員長で、蓮延が書記長。草田が主席執行委員で、七飯は広報担当執行委員、町井は総務担当執行委員、薄村は諜報担当執行委員だった。確かな。もう結構前のことだから記憶に薄い。その辺のことは絹坂の方が詳しいかもしれん。絹坂は現役メンバーにして書記長だからな。

「委員長が微笑むなんて冗談抜きに本当に想像できないなー。いっつもむっつりしかめっ面してるか怒鳴ってるかだしねー。または、蔑むような冷笑とか、呆れ果てた顔しかないなー。一番機嫌よくても苦笑だねー」

 蓮延が絹坂の髪の毛をいじくりながら言う。こいつは気に入った娘の髪の毛を弄くる習性がある。

「もう何年も双葉が笑ってるのなんか見てながぁっ!?」

 俺の頭上で喋っている草田の顎に思いっきり頭突きする。この糞野郎め。迂闊に俺の名を出しおって。何度痛めつけても分からん奴だ。一度じっくりと拷問する必要がありそうだ。頭じゃ分からんようだから身体に教えてやっているというのに、いつまで経っても覚えん奴だ。

「先輩の名前ってふ」

「シャラップッ!!」

 絹坂が余計なことを口に出す前に怒鳴りつけた。貴様は首をへし折られたいのか?

「とにかく、彼が微笑むなんてことは私たちの想像の範疇はんちゅうにないのです」

 薄村が落ち着いた様子で言った。お前、席に座ってろよ。

「えー。でも、微笑んだんですよ。過去2回くらい」

 胡散臭そうな顔で絹坂を見る俺の友人たち(悶絶中の1人除く)。

「ほ、本当ですよ! その微笑が凄く良いんです! ものすっごくええんです! あれ見たら胸ずきゅんですよ! 最強ですよ! あれで落ちん女はいませんよ!」

 興奮気味に熱く語る絹坂。しかし、俺含め誰もそのテンションに付いていけていない。ただただ「へー」みたいな顔で見るしかない。たまにあるよな。1人だけ異様にテンション上げてるけど、周りが付いていけないことって。可哀相な奴。

「あぁっ! 先輩が微笑んで!? でも、何か違う! その市場に送られる家畜を見るような哀れむような微笑は違いますっ!」

 1人空騒ぎする少女と顎を抑えて悶絶する若い男を乗せた電車はようやっとわが故郷の見慣れた懐かしい駅に入った。

作者紹介ページで更新状況なんかを載せているので参考にして下さい。

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