第3話 スキル
さて、困ったな。
平たく言えば詰んだ。
「アオォォォ~~~~ン!」
「アッ、ォォォ~~~~ン!」
「アオゥゥウ~~~~ン!」
木の下を三匹の狼が取り囲んでいる。
僕はと言えば樹上でナイフを弄んでいた。
かれこれ三十分は膠着状態が続いている。
狼の名はフォレストウルフ。
一見、白と灰の毛並みを持つ、普通の狼に見える。
だが、魔物と言われて納得出来る雰囲気がある。
禍々しいのだ。
狼は執拗に僕をつけ狙っている。僕を餌とみなしているならまだ分かるのだ。だが、悠然と吠える様子からは飢えは感じられない。僕を害してやろうという悪意がある。そのくせ瞳からは深い知性を感じ取れない。悪意とは知性の産物であるに関わらず。
これは魔物に共通した特徴なのか。
だとしたら人と魔物は相容れないだろう。
追体験で《私》が倒していたのもこの狼である。
そういう意味では。
僕は身を持って狼の強さを体験しているといえる。
僕は《私》と比べステータスで勝っている代わりに武器スキルが無い。
アーティリアは武器スキルの重要性を説いていた。
大体《私》が相手にしていたのは一体で、更に言えば仲間だっていた。
やはり僕が狼と戦うのは無謀か。
「レベルさえ上がればな。返り討ちにしてやれるのに」
妄言では無いよ。
アーティリアが最後に残した言葉を紐解けば分かる。
意味が分からないが……本当に意味が分からないが……コレはカファナが僕に課した試練であるらしい。試練と言うからにはクリア出来る難易度でなければならない。僕を殺す気ならもっと獰猛な魔物の生息地に転移させれば良かったわけだし。
ソウルの代わりにスキルを与えるように言ったのはカファナだ。
何故か。
レベルが高いと試練が容易だからだ。
「分かったところで何が変わるわけでもないけどね」
それでもアーティリアは最後に言い残した。
自棄を起こすなといいたかったのだろう。
一段一段、着実に上って行けばクリア出来る試練だからと。
その一段目が……無いんだけどさ。
せめて一体なら。
空を見上げる。
太陽が真上に来ていた。
「そろそろ決断しないとマズいか」
陽が落ちるまでに人里に辿り着きたいのだ。
可能な限り野宿は避けたい。
幸い気候は春先なので凍死の心配は無いが、寝ている間に魔物に発見されたら同じ事だ。
何か手を打たないと……って。
「あちゃあ」
遅かったか。
狼に仲間が増えた。
喧しかった遠吠えもやんだ。
この狼を呼んでいたのか。
他より狼より身体が大きい。
群れのボスだろう。
+――――――――――――――――――――――――――+
《名前》フォレストウルフLV7
《スキル》【C:咆哮2】
+――――――――――――――――――――――――――+
魔物のステータス画面は僕のと比べると大分簡素だ。
だから、直ぐにソレが目に入った。
「おおっ」
スキルがある。
レベルも高いし、流石はボスだ。
早速【クラック】して見るか? いや、待て。ゴミスキルだったらどうする。スキルの詳細が分からないのが痛いな。MPの無駄遣いかもと思うと踏ん切りがつかない。
MPと言えば――【ウィンドウ】もMPを消費するらしい。
大体、対象のレベルが消費MPになる。正確なトコは今後の検証待ちだ。
「なんだろう? 何かする気か」
ボスが大きく口を開けていた。
赤い、紅い、口内が見えた。
「アオオォォォ~~~~ン!」
最初、狼の遠吠えを聞いた時、そこはかとない不気味さを覚えた。だが、三十分も聞いていれば慣れる。今では煩いと切り捨てられるまでに耐性が出来上がっていた。
なのに。
呑まれた。
耐性など関係無く。
【咆哮】を耳にした瞬間、一気に身体が委縮した。
――パキッ。
枯れた音で我に返る。
掴んでいた枝が折れていた。
知らず、力を込めていたらしい。
「…………驚いたな。これがスキルか」
効果が一瞬だったのは【カリスマ】のおかげだ。【カリスマ】には精神を平静に保つ効果が有る。恐怖に呑まれかけた時、【カリスマ】が発動したのを感じた。
ふむ。
なかなか興味深い体験だった。
もう一度【咆哮】やって来ないかな。
ははあ、なるほどなあ。これがジェットコースターを楽しむ心境か。
でも、残念。
やってくる気配が無い。
さて、晴れて【咆哮】は有用なスキルだと認定されたわけで。
「【クラック】」
一覧に【咆哮】が表示された。思考でカーソルを動かす。【咆哮】を選択し、対象とスキルのレベルを決定する。
レベルは2。
対象は勿論僕だ。
消費MPは25。十分払える。
その感覚をなんと呼べばいいのか。
ユニだったらインストールと評すのではないか。
クラックした瞬間、感覚的に【咆哮】の使い方が分かるようになったのだ。
ステータスでスキルを確認する。
+――――――――――――――――――――――――――+
《スキル》【UNI:クラック1:10/25】、【UNI:ウィンドウ:0/0】、【R:カリスマ1:10/25】、【C:以心伝心3:50/75】、【CR:咆哮2:0/0】
+――――――――――――――――――――――――――+
なるほどね。
クラックするとこう表記されるのか。
熟練度の表記が【0/0】か。【ウィンドウ】と一緒だな。成長しないという意味だろう。
「アーティリア。聞こえているなら返事が欲しい」
一分程待つ。
返事は無し。
未だカファナの妨害は破れず、か。
助力は期待出来そうになく、狼も諦めてくれそうにない。
状況を打破出来るのは僕だけ。
よし、やるか。
絶体絶命の窮地なのに、頬が緩んで来てしまう。
スキルはいわゆる魔法の一種と考えて差し支えない。
僕は【クラック】や【ウィンドウ】を使って来た。だが、新鮮な驚きは無かった。どちらもインターフェースというべきもので、僕が日常的に触れて来たものだからだ。
しかし、これから使うスキルは違う。
はは、テンションが上がってきた。
さあ、スキルの実践だ。
「おおおおおおおおおおおおおおおお!」
叫ぶ。
だが、ただ叫ぶだけでは駄目だ。
声に魔力を乗せて、初めて【咆哮】となる。
何かが抜けて行く感覚があった。魔力――MPを消費したのだ。
自身の声で何も聞こえない。
そんな中、確かに聞いた。
内から湧き出る密やかな声を。
――【咆哮2】発動。条件に合致した包括スキルを派生させます。
――【勇敢】が派生しました。自身の戦意を向上させます。
――【鼓舞】が派生しました。味方が存在しない為、効果は発揮されません。
――【威圧】が派生しました。敵を弱体化させます。【カリスマ1】と効果が重複しています。効果は加算されて発揮されます。
僕を取り囲む狼の輪が広がった。
一体だけ踏み止まっている。
ボスだ。
僕は木から飛び――地面を鳴らす。
取り巻きの輪が更に広がった。
僕は首を巡らし、狼達を睥睨する。取り巻きは委縮を通り越して恐怖を覚えている様子だ。その場でぐるぐる回り出していた。逃げたい。だが、ボスの手前、それも出来ない。
最早取り巻きに戦意は無かった。
僕が無様な姿を晒さない限り、取り巻きは襲って来ないだろう。
輪の中央で僕はボスと対峙する。
僕はナイフを片手に一歩前に出た。
ボスのレベルは7。追体験で見た狼よりも逞しい。ボスを倒せば確実にレベルが上がる。レベルさえ上がれば取り巻きは簡単に処理出来る。言うほど簡単なことではないかも知れない。だが、臆したところで事態は好転しない。ならば、不安など抱くだけ無駄だ。
ボスを殺す。
意思を定め、ボスを睨み付け――
――【カリスマ1】発動。条件に合致した包括スキルを派生させます。
――【威圧】が派生しました。敵を弱体化させます。
取り巻きが逃げ出した。
一体が踵を返すと、雪崩を打って後が続いた。
ボスは僕と取り巻きを交互に見て……取り巻きを追いかけて行った。
「……折角、覚悟を決めたのに」
拗ねたような声が森に吸い込まれた。