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偏屈先輩の寝所へ

 さて、前話においての私と先輩の会話を読む限り、読者の皆さんは思うことでしょう。「絹坂が上手く自分の家の話を誤魔化した」と。いえいえ、それではありません。そんなことはどーでもいいのです。私の家のことなんて知りたい人も別にいないことでしょうしね。でも、読者サービスってことで特別に少しだけ説明しちゃいます。私の家は、まぁ、一言で言いますと、愛憎まみれた昼ドラチックなおうちってとこでしょうか。

 そうそう。そんなことは別にいいのです。皆さんは思ったかもしれません。「何か先輩、トラウマ抉られたくせに元気じゃね?」と。

 甘いのです。そう考えるのは甘いです。そこでそう思ってしまった貴方は先輩検定2級には合格できません。先輩検定特1級の私には分かるのです。私は、先輩の言葉の調子、表情、目の動き、歩き方、姿勢、それらから彼の今の調子や心持を推測できるのです。

 確かに先の会話においては私たちにおいては比較的普通の会話をしていたようにみえます。勿論、その会話の間、先輩は泣いていたわけでも涙で目が潤んでいたわけでも、しょんぼりと俯いたり、歩みが遅かったりしていたわけでもありません。いつものように鋭い目で真っ直ぐ前を睨み、背筋をすっと伸ばして胸を張り、大またで堂々と少し早い歩調で歩きます。これが先輩の歩行スタイルです。よく子供に怖がられ、犬に吠えられ、猫に睨まれます。

 ただ、先輩検定特1級を持つ私から見れば、端々にいつもとは違う点を見つけることが出来るのです。

 例えば、先の会話においても先輩は少し怒りっぽく、そして、ちょっと口数が多かったように思えます。先輩は人を攻撃するときと怒るときは滅茶苦茶喋りますけど、普段はあまり饒舌な人ではないのです。話しかければ応じてくれますし、喋りたいことは喋りまくるけど(例えば第一次世界大戦で活躍したガリエニ将軍の魅力についてとか、毒ガスの恐ろしさとか、クリスマス休戦についてとか)。

 しかし、さっきの会話は喋りたいことではなかったようです。余計なこと(三津花さんの違法植物の件)を喋ってしまったと自分で後悔したりもしていましたからね。少し無理をしてたくさん喋ったのか少し頭がぼんやりしていたのかは分かりませんが、とにかく、先輩にしては珍しいことだったのです。口数が多かったことも、口を滑らせてしまったことも。

 その他にも、行動で言うならば、例えば、歩き方です。いつもはきっちり細い橋の上を歩くように真っ直ぐ進むのですが、今日の歩みは乱れています。先輩の進んだ後に線を引けばゆったりと右へ左へふらふらと揺れているのが分かるでしょう。最も右に寄った地点と左に寄った地点の間の幅は1mはあると思われます。普通の人ならいざ知らず普段の先輩ならばその幅は30cm以内であるはずなのです。

 他にも、いつもよりも少し落ち着かない目の動きとか(瞬きの回数がいつもの1.5倍くらいあります)、少し狭い歩幅とか、所在なさげに動く手とかですね。これらの点を見ますと、今、先輩は落ち着かない様子であると思われます。やはり、トラウマが影響しているのでしょう。

 トラウマとは、つまり、先輩の過去の彼女(檜さんという人らしいですが)についてのことです。何でも、先輩は超愛していた彼女を病気で亡くしてしまったんだそうです。

 どこかの映画とかドラマとか漫画みたいですけど、まぁ、世の中には若いのに病気になって死んでしまう人もいますからね。こーいう悲劇も毎日のように世界の何処かでは起きていることではあるのでしょう。しかし、起こった本人とかその関係者にとってはとんでもないことです。感動もへったくれもないと思います。ただ、理不尽な死に対する憤りと大切な人を失った悲しみとが残るでしょう。

 先輩は図太く頑丈にみえて、実は結構繊細な人です。先輩の心にも大きな影響を与えていようということは想像に難くありません。

 トラウマを抉られた先輩は意気消沈し、沈痛な気持ちでいることでしょう。

「ゆえにこれはもう私が夜通し一緒にいて心を慰めてあげねばいけません」

「なーにが、ゆえに、だ……」

 先輩は真っ赤な顔で食いしばった歯の間から呻くように言いました。

「んー? さっき言ったとおりの理由ですけどー?」

「つまり、俺が、傷付いている、から、慰めてやる、と……?」

 先輩はぷるぷる震えながら言います。

「イエス」

「ふざけるなっ!」

 先輩が怒鳴った瞬間、私は押し入りました。先輩が怒鳴る瞬間が隙の生まれるチャンスなのです。

 何処に? 先輩の寝所にです。

「ぎゃふっ!」

 先輩は悲鳴を上げました。

 見ると、ドアが額に当たったらしく、額を押さえて屈みこんでいます。というのも、今まで、私と先輩は1つのドアを挟んで押し合いをしていたのです。何故、そんなことをしていたのかといいますと、別に遊びでやっていたわけではありません。たまに遊びでドアの押し合いとかをしている子供がいますが、あれは結構危険です。指挟んで千切れたり、頭ぶつけたりしますから。こーいうドアの押し合いは緊急時しかやってはいけないのです。例えば、火事とか犯人確保とか借金取立てとかそーいうときだけです。

「そして、今は緊急時だったんですー」

 額が痛い。何すんじゃ阿呆と怒鳴る先輩に私は言いました。

「緊急時だと!? どこがだ!? 俺の部屋は火事じゃないぞ!? 俺は確保されるべき犯人でもない! そして、俺はお前に借金はしていない!」

 先輩は薄っすらと赤い額を撫でながら叫びます。

「貴様が俺の部屋に入り込む理由とは何か!?」

「そんなに怒らなくてもいいじゃないですかー。そもそも、彼女が彼氏の部屋に入るのに理由などいるのですかー?」

「貴様、さっき、緊急だと申したではないか。理由なき緊急とは如何なることだ」

 細かい人ですねー。

「まぁまぁ、そう怒らないで下さいよー」

 私は先輩を宥めるように言いながら部屋に入り込みました。


 先輩の部屋はとても綺麗でこざっぱりとしていました。まぁ、長らく空けていた部屋ですからね。今、先輩は大学のある所に住んでいますから。

 あるのはベッドと机と本棚だけでした。本棚には本がぎっしり詰まっています。むつかしそうなのから、子供向けの絵本まで雑多に詰め込まれています。

「それは、俺が今まで読んできた本だな。幼少の頃より捨てずに取って置いているのだ。ここにあるやつ以外に押入れにも入っておる」

 先輩は私を追い出すのを諦めたのかベッドに腰掛け、言いました。

「物持ちいいですねー」

「本は捨てれない性質でな」

 私は結構どーでもいい会話をしつつ先輩の隣に腰掛けます。

「そーいえば、貴様は本を読むのか? 前、ラノベを読んでいたような気はするが」

「ええ、ラノベは好きですよー。ハル○とかキ○とかと○ドラとか狼○香辛料とかー」

「待て! 具体的に書名を挙げるなっ! 電×文庫に怒られたらどーするんだ!? それに作者の読書傾向が暴露されるではないか!」

「大丈夫ですよー。あー、あと、漫画も読みますよ? も○しもんとかジオ○リーダーズとかよつ○ととか絶望先○とかー」

「だから、止めろって言ってるだろーが! 読書傾向がバレる!」

「でも、群雲関ヶ原○とかイングランド海軍○歴史とか女王陛下○影法師とか八月○砲声とかトマス・キッ○シリーズとかも読んでますよ?」

「それは貴様がか? それとも作者がか?」


この物語はフィクションです。

作者の読書傾向はノンフィクションです。

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