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偏屈先輩に初めて(比喩表現)をあげる

 さて、何故、私がこんなどーでもいい会話をしているのかといいますと、これには深遠な思惑があります。

 別に、作者の読書傾向を晒したいわけでもありません。そんな奴どーでもいいんです。話す価値もありません。そもそも、作者の暴露なんかして笑いを取るような卑怯臭い真似をすること自体に問題があります。ちゃんとネタで勝負すべきなんです。

 私にはある遂行なる目的があるのです。

 その目的をいつもの笑顔の下にひた隠し、先輩にじりじりとにじり寄ります。密かに、バレないように、少しずつ音もなく、先輩の方に近寄っていきます。数cmずつ、いえ、数mmずつ。さり気無く他愛ない会話をしながら少しずつ少しずつ。

「お前、ちょっと近くないか? 暑いから離れろ」

 夜とはいえ、9月とはいえ、未だ残暑厳しく、また、この部屋にはクーラーも扇風機も扇子も団扇もなく、暑さは中々に耐え難いものがあります。特に先輩は暑さには弱い人ですから、温度の上昇には過敏なところがあります。

「まだ夏だからしょうがありませんよー。例え、私が数百m離れても暑いに決まっていますー。だから、離れても意味ありませんよー」

「そうか? そうかー? お前、嘘言ってないか? 何か企んでないか? ほら、その顔、企んでる顔だ」

 先輩は私の説得には殆ど耳を貸さず疑い深い目で私を睨みます。何で、この人はこー鋭いんでしょうか。面倒臭いなー。

「きっと、それは部屋が暗いからですよー」

 秋分まではまだ日がある為、夜の時間になってもまだ結構明るい今の季節ではありますが、既に夜も更けておりますから、さすがに照明を付けねば暗いのです。今宵は何とも綺麗な真ん丸満月ではありましたが、窓から黄金の上品な光が仄かに差し込んではいますがね。

「なるほど。その可能性は無きにしも非ずだな」

 そう言って先輩は立ち上がろうとしました。おそらく、照明をつける為に。

 しかし、それは私にとっていささか都合の悪いことでした。いや、まぁ、明るくてもいいんですけど、やっぱり、ちょっぴり恥ずかしいじゃないですか。

 よって、ここは先輩の動きを止める必要があります。

「先輩! 電気なんかつけなくてもいいじゃないですかー!」

「電気じゃなくて照明だろ。てか、何故にそんなことを言い出すのだ。やはり、何ぞ企んでないか?」

 先輩は疑い深い目で私を睨みます。なんだって、先輩はそう人を疑わないではいられないのでしょうか? そりゃ宗教とかがいうみたいに何でもかんでも信じてたらあっという間に無一文になってしまうような世の中ではありますが、ときには人を信じることだって大事なんですよ? 大体、年がら年中365日24時間人を疑ってばかりいたら心が磨耗してしまいそうです。いや、案外、先輩は既に心が磨耗しきっているのかもしれません。だから、あんなにも人の心を抉るようなことを平気で言ったりできるんでしょう。

 ん? だとしたら、その心が磨耗しきってすっかりなくなってしまった心無い人に恋した私は何なんでしょう? やっぱ、外見で好きになったのでしょうか? それも、まぁ、確かに理由の1つではありますが、一番好きなのは性格だと思います。やたらと悪い性格ですけど、それがいいのです。

「何だ。いきなり、黙り込んで。照明つけるぞ?」

「……………先輩。やっぱ、私って物好きなんですかねー? 珍味とかも好きですし」

「それは俺が珍味だって言いたいのか?」

 先輩は嫌そうな顔で私を睨みます。

「たぶん、先輩は、見た目は美味しそうだけど、なんか凄い臭いを発してて人を寄せ付けない上に食べてみたらうぎゃーってなりそうな味の珍味ですよー」

「貴様、喧嘩売ってんのか?」

 先輩は一見すると苦笑いしているような表情でしたが、目と声の調子は確実に怒ってます。まぁ、怒って当然かもしれません。心磨耗してますから尚更です。

「まぁまぁ、そう怒らないで下さいよー」

「怒らせておいて言う台詞じゃあるまい」

 先輩はぶつぶつと不機嫌そうに呟きます。怒鳴らなかったのは、たぶん、今日はもう怒鳴り過ぎて喉が痛いからでしょう。

「ん。そーいえば」

 ふと何かに気付いたらしい先輩が呟きます。

「貴様、帰らなくていいのか? もうかなり夜も遅いが……」

 ちっ。気付きやがりましたか。

 確かに、既に日は沈み、夜は更け、良い子はお布団へ入る時間です。そのような刻限に女子高生が彼氏の部屋にいるというのは、世間的にいってけしからん状況です。まったく最近の若者は!と何処ぞの爺様が言いそうな感じ。

 しかし、私は帰るわけにはいきません。私には夢が、じゃない。目的があるのです。キング牧師の崇高なドリームとは比べ物にならないような低俗な目的ではありますが、私にとっては一大事なのです。

「先輩」

「何だ」

「愛しています」

「藪から棒にわけのわからんことを言うな」

 私の愛の告白に先輩は顔をしかめます。

「先輩は私を愛していますか?」

「何でそんなことを聞かれなきゃいかんのだ」

 私の愛の質問に先輩は顔を更にしかめます。

「理由がいるんですか? 恋人が恋人に愛しているって聞いて何が悪いんですか? ねえねえ? そもそも、先輩は私の恋人としての自覚が足りなくありませんか?」

「き、貴様、おい、こら、近づいてくるな」

 私は畳み掛けるように言いながらずいずいと先輩に迫ります。先輩は困惑した顔で後退りします。しかし、この部屋はまぁ狭い部屋ではありませんが、無限に空間が広がっているわけではありません。ばたばたと逃げ回れるほど広いわけでもありません。

 先輩はすぐに部屋の片隅に追い詰められました。いや、この言い方は変ですね。言い換えます。

 すぐに私は先輩を部屋の片隅に追い詰めました。

「先輩。私は覚悟を決めました」

「何の覚悟だというのだ?」

 先輩は渋い顔で尋ねます。おそらく、彼は気付いているはずです。だって、こんな状況なんですよ? 彼氏の部屋に彼女がいて、時刻は夜で、家族は下の階で混乱中でこちらに来る可能性は低く、つまりは2人きりに限りなく近い現状ですよ? そりゃやることは決まっています。男と女が2人いてやることなんて原始の時代から決まっているのです。

「先輩に、私の、比喩で言えば初めて、もうちょっと直接的に言うと純潔もしくは貞操、まあ、ぶっちゃければ、処女またはバージンをあげる覚悟です」

「貴様! 処女とかバージンとか言うな! この小説を18禁に移動させる気かっ!?」

 私の言葉で先輩は顔を真っ赤にして怒鳴りだしました。あんなに怒鳴っていて、まだ怒鳴れるんですね。先輩の体の中で最も丈夫な箇所は声帯に違いありません。声の仕事に付けば良いんじゃないでしょうか?

「あら、先輩。何を言っているんですかー?」

「いや、それはこっちの台詞だ! 貴様こそ何を言ってるんだっ!?」

 先輩の怒声に私は反論します。

「処女とかバージンとか言うのがいけないんですかー? そんなことを言っただけで18禁になってしまうんですかー? それはおかしなことですねー」

「おかしいのは貴様の脳味噌じゃ!」

「いえいえ、そんなことはありません。だって、よく考えて下さいよー。ほら、作家さんが初めて書いた作品のことを何て言います? 船が初めてする航海のことを何て言います?」

 先輩はぎゅっと眉根を寄せ、苦々しい顔をしました。私が黙っているので、彼は渋々と答えました。

「処女作と処女航海だが……」

「花嫁さんがお父ちゃんと歩く道を何て言います?」

「お父ちゃんて……」

 先輩はちょっと変な顔をして呟きましたが、すぐに答えました。

「バージンロードだが……」

「まぁ、バージンロードを歩く花嫁の99%は、てか、殆ど100%バージンじゃないですし、できちゃった結婚でバージンロードとか何言ってんじゃこのアマみたいなこと思いますけど、こんな誰もが考えることなんて言う必要はありませんね。うん」

「なら、言うなよ」

 先輩が不機嫌そうにぼそっと呟きました。ご尤もです。

「とにかくです。処女もバージンも普通にそこら辺で言っても差し障りない単語のはずです。だって、もし、この言葉がすべからく18禁にされてしまっては、新人作家の紹介とかタイタニックの特集とか結婚式の司会とか全部18禁にしなくちゃいけませんよー。でしょ?」

「また、屁理屈を……」

 イライラとした様子で言われましたが、さすがに私も年がら年中屁理屈を唱えている人には言われたくないです。屁理屈大魔王のくせにー。

「てなわけで、処女とかバージンとかいう単語をいくら書こうとも叫ぼうとも、それだけでは18禁として隔離されることはないのです!」

「まぁ……、まぁ、確かに、そうではあるな」

 先輩は釈然としない顔で呟きます。

「そして、私は先輩の恋人であり、ここは先輩の部屋、つまり、私にとっては彼氏の部屋であり、時刻は夜であり、私たちは2人きりです。ゆえに、私がこの要求をするのは当然のことなのです」

 私は正当なる権利のもとに要求しました。

「先輩! 私の初めてを、言い換えれば純潔或いは貞操、ずばり言えば処女、英語で言えばバージンを、貰ってください!」

「どぅぁあからっ! 単語そのものは18禁ではなくとも、その後を続けると途端にヤバくなるだろうがっ! そして、その行為をやっちまうと完全に18禁突入じゃろうがっ!?」

 いつまでもこんな論争を繰り広げていはいけません。先輩と話をするのは好きなのですが、いつまでも話しているのも考えものです。それに、夏の夜は短いのです。

 私は顔を真っ赤にして怒鳴る先輩に私は飛びつき、一気に唇を奪いました。前歯ががちっと当たってかなり痛かったですがそんなことは些細なことです。すかさず両手両足を回して先輩にしがみつき、そのまま先輩諸共倒れこみます。先輩は後頭部やら背中やらをぶつけたようでしたが、これも些細なことです。そんなことよりももっと大事なことがあるんです。映画でもドラマでも小説でも漫画でも言っています。


 この世で重要なのは、いつだって愛なんです。



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