偏屈先輩ぷりぷり怒り
↑このタイトルは何だぁっ!?
確かに、俺は怒っている。怒るべき事由は売るほどあるからな。
件の写真のこともそうだし、絹坂が結局夕飯時まで腰に絡み付いて離れず、仕舞いには鼻血を出して俺のシャツを赤く染色し始めたこともそうだし、その様を家族連中に見られて散々からかわれたのもそうだ。
怒り過ぎて頭の血管が割れそうだ。
だからといって、俺のこの怒りにぷりぷりという擬音を付けんで頂きたい! ぷりぷり怒っているっていう表現は気に食わんぞ!
「まぁまぁ、先輩ー。落ち着いてー」
絹坂は相変わらずずぅっと俺の腰にくっついたままなので、俺たちは立ち上がることもできず、馬鹿みたいに畳の上で絡み合っているのであった。てか、お前、制服のまんまだろ。皺になるぞ。
「そんなに怒っていると身体に悪いですよー?」
「貴様が怒らせておるんだろうが! 貴様のせいで俺は怒り過ぎで死にそうだ! 脳卒中とかでな!」
俺が本気で怒鳴り散らす様をじっと見つめながら絹坂は何を思ったかトンチンカンなことを言い出す。
「先輩ー。ちゅーしてもいいですかー?」
俺は痛み出した頭を抑えながら尋ねる。
「貴様は、さっき、俺が何を言っていたか聞いていたか?」
「ええ、勿論ですー。先輩の声を聞くために、この耳はあるのですよー? 先輩のお言葉を聞き逃すわけがありませんー」
じゃあ、何で、俺の怒声を聞いた後、あの台詞に繋がるというのか? 俺の疑問に彼女はにこやかに笑いながら答えるのだ。
「先輩は怒ってる姿も素敵ですからー」
俺は舐められてるのか? てか、怒り過ぎて慣れてしまったのか? 俺は更に疑問を深める。
「いいですかー? 先輩ー?」
絹坂は説教する坊主のような様子で話し出す。
「先輩はツンデレキャラですから、怒っている姿も萌えの範疇に入っているのですよー? その怒りも含めて萌えなんですから、どーして先輩に怒られて怯えねばならないのですかー?」
何だか、わけのわからんことを言い出した。
「は?」
「んー。分からないなら、良いですー。とにかく、ちゅーして良いですかー? てか、します」
言うが早いか、というか、もう言う前から絹坂は俺の頭の後ろを両手で掴んでいていて、無駄のない動きで唇を近付けた。が、そう簡単にやられるほど俺はマヌケではない。首に力を入れ、首の筋肉をつりそうになりながらも何とか絹坂の唇に近付くのを防ぐ。
「何ですかー。先輩。そんなに、私とちゅーするのが嫌なんですかー?」
「嫌も何も、ここには、うちの家族がいるんだぞ? 今は、夕飯の準備の為に、この部屋にはおらんが、いつ見られてもおかしくない状態だ。そんな場面でキスなどできるかっ」
俺は家族に悟られないように小声で説得する。
「別に問題はないと思いますけどねー」
一回、こいつの脳内にある常識ってもんを全部書き換える必要があるような気がする。
「さぁ、キスを」
「だから、止めろっての! 大体、何で、いきなりキスなんかせんとならんのだ!?」
「恋人が接吻をするのに理由などいるのですか?」
「ぐ」
その言葉に俺は言葉を詰まらせる。確かに、恋人がする接吻に理由などあろうか? 答えは明確。ずばり、ない。
「そもそも、キスたるや、それは何であるか? ただ、唇を重ねるだけの行為に何の意味があろうか? 生殖行為でもない。子孫を残す役割もない。何かを生産するわけでもない。一見すれば、全く意味のない行為。しかし、無意味ではない。キスたるや、それは恋人同士が精神的に互いの愛を確かめる行為に他ならぬ。瞼を開ければ相手しか視界に入らないほど近くまでに顔を近付け、身体の中でも敏感な口という部位を互いに合わせ、音にならぬ愛を語り合う。これこそ、恋人同士に許された甘美なる愛の行為!」
何故だか絹坂はそんなことを熱く語り出した。
語り終えた絹坂は硬くしていた表情をふにゃっと崩して俺を見上げる。
「先輩の真似ですー。先輩、たまに、こんな感じで詭弁を振るいますよねー?」
こいつ生意気なことを……。
「隙有りー!」
いきなり、絹坂は顔を近付け、キスを謀った。
しかし、まぁ、やったことがある人間は分かるとは思うが、そんなに、思いっきり勢い良く真正面から顔を近づければそりゃ当然、
「「……いったぁー!!!」」
前歯とか額とか鼻とか色んなとこがぶつかりあって痛いのだ。
「こんの馬鹿が! 前歯が折れたらどーする!?」
「キスに失敗して前歯損失って格好悪いですよねー」
「格好悪いどころの話ではない。そんなにことになったら俺は腹掻っ捌いて死ぬぞ」
「先輩はいっつも大袈裟ですねー」
割と本気で言ったのだがな……。
何だか疲れた気分で目を閉じると、不意に唇に柔らかい感触があった。
目を開けると、視界一杯に絹坂の面がある。彼女の目が嬉しそうに笑った。やれやれだな。
奴は唇を合わせるだけには飽き足らないらしく、口の中に舌を潜り込ませ、ぐいぐいと胸を当て、足を絡ませてくる。密着した絹坂の身体が熱い。ささやかながら確実にある乳の感触が生々しい。その上、スカートが捲くれて太腿が見えとる。あぁ、力が抜けて、離れるに離れられぬ。やはり、男は女に勝てんのか。
暫くの間、大人しく絹坂のキスに付き合ってやっていると、
「むあぅっ!?」
部屋の襖の陰に人を発見した。
母上に見られても、姉上に見られても、大変面倒臭いことになるのは明確であるが、それよりも何よりも、こいつに見られるのが一番辛いかもしれん。
「みふふぁっ!?」
思わず叫んだのが、これでは意味が分からん。いや、母上でも姉上でもないとなれば、分からなくはないだろうが、一応、はっきりと言っておこうか。三津花だ。我が愛しの妹君である。こんな場面を見られたくはなかった……。
「んあ? 先輩ー? どーしましたー? あぅ? あ、三津花さん」
三津花は何とも言い難い表情でこっちを見ていた。そりゃそうだ。兄貴と同学年生しかも前クラスメイトがキスし合っているのを見ちまえば何とも言い難い表情にもなろうというものだ。俺だって、もし、三津花が草田とキスでもしてたら……激怒するな。とりあえず、後で草田は殴っておこう。
「……え、えぇっとー、御飯ですよ?」
「……うむ」
「絹さんもどうぞって」
「私も御馳走になって良いんですかー?」
「ええ、母様が是非にと」
「わぁー。ありがとうございますー」
「それじゃ、早く来てくださいね」
三津花は最後にじと目で俺を見てから去って行った。何が言いたい?
「先輩ー。御飯ですってー」
絹坂はのんきに笑っている。
「……お前さ」
「何ですかー?」
「あーいう、さっきみたいな場面を同じ学校で同じ学年で、しかも元クラスメイトに見られても何とも思わんのか?」
俺の問い掛けに絹坂は首を傾げた。
「何を思うんですか?」
俺は何とも言い難い気まずい上に不機嫌な気分で飯を食っていた。
隣にいる絹坂はとっても楽しげに飯を食らっている。その斜めに横に母上がおり、俺と絹坂の正面に姉上と三津花が座っている。
本日の夕飯の献立は鯛やら鮪やら鮭やらの刺身、牛肉の醤油煮、旨煮、蛸とワカメの酢和え、薩摩汁、白飯。いつも通りの和風献立だ。母上は和食以外は作れないからな。作っても何故だか無理矢理和風になって出てくる。それならば、最初から和食であった方が良い。ゆえに我が家で和食以外のものを食いたいなどという願望はとっくの昔に打ち捨てられている。まぁ、外食すれば良いだけの話しだ。
「お母様、この牛肉美味しいですー」
「あらー、本当? 嬉しいわ」
「これは醤油ベースのタレで煮てるんですねー。生姜も入ってますねー。生姜は肉の臭み取りにー?」
「ええ、そうよー」
母上と絹坂は楽しげに料理談義に花を咲かせている。うちの子供は3人とも料理には熱心ではないので料理好き(但し、和食限定)な母上には料理の話ができて嬉しいのであろう。
しかし、奴は、あんな気まずい面倒臭いとこを三津花に見られたというに平然とした顔をしていやがる。全く何の気にもしていないらしい。それが余計に俺の機嫌を悪くさせる。
「ん? 三津花? どしたの? 何か機嫌悪い?」
俺の向かいで姉上がせんでもいい気遣いを三津花にする。
三津花はじと目で黙って俺を睨む。
「何? 双葉がどーかしたの?」
三津花の視線を読んだ姉上が言う。
「破廉恥ですわ……」
三津花はぼそりと不機嫌そうに呟いた。俺は彼女の視線を避けるように俯いてひたすら飯を食う。
てか、今回のサブタイトルのぷりぷり怒っているのは俺じゃあなくて、三津花じゃあないか? タイトルに偽りありだ。
「今度、料理教えて下さいー」
「良いわよー。一緒に料理しましょー」
絹坂と母上は相変わらず楽しそうに料理話をしていやがる。おのれ。俺がこんな針の筵に座っているような気分を味わっているというのに、こいつはこんな能天気な気分でいられるとは何故だ。ムカムカイラついてくるぞ。
ここは何かしら怒鳴ってやらんと気分が収まりそうにないな。と思っていると、絹坂俺を見た。
「新しい料理を覚えたら先輩に作ってあげますね?」
そして、にぱっと笑って言った。
ぬぅ……。まぁ、今は飯時だしな。怒鳴るのは勘弁してやろうではないか。
先輩と絹坂の絡みを何処までやっていいのか分かりません……。