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偏屈先輩母校進入中

 今、俺が何をしているか?

 今話のタイトルを見て、そして、前話を読んでいればまず分かるだろう。俺は諸君がそれも分からないほどの低脳だとは思っていないし、何故だか今話だけ読んでいるような変わった奴がいるとも思っていない。よって、俺が今何をしているかを諸君が判断することは容易であろう。

 まあ、つまり、母校に潜入しとるわけだ。

 自宅で俺が述べたとおり、昨今は学校に侵入する不審者やら何やらがいたりして問題であるし、しかも、それが元卒業生だったりもするので普通に「いーれて」と言っても「だーめ」と言われるのがオチであることは言うこともない。

 ゆえに真正面から馬鹿面下げて校内に押し入ろうなどということは無意味かつ無駄手間であることは目に見えている。先公に捕まって何時間も無駄に説教を食らわせられるだけだ。

 俺はこの説教というのが嫌いだ。食らうと、とにかく不味い。アボガドを生で何もつけずに食うようなものだ。あれは不味い。好きな奴がいたら怒るかもしれんが、とにかく、俺にとってアボガドは不味いの代名詞なのだ。そして、説教は時間の無駄でしかない。いくら長いとはいえそろそろ大学生の夏休みも終わりが近いのだ。先公も俺も愉快な気分には程遠い説教というイベントをやっている時間はいらないのだ。やって、誰が得をするものか。

 それでは、進入を諦めるか? 否。1度、決めたことは実行不可能になるか、大変面倒臭いことになるまでは諦めずに行うべきである。

 2年位前とはいえ、3年間も通い慣れた母校だ。しかも、俺たちはちょっと他の生徒諸君とは違う活動をやっており、その活動柄、学校から誰にも見られずに脱出したり、逆に進入したりという行為を幾度となくしたことがある。ゆえに今回、進入することだって我々にはお茶の子さいさい丸なのだ。

「だからといってこんな草っぱらを移動せんとならんとはな。20歳過ぎて俺たちは何やってんだ?」

 ぶちぶちと文句も出てしまう。というか、俺はたまにこうやって文句を口に出さなければ堪忍袋に不満が溜まって、ただでさえ切れ易い堪忍袋の緒が切れてしまう。切れてぎゃーぎゃーと怒鳴られるよりかは、ちょっとぶちぶち文句を呟かれている方が幾分か良いだろう。

 それが分かっている我が同胞たちも俺の呟きを無視して草を掻き分けていく。

 俺たちが行軍しているのは、母校の裏手にある校庭の更に奥にある小山(通称、裏山)だ。ここは少しばかりの高さがあって、何故だか知らんが高校の敷地内に存在する。

 その山も含めて高校の敷地は金網フェンスで囲われているのだが、裏山の更に裏のフェンスには人が1人潜れるほどの穴が開いているのだ。

 ただ、その穴は近所のばあ様の家の裏にあるので、通常の人間には分かり辛く、分かっていてもばあ様の庭を通り抜けなければいけない。更には、ばあ様は昼間はよく縁側にいて、ぼーっとしていることが多い為、見咎められずに通行することは不可能に近い。

 しかしながら、我々はばあ様を観察した結果、1時間に5分だけ意識を寝ぼけて意識を失うという法則を発見した。その隙に通り抜ければばあ様に怒られずに庭を行き来することができるのだ。難しいのはばあ様が意識を失ったと判断することである。このばあ様は寝ているように見えて起きていたり、起きているように見えて寝ていることも多く、素人にはその判断ができかねるのだ。今まで、多数の阿呆どものがその判断を見誤り、ばあ様によって学校当局に通報されてきた。このばあ様は小憎たらしいことに生徒の顔を覚える記憶力だけは頑丈にできているらしいのだ。

 その判断なのであるが、これはもう俺たちは幾多となくこのばあ様の顔を見つめてきた為に、ばあ様が寝ているか起きているかの判断にかけては俺の右に出るものはいないと確信を持って言えるほどの自信を持っている。

 今回も俺たちは上手くばあ様が意識を失ったときを見計らってバレずに庭を通過し、フェンスの穴を潜り抜けることができた。少々、七飯が窮屈そうであったが、許容範囲内だ。和菓子を作って味見ばかりしていれば脂肪も腹に巻きつこうというものだ。

 無事フェンスを潜り抜けた俺たちを待ち受けるのは、膨大な量の草どもだ。そこを俺たちは掻き分け掻き分け、裏山を迂回して移動していく。

「この糞雑草どもめ。死ね死ね。枯れ葉剤を散布してやろうか? それとも焼畑農業でもしてやろうか」

 暑さと雑草の邪魔臭さに俺のイライラはかなりのものだ。

「枯葉剤は止めた方が良いですよ……」

 俺の後ろで町井が呟く。そんなことは分かってる。ベトナムで米軍の撒いた枯れ葉剤が原因と思われる云々があることは周知の事実だ。俺も存じている。

「んなこと…」

 知っとるわ! と振り返って怒鳴ろうとしたが、俺は出そうとしていた言葉を飲み込む。

「お前、大丈夫か? 死ぬんじゃないか?」

 町井の顔色は凄まじく悪く、不気味なほどだ。更に汗もだらだらと異常なほどに流れ出ていて、あと10分くらいこのままにしていたら死ぬなってことが小学生にだって分かりそうな状況だ。

「……これが大丈夫に見えますか?」

「いや、見えん。あと少しで校舎に着く。それまで死ぬな」

 俺の言葉に彼は弱弱しく頷いた。心配だ。

「てーかさ。この裏山の草むらって夏休み中に生徒が登校して草刈りすんじゃなかったっけか?」

「ああ、そんな行事もあったね」

 草田がぶちぶちと呟き、蓮延が同意する。

 そういえば、そうだったな。そんな体力的に厳しく、精神的にダルイ行事もあったな。何故、夏休み中にわざわざ登校して草刈りなんぞをやるのかは甚だ疑問であるが、我が母校の伝統であるらしく、もう数十年も同じことを繰り返しているそうだ。何でも続ければいいというものでもあるまい。馬鹿馬鹿しい。伝統や歴史には何でも価値があると思い込んでいる阿呆が世間には多いからな。悪しき伝統や悪しき歴史もあり、それを革新する必要だってあるというに。

 しかし、草刈りをサボるのは宜しくない。何故なら、今、俺たちが行軍するのに苦労しているからだ。

「生徒どもめサボりおったな。自堕落な奴らめ」

「うんうん、ちょっとしか刈られてない。山の上に至っちゃあ、多分、ぼうぼうのまんまだよ」

「まったく、だらしのねえ奴らだな。草刈りくらいしっかりやれよ」

「草刈りだって内申に響くでしょうに。困ったものです」

「本当だよね。お陰で僕ら苦労してるし」

「死ぬ……」

 俺たちは口々に現生徒どもの自堕落さと昨今の若者のだらしなさを非難しあった。そーいえば、絹坂は夏休み中俺の部屋にずっと寄生していたわけだから、奴も草刈りをサボった一味だということだな。まったくけしからん。

「ん。あれ? でも、僕、その草刈りに参加した記憶がないなー」

 七飯が呟く。

 何だ。貴様もサボりだったのか。そう非難しようとして、開けかけた口を苦い顔で閉じる。虫が口に入ったからではない。

「……遺憾ながら俺にもないな」

「……俺もねえ」

「あたしも」

「私にあるはずがありません」

「死ぬ……」

 誰もが黙った。黙々と草を掻き分け掻き分け突き進む。雑草め。お前が生えるから悪いんだ。

「まあ、面倒臭いしね」

「それもそうだよな。こんなん、わざわざ参加する方がおかしいって」

「糞真面目にそんなことをする奴は若者ではないな。じじいかばばあだけだ」

「そもそも、このような炎天下に草刈りなんていう非人道的な行事がおかしいのです」

「うんうん、そのとおりだよ」

「死ぬ……」

 俺たちは気分一新。このわけ分からん行事を仕組んでいる学校当局を口々に非難した。やれやれ、これだから、最近の学校はいかんのだ。

「あ。町井君が死んでるよー」

「七飯。ちょっと担いでやれ。そのまま、放置してたら完璧に死ぬ」

 我々は草っぱらを突き進む。高校校舎は近い。



ほとんどばあ様と草刈りの話ですね。

次話くらいで久々に絹坂が出る予定です。

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