偏屈先輩の彼女はずけずけと
結果。俺たちのうち一割くらいが教師どもに拘束され、散々に暴力的制裁を受けた上、校庭100周ランニングの刑に処された。逃げようと思えば逃げれる。しかし、そうすると、財布と携帯がトイレに流される運命にある。あぁ、忌々しい。忌々しい。
「あー。先輩ー。私、もうダメですー」
「奇遇だな。俺もだ」
「あらら、私もです」
「私も無理ー」
「俺も無理ー」
「僕も」
「オイラも」
その後も続々と賛同者が現れ、全員もう無理という点で一致した。
「てなわけで、我々はもう死んでしまう。これ以上、炎天下の中を走らせてみろ。俺は熱射病になって死ぬ」
俺は代表してヒゲとハゲに言上した。
「死ぬって……死なねーよ」
「いや。死ぬ。死んでやる。死んで貴様を末代まで呪ってやる。例え貴様が何度輪廻転生しようともその度に貴様の前に現れて呪い尽くしてやる。呪う呪う呪う呪う」
「大袈裟な奴だな……。てか、お前は男に棄てられた女の悪霊かよ。しかも、お前、結構元気だろ?」
俺の色んなものを込めた言葉に、ヒゲは呆れ果てたといった感じの顔でそう応じた。俺の死をも覚悟した本気の言葉に対する返答がこれか? 何という無礼。何という仕打ち。これで、俺が1人もんだったならば、もはや非行か自殺しか道は残されていないが、生憎と俺には仲間というよりも配下の者どもがいた。
「死んでやるー」「死んでやるー」「呪ってやるー」「呪うー」「天国で大谷義継に弟子入りするー」「呪い殺すー」「てか、死ね」「死んでくれ」
口々に俺に同調する我が配下たち。うむ、宜しい。
「だぁーっ! うるせえっ!」
ヒゲが怒鳴った。こいつは結構短気だからなぁ。人にものを教える仕事に向いているとは思えんな。
とりあえず、ヒゲの怒声に全員が黙り込む。さあ、ヒゲよ。次はどーする? まだ校庭周遊奇行を俺たちに満喫させる気だというなれば、我々は玉砕覚悟でてめーに向かってやるぞ。ハゲにぼっこぼこにやられながらも、貴様のヒゲを産毛の一本に至るまで抜き去ってくれるわ。
「ったく、しゃーねえな。校庭ランニングはこれまで」
助かった。あと62周しないで済んだらしい。やれやれだ。
我々はぐったりとその場に座り込む。ここでまたやっぱランニングと言われたら俺たちは暴徒と化すこと間違いない。その怒りの前にはいかにハゲ鬼でも敵うまい。機動隊一個中隊は呼ばねーと失礼ってもんだぜ。
しかし、ただで帰してくれるほど連中も甘っちょろくはない。校庭ランニングの代償として我々は反省文100枚の提出という殆どもうこれ不可能の域じゃね? ていうか、紙資源の無駄遣い以外のなにもんでもねーだろ。な懲罰を課せられることになった。ま、そんなのは関係ないわな。先公どもは耄碌しているのか、俺たちが既に卒業していることをうっかり忘れているらしい。馬鹿め。
「ていうかさ。俺たち、何で校庭走らされたり、反省文100枚提出したりしないといけなくなったんだっけ?」
「そりゃ、始業式を占拠して、あれだけ先公に乱暴狼藉を働いたらこんくらいの罰あるだろ。誰も退学・停学にならなかったのが奇跡だ」
確かに奇跡だ。まぁ、扇動者たる俺は既に卒業しているから停学も退学も関係ないのだがね。ザマミロ。
「じゃあさ。俺たち、何の為に始業式占拠して、先公たちに乱暴狼藉を働いたんだ?」
「そりゃ先代委員長が命令したから……」
いくつかの視線が俺に突き刺さる。うーん。困ったなー。
「じゃ、俺は帰る」
俺はそれだけ言ってダッシュでその場を離れた。すまんな。後輩ども。大人っていうのは汚いもんなんだよ。
「あー。暑い」
「うん、暑い」
「てか、お前は、また普通にさりげなく俺の隣にいるんだな」
「言ったじゃないですかー? 私は先輩のいる所の側に常にいるのですよー?」
平然とストーカー発言をする絹坂。俺はこいつをこのまま放置しておいていいのだろうか? ストーカー行為が激化する前に警察とかに言わんでも良いのだろうか?
そんなことをちょっと本気で考えながら歩いていると、
ぷっぷっと音がした。車のクラクション音だ。俺はこの音が嫌いだ。特に、俺自身に当てて鳴らされると車を蹴っ飛ばして傷をつけ、フロントガラスに石をぶつけて蜘蛛の巣模様を作ってやりたくなる。
イラついて振り向くと、ちょっと見慣れた赤い軽がゆっくりと近付いてきた。
隣について運転席側の窓が開く、
「よっほー」
「何処の無礼者かと思えば、姉上か」
姉上は運転席から阿呆極まりない挨拶をかましてきた。かっこつけてグラサンなんぞをしておる。
「今、帰り? 学校どうだった?」
「最悪じゃ。あのヒゲとハゲのせいで俺の今日の幸せポイントは50は下がった」
「幸せポイントって何さ? てか、何、平然と乗り込んできてんのよ?」
俺は助手席に収まって、きちんとシートベルトを締める。シートベルト締めなかったなんていう下らん理由で死んでは堪らんからな。
「うるさい。さっさと車を出せ」
「あんた凄い偉そうねー。勝手にクーラー全開にしてるし」
姉上はなんだか不満そうに口を尖らせながらも車を出した。
「で? これから3人でドライブでもする?」
「いや、いい。さっさと帰る。家に直行せよ」
彼女の問いに俺は即答する。もう俺の幸せポイントは残り少ないのだ。家に帰ってアイス食ってごろごろしないと死んじゃう。まぁ、当然、死にはせんが。まぁ、とにかく、さっさと帰りたいのだ。
「えぇー。つまんなーい」
「つまんなくて結構」
姉上は尚も不満そうであったが、渋々と車を自宅へと走らせた。
「あー、今、戻った」
「ただいまー。双葉と彼女連れてきたー」
「お邪魔しますー」
俺の後ろで姉上ともう1人が言った。
「双葉言うな。てかっ、いつの間に絹坂がぁっ!?」
何でかそこには当たり前みたいな顔で制服姿の絹坂が突っ立っていた。
「えー? 最初ッからいましたよん?」
「おい! お前、何、ずけずけと家の中に入ってきてるんだっ!? 出てけ! 帰れ!」
「……先輩。それ、彼女に言う台詞じゃないですよね?」
絹坂はちょっと呆れた感じに俺を見ながら言う。
「どーでもいいから帰っ」
「あらあらあらあらあらあらあらあら!」
「れぎゃうっ!?」
俺が怒鳴っているところ、いきなり、壁に押し付けられた。
「まあまあまあまあまあまあ、あなたが双葉ちゃんの彼女さん!?」
やってきたのは我が家最強人物である母上だ。
「双葉言うな!」
このツッコミは欠かさない。
しかし、恋とか愛とかが大好物な母上には蚊のゲップほどの音にしか聞こえなかったことだろう。
「初めまして。先輩の彼女を拝命しています絹坂衣と申します。不束者ですが何卒よろしくお願いいたします」
絹坂は90度くらいの角度で礼をし、馬鹿丁寧な口上を述べた。こいつは猫かぶるのが大得意だからな。
「あらあら、まあまあ、ご丁寧にどーも。さあさあ、上がって頂戴」
母上はなんだか当たり前みたいに絹坂に我が家の敷居を跨がせようとする。
「こらー! 上げるなー!」
「お邪魔します」
「お前も何ずけずけと上がりこんでるんだっ!?」
「あんた煩い」
仕方がないので実力行使に出よとする前に姉上が俺を後ろから羽交い絞めにした。相手は年上とはいえ女だ。しかしながら、姉上は結構体格の良い方であり、スポーツもしている方だった。学生時代はバスケをしていた。そして、俺は御存知の通り運動嫌いの力無しだ。情けないことに姉上の束縛から俺は逃れることができないのだ。
「ほら、絹ちゃん。こっちよー」
「はい、お母様ー」
「何、普通にお母様とか言っとるかーっ!?」
「あー煩い煩い」
その間に、母上と絹坂は居間へと進み、俺は怒鳴るしかなかったのだった。
「あれ? 絹坂は?」
「グラウンドランニングから帰ってきてませーん」
「あいつ、帰りやがった!」
高校の教室で、そんな会話がなされていたと俺が知ったのはいくらか経った後のことだった。