偏屈先輩父子の激昂
「ところで、君は誰だ?」
ぴりぴりとした緊張の中で、お父様は私を見て言いました。普通に不審そうな顔です。そりゃそうですね。ある日、帰宅したら我が家の食卓に見ず知らずの少女が普通に座って飯を食っていれば誰だって不審に思います。
「えーっとー」
私は間延びした声を出して時間を稼ぎます。というのも先輩とお父様はとても仲が悪いそうですし、実際、雰囲気から見ても全く宜しくありません。そーいえば、先輩は勘当同然で家を出たとも言っていました。父子仲はかなり最悪の部類といえましょう。そんな父子が久々に再会して、やっぱり嫌ーな雰囲気の中、私は何と言えば良いのというのでしょうか?
「息子さんとお付き合いさせてもらっている者ですー」
なんぞと阿呆面で言えば良いのでしょうか? そんなことを言ってはこの嫌な雰囲気が余計に悪くなると思われます。いくら楽観的に見てもその発言が+に働くことはないでしょう。
そんなわけで、私は密かに周囲を見回し、助け舟を期待しました。しかし、お母様はのんびりお刺身を食べていて喋る気配はありませんし、お姉様と三津花さんは張り詰めた空気の中で不用意に発言するのを避けたいのかせっせせっせと一生懸命に御飯を食べています。先輩は不機嫌そのもので、口を開きそうもありません。舟ないよ!
「えっとー、私はー、せんぱ、こほん。ふ、ふた」
「その名を言うな」
先輩のお父様に対して先輩のことを先輩と言い表すのはどーかと思い、双葉さんと言い直そうとしたところ、先輩にぶすっと釘を刺されました。
「……えっと、お付き合いさせてもらっている絹坂衣と申します」
仕方ないので先輩のことを言い表すのは止めました。まぁ、誰と付き合っているかなんてことは言わないでも分かるでしょう。お姉様か三津花さんが百合な人だったら別ですけどね。いや、お二人の趣味は知りませんけど、世間一般的には女の子が付き合っている相手は男の子だと思います。
まぁ、こんな御託を並べなくても普通に通じたようです。
「お付き合いっていうのは、つまり、あー、男女交際ということか?」
お父様はなんだか話し辛そうな様子です。まぁ、自分の息子を無視しながら息子の彼女と会話をすること自体が無理な話だともいえます。
「ええ、そうです。男女交際です」
お父様は何とも言い難い顔をしていました。
「男女交際……あいつが……」
あんまり信じられないらしいです。てか、すぐ側にいる相手をあいつって表現するのはどーなんでしょう。
お父様はちらっと先輩を睨みました。先輩は無視しました。態度と雰囲気で会話を拒絶しています。
でも、先輩って高校時代もお付き合いしていたはずですがー。
「俺が男女交際しようが何しようが関係なかろう」
先輩がぼそっと言いました。視線は御飯茶碗の縁にくっついた米粒に向いているのですが、当然ながら、米粒にそんなこと言っても意味はありません。先の発言がお父様に対する言葉であろうことは言うまでもないことです。
「関係ないわけなかろう。貴様は冴上家の長男だぞ」
お父様は眼光鋭く先輩を睨みながら言いました。てか、この人、自分の息子を貴様って言いましたよ。さすが先輩の父親です。この親にしてこの子あり。
それよりも何よりも、これは地味に私と先輩の仲がピンチではありませんか? こ、こんなところに、私と先輩との仲を妨害する強敵が現れるとは……。
「後々、冴上家を継ぐ者の嫁はそれ相応の者でなければならん」
密かに動揺する私を追い詰めるかのようにお父様は言葉を続けます。それ相応というのは、つまり、本人の性質とかお家の格とかでしょうか。私自身の性質はどんなもんか分かりませんが、後者は確実にダメですね。
「大体だ。貴様は冴上家の長男としての自覚が足りん」
「けっ!」
説教モードに入り始めたお父様の言葉を遮るように先輩が吐き捨てるようにか行4つ目の文字を口にし、相変わらず米粒を親の敵のように睨みながら呟くようにぶつぶつと言いました。
「うちがどーたらこーたらなんぞ関係あるか。何だその旧時代の遺物みたいな思考は。貴様みたいなのは先の大戦で死に絶えればよかったんだ。米軍が中途半端に生かしやがるから面倒臭いゴミどもが残りおった」
先輩の台詞を要約すれば「家のことなんか知るか。貴様みたいなゴミは死んでしまえ!」ということだと思われます。親が子を貴様と呼べば子も親を貴様と呼ぶなんて、どーいう家庭でしょうか。
額の青筋をぴくぴくさせるお父様。その激怒寸前のお父様を平然と挑発的に見下げるように睨み返す先輩。
お父様は青筋をびっくびくさせながら言いました。
「しかし、そのゴミから生まれた青臭い洟垂れのガキどもは、上辺と口ばっかり達者になって、したり顔で年上を短絡的な言葉で非難するものだな。そいつらが言ってることなんざ先人の言葉の出涸らしなのに、独創性溢れる思想だとか勘違いしてやがる奴が多くて困るな」
お父様の台詞を要約すると「貴様がゴミって言ってる俺から生まれたお前の言ってる短絡的な台詞なんざ俺がかつて言った言葉の真似に過ぎん」みたいなところでしょうか。話がどんどこ変な方へ流れているような気がしますが、まぁ、いつも先輩の話もどんどこ変な方向へ流れていくので、私にとっては慣れっこです。遺伝なんですね。
「ほうほう。たまにいるなぁ、そーやって、人の発明やら思想を、俺が先にやってたんだぜ的なことを後から言い出すウザイ奴。あーいうのは俺はかなり嫌いだな。糞だな! 死ね!」
先輩はお父様を饒舌に貶しまくります。最後の方では怒鳴りだしてます。先輩お得意の口撃です。今まで、幾多の人々がこの口撃の前に涙を流してきました。先生を泣かせたこともあります。全然自慢になりませんけど。
しかし、剣呑な父子ですねー。この父子には世間で見られる理想の父子的なことなど何一つないのかもしれません。河川敷でキャッチボールなんていう今時安いホームドラマにも出ないような行為は絶対にないでしょう。
「……最近、学校どうだ?」
「……別に……」
みたいな世間一般的にありふれた気まずい会話すらなさそうに思えます。きっと、先輩とお父様は、
「俺の反対を押し切って無理矢理入った公立の貧乏高校はどうだ? 周りの阿呆どもに影響された貴様の脳味噌が腐っておらず、まだ日本語による会話が可能ならば、はした金を出してやっている者として感想の1つも聞きたいところだな」
「まぁ、親の金を積んで入り込んだ脳味噌の代わりに糞が詰まってる連中がうようよいるような阿呆学校やら学校で暗記することが至上だと勘違いしてる狂ったボケどもがいる糞学校よりはずっとマシだな。で、こんな感想で結構かな?」
みたいな会話をしていたに違いありません。酷い会話内容ですね。しかし、そんな会話の様子が脳内にありありと浮かんでしまいます。
突然、ガタンッ! と大きな衝撃音がして、私はびくりと震えました。
私が脳内妄想にうつつを抜かしている間に先輩とお父様の剣呑にしてねちねちとしたお互いに不愉快な会話は進み、ついに両者が激昂したようです。
両者は両手をテーブルに突いて立ち上がり、お互いを憤怒の表情で睨みます。そして、私は2人の間に挟まれています。
お姉様と三津花さんは2人が激昂する一瞬前に御飯を女性らしからぬ素早さで掻き込み、すたこらさっさとダイニングを脱出していきました。面倒臭いことには巻き込まれたくないのでしょう。
お母様はのんびり御飯を食べています。きっと慣れているのでしょう。私もこうならねばいけません。目指すはお母様です。
「この糞ガキめ! 誰のお陰でそこまで育ったと思っとるんだ!? 雑草みてーに1人で勝手に育ったみたいな顔しおって、何様のつもりだっ!?」
「うるせぇっ! テメーが作ったガキなんだからテメーが育てるのは当たり前だ! 育てねー奴は育児放棄で逮捕されんだぞ! 政治屋のくせにそんなことも分からんのか!?」
私の両側で先輩父子が怒鳴りあいの舌戦を繰り広げます。唾がかかってます。唾が。先輩のは別にいいですけど、お父様のはなー。
かなり聞き苦しい表現が出ております。申し訳ございません。しかし、これが先輩父子の会話なんです。ご了承下さいませ。