表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワールドクラッキング  作者: 光喜
第1章 レクシャムの森編
9/31

第8話 囚われの少女4

 《ダリオ》は泣く子も黙る盗賊ギルドである。

 レクシャムの森の異変を聞き付け、即座に複数のチームを派遣した。質より量だ。動ける面子を集めたら自然とそうなった。有能な人材が忙しいのはどの業界も変わらない。

 玉石混交だが案外悪くない――見張りの男はそう思っていた。

 リーダーが実力を見せつけた一件以来、エルフを我が手にと一致団結している。

 お目出度い話ではあるのだが。口約束を鵜呑みにしているのだから。報酬がエルフでは破格過ぎると思わないのか。命懸けの仕事だから? いつも通りだろう。男達の命は一山幾ら。エルフとは釣り合わない。第一、《ダリオ》が独断専行を許す筈がない。彼らに下された命令は、聖域の制圧ではなく、はぐれたエルフの確保である。聖域を制圧出来たとしても、命令違反だのと難癖をつけられて、エルフは持っていかれるのが関の山だ。

 そこまで理解しつつ、男は口を噤んでいた。

 リーダーの狂気を垣間見た。エルフが憎いだけなのだ。

 エルフは誇り高い。金持ちの鑑賞用として飾られるより、底辺の男達に嬲られる方が堪えるに違いない。

 リーダーは幹部が直接送り込んだ人材だ。

 口約束が履行される可能性は残っている。

 いずれにせよ、リーダーの命令に逆らえる訳も無し。やる事が変わらないのなら、モチベーションは高い方がいいだろう。

 だが、問題が一つ。

 ここに来た者なら一度は異変と口にした筈だ。だが、本当の意味では理解出来ていなかった。ここ数日に渡って行われた捜索で痛感させられた。聖域が見つからないのはまだしも、イシュを捕獲した場所にすら辿り着けなくなっていたのだ。

 何人か戻ってこない者もいる。

 イシュに案内させるしかない、と息巻く連中が増えていた。

 イシュが頑固なので憂さ晴らしで終わるようだが。

 程々にしてもらいたいが。

 回復薬にも限りがある。


「ん?」


 男は目を凝らす。彼は【夜目】持ちだ。

 

「何かいる」

「見間違いだろう。見間違い」


 相方がやる気のない返事を返す。

 アリスが見ていれば不真面目だな、と思っただろう。だが、違う。彼は職分を真っ当しているつもりだった。見張りは侵入者を追い払うのが仕事だと思っているだけだ。

 アリスの侵入を許した理由の一端がここにある。


「妖精族だ」

「見間違い決定だ。この森に妖精族はいねぇ」

「…………手を振られた」

「あんたがふざけるのかよ」


 相方の視線がキツい。真面目にやれ、と窘めて来たのは男の方だった。

 だが、確かに妖精はいて……男に向かって二本指を立てている。鋏のような形だ。男が首を傾げると、妖精はしまった、理解出来ないのか、と地団太を踏んだ。暫くすると出鱈目なリズムだったものが……いつの間にかダンスへと変わっていた。楽しそうだ。


「まだ妖精はいるのか」

「……踊ってる」

「しつけぇな。あそこだろ。見てきてやるよ」

「……そうだな。それが……あっ、今……消えた…………」

「へっ。タイミング良すぎるだろ。口では何とでもいえるわな」

「いや、いたんだ」

「あっ、そ。なら、見に行けよ。今度はあんたの番だからな」

「言われなくてもそうする」


 相方に見張りを任せ、男は森へ足を踏み入れる。

 藪を掻きわけて進む彼に怯えは見当たらない。

 腰に挿した回復薬に触れる。


 ――これがあれば。

 

 即死さえしなければ生き残れる成算がある。

 暗殺を生業にして来た彼だから身に染みて知っている。

 人はそう死にはしない。

 彼は大勢暗殺して来た。

 ナイフで首や頭部といった急所を狙う手口で。

 的確に急所を攻撃する事でクリティカルが発生する。【短剣】は攻撃力こそ低いがクリティカルのボーナスが非常に高い。そこに【暗殺3】が合わさる事でダメージが更に跳ね上がる。お膳立てさえ整っていれば瞬間火力はリーダー以上だという自負がある。

 一撃で息の根を止めた事は数知れず。

 しかし、厄介だなと思う相手に限って、即死させる事は出来なかった。

 【暗殺】を得た時、使い方次第で格上も殺せると浮き立ったものだ。

 だが、【暗殺】がレベル3になる頃には現実を思い知らされていた。

 即死させられるのは格下だけ。

 格上はおろか同格ですら一撃は無理だ。

 つまり、敵が遥か格上で無い限り、男の安全は確保されている――筈だった。


「……いた」


 妖精が手を振っていた。

 声にはならないが口が動いている。

 

 ――さよなら。


 怪訝に思うと、妖精が踵を返した。

 暫く待って見るが、何も起こらなかった。

 戻るか、と思った時だった。

 頭上から何かが降って来た。

 頭部に痛みを覚え――


 ――人はそう死にはしない。


 男の考えは正しい。

 常識と言ってもいい。

 だから、男にとって不幸だったのは、知らないところで敵に回った少年が、常識で括れる存在ではなかった事だろう。男は身を持って常識が崩れる瞬間を体感していた。

 最も生かす機会はない。

 男は死んでいた。

 即死だった。

 

***


 屋敷の前に見張りが立っていた。

 森に視線を投げかけては舌打ちを漏らしている。

 偵察に出た見張りが戻って来ず苛立ってのだ。

 怒りの裏には不安が透けて見える。

 そこへつけ込む。

 茂みがガサガサと音を立てた。

 見張りの注意が茂みに向く。ようやくか、そう言いたげな表情だ。

 残念だね。

 お前の相方は戻って来ないよ。

 ああ、いや、直ぐに会う事になるが。

 僕は【忍び足】で見張りの背後に回る。

 無防備な見張りへナイフを振り降ろす――


 ――今回、僕を一番悩ませたのは敵の倒し方だった。


 一人、二人を倒すのは容易い。だが、交戦すれば確実に気付かれる。

 皆殺しにするには気付かれず、一人ずつ始末していく必要があった。

 出来れば一撃で仕留めたい。

 しかし、僕は非力だ。

 喉を掻っ切ったにも関わらず、エンバッハは生きていた。

 クリティカルでHPの五、六割を削る程度。

 後五割を埋める何か――スキルが必要だった。

 偵察で多くのスキルが【クラック】可能になっていた。

 最も心を惹かれたのは骸骨男の持っていた【両手剣6】だ。しかし、肝心の両手剣使いは骸骨男だけのようで、武器の確保が出来ないのでは意味がない。

 残ったのは【暗殺3】のような補助スキルだ。補助スキルは所詮補助止まり。劇的な効果は望めない。しかし、裏を返せば効果はあるのだ。一つのスキルで解決出来ないだけで。そこで僕は考えた。ならば、一撃死を可能とするまでスキルを重ねてやればいい。

 僕にはそれを可能とする【クラック】がある――


 ――【決闘3】発動。一対一の戦闘に限り、自身のステータスにボーナスを得ます。

 ――【暗殺3】発動。条件に合致した包括スキルを派生させます。

 ――【急所】が派生しました。クリティカルにボーナスを得ます。

 ――【バックスタブ】が派生しました。背後からの攻撃にボーナスを得ます。【バックスタブ3】と効果が重複しています。効果は加算されて発揮されます。


 見張りの後頭部にナイフが吸い込まれた。

 崩れ落ちる見張りの襟首を掴み、転がす。

 死んだ。

 脳を破壊されては生きられない。

 まあ、グロウフェントの場合、因果が逆なのだが。

 さて、今回僕が選んだスキルは三つ。

 【暗殺3】、【バックスタブ3】、【決闘3】である。

 【決闘3】でステータスを底上げし、【急所】と【バックスタブ】で攻撃力を上げる。

 このスキル構成を実現する為に、【夜目3】をリリースしている。地味に痛い。辛うじて【暗殺3】の派生【夜目】で姿形がぼんやり把握出来る。どうせ皆殺しにするつもりなのだ。行動に支障は無い。イシュとユニは体格で判別できる。


「マスター、順調ですね」

「ここからが本番だよ」


 やって来たユニと小声で会話する。


「巡回は?」

「丁度、二階に行ったところです」

「分かった。じゃあ、後は手筈通りに」

「……お気をつけて、マスター」


 敬礼するユニを横目に捉えつつ、僕は窓から室内に侵入する。

 イビキをかいて寝ている男がいた。

 偵察の際、確認出来なかった男である。

 血の匂いで感付かれるのが怖い。頭にナイフを刺して殺した。

 部屋を回り、就寝中の男を殺していく。エンバッハで慣れたのか。淡々と作業のようにこなせた。

 後一人で一階は全滅、というところで大階段の軋む音が聞こえた。

 巡回が戻って来たか。

 僕は大階段の陰に身を隠す。

 一人で戦うのは久しぶりだ。

 ユニと別れたのは【決闘3】を生かすためだ。発動条件が一対一の戦闘時なのである。ステータスの上昇率は実に三割。使わない手はない。

 不安は無かった。

 むしろやりやすい、と思っている自分に苦笑する。

 今更ではあるのだが。

 ユニに人を殺すところを見られたくないらしい。

 彼女の教育に悪いからなのか。

 僕の良心が咎めるからなのか。

 いまいち判然としないが。

 っと、来たか。

 大階段から踊り出る。巡回の後頭部にナイフが突き――立たない!

 毎回思うが。ナイフより硬い頭部って何だよ。

 

 ――この世界はゲームだと思った方が混乱が少ない。

 

 そんな事をアーティリアが言っていた。

 あの忠告の真意がコレだ。

 法則に気付くまで非常に困惑した。

 頭にナイフが刺さったからHPが0になるのではない。

 HPが0になるから頭にナイフが刺さるのだ。

 

「――――グゥッ」


 巡回が振り返る。目に驚愕の色がある。抜刀を開始している。流石の反応だ。

 だが、僕はその上を行く。

 元より一撃で仕留めるのは無理だと思っていた。

 巡回はリーダーに次いでレベルが高い人物だ。なおかつ、【決闘3】を持っていた人物でもある。一対一という条件を満たしているのは僕だけではないという事だ。

 巡回の喉へ体重を乗せた右のナイフを放つ。手応え有り。僕は見届ける事無く、身体を回転。視界から巡回の姿が消える。勢いの増した左のナイフをバックハンドで突き立てる。

 《旋風烈牙》。

 命名はユニ。

 回転を生かした二刀流の連撃である。

 瞬間火力としてはこれ以上の技は無い。

 ナイフが何かに引っ掛かり、左手から抜け――一回転。

 ナイフは巡回の眼窩に深々と刺さっていた。

 

「――――まずッ」


 ホッとするのも束の間、巡回の手から落ちるランプを見た。

 ランプが割れたら確実に気付かれる。

 咄嗟に足を延ばし、ランプを軟着地させた。

 手近な部屋に巡回の死体を引きずりこむ。

 額に付いた返り血を拭う。

 巡回の片手剣が目に入る。

 確か彼は【片手剣5】を持っていたはずだ。

 【クラック】を思案するが……止めておくことにした。リリースするとしたら【短剣4】になるだろう。武器スキルは使い方が分かっても、使いこなすには時間がかかる。

 一階最後の男の部屋に侵入する。

 不用心だなあ、と思いつつ、ナイフを突き立てる。

 

「ふぅ。第一段階はクリアだな」


 物言わぬ躯となった男を見下ろす。

 他の男達と若干雰囲気が違う。先入観がそう思わせるのか。彼だけ魔法使いなのである。

 持っているスキルは微妙だったが。

 まあ、スキルはいいか。

 大事なのは彼が魔法使いだということ。

 魔法使いなら持っているはず――


「あった」


+――――――――――――――――――――――――――+

《名前》低級MP回復薬

+――――――――――――――――――――――――――+

 

 一本だけか。

 贅沢は言えないが。

 飲み干すと気分の悪さが消えた。

 MPが回復して何故、体調が良くなったのか。

 答えは魔力切れ寸前だったから、である。

 少し無理をしたのだ。僕のMPは160。【クラック】で消費したMPは150。

 時間が経てばもう少しMPも回復しただろう。

 だが、待っていられるような心境ではなかったのだ。


(ユニ、聞こえる? 予定通りMPを回復した。合流してほしい。魔法使いがいた部屋。一階の制圧は完了してる)

(了ぉ解ですっ!)


 階上から物音が聞こえて来る。

 この音が何を意味しているのか。

 ユニと合流するまでの間、僕はナイフを握りしめていた。

 強く。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ