偏屈先輩説教す
俺はひたすら不機嫌な面で紫色の液体(何のことはない葡萄ジュース)を啜りながら、その光景を眺めているのであった。
「あら、じゃあ、お絹ちゃんは高校時代から双」
「俺の名前を言うな」
「…うちの子のことが好きだったのねー?」
「ええ、そうなのですー。殆ど一目惚れなのですー」
殆どって何だ。
「ねぇねぇ」
姉上が身を乗り出す。
「それから2年以上ずっと双」
「その名を言うなって」
「葉のことを慕ってるのー?」
普通に双葉って言いやがった。姉上には何を言っても無駄なのだ。
「はい、勿論」
姉上の問いに絹坂はきっぱりと言い切った。そして、言わんでもいいことを続けて言い出す。
「そもそも、私は先輩以外の人を好きになったことなんてありません」
堂々と胸を張って言う絹坂。そして、俺を見てにこっと笑うのだ。そんな絹坂に対して俺はどんな顔をすればいいのか分からずしかめ面で何となく庭に視線をやった。
庭では三津花が工事現場で使われているような大型スコップで地面をざっくざっくと掘り返している。きちんと腰から力を入れているのが嫌だ。
学校規定ジャージに麦わら帽子を被り、首に近所の土建屋のタオルをかけている。格好は農作業中のおっさんやら工事現場のおっさんと全く同じだ。
ちゃんとしとりゃあ可愛いのに、勿体ない。あの娘には綺麗なドレスとか清楚なワンピースとかそんなにがに似合うというに……。
ん。何か違和感が……。
「ってか、貴様っ! 何で、ここにいるっ!?」
俺はサッシを開け放って叫ぶ。三津花はよっこらせっと呟きながら、背を真っ直ぐにし、腰をトントンと叩く。そんな年寄り臭い真似をせんでくれ。妹を愛する兄として泣きたくなる。
三津花は首をこきこきさせながら、不思議そうな目で俺を見やる。
「何でここにいるって、ここは私の家なのですから、私がここにいたって不思議ではないでしょう。それとも、何ですか? 私はいつの間にか勘当されてたんですか? それは、兄様だけじゃあなかったんですか?」
「違う違う。そーいうことじゃない!」
俺が勘当されているのは間違ってはいないが、俺が言いたいこととは全く違う。
「今は授業中だろうが!」
「あれ? 冴上は?」
「いつの間にかいませーん」
「あいつ、帰りやがった! てか、あいつの彼女といい妹といい。思いっきり悪影響受けてやがる!」
高校の教室で、そんな会話がなされていたと俺が知ったのはいくらか経った後のことだった。
「あぁ、サボっちゃいました」
「サボっちゃいましたじゃねー!!!」
あっけらかんと言う三津花を前に俺は絶叫する。あぁー。大事な大事な妹の内申が。
「私もサボっちゃいましたー」
俺の後ろで絹坂が自己主張する。
「お前の内申は既に悲惨な状況であろうから今更騒いだところでどーにもなるまい」
「むー…………ぷっ」
絹坂は不満そうに頬を膨らませたが、姉上に左右から潰され、口風船は間抜けな音と一緒に呆気なく割れた。
「わっ! 何コレ! この子のほっぺ何か凄い気持ち良いんだけど!?」
「あら、本当? 片方貸して頂戴。あら、本当! ぷにぷにしてるわー」
「あうー。あぁうぅー」
絹坂は母上姉上の玩具にされている。煩いのを3人いっぺんに遠ざけることができて、これは便利だ。
いや、そんなことはどーでもいい。今、重要なのは、三津花だ。
「とにかく! サボりなんていうことは許されんことだっ!」
「そんなこと言って兄様かなりサボってたじゃないですか」
確かに、俺は学校の授業・行事をかなり不正に欠席した。俺の欠席率は軽く一割を超えているだろう。しかし、あんまり酷くはないはずだ。きちんと進級できて卒業できたからな。
「しかし、お前は俺の真似をせんでいい! てか、するな!」
俺は自分のことを堂々と棚に上げておいて、三津花に言い放った。
「わたひはせんひゃいのまねひまふ」
後ろで絹坂がほっぺをぶにぶにされながら主張した。それは無視。
「とにかく! これからはサボりはいかんぞ! 絶対にするな! ついでに、俺が高校時代にしていたことは何一つ真似せんでいい! てか、俺と正反対のことをしていろ!」
三津花は胡乱げな目で俺を見る。
「兄様、自分が間違えてるってこと分かってたんですね」
「当たり前だろ。俺は常識人だぞ?」
全員が視線で問い掛けてくる。聞きたいことは一緒だろう。
「じゃあ、何で、お前、そんな常識はずれな間違ったことばっかやってたんだよ?」
その理由はとても一言じゃあ言えんことであり、俺は後悔していない。しかし、それは人に薦められることでは全くない。特に愛して止まない三津花には絶対に真似させてはいかん。
「とにかく! お前はきちんとした清く正しき高校生活を行うのだぞ!? 分かったな?」
三津花は不満げではあったが渋々と頷いた。うむ、それで良い。時には妹を説教するのも兄の仕事だ。
「先輩先輩ー。私はー?」
絹坂が俺の背中に引っ付きながら聞いてきた。
俺は醒めた顔で答える。
「お前はもう手遅れだ」
「ふぇ? え? 手遅れ?」
「あぁ、自信を持って言おう。間違いなく、今、お前は高校の要注意生徒の筆頭だろう」
これにはかなりの自信があるな。何せ絹坂は一年の頃から俺にずっとくっ付いていたから、俺が委員長に就任していた時期の後半に行った活動のほぼ全てに従事したわけだ。そして、その活動のほぼ全てがろくでもないことは言うまでもない。
俺にそう言われて絹坂はちょっと考え込んだ。
それから俺を見上げて尋ねる。
「先輩も在学中は要注意生徒の筆頭だったんでしょうね?」
「うむ、間違いなく」
今回の講堂占拠事件で要注意生徒名簿に復活したかもしれん。
絹坂はまた何か考えている。どーせろくでもないことを考えているのだろう。
「じゃあ、私と先輩はそこでもお揃いですねー」
彼女は嬉しそうににこっと笑った。
何だって、こいつはそんな下らんことでそんなに嬉しそうに笑えるのか俺には皆目不明だな。まったく、ほとほと不可解な奴だ。
次辺り、もう少し妹を出そうかと思います。
次の次くらいから大騒ぎすると思われます。