第8話 囚われの少女4
《ダリオ》は泣く子も黙る盗賊ギルドである。
レクシャムの森の異変を聞き付け、即座に複数のチームを派遣した。質より量だ。動ける面子を集めたら自然とそうなった。有能な人材が忙しいのはどの業界も変わらない。
玉石混交だが案外悪くない――見張りの男はそう思っていた。
リーダーが実力を見せつけた一件以来、エルフを我が手にと一致団結している。
お目出度い話ではあるのだが。口約束を鵜呑みにしているのだから。報酬がエルフでは破格過ぎると思わないのか。命懸けの仕事だから? いつも通りだろう。男達の命は一山幾ら。エルフとは釣り合わない。第一、《ダリオ》が独断専行を許す筈がない。彼らに下された命令は、聖域の制圧ではなく、はぐれたエルフの確保である。聖域を制圧出来たとしても、命令違反だのと難癖をつけられて、エルフは持っていかれるのが関の山だ。
そこまで理解しつつ、男は口を噤んでいた。
リーダーの狂気を垣間見た。エルフが憎いだけなのだ。
エルフは誇り高い。金持ちの鑑賞用として飾られるより、底辺の男達に嬲られる方が堪えるに違いない。
リーダーは幹部が直接送り込んだ人材だ。
口約束が履行される可能性は残っている。
いずれにせよ、リーダーの命令に逆らえる訳も無し。やる事が変わらないのなら、モチベーションは高い方がいいだろう。
だが、問題が一つ。
ここに来た者なら一度は異変と口にした筈だ。だが、本当の意味では理解出来ていなかった。ここ数日に渡って行われた捜索で痛感させられた。聖域が見つからないのはまだしも、イシュを捕獲した場所にすら辿り着けなくなっていたのだ。
何人か戻ってこない者もいる。
イシュに案内させるしかない、と息巻く連中が増えていた。
イシュが頑固なので憂さ晴らしで終わるようだが。
程々にしてもらいたいが。
回復薬にも限りがある。
「ん?」
男は目を凝らす。彼は【夜目】持ちだ。
「何かいる」
「見間違いだろう。見間違い」
相方がやる気のない返事を返す。
アリスが見ていれば不真面目だな、と思っただろう。だが、違う。彼は職分を真っ当しているつもりだった。見張りは侵入者を追い払うのが仕事だと思っているだけだ。
アリスの侵入を許した理由の一端がここにある。
「妖精族だ」
「見間違い決定だ。この森に妖精族はいねぇ」
「…………手を振られた」
「あんたがふざけるのかよ」
相方の視線がキツい。真面目にやれ、と窘めて来たのは男の方だった。
だが、確かに妖精はいて……男に向かって二本指を立てている。鋏のような形だ。男が首を傾げると、妖精はしまった、理解出来ないのか、と地団太を踏んだ。暫くすると出鱈目なリズムだったものが……いつの間にかダンスへと変わっていた。楽しそうだ。
「まだ妖精はいるのか」
「……踊ってる」
「しつけぇな。あそこだろ。見てきてやるよ」
「……そうだな。それが……あっ、今……消えた…………」
「へっ。タイミング良すぎるだろ。口では何とでもいえるわな」
「いや、いたんだ」
「あっ、そ。なら、見に行けよ。今度はあんたの番だからな」
「言われなくてもそうする」
相方に見張りを任せ、男は森へ足を踏み入れる。
藪を掻きわけて進む彼に怯えは見当たらない。
腰に挿した回復薬に触れる。
――これがあれば。
即死さえしなければ生き残れる成算がある。
暗殺を生業にして来た彼だから身に染みて知っている。
人はそう死にはしない。
彼は大勢暗殺して来た。
ナイフで首や頭部といった急所を狙う手口で。
的確に急所を攻撃する事でクリティカルが発生する。【短剣】は攻撃力こそ低いがクリティカルのボーナスが非常に高い。そこに【暗殺3】が合わさる事でダメージが更に跳ね上がる。お膳立てさえ整っていれば瞬間火力はリーダー以上だという自負がある。
一撃で息の根を止めた事は数知れず。
しかし、厄介だなと思う相手に限って、即死させる事は出来なかった。
【暗殺】を得た時、使い方次第で格上も殺せると浮き立ったものだ。
だが、【暗殺】がレベル3になる頃には現実を思い知らされていた。
即死させられるのは格下だけ。
格上はおろか同格ですら一撃は無理だ。
つまり、敵が遥か格上で無い限り、男の安全は確保されている――筈だった。
「……いた」
妖精が手を振っていた。
声にはならないが口が動いている。
――さよなら。
怪訝に思うと、妖精が踵を返した。
暫く待って見るが、何も起こらなかった。
戻るか、と思った時だった。
頭上から何かが降って来た。
頭部に痛みを覚え――
――人はそう死にはしない。
男の考えは正しい。
常識と言ってもいい。
だから、男にとって不幸だったのは、知らないところで敵に回った少年が、常識で括れる存在ではなかった事だろう。男は身を持って常識が崩れる瞬間を体感していた。
最も生かす機会はない。
男は死んでいた。
即死だった。
***
屋敷の前に見張りが立っていた。
森に視線を投げかけては舌打ちを漏らしている。
偵察に出た見張りが戻って来ず苛立ってのだ。
怒りの裏には不安が透けて見える。
そこへつけ込む。
茂みがガサガサと音を立てた。
見張りの注意が茂みに向く。ようやくか、そう言いたげな表情だ。
残念だね。
お前の相方は戻って来ないよ。
ああ、いや、直ぐに会う事になるが。
僕は【忍び足】で見張りの背後に回る。
無防備な見張りへナイフを振り降ろす――
――今回、僕を一番悩ませたのは敵の倒し方だった。
一人、二人を倒すのは容易い。だが、交戦すれば確実に気付かれる。
皆殺しにするには気付かれず、一人ずつ始末していく必要があった。
出来れば一撃で仕留めたい。
しかし、僕は非力だ。
喉を掻っ切ったにも関わらず、エンバッハは生きていた。
クリティカルでHPの五、六割を削る程度。
後五割を埋める何か――スキルが必要だった。
偵察で多くのスキルが【クラック】可能になっていた。
最も心を惹かれたのは骸骨男の持っていた【両手剣6】だ。しかし、肝心の両手剣使いは骸骨男だけのようで、武器の確保が出来ないのでは意味がない。
残ったのは【暗殺3】のような補助スキルだ。補助スキルは所詮補助止まり。劇的な効果は望めない。しかし、裏を返せば効果はあるのだ。一つのスキルで解決出来ないだけで。そこで僕は考えた。ならば、一撃死を可能とするまでスキルを重ねてやればいい。
僕にはそれを可能とする【クラック】がある――
――【決闘3】発動。一対一の戦闘に限り、自身のステータスにボーナスを得ます。
――【暗殺3】発動。条件に合致した包括スキルを派生させます。
――【急所】が派生しました。クリティカルにボーナスを得ます。
――【バックスタブ】が派生しました。背後からの攻撃にボーナスを得ます。【バックスタブ3】と効果が重複しています。効果は加算されて発揮されます。
見張りの後頭部にナイフが吸い込まれた。
崩れ落ちる見張りの襟首を掴み、転がす。
死んだ。
脳を破壊されては生きられない。
まあ、グロウフェントの場合、因果が逆なのだが。
さて、今回僕が選んだスキルは三つ。
【暗殺3】、【バックスタブ3】、【決闘3】である。
【決闘3】でステータスを底上げし、【急所】と【バックスタブ】で攻撃力を上げる。
このスキル構成を実現する為に、【夜目3】をリリースしている。地味に痛い。辛うじて【暗殺3】の派生【夜目】で姿形がぼんやり把握出来る。どうせ皆殺しにするつもりなのだ。行動に支障は無い。イシュとユニは体格で判別できる。
「マスター、順調ですね」
「ここからが本番だよ」
やって来たユニと小声で会話する。
「巡回は?」
「丁度、二階に行ったところです」
「分かった。じゃあ、後は手筈通りに」
「……お気をつけて、マスター」
敬礼するユニを横目に捉えつつ、僕は窓から室内に侵入する。
イビキをかいて寝ている男がいた。
偵察の際、確認出来なかった男である。
血の匂いで感付かれるのが怖い。頭にナイフを刺して殺した。
部屋を回り、就寝中の男を殺していく。エンバッハで慣れたのか。淡々と作業のようにこなせた。
後一人で一階は全滅、というところで大階段の軋む音が聞こえた。
巡回が戻って来たか。
僕は大階段の陰に身を隠す。
一人で戦うのは久しぶりだ。
ユニと別れたのは【決闘3】を生かすためだ。発動条件が一対一の戦闘時なのである。ステータスの上昇率は実に三割。使わない手はない。
不安は無かった。
むしろやりやすい、と思っている自分に苦笑する。
今更ではあるのだが。
ユニに人を殺すところを見られたくないらしい。
彼女の教育に悪いからなのか。
僕の良心が咎めるからなのか。
いまいち判然としないが。
っと、来たか。
大階段から踊り出る。巡回の後頭部にナイフが突き――立たない!
毎回思うが。ナイフより硬い頭部って何だよ。
――この世界はゲームだと思った方が混乱が少ない。
そんな事をアーティリアが言っていた。
あの忠告の真意がコレだ。
法則に気付くまで非常に困惑した。
頭にナイフが刺さったからHPが0になるのではない。
HPが0になるから頭にナイフが刺さるのだ。
「――――グゥッ」
巡回が振り返る。目に驚愕の色がある。抜刀を開始している。流石の反応だ。
だが、僕はその上を行く。
元より一撃で仕留めるのは無理だと思っていた。
巡回はリーダーに次いでレベルが高い人物だ。なおかつ、【決闘3】を持っていた人物でもある。一対一という条件を満たしているのは僕だけではないという事だ。
巡回の喉へ体重を乗せた右のナイフを放つ。手応え有り。僕は見届ける事無く、身体を回転。視界から巡回の姿が消える。勢いの増した左のナイフをバックハンドで突き立てる。
《旋風烈牙》。
命名はユニ。
回転を生かした二刀流の連撃である。
瞬間火力としてはこれ以上の技は無い。
ナイフが何かに引っ掛かり、左手から抜け――一回転。
ナイフは巡回の眼窩に深々と刺さっていた。
「――――まずッ」
ホッとするのも束の間、巡回の手から落ちるランプを見た。
ランプが割れたら確実に気付かれる。
咄嗟に足を延ばし、ランプを軟着地させた。
手近な部屋に巡回の死体を引きずりこむ。
額に付いた返り血を拭う。
巡回の片手剣が目に入る。
確か彼は【片手剣5】を持っていたはずだ。
【クラック】を思案するが……止めておくことにした。リリースするとしたら【短剣4】になるだろう。武器スキルは使い方が分かっても、使いこなすには時間がかかる。
一階最後の男の部屋に侵入する。
不用心だなあ、と思いつつ、ナイフを突き立てる。
「ふぅ。第一段階はクリアだな」
物言わぬ躯となった男を見下ろす。
他の男達と若干雰囲気が違う。先入観がそう思わせるのか。彼だけ魔法使いなのである。
持っているスキルは微妙だったが。
まあ、スキルはいいか。
大事なのは彼が魔法使いだということ。
魔法使いなら持っているはず――
「あった」
+――――――――――――――――――――――――――+
《名前》低級MP回復薬
+――――――――――――――――――――――――――+
一本だけか。
贅沢は言えないが。
飲み干すと気分の悪さが消えた。
MPが回復して何故、体調が良くなったのか。
答えは魔力切れ寸前だったから、である。
少し無理をしたのだ。僕のMPは160。【クラック】で消費したMPは150。
時間が経てばもう少しMPも回復しただろう。
だが、待っていられるような心境ではなかったのだ。
(ユニ、聞こえる? 予定通りMPを回復した。合流してほしい。魔法使いがいた部屋。一階の制圧は完了してる)
(了ぉ解ですっ!)
階上から物音が聞こえて来る。
この音が何を意味しているのか。
ユニと合流するまでの間、僕はナイフを握りしめていた。
強く。