偏屈先輩最大の敵
皆さん、こんばんは。
いきなり、挨拶をぶちかました私は当然先輩ではありません。じゃあ、誰だよって話ですが、この厄病女神シリーズを最初から長々と読んで下さっている気の長い方々ならばすぐに分かると思います。そうです。私です。ヒロイン絹坂衣です。えっへん。威張ることでもないですか? そーですか。
さて、その私は何をしているのかといえば、その詳細は概ね先輩が述べたかと思います。
それでも、ここで大まかに述べることと致しましょう。先輩は偏見に満ちた人ですからね。私からの視点も必要だと思うのです。あと、先の話と間が一ヶ月近く開いていますからね。ストーリーを忘れていらっしゃる方もいるかもしれません。
夏休みのほぼ全てを先輩の部屋に住み着いて過ごし、最後の最後で私は先輩の心を簒奪することに成功したのでした。ここまでが前作のあらすじ。
この間、私はかなり強引な手も卑怯な手も使って、恋にトラウマを抱える先輩を無理矢理私と交際させることにしたのです。恋とは戦争とはよく言われることです。卑怯も糞もありません。私は戦争に勝ったのです。
交際が決定した翌日くらいから、私と先輩は一緒に地元へと舞い戻り、私は何だかんだと先輩に付いて回り、最終的に、先輩の実家に潜り込み、先輩の御家族と面会することに成功したのでした。いえぇーい!
そして、今はのんきにお母様と料理談義をしながら夕飯をご一緒しているのです。
何故だか先輩だけが微妙に不満そうな顔をしておりますが、粛々と平穏に夕食は進みます。まぁ、先輩が不機嫌なのはほぼデフォルメですからね。今更、気にすることでもありません。
それに、不機嫌そうとはいえ怒鳴らずに済む程度ですね。先輩はあまり我慢をしない人なので、その短気な御仁が今もって怒鳴りも文句を言いもせず大人しく席について夕飯を召し上がっているということは、さしたる不満ではないということなのです。
むっつりとした顔をしておりますが、先輩がむっつりとした顔をしているのも、やはり、日常茶飯事であり、日常風景の1つみたいなものです。つまり、全く平穏な愉快で楽しい夕食だったわけなのです。ここまでは。
不意に玄関のドアが開く音がして、お母様とお姉様と三津花さんは勢い良く顔を上げ、玄関方面と先輩の顔に素早く視線を走らせました。動揺するお三方とは、逆に先輩はとても落ち着いていました。一瞬だけぴくりと顔筋を動かしましたが、それだけです。普通に食事を続けています。
この家族の少しだけ変な様子に、私は何だか居心地の悪さを感じました。
私が不思議そうな顔をしていたのでしょう。ふと先輩がとても静かな口調で呟くように言いました。
「当然のことだが、チャイムも鳴らさずに鍵を開けて家の中に入るのは、その家の住人かピッキング盗しかいない。後者ならば、事は簡単だ。とっ捕まえて警察に丸投げすれば良い。しかし、前者だとこれは非常に面倒臭い上に不愉快ことになる」
今、皆さんのうち一部は「ん? 逆じゃね?」とか思ったかもしれません。私もそう思いました。または「雑草の奴、また間違えやがったのか? 本当に誤字誤植の多いどーしようもねえ奴だな」などと思ったかもしれません。確かに誤字誤植は多いのですが、今のは誤りではありません。先輩は確かにそう言ったのです。
前者、つまり、何故、家の住人だと非常に面倒臭いことになるのでしょうか?
私は少し考えて思い当たりました。
家の住人というのは、大抵が家族です。家族以外の誰かが恒常的に家の住人となっているような家はちょっと問題です。そして、先輩の家はそこまで問題な家ではなさそうです。
ということは、今、家に入ってきて、こっちに刻一刻と向かってくる方は先輩の家族ということです。
話に聞くに先輩の家族は大抵の家族と同じような構成になっているようです。ちょいと違うのは昨今の少子化社会にしては子供の数が少し多めなくらいでしょう。あと、お祖父様が一緒に住んでいると仰っていましたが、今現在東京に出張中だということです。先輩は「どーせ中央の政治屋どもから次の選挙もよろしくとか言われて、天狗のように鼻を高くしてやがるだろう」と不機嫌そうに仰っていました。
そのお祖父様は置いておいて、他、家族の構成員といえば、先輩、お母様、お姉様、妹の三津花さん。あと、足りないのは? とまで言えばどんなに馬鹿でもすぐ分かることでしょう。そうです。お父様です。
「帰った…ぞ」
背後から聞こえた低い声。言葉の途中で一瞬沈黙があったが飲み込んだようです。
その方は、先輩の線を太くして、男らしくして、渋くしたような人でした。しっかりとした眉に、大きく高い鼻は先輩にはあまり似ていません。子供には伝播していないようです。しかし、鋭く険しい目は先輩のそれそのもので、他の2人の娘さんにも遺伝しているように見えます。不機嫌そうにへの字にされた口も先輩とよく似ています。背丈は先輩と同じくらい高く、体つきは先輩よりはがっしりとしていて肩幅も広いです。なるほど、この人が先輩のお父様かと思いました。
先輩のお父様のことは少し知っているようで、あまり知りません。
どーも先輩とお父様は酷く仲が悪いらしく、先輩はお父様のことを話すことが殆どないのです。私が先輩のお父様について知っていることといえば、県議会議員をやっていることくらいです。漏れ聞く情報によれば、性格は何となく先輩と似ているようです。
ただ、先輩と仲が悪いことだけは散々聞いています。何かある度に大喧嘩をしているらしく、先輩の最大の敵なのだそうです。
「あら、あなた、おかえりなさい。今日は早かったのねー」
お母様がのんびりと言い、席を立ってせかせかと食事の仕度を始めました。
ここで殆ど動いているのはお母様と先輩だけでした。先輩はむっつりした顔で食事を続けています。お父様はダイニングの入り口に立ったまま静止。お姉様も三津花さんも動きません。
ぴりぴりとした張り詰めた緊張がダイニングを覆っているのです。
緊張に満ちた沈黙を最初に破ったのはお父様でした。
「あー。今日の飯は何だ?」
無視しました。先輩を無視しました。
「お刺身ですよー。双葉が好きですからねー」
ところが空気を読まないお母様が平然と先輩の名を出します。
「双葉って言うな」
「そいつの名を出すな」
先輩とお父様がほぼ同時に言い、一瞬、お互いを物凄い目つきで睨みました。しかし、すぐに視線を外します。てか、何ですか。さっきの目は? 滅茶苦茶恐かったですよ! もし、あんな目で見られたら、私、ショックで死にますよ。そーですねー。例えるとすれば、家族全員細切れにされた末に、自分も陵辱された気の強いお姫様が憎き敵を睨むような目ですかねー。父子でそんな目で睨み合うってどんな父子関係してるんですか。
お父様は先輩によく似た不機嫌むっつり顔で席に着きました。お母様がせっせと食事を用意し、お父様はむっつり顔のまま食事を始めました。
再び沈黙が場を支配します。
あぁ、気まずい。気まずいですよー。
物凄い久し振りの更新ですよー。
すいません。ごめんなさい。