偏屈先輩家族の狂騒
「ぜぇぜぇ……」
一通り叫び終えて先輩は荒い呼吸をします。
そして、血走った目で周囲を睨みます。慌てて視線を逸らす私たち。
「更に言えば、そもそも、貴様が余計なことを聞くからだ!」
少しして先輩の怒りの矛先はお父様に向きました。
「お、俺のせいなのか?」
「そうじゃ! 貴様が絹坂の失言を誘発したのだ!」
先輩は八つ当たり気味に叫びます。なんか夫に浮気されてヒステリー起こす奥さんみたいです。
さすがにお父様も罪悪感があるのかむぅっと唸ったまま沈黙しました。
しかし、先輩の叱責は止まりません。こんなの序の口。序の口ジョナサンなのです。序の口ジョナサンというのは、今、私が思いついた言葉で深い意味どころか浅い意味すらありません。
とにかく、先輩の怒りは収まらないのです。
ひたすら怒鳴り散らし、悪態を吐きます。終わる気配すら見えません。もしかすると、先輩は怒ることによって色々と隠しているのかもしれません。前も先輩は泣きたいとき、それを隠すためにやたら怒鳴っていたことがありました。
しかし、いつまでも怒鳴っていてはいけません。先輩が喉を痛めてしまいますし、私たちは鼓膜を痛めてしまいます。そして、何よりも話が進まず作者が困ります。延々と先輩の悪態を書き続けてもいいのですが、そんなことを書くことに意味があるのか分かりませんからね。
「まぁまぁ、先輩。落ち着いてください」
「俺は落ち着いているっ!!」
私の言葉に先輩が怒鳴ります。いいえ、先輩。あなたは落ち着いていません。落ち着いている人は語尾に「っ」や「!」を付けないものです。
「とにかくー、いつまでも怒鳴っていてもしょうがないじゃないですかー」
「じゃかぁしゃあぁっ!」
先輩は唾を飛ばしながら怒鳴ります。
「こんなくらいでは俺の怒りは消え失せないのだっ!」
先輩の怒りはいくら怒鳴ろうとも無くならないらしいのです。では? そのやり場のない怒りを彼はどーするつもりなのでしょうか? まさか、このまま延久に不毛な怒声を上げ続けるのでしょうか? もしも、この状況が永遠に続くならば、私は先輩を殴ってでも止めなければいけません。
「だぁー! 貴様! いい加減にしろ! いくらトラウマを傷つけられたからって、そんなうだうだ長いこと怒鳴り続けるんじゃない! 貴様は壊れた目覚まし時計か!?」
我慢の限界にきたのかお父様が怒鳴り返しました。
しかし、先輩はそのことで更に逆上して声を荒げるかと思いきや、何だか少し余裕のある顔でお父様を睨みました。何かする又は何か言う気だと私は思いました。
「ほーう。貴様は俺にそんな口を利いていいのか?」
「何だとぉ?」
お父様は額の青筋をぴくぴくさせました。
「これは貴様の心身に大きな影響を与える危険性があったゆえ言わないでおったのだがなぁ」
先輩は意地の悪そうな笑みを浮かべます。喉が疲れたのか、今度は怒鳴る代わりにネチネチと攻撃をするようです。先輩は機嫌が悪いと口調は違えど、人を攻撃せずにはいられない人のようです。言葉責め? 先輩、Sなのかな? 私、そんなにMじゃないんですけど。大丈夫でしょうか?
いや、こんなことを考えている場合ではありませんでした。何故ならば、先輩がとんでもない暴露をしたからです。
「な、何を言うというのだ? 俺には弱みなど何も…」
「貴様、愛人がおるであろう。パツ金のカナダ人の。キャサリンだったか?」
「はぁぁぁっっ!? な、ななな、な、何故それをぉぉぉっっ!?」
あーあーぁー。吃驚したのは分かりますけど、その台詞を言ったら自分で自分に止め刺すようなもんですよ。
「あなた?」
静かで大人しい言葉が聞こえました。お父様はびくぅっと体を震わせました。ぎぎぎっという擬音が聞こえそうな感じにゆっくりとぎこちなく首を回し、恐る恐る首をそちらに向けました。
声の主、お母様は冷たい人形のような薄い笑みを顔に張り付けていました。口端はやや上を向き、目は緩やかに端の下がった線になっているのに、全然笑っているように見えません。確かに笑顔なんです。笑顔なのに、笑っているように見えないんです。
「あなた? どーいうこと? ねえ、私を見てください? 何で真っ直ぐ見ないんですか? ねえ」
お母様の背後から湯気のように静かな怒りがむらむらと沸き上がっているのが見えます。勿論、怒りとは感情であり、感情とは心の中にあるものであり、心の中にある感情たるものは目に見えるものではありません。しかし、見えるのです。ええ、見えますとも。私がおかしいわけじゃあありません。私だけでなく、先輩にもお父様にもお姉様にも三津花さんにも見えているようでした。
「お、おのれ、貴様……、何故、それを……」
お父様は恨みがましい目で先輩を睨みますが、先輩は涼しい顔で受け流しました。
「キャサリンってなんですか……。キャサリンって……。ねえ、どーいうことですか?」
お母様はぶつぶつと呟きながらお父様を見つめます。
「い、いや……、えぇっとだな……」
お父様はしどろもどろで弁解しようとしますが、その口調と態度を見る限り、弁解は無意味にしか思えません。
「浮気だなんて……。そんなに、そんなに、パツ金がいいんですか!? アメリカ人がいいんですか!?」
「アメリカ人じゃない。カナダ人」
お母様の悲鳴なのか怒声なのかイマイチ判別としない言葉にお父様がしなくてもいい注釈を加えます。既に否定することは諦めたようです。
「どっちでも一緒でしょ! 住んでるところ殆ど一緒なんですから! 見た目だって殆ど変わらないでしょう!」
「いや、キャサリンはケベックに住んでるフランス系で……」
お父様。そんなことは本当にどーでもいいと思います。例え、愛人がカナダ人でもアメリカ人でもイギリス人でもフランス人でもインド人でも中国人でも関係なのです。日本人だったとしても大して関係ないと思います。重要なのは愛人の存在なのです。愛人の人種とかは二次的な意味でしかないのです。
「フランス! だから、あなたは3回もフランス旅行に行ったんですね!? 私はスイスに行きたかったのに!」
しかも、言わんでもいいことを言って墓穴を掘ったみたいです。
「いやいや! それは違う! フランスに行ったのは良いワインを収集する為だ!」
後に聞いた話によりますと、先輩のお父様の趣味は世界中のかなり美味しくて高いお酒を収拾して地下室(なんと先輩のお家には地下室まであるのです。このブルジョワめ!)に貯蔵することなのだそうです。先輩に言わせれば「集めるだけで飲むわけじゃあないのだから、金持ちの自己満足でしかない非生産的で無価値な趣味だ」そうです。ちなみに先輩の趣味は読書だそうですけど、本当の趣味は人を精神的に虐めることなんではないかと私は思います。趣味悪いですね。
「まぁ、その秘蔵のコレクションも半分近くが消費されているのだがな……」
先輩がぼそりと呟きました。
「馬鹿っ!」
「……………は?」
先輩の小さいながらも皆に聞こえた言葉にお姉様は叫び、お父様は呆然とします。
「ど、どーいうことだ?」
「わー! わーわー! 言うな!」
「樹! 黙れ!」
お父様が一喝し、お姉様沈黙。
「どーいうことだ?」
との言葉に、先輩は珍しくも素直に答えます。
「どーいうこともこーいうこともない。姉上は貴様自慢のコレクションを密かに飲み、代わりに中身には安い酒を入れておき、バレんよう巧妙に栓をし直しているわけだ」
先輩の言葉に、お父様はぷるぷると震えながら憤怒の表情で姉上を睨みます。
「あ、いや、えっと、ほら、だ、だってさー。お酒って飲むためのものじゃない? しかも、高くて美味いって酒なんだし、飲まなきゃ損損ってなわけでー」
お姉様はへれへれ笑いながら言います。
「貴様ー! そこを動くな! 今、刀を持ってくる!」
「刀持ってきて何する気よ!? てか、侍じゃないんだから! それに、うちの先祖って神主じゃなかった!?」
「その神社に奉納されていた宝刀がある!」
「そんな大事なものを血で汚していいの!?」
「刀は人を斬る為にある!」
「じゃあ、酒は飲む為にある!」
「屁理屈を言うなぁっ!」
「あなた! 話題を逸らさないで下さい! キャサリンって何なんです!?」
「待て! 何故、包丁を握っているんだ!? 待て! 樹! 逃げるな!」
「うわー! お母さん! 無闇に包丁を振り回さないで! 私ちょっと掠った!」
冴上家のダイニングは狂騒状態に陥りました。
そこを先輩と私と三津花さんは密かに脱出したのでした。
何でも評価システムが変わったそうで。
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どんな人が私の雑文を読んでいるのか気になるのです。