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偏屈先輩は不機嫌である

 どーも、諸君。御機嫌如何だろうか? 上機嫌だろうか? 不機嫌だろうか? 普通だろうか? 俺は諸君が不機嫌であることを望む。何故かといえば、今、俺が不機嫌だからだ。俺が不機嫌な状況の中、他の奴が上機嫌で鼻歌なんぞを歌っておったら益々気分が悪いではないか。

 しかし、その上機嫌で鼻歌歌っている奴が俺の目の前っていうかすぐ隣に居る。

 いや、鼻歌っていうか何か猫撫で声というか猫が甘えるときに喉を鳴らすようなそんな声だ。声の主は誰かって誰でもない。

「にゃー。先輩ー。えへへー。先輩ー」

 小柄で軽く、顔がやたら小さく、瞳は微かに茶色く少し垂れ目、口や鼻は小さめ、ほっぺがぷにぷにしていて、髪は短めな少女。つまり、元我が部屋に寄生中だった厄病女神こと絹坂衣だ。それ以外に誰がいようか。いないのだ。

 そいつは何やらにへらんとふやけた笑みを浮かべて俺に横からべたりとくっついてきている。

 どうやら絹坂はとってもご機嫌らしい。

 さもありなん。絹坂はついこの間、長年の願望を成し遂げたのである。その願望とはつまり、俺と男女的恋愛的交際を為すことである。

 俺にどのような魅力があるのか全くもって理解不能であるが、何故だか、彼女は俺と出会った2年以上前から俺に執着し、付きまとい、高校を卒業し、地元を離れた俺を追って、夏休み中俺の部屋に寄生までしたのだ。

 俺は俺で、絹坂のことはいつも付き纏ってくるので邪魔臭くはあったが、嫌ってはいなかったし、どちらかといえば気に入っていた。しかし、俺は諸般の過去的事情により男女交際を忌避していた。つまり、俺には絹坂と付き合う気など少しもなかったわけだ。

 だが、絹坂はそれで諦めるような奴ではなく、しぶとく俺の周りをうろちょろし、俺の琴線に触れるような可愛らしさをアピールし、時に強引に押し、時に遠慮がちに引きと俺を翻弄し、ついには俺が折れる形で男女交際と相成ったわけだ。

 恋は戦争とはたまに言われることだ。その戦争に俺は負けたわけだ。やれやれ。

「えへへー。えへへへへへへー」

 俺を負かしたことが、とんでもなく嬉しいらしい絹坂は俺の胸に顔をすりすりと擦り付け甘えるように上目遣いで俺を見つめる。猫のようだ。

「離れろ。暑苦しい」

 季節は8月末とはいえ、日本は残暑厳しい国だ。俺はスウェーデンとかデンマークとかそこら辺の北欧に住みたかったよ。夏涼しい国が良い。あ、しかし、冬はめちゃくちゃ寒そうだ。うぅむ。困ったもんだ。

 そこへ絹坂に纏わり付かれては暑さ数倍だ。元より悪い機嫌も更に悪くなるというものだ。

「えー? いいじゃないですかー。だってー、私たちはー、恋人同士ー」

 ふやけたような顔で歌うように言う絹坂。すんごく恥ずかしいぞ。

「あー! もう! 離れろ離れろ! 背中痛いし! 暑い暑い!」

「うあー! 叩かないで下さいよー」

 絹坂はぷぅっと頬を膨らませて言った。やっぱり上目遣い。くっ。可愛い奴め。わざとやってんじゃないだろうなぁ? いや、絹坂の方が20cm以上背が低いから見上げるような形になるのは仕方ないとは分かっているのだが、どーも、狙ってやっているような気がしなくもない……。

「先輩ー? 喉渇きませんかー? 何かジュースはどうですかー?」

 絹坂が相変わらずの上目遣いで尋ねてくる。

 前述したように季節は夏で、さっきから絹坂に纏わり付かれ無意味に体温を上昇させられ、ついでに怒鳴ったりもしたので喉が渇いていないということはなく、かなり乾いていて何か飲み物が欲しい時頃であった。絹坂は妙に気が付く奴なのだ。便利っちゃあ便利だな。

「うむ。確かに渇いたな」

「じゃあ、なっつぁん買ってきますー」

 なっつぁん。それは最近大手飲料メーカーが発売した缶ジュースの商品名だ。オレンジなら橙色だいだいいろ、リンゴなら赤といったシンプルな色の缶にやたらと凛々しい昭和チックな太い眉、暑苦しい目、富士山みたいな口の顔が書かれた柄の缶ジュースだ。まあ、けっこう美味いのだが、この缶をデザインした奴のセンスが分からん。

 絹坂は自販機のある別の車両へとぱたぱた走っていった。パシリをしているのに、何だか楽しそうだ。

「ふーふーふー」

「ひーひっひっひー」

「あーらあらあららー」

 背後からいくつもの意地悪そうな笑い声が聞こえてくる。鬱陶しいこと極まりない。俺は嫌そうな顔を隠さず、というか見せ付けるように振り返り、連中を睨みつけてやる。

「あらー? 恐い顔してますよー? 怒ってますねー」

「あたしらがいるから絹ちゃんとイチャつけないから怒ってるんですねー」

「あたしらのことなんか無視してイチャつけばいいのにー。照れ屋さんなんだからー」

 物凄くムカつくぞ。殺してやりたい。

 後ろの席に座っているのは5人の若い男女―というか俺の高校時代の友人どもだ。

「いちゃいちゃいちゃいちゃと恥ずかしいですね」

 最も離れた席に1人で座っている鋭い目つきをした黒いショートカットの女は薄村沙希うすむらさきという冗談みたいな名前の奴だ。何だか無表情だが、しかし、確実に俺を馬鹿にするような目で見て、馬鹿にするような言葉をさっきから浴びせてくる。

「一人身の俺たちゃあ嫉妬に身を焦がしてしまうよ」

 冗談みたいだが割りと本気そうに言ったのは中肉中背で、いまいち、特徴という特徴がない男だ。こいつは草田心平くさだしんぺい。俺の中学時代からの腐れ縁で、親友と呼んでもいいかもしれないが、呼んだことないし、呼ぶつもりもない。

「本当本当! もう殴りたくなってくるよね!」

 明るいええ感じの笑顔で物騒なことを言うセミロングの茶色い髪で大きな瞳の女は蓮延鈴子はすのべすずこ。こいつはいつも笑っている奴だ。笑顔が標準表情なのだ。いつもしかめ面の俺とは正反対だ。

 あと2人の男は、柔和な顔つきで小太りの七飯福男ななえふくお。その福福しい容姿と名前から、俺たちは彼のことを七福神と呼ぶことがある。もう一人は、小柄で痩せていて、顔色が悪い不健康そうな町井公彦まちいきみひこだ。

 この5人+俺ともう1人の7人が高校時代いつも一緒に行動していた友達グループってやつだ。ついでに言えば高校時代に俺が率いていた組織の幹部たちでもある。ちなみにもう1人ってのは俺の彼女だったのだが、俺たちが2年の冬に死んだ。以上。

「貴様ら煩いぞ。いい加減黙らんと殴るぞ」

 俺が不機嫌である理由の一部がこいつらであることは言うまでもない。さっきから、俺と絹坂の様子を伺ってはにやにやと笑い、何処ぞの団地の奥様方のように「あらあら」とか「まあまあ」とかごにょごにょ囁き合っている。腹が立たないわけがない。

 しかし、俺の不機嫌の最大の原因はこのムカつく言動を繰り返す悪友どもではないし、電車に乗ってから1時間以上もからベタベタくっついてくる、今はなっつぁんを買いに行っている絹坂でもない。

 これから行く先にいる俺の両親及び姉妹だ。


そんなわけで厄病女神シリーズの続編です。

先輩と絹坂がらぶらぶします。先輩の家族が出ます。先輩の名前が分かります。

これからお付き合い願います。

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