第6話 囚われの少女2
突如鳴り響いた警報で僕は目を覚ました。
身体を起こす。何かが落ちた。ユニだった。
まどろむユニを胸ポケットに入れ、周囲を見渡す。
朝もやにけぶる森があった。
異変は見当たらない。
だが、何も無いはずが無い。
【危機感知2】が反応したのだから。
「【クラック】――セット、アリス。【麻痺耐性3】リリース。【短剣4】ロード」
口頭でクラック。
【クラック】する内容が決まっていれば、一覧から選ぶよりこの方が早い。
短剣の使い方が頭に流れこんで来る。
森の陰影に灰色の尻尾が見えた。
二体か。
ぷっ、と噴き出す。
知らずナイフを器用に回していたのだ。
「本日の朝食は狼のステーキに決まり。ユニは肉食べれるのかな?」
負ける気がしない。
***
「……また、同じとこみたいです、マスター」
木に付けられた印をユニがぺちぺちと叩く。
印は「T」の字だった。二度通ったという事だ。三本目をナイフで刻む。
「このままだと正の字が出来上がるかもね」
「……すみません」
悄然としたユニに僕は笑いかける。
「謝らなくていい。ユニは僕を助けようと駆けつけてくれた。土地勘がないのも仕方がないさ。むしろ謝らなきゃいけないのは僕のほうだ。僕が頼りなかったばかりにユニは人族になれなかったんだから」
「そんな! 悪いのは全部カファナの馬鹿です! マスターのせいじゃないです!」
「だったら、ユニもそうだよ」
「……でも」
「おいで。ユニ」
手を差し出す。おずおずとユニが乗った。
頭を撫でてやるとユニはくすぐったそうにほほ笑む。
「僕はユニがいてくれて助かってる。いなかったら自棄になってたかも」
「……ズルいです、マスター」
「素直な気持ちなんだけどな」
「…………だから、ズルいんです」
「ん? 何か言った?」
「なんでもありません!」
そう言った後で、ユニはニヤニヤし出した。
……だらしのない顔だな。ああ、イヤな予感がする。
「マ~ス~タ~、約束。覚えてますよね」
「…………なんだっけ」
「またまたぁ! とぼけちゃってぇ! だから言ったんですけどね。私の目が黒いうちは……ハッ!? 私の目って黒ですかね!? 違う色だったら言い直しますんで!」
「私の目が青いうちは、とかいうの?」
「青ですか!」
「違うけどね」
「騙されましたっ!」
「奇麗な黒だよ。ブラックダイヤ。宝石みたいなね」
「でへへへ……そんな、マスター、褒めたって何も……ッとォ! 危ない! ピーン、と来ましたよ、話逸らそうとしましたね!」
チッ。
失敗か。
「ちょろイン目指してるんじゃなかったの。騙されてくれないとダメだよ」
「マスター、後でお説教ですね。ちょろインはそういう意味じゃありません。簡単に騙されてしまうのは単にちょろい人です」
「ふぅん。知らなかった。ま、常時ネットを漁ってたユニには及ばないよ。確かに話を逸らそうとしたけど、ユニの瞳が宝石みたい、っていうのは本当だから」
「……マスターってナチュタルなたらしですよね」
「ユニだから言うんだよ」
【以心伝心】なんてスキルも増えたし。
その気になれば嘘をついているのも読み取れる。
親しき仲にも礼儀あり、という事で普段は【以心伝心】を切っているが。
「………………マスター、私、生きてます」
「知ってる」
「心臓がドキドキしてます。私の胸、触ってください」
「あのねぇ、僕ロリコンじゃないから――」
と言い掛けて、言葉を飲み込む。
ユニが真顔だったからだ。
ああ、そうか。
ユニを胸に抱きしめる。
微かに心臓の鼓動が聞こえて来る。
「お前は僕が守るよ」
何を言ってるんだか、とも思う。
命の危険に晒される時、十中八九原因は僕だろう。
ユニは肉体を得た。
メリットもあるがデメリットもある。
一番大きなデメリットが死だ。
「…………マスター、一つ聞かせてください」
「いいよ」
「マスターの言う、ロリコン。一体何歳から、ですか?」
「…………」
「マスターは約束してくれました。マスターのハーレムのメンバーを私が選んでいい、と。ですが、マスターの嗜好にそぐわない相手を入れるつもりはありません。さあ、さあ、マスター、何歳から美味しく頂けますか!? 教えてくれないと幼女入れちゃいますよ!」
天を仰ぐ。
そうか、ここで……話が戻るのか。
……ふぅ。何でこんな約束しちゃったかな。
時を巻き戻す事が出来たとしても、同じ約束をさせられただろうが。
ユニが妖精族を選んだ事に――選ばせてしまった事に負い目があるからだ。
ユニは慣れた身体が一番だと思ったからと言うが嘘だろう。
僕の窮地に駆けつける為、人族ではなく妖精族を選んだのだ。
人族への転生には時間がかかるとアーティリアが言っていた。
「何にせよ、ここを抜けてから」
グロウフェントへ来て二週間経った。
僕らは未だ森にいた。
アウトドアには縁の無かった僕らだ。方向感覚がないから迷子になっているのかと思っていた。だが、何度も同じ場所を通るに至って何らかの外的要因を疑いだした。
強制的なアウトドアでレベルが6まで上がっている。
「やっぱり魔法かな」
「スキルかも知れませんね」
「あるの? そういう」
「【スキル知識3】ではレア以上のスキルは分かりません。少なくともコモン、アンコモンには無いです」
「【時空魔法】は? 名前怪しくない?」
「確かにありそうですが……」
「いいよ。責めたいわけじゃない。【魔法知識3】だとLV6の魔法までしか分からないんだよね」
ユニは転生を待つ間、勉強をしていた。その知識がスキルとして現れている。勉強を切り上げなければ、知識系スキルをカンストした状態で合流できただろう。
結局、ユニの知識が不完全なのも僕のせいだ。
「一度、【スキル知識】を最大レベルで【クラック】したいね」
「【スキル知識】と言わず、全部の知識系スキル欲しいですね。知識系スキルは全部コモンですから、マスターのMPなら最大レベルで【クラック】出来ます。コモンスキルの最大レベルは5で固定です。アンコモンは10です。レアとユニークはスキルによってまちまちみたいです。ちなみにレアリティといいますが、コモンとアンコモンの間には稀少度の差はありません。この二つは最大レベルの違いで分けられているみたいですね。レアは流石にレアみたいですが」
ユニが言うには知識系スキルはデータベースにアクセスする感覚らしい。スキルレベルが上がる事でアクセス出来る部分が増えるのだ。アクセスした内容を書き残しておけば、【クラック】を解除しても知識は失われる事がない。
【クラック】が出来る僕らならではの裏技である。
「ま、それもこれも。人里に出れたら、だよねぇ」
「折角のチートなのに。宝の持ち腐れですね」
「ユニも早く街見てみたいでしょ」
「マスターとお散歩出来るだけで楽しいです」
その時、頭の中に警報が鳴り響いた。
「ユニ、魔物だ」
「あい、さー!」
ユニは目を閉じて、むむむ、と唸る。こめかみに人差し指を当て、何か電波を受信しているように見える。【気配探知2】で敵を探っているのだ。
【危機感知】と【気配探知】。
ややこしいが感知とつくスキルはパッシブで、探知はアクティブらしい。
カッとユニが目を見開く。
「見えました! フォレストウルフが2です!」
「余計な演出要らないから」
僕はナイフを二本、逆手で構える。
「ひゅー、ひゅー! マスター、カッコいいですぅ!」
ユニにはやし立てられ、顔が赤くなるのを感じる。
「確かに厨二みたいだけどさ! 【短剣4】で最適化された構えだから!」
「くふふふふ、言い訳は無用です! お忘れですか、私に【スキル知識】がある事を! 【短剣】スキルは本来、片手で短剣を扱う為のものです!」
「に、【二刀流】スキル持ってるし!」
「語るに落ちましたね、マスター! それ、熟練度貯めてゲットしたやつ! 火力が落ちることを承知で、左手でナイフを放ち続けた証拠に他なりません!」
「ああああ! うるさいな!」
神様から貰ったナイフとエンバッハから奪ったナイフ。
二本装備すれば強くなるのでは、と思い付いたのが切っ掛けだ。しかし、ゲームのように二本装備したからと言って二回攻撃が出来るわけでもなく、利き手を100だとすると反対の手は50程度のダメージしか出なかった。弱体化するのも構わず二刀を試していたのは……認めよう、厨二心を刺激されたからに他ならないと。ああ、そうとも、格好いいだろ。
「というか! 【二刀流】覚えたの数日前。なんで今更!」
「からかえるザコが出てこなかったので」
「納得だよ! くそっ、早く来い、フォレストウルフ!」
「うふふふ、顔を赤くするマスター……じゅるるぅ、いけない、よだれが」
願いを聞き入れてくれたのか。フォレストウルフが現れた。
【ウィンドウ】で確認すると……あ、珍しい、スキル持ちだ。
「アオオーーーーーーーーーーン!」
……煩い。
【咆哮】なのか?
よく分からないな。
「ユニ? 青い顔」
「い、【威圧】の効果、うけ、た……見たいです」
「……油断し過ぎでしょ」
精神に影響を受けるスキルは精神力で防ぐ事ができる。
精神力――つまり、MNDだ。
僕とユニのレベルは一緒であり、MNDの数値はユニのほうが高い。
「ま、いいや。ユニは休んでて」
ユニを頭の上に乗せ、フォレストウルフに向き直る。
フォレストウルフが飛び掛って来た。
すれ違い様、ナイフで抉る。
逆手でナイフを持っているのは格好付けではない。森に生息する魔物の大半は腰より下の身長だ。上から振り下ろすには逆手がやりやすい。
二体目が来た。
眉間にナイフを突き刺す。一撃で絶命した。一体目は抉るに留めたのは、二体目を警戒していたからに過ぎない。振りかえると一体目が反転を済ませたところだった。
仲間の死骸を見て、フォレストウルフの瞳が逡巡に揺れる。
「逃がさないよ」
間合いを詰める。
右、左、右、左。
二刀流だから出来る息をつかさぬ連続攻撃。
哀れ、フォレストウルフは反撃も出来ず、死亡した。
「完勝でしたね」
「昔は難敵だったんだけどね。昔と言っても二週間前か」
やはり【短剣4】で戦い方を覚えられたのが大きい。最初は勝手に動く自分の身体に困惑したが、今では自分の意思で身体を動かせるようになっている。
加えてレベルアップだ。
数字だけで言えばステータスは倍近くになった。
フォレストウルフの二体ぐらい、相手にならないのは当然と言えた。
「……心臓。止まるかと思いました。ほら、触ってください、マスター」
ユニが顔の前にやって来た。僕に流し目を送って来た。
今度はネタだと分かる。
天丼か。
ユニが着実に芸人の道を歩み出している気がしてならない。
「止まってない。だから、触る必要も無い」
「う~~~。いいじゃないですか、減る物でもないですし」
「増える物でもない」
「そんなことは無いです。マスターへの気持ちが膨らみます。えへっ」
「ユニ、またループだ」
僕は先ほど印をつけた木を示す。
「マスターってホント、女心分かってませんよね」
ユニがやさぐれていた。ケッ、と唾を吐きだしそうだ。
「分かってるさ。だから、こうやって街へ行こうとしてる」
「……その心は?」
「体臭が気になるから、お風呂入りたいって言って――痛ったぁ!」
「…………救い難い。救い難いデリカシーの無さです!」
僕は殴られた鼻をさする。「あいたたた」と言いながら、
「ユニ、いい匂いするし。気にしないでいいと思うよ」
「…………許してあげます」
ユニは僕の頭の上に戻ってくると上機嫌で揺れていた。髪の毛を引っ張るのはやめて欲しい。ちょっと痛いんだよ。
「今後の事を話し合う前に。ステータス見てみませんか。むんっ、ってなった気がします」
「ああ、レベル上がった?」
「マスターが」
「えっ、僕が? ユニは?」
「私は別に」
「何でユニが。僕のレベルを」
「【以心伝心】だからに決まってるじゃないですか」
「普段は【以心伝心】切っておきなさい」
ユニは「スキルじゃないですよ」と言っていたが無視である。
「ああ、レベル上がってるね」
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《名前》アリス
《種族》人
《状態》正常
《スキルポイント》20→35
《ステータス》
LV:6→7
HP:110→118/118
MP:143→157/160
STR:23→24
INT:35→38
VIT:28→29
MND:28→30
DEX:37→40
AGI:28→30
《スキル》【UNI:クラック3:50/75】、【UNI:ウィンドウ:0/0】、【R:カリスマ1:15/25】、【C:以心伝心3:50/75】、【C:危機感知2:27/50】、【C:二刀流1:10/25】、【CR:短剣4:0/0】、【CR:夜目3:0/0】、【CR:咆哮2:0/0】
+――――――――――――――――――――――――――+
「スキルポイント貯まったなあ。35」
「【クラック】、4に上げますか」
「上げてもねぇ。欲しいのもうないんだよ。【詐術】なんて取りたくないし。保険で【麻痺耐性】くらいかな」
「私のスキルは?」
「知識系はユニがいる……というか、私の存在意義を取らないでくださいって騒いだの誰?」
「ユニというプリチーな妖精かと思います、ハイ」
「魔法は……MP消費するから。MPはなるべく残しておきたい。【ウィンドウ】で結構使うときあるんだよ」
【ウィンドウ】の消費MPは、【1+対象とのレベル差】である。レベル差が10の対象に【ウィンドウ】を使うと、MP消費は11になる。案外、使うのだ。
正直に言えば魔法は使いたい。だって、魔法だよ? 使いたくない人いないよね。
ただ、MPが0になると、問答無用で昏倒するらしいので、今のところ魔法には手を出せない。MPが潤沢になれば話は別だが……いつになる事やら。
そんな事を言ったら「贅沢いうな」って怒られるか。
僕のステータスはかなり高い。
MPに至ってはエンバッハの4倍あるし。
とはいえ、あんな老人と比較しても、という思いがある。
「取れるスキルは何があります?」
「【麻痺耐性】、【夜目】、【鎧袖一触】、【出血】、【暗殺】」
「半分は【クラック】したスキルですね」
「残りは物騒なスキル名だよ。なんでだろう」
「ナイフ使ってるからですね。武器によってゲットできるスキルが変わってきます。今挙げて貰った中では【出血】、【暗殺】が短剣系スキルに該当します。一応、スキルの効果としては――」
【C:鎧袖一触】
1、自分よりレベルが低い敵と戦う場合、ダメージに補正を得る。
【C:出血】
1、状態異常《出血》を起こしやすくする。2、《出血》した際、継続ダメージが大きくなる。
【C:暗殺】
複数のスキルを発動するパックスキル。
派生可能なスキルは1、【C:夜目】。2、【C:バックスタブ】。3、【C:出血】。4、【C:忍び足】、5、【C:急所】。
パックスキルは複数のスキルを発動させられる反面、一つ一つの効果は単体のスキルに劣る。【暗殺3】と【夜目1】で等価かな、といったところらしい。
「ザコ乱獲に【鎧袖一触】使えそうなくらいか」
「まー、マスターの場合、【クラック】した方が早いと思いますが」
「そうなんだよね。だから、新しいスキル取れない。【二刀流】みたいに熟練度で習得する場合もあるし。【危機感知】を3に上げようか。かなり便利だしさ」
「素直に【クラック】上げましょうよ」
「それもそうか」
【クラック】可能な枠を一つ増やしておくのもいいだろう。
ユニに【クラック】する事も出来るのだが……いまいちパッとしない。ユニに【短剣】を【クラック】しても。【危機感知】も僕が持っていればいいし。
強いて言えば【夜目】ぐらいだが、妖精族は夜目が利くらしい。
種族が持っているスキルの事を種族特性といい、スキルとして表示されない事が多いという。種族特性はあくまで生態であり、スキルではない……ということなのか。
「ちなみにマスターの【二刀流】の習得速度はかなり早いです」
「へぇ。そうなんだ」
才能のある人でレベル1を取得するのに一カ月程度かかるのが通常らしい。
とはいえ、スキル構成、状況といった要因でも変わってくるらしく、一概には言えない。窮地に陥った事で眠っていたスキルが覚醒する――というのは割合良くある話だそうだ。【二刀流】の場合は短剣系スキルである事から、【短剣4】に引っ張られる形で習得が早まったのではないか、というのがユニの推測だった。
連日連夜、戦っていたわけだし。
かなり早い習得だが、異常と言える程ではない――といったところか。
ちなみにスキルはレベルが上がるほど熟練度が入りにくくなる。
「話を戻すけど。このループ、どうする? お手上げなんだけど。また、ユニ投げながら行く?」
「マスターは鬼畜じゃない。私は信じてますからッ!」
「嫌ならやらないよ」
あれは喜劇だった。
ユニを高い高いしながら進んでいたら、彼女が鳥に食べられそうになったのだ。
何故そんな事をしたかといえば、方向を確かめながら進むためである。
最初は空を飛んで貰おうとしたのだ。羽ついてるし。しかし、地表から一定の距離浮かぶ種族特性だと判明したため断念せざるを得なかった。とはいえ、落下速度の軽減は出来るようだったので、高い高い作戦を敢行した、という次第である。
そしたら、ぱくり。
ユニの本気の魔法が炸裂していた。
花火みたいだった。
「ふっふっふ。私に考えがあります」
「ああ、【方向感覚】上げるんだ」
「…………あのぅ。マスター、なぜそれをご存じで?」
「ステータス見たから」
「………………へ、へぇ」
「確か、二日前? 覚えてたよね。ユニの方こそ。ステータス見れないのに、よく【方向感覚】取得したって分かったね」
「……急に感覚が鋭くなったので……いっ、いえ。それより……承知で……なぜ、いままで何も……言わずに?」
「自分のスキルなんだし、ユニに決めて欲しかったから。助け合いを否定はしないけどね。僕が【方向感覚】ってスキルがあるって指摘したら、ユニ上げようとしたでしょ。水場もあるし、魔物も軽く倒せるし。まー、暫くここでレベル上げするのもいいかなって」
「う、うう。ますたぁぁぁ!」
ユニが僕の胸に飛び込んで来た。
「ますたぁぁぁ。【方向感覚】上げてくださぃ。2でいいですぅ。1の時点で、ああ、これ方向感覚狂わしてるんだな、ってバッチリ分かってましたからぁ」
「……それは言っておこう、ユニ?」
……ようやく森を脱出する目処が立った。
それで良しとしようか。
何故、ユニが【方向感覚】を口にしなかったかは……うん、聞きたくない。