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偏屈先輩の秘密露見す


「「いっただっきまーすっ!!」」

 母上姉上が意味もなく楽しげに食事前の挨拶を叫ぶ。

「「……いただきます」」

 いつも楽しそうな年長者2名を疎ましそうに見ながら俺と三津花は大人しくいただきますを済ませる。

 本日の夕飯は白飯、きのこの味噌汁、焼き魚(鮭)、長芋の千切り、旨煮という純和風お袋の味的な献立だった。

 うちの食事は和食が多い。何故なら、母上が和食しか作れないからである。洋食を作らせると、まあ、仰天するほど不味いとか食えないものができるとかじゃないんだが、母上の作った洋食は普通に不味かったり、極度に和風化されて「これもう和食じゃん」レベルまでいってしまうのだ。まあ、醤油、味噌、砂糖、味醂、酒なんかで作ればどーやったって不味い洋食か和食にしかならないことは自明の理である。まあ、和食が美味いのだから大人しく和食を食っておくに限るというのが我が家の基本方針だ。余計なことを言えばまた母上は台所の隅にうずくまって「の」の字を書くのは目に見えているしな。

「双葉ちゃん、久し振りのお母さんの御飯、美味しい?」

 にこにこと笑いながら聞いてくる母上。世間では反抗期の青少年は母親の飯を「不味い」とか平気でほざくらしい。

 しかして、全世界に対して万年反抗中な俺であるが、母上に対しては逆らえないというのはくどいほどに前述したとおり。ゆえに本当に糞不味かったとしても「不味い」などという言葉を吐くことは不可能である。せいぜいが「微妙」だ。これだってみみずのようになったスパゲッティらしき茶色い糸を食ったときの感想であり、その味は確実に「微妙」じゃなくて「糞不味かった」のだが、まあ、母上を泣かせるわけにはいくまいので、かなり表現を柔らかくしたのだ。

 よって、こーいうふうに飯が美味いかと聞かれれば、ほとんど、

「美味い」

 としか答えようがないのである。

「どれくらい美味しい?」

 母上にそう返されて俺は答えに窮した。

 これはたまに母上が使う用法なのだが、明らかに日本語の使い方を間違えている。美味しさの単位でどれくらいって何さ。しかし、それでも答えなければ後々面倒臭いことになる。というか母上が拗ねる。と面倒臭い。

 よって、無理矢理にでも答えねばならない。

「い、1mくらい」

 なんてことを咄嗟に答えてみたが、これは褒め言葉だろうか? てか、何で俺はメートル法で答えたんだ? ヤード・ポンド法でも困るが……。 しかし、1メートルは結構長い、はず、微妙か?

 いや、俺のイメージなんぞはどーでもいいのだ。この台詞に対して母上がどう反応するかだ。

「うーん……それって褒め言葉?」

 聞かれた。俺が答えられるわけがない。

 場を妙な沈黙が支配した。

「……褒め言葉に決まってるだろ」

 沈黙が嫌なので何の根拠もなくとりあえず言ってみる。

「あ。そーなんだ。あははー。お母さんちょっとわかんなかったわー」

「うん、まあ、兄様のは分かり辛かったですわ」

「うんうん、分かり難かった」

「うーむ、そうか。すまん」

「「「「あははははー」」」」

 とりあえず皆で笑ってみる。これで一件落着だ。今日も我が食卓は平和である。糞親父もいないしな。

「ところで、双葉ちゃんはさ。向こうで御飯はどーしてるの?」

 母上がちょっと真面目な顔で聞いてきた。一応、母親なのだから、息子の健康とか食生活とかが心配なのだろう。

「飯か? まあ、普通に食っておる。最近は絹」

 坂が作ることが多かったな。という台詞を吐く前に俺は即座に口を閉じた。思いっきり舌を噛んで口の中が赤く染まったが、絹坂と同居なぞしていたことを家族連中に知られるよりはマシだ。

「絹? 絹ごし豆腐?」

 母上が不思議そうな顔で首を傾げて言った。ナイス勘違いだ。

「う、うむ、絹ごし豆腐が美味いゆえよく食っている」

「あ、に、兄様? 口から赤い液体が……」

 三津花が俺の口の辺りを指差している。ふと、見るとちょうど持っていた御飯茶碗につがれた白飯がいつの間にか一部赤飯になっている。今日は何のお祝いだ?

「……鮭の血だ」

 ちょっと考えてから答える。

「鮭焼けてんじゃん」

 そこに入る姉上のツッコミ。鋭い。

「まあ、細かいことを気にするな」

「いや、あんた、いっつも細かいくせに都合良いときだけ大雑把になるなよ」

 今日の姉上のツッコミは厳しいな。まあ、この人は勘は鋭いのだ。あと、楽しいこと(それは大抵、俺にとっては面倒臭いこと)を感知する機能にも優れている。

「あ。そーいえば、あんたの後輩に絹何たらって娘がいたよね? 何でかあんたのことストーキングしてた変な娘」

「変な娘言うな」

「昔、あんたが変な奴って言ったんじゃん」

 む。確かに言った覚えがある。ていうか、雑談とはいえこいつに余計なことを話すとは過去の俺は警戒感がないぞ。阿呆め。貴様のせいで、今、俺は大変面倒臭いことになっているぞ。

「そーだそーだ! あんたんとこに電話したとき女の子の声が聞こえたんだった!」

 1度は誤魔化せていた「絹坂の声電話混入の件」を姉上が蒸し返しだす。まだ忘れていなかったらしい。

「だから、あれは座敷童だと言っただろうがっ!?」

「嘘こけ! そんなんで騙されるのは母さんだけよ!」

「え! え! 双葉ちゃんの部屋に座敷童がいるのっ!?」

 案の定、騙されている母上。この人は純だからな。

「双葉ちゃん、座敷童と一緒に住んでるのーっ!?」

「座敷童なんぞいるわけあるまいっ!?」

「兄様、どっちなんですか?」

 三津花の言葉にはっと我に返る。うっかり言ってしまった。普段、そーいう存在を否定してばかりいるからな、咄嗟には本音が出るというものか。

「ほらー。いないんじゃーん。あの声の主って何よー?」

 意地悪そうにニヤニヤ笑いながら追及してくる姉上。

「そ、その声は幽霊だ。幽霊」

 苦しい言い逃れを謀る俺。無駄だって分かってるけどな。

「えぇーっ!? 双葉ちゃんの部屋にお化けがー!?」

「幽霊なんぞおらん!」

「どっちですか……」

 こんなやりとりを数回繰り返した後だ。もう俺は旅疲れと怒鳴り疲れで頭と口の回路がちょっとマズイ感じに繋がってしまったのだろうな。俺はうっかりと、本当にうっかりと叫んでしまった。

「その声は絹坂だっ!」

「絹坂って何もんさ?」

「俺の彼女っ……っっっ!!!???」

 口を押さえるがもう遅い。1度口から出たものは2度と口の中には戻せない。言葉もそうだ。ゲロもそうだ。ゲロは何とかすれば可能だが普通は不可能と考えて良い。

「ははーん」

「ほーう」

「へー」

 うちの女どもは何だか思わしげな目つきで俺をじろじろと見つめるのであった。


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