第5話 囚われの少女1
エルフはハイタ的だとシンラは言った。
要は自分がスキで他人はキライ。
そう言うことなんだろう、とシンラに言うと凄く驚いていた。
「……嘘! おバカなイシュが的確に本質を!」
いつも通り毒を吐いた後、シンラは悲しげな顔になった。
そんなカオを見たくなくてあたしは家を出た。
ふらふら歩いていると、いつしか足は森に向いていた。
途中、何度も罵声を浴びた。
森に異変が起きているのは聞いていた。
長老達があれこれしていたが、結局うまくいかなかったらしい。原因があたしにあると、彼らは言いたいらしかった。そもそも異変自体、あたしが引き起こしたとか。
嫌味を言いたくて待ち構えていたのか。
暇な連中だ。
そんなにあたしが憎いのなら。
生まれた時に殺してくれれば良かったのだ。
そうすればシンラに迷惑をかける事も無かった。
一年前。彼女が【洗礼】を受けられなかったのは、あたしのせいに違いないのだ。
【洗礼】は十歳になると受ける、旅神マテルの加護を与える儀式だ。
旅神マテルは神でありながら、世界中を旅して知恵を授けたという、エルフとも交流の深かった人物だ。
マテル自身は神であることを否定していたという。だが、神だといわれているのは、スキルを自在に人へ与えたという逸話が残っているからだ。
【洗礼】もまたマテルから授かったスキルだ。
【洗礼】を受けると一つか二つ新しいスキルを得る。習得していたスキルが強化される場合もある。
伸びたスキルは得手スキルといい、才能のあるスキルだと言われている。
どれだけ片手剣を振っても才能がなければ【片手剣】を覚える事はない。
向き不向きが分かるのも大きいが――何よりも。
マテルの加護を受けるとスキルの習熟が早くなるのだ。
【洗礼】を受けたか受けていないかで成長が全然違う。
だから、あたしはシンラに申し訳ない気持ちがある。
シンラはあたしのせいじゃないと言ってくれたけど――
「考え過ぎですよ、イシュ。考えがあって受けてないだけ。【洗礼】は劣化版マテルの秘儀。スキルポイントに無駄が多すぎる。もしもマテルの秘儀を自在に操る、そんな人がいるのなら――私の全てを捧げてもいいわ」
――チンプンカンプンだった。
あたしを励ましてくれる気なら、分かりやすく言って欲しいよな。
多分、あたしはシンラの重荷になりたくなかった。あたしに出来るのは薬草の採集か、フェアラビットを狩る事ぐらいだから。家計を助けようと思えば森に来るしかないのだ。
たとえ森に近づいたらダメだと言われていても――
「いぃよっしゃァ、捕まえた! うひぃ、俺にもツキが回ってきたぜ!」
――なんだ!?
「おい、ツラ見せてくれよ。エルフのツラをよォ!」
――真っ暗だ! 何も見えない!?
「バカ! 後にしろ、後に! とっととズラかんぞ!」
あたしはパニックになって叫ぶが、「うーうー」という呻きにしかならない。知らない男の声で「黙ってろ」と凄まれて、やっと事態が飲み込めた。
捕まったのか……?
誘拐?
まさか……人族か?
でも、どうしてだ?
確かに遠出したかも知れない。だが、ここは結界の中のはず。人族は入ってこれない。
答えはすぐに出た。というか、持っていた。
ああ、あたしはバカだ。
シンラの事だから大げさに言っているのだとばかり。
――異変、だ。
連れていかれたのは朽ち掛けの屋敷だった。
光が戻って来ると覗き込む複数の顔があった。思ったとおり人族だった。
五人か、六人か。
「ヒュ~~~。ガキだけど上玉だな。キレイな銀髪だ」
「ババアかも知れないぜ。エルフは歳分かんねーから」
「萎える事言うなよ。あ? あ~あ~、分かったぜ。お前、捕まえた自分の、とか思ってねぇ?」
「ハァ!? 俺達で捕まえたんだ。分かってんだろうな、山分けだぞ」
「……うるせぇな。ガキに欲情してろ、クズ共が」
「そういうてめぇの目が一番怪しいんだよ、バァカ」
「やんのか、コラァ!?」
「こっちのセリフだ、アァ!?」
「よぉし、やれやれー。出来れば二人共死ねー。俺の分け前増やしてくれー」
……なんだ、コイツら。ナニ言ってるんだ?
戸惑っていると「いひひひ」と不気味な笑い声がした。
頬がこけた骸骨のような男が笑っていた。
「揃いも揃ってお目出度いですね。顔にしか興味が有りませんか」
「……リーダー。アンタでもそれ以上の侮辱は許しませんぜ。幹部の命ですからリーダーと仰いじゃいますが。アンタ、評判悪いですぜ。俺が抑えるのも限界です」
「侮辱? 言葉も適切に使えませんか。事実を指摘しただけなのですが。貴方がたの無能を責めてはいませんよ。頭が空っぽの方が私の命令が入りやすいでしょう。ただ、これぐらいは自分で気づいて頂きたかった」
「……おい、止めるな」
一人の男がリーダーの前に立った。あたしを捕まえた男だった。
顔を真っ赤にして言う。
「殺す」
男はリーダーに飛びかかり――次の瞬間、叩き伏せられていた。
あたしの目では何が起こったか理解出来なかった。
恐らく男達も似たようなものだったのだろう。
殺気立った気配は消えてなくなり、代わりに怯えた空気が漂っていた。
「我々《ダリオ》は一枚岩です。そうですね?」
リーダーが諭すように言った。
「…………よく、分かった。そいつにも後で言い聞かせておく。ここにいない連中にも」
返事をしたのは苦言を言った男だった。恐らく彼がサブリーダーなのだろう。
「結構。では、エルフを見たまえ。隻腕だ」
不躾な視線があたしに注がれる。
あたしは身体を抱く。だが、左腕は……無かった。
……生まれた時からだ。
「…………忌み子か」
隻腕のエルフは災いをもたらす。
迷信だ。
だが、事実でもある。忌み子の手によって消えた聖域が幾つもある。
しかし、隻腕だからと愛情を注がれず蔑まれて育てば――復讐に駆り立てられるのも仕方がないのではないか。忌み子は生まれるのではなく、周りによって育てられるのだとあたしは思う。
迷信を信じる連中には何を言っても無駄だが。
凶行に及ぶのはそう言う土壌が忌み子にあるからだろう――だ、そうだ。
憎しみを注がなければ、復讐の芽も出ませんよ、とシンラが憤っていた。
リーダーが感情の読めない目であたしを見ていた。
「忌み子を飼おうという物好きはいないでしょう。ですが、犬にはなれます」
「……犬?」
「ええ、犬に案内して貰うんですよ。猟場にね。一つを取り合うから喧嘩になるのです。人数分あれば問題ないでしょう」
「……人数分? もしかして、俺たちにも?」
「厳しい仕事ですから。役得がなくてはね、やる気が出ないでしょう? 一人、一匹までなら、自分の物にして構いません」
男たちから歓声が上がった。
気の早い者が「俺にもエルフの奴隷が」と口走ると、「おいおい、リーダーは言ってただろ、厳しいし仕事だって。仕事が終わった時にゃ、お前はいないかも知れないぜ」と窘められていた。「ケッ。お前が死んだら俺が二人分貰ってやるから安心して死ね」と笑顔で返していた。
ただ一人、サブリーダーが厳しい表情を変えなかった。
彼だけは分かっているのだ。
聖域に行くのは自殺行為だと。
ここにいる人数の、二倍、三倍いたとしても同じだ。
エルフは長命で変化を好まない。結果として修錬に費やす時間が長い。自身のレベルは大した事がなくても、スキルのレベルが高いのがエルフだ。
「さて、聖域まで案内してくれますね」
あたしは返事の代わりに、リーダーに唾を吐く。
にたぁ、とリーダーの顔が歪んだ。
それは嬉しそうで、とても嬉しそうで。
ああ、分かった。
――コイツ、あたしが……エルフが憎いんだ。
振り下ろされる拳をあたしは真っ直ぐに見据えていた。
***
また、軋む音がする。
身体か。
心か。
それすらも分からない。
痛まない場所なんてないから。
死にたいと思った事はない。復讐を考えた事もない。
シンラがいたからだ。
両親はいない。理由は知らない。というか、本当の理由が分からない。忌み子を産んだ事に絶望して命を絶ったとか、あたし達を捨てて聖域から出て行ったとか。好き勝手吹き込んでくれるバカが後を絶たないから。
あたしとシンラは双子だ。
あたしが生きているのは、シンラがギフトを持っていたから。
ギフト――生まれながらにして、持っているスキルの事だ。
ギフト持ちは滅多に生まれない。
何らかの兆しかもしれない――長老はそう考え、あたしを殺せなかった。
ああ、足音が聞こえて来た。
憂鬱な時間が始まる。
聖域へ案内する事は出来ない。連中が返り討ちに会うのは間違いない。でも、それは聖域の中心まで行けばのハナシ。そこに行くには……あたしの、あたし達の家を通る。
家は聖域の外れにあるのだ。
また、軋む音がする。
死にたいと思った事は無かった。
でも、生きたいと思った事も無かった――ハズだった。
違ったのだ。
本当の気持ちを押し殺していただけ。
ずっと、願っていたのだ。
心の奥底で。
助けて。
誰か、あたしを助けて――と。